台湾の産後ケア文化 坐月子

西野 真奈

・はじめに
中国・台湾などの中華圏や韓国に広くみられる産後すぐの過ごし方として「坐月子」とよばれる風習があり、これに従って産後を過ごした女性は産後の身体の回復に専念できるだけでなく、更年期に身体の不調が軽くなるといわれている。本卒業研究では、主に台湾における坐月子の風習を中心にとりあげ、伝統的な坐月子と現代に行われている坐月子を比較した。

1.基本データと歴史的背景
・「坐月子」の由来
「坐月子」とは、中国、台湾、韓国で行われる産後ケアの文化である。2000年前の前漢に書かれた『礼記・内則』に出産前後の産婦の行動や儀礼などが記されており、「坐月子」という言葉が初めて登場したのは宋の時代である〔1〕。
坐月子とは、現在では産婦の産後ケアのことをいい、直訳すると「坐」が座ること、「月子」が産後ひと月の期間や分娩予定日を意味するが、なぜ座るという動詞が用いられるかというと、坐月子という言葉が使われるようになった宋の時代の出産は、産婦は座った姿勢で子供を産み、出産後もすぐに横にはならず、出血を促すために座った姿勢で産褥期を過ごしたからだといわれている〔2〕。

・坐月子の過ごし方
台湾では、出産後3日から5日で退院するのが一般的である。その後、専門の施設や、自宅、父母・義父母宅で坐月子を行う。
坐月子には多くの禁忌があり、産婦は身体の回復に専念するために行動がかなり制限される。簡潔にいうと、産婦は月子のあいだ、授乳以外してはいけない。以下は、伝統的な坐月子の禁忌の例である〔3〕。

・緊張したり憂鬱になったり泣いてはいけない
・早期に床上げしてはいけない
・重い物を持ったり力仕事をしてはいけない
・あまり会話をしてはいけない
・眼精疲労を避ける
・性行為をしてはいけない
・冷たい水や冷たい風にあたってはいけない
・洗髪や入浴をしてはいけない
・髪を梳いてはいけない
・歯を磨いてはいけない
・室内は他の人の入室を避けて生花を飾ってはいけない
・冠婚葬祭に参加してはいけない

これらはすべてただの迷信というわけではなく、それぞれに理由があるとされる。主に、細菌感染を防ぐ目的や、産婦の疲労を避けるためであったり、昔は女性の身体や月経を穢れとみなす考え方があり、特に分娩後は不浄だと考えられていたからである〔4〕。

・坐月子の食事「月子餐」
月子餐とは、中医学に基づいた薬膳で、産婦はこれを一日に5、6回食べて子宮の収縮を促し、母乳の出をよくする。産後の身体の陰陽バランスを整えるためにとても重要であるとされている。
身体の状況にあわせて変化していくメニューとなっており、1週目は身体の代謝を促して悪露が排出されやすいように、母乳も出やすくなるようにするメニュー、2週目は子宮や骨盤の回復がすすむように身体の修復を重視するメニュー、3、4週目は今後のために体力回復をめざす滋養強壮メニューとなっている〔5〕。
代表的なメニューのひとつとして麻油鶏という料理がある〔6〕。鶏肉を生姜とごま油と酒だけで煮込んだもので、産後や生理後に身体を温め補血するためのスープである。台湾のお袋の味ともいえるほど日常生活に欠かせないスープで、月子餐だけのものではなく、路面店やコンビニ、屋台などでもよく見かける薬膳である〔写真1、2〕。

2.事例のどんな点について積極的に評価しようとしているのか
現代では、夫婦双方の両親と離れて暮らしていたり、夫が多忙で育児の協力が望めない場合など、坐月子がスムーズに行えるように、関連サービスのビジネスが展開されている。これによって、女性は産後に自身の望むかたちで坐月子を生活に取り入れることができる。

・月子ビジネス
台湾政府の統計〔7〕〔8〕によれば、台湾では、2018年(民国107年)には267か所の産後ケア施設があり、その年の出生数181,601人に対し、施設利用者は102,896人と、多胎児出産の人がいることを踏まえても約半数の産婦が利用していることがわかる。月子は産後ひと月を意味することから伝統的な坐月子の期間はひと月であるが、施設は高額なこともあり、平均滞在日数は20日である。都市部の人気が高い施設は早期予約が必須である。ホテルのような内装で〔写真3、4〕、産婦は回復に専念できるようになっており、新生児は24時間看護師が世話をしてくれて、産婦人科医が母子の往診に来てくれるようになっている。厳格な月子では洗髪は禁忌であるが、ヘッドスパのサービスもある。もちろん、こういった施設は高額であるため、産後を自宅や父母・義父母宅で過ごす人も多い。月子専門のスタッフ派遣サービスや、月子餐の宅配サービスだけを利用するといった選択肢もある。いずれにしても、産後をどう過ごすかは女性のその後の一生の健康を左右するとして、中国や台湾ではかなり重視されている。

3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
・考察 ―伝統的な「坐月子」と現代の「坐月子」―
古来の厳格な月子と現代主に実行されている月子を比較し考察する。
伝統的な「坐月子」は、上に挙げたように、現代女性の生活の常識と照らし合わせると耐え難いであろう禁忌が多く、今では衛生面を考慮し、都市部ではこれらの禁忌は軽視されている。厳格な月子が行われていたのは、その時代やその土地のインフラ事情があるからだと推測され、特に洗髪や歯磨きなどの水に触れてはいけない禁忌が多いのは、細菌感染を避ける為であり、現代の都市部であればその可能性は低いため、今ではむしろ清潔を保つために推奨されている。また、中国・台湾人は健康に対する意識が高く、身体を冷やすことをかなり嫌うので水や風にあたることも月子では禁忌だが、それも現代では電気・ガスの普及により水温や室温を調節できるので、昔ほど厳しくいわれることはない〔9〕。
このように、現代女性は、伝統的な坐月子のルールの中から、自分に必要であるものを選んで実行している。時代に即した衛生観念や生活習慣を重んじる方がいいと信じればそのように過ごし、逆に伝統的な月子には中医学に基づく根拠があると信じる人は厳格な坐月子を実行する〔10〕。長く続いてきた坐月子の文化は今後も続いていくだろうが、その内容は昔からの習わしを残しつつ、時代や環境に合わせて変化し、産婦の快適さと健康を最優先に発展していくだろうと考えられる。しかし、すべての女性が自身の望む坐月子を実行できるわけではない。実母や姑との世代間ギャップにより、月子のひと月のあいだ、自身の望まない厳格な坐月子を強制される場合もある。インターネットが普及していなかった親世代と普及していた若者世代では生活習慣や物事への考え方が違うため、月子への取り組み方も衝突することがあるが、儒教の考え方から目上の人を尊重する文化が根強いため、どうしても親世代の意見に従わなければならないときがある。これに関しては、医学が発達するほどに常識は変化していくものなので、改められるべき点といえる。妊娠・出産に関する書籍などでも今と昔では常識が違うという記事が散見されるので〔9〕〔11〕、親世代にも理解を得る必要があるだろう。

4.今後の展望について
女性の社会進出とともに出産が高齢化し、身体的な負担を少しでも軽減するためであったり、子育ての経済的負担を考慮して出産は一度きりの大イベントとして産後ケアにもこだわるなど、坐月子をすることを決める理由はさまざまであるが、SNSの普及に伴い、芸能人などのインフルエンサーが産後ケア施設を利用したことを発信することなども近年よくあり〔12〕、国を越えて坐月子の文化が知れ渡り、坐月子そのままではなくとも似たような文化の広まりが考えられ、類似施設の利用者も増えて行くとの予想も可能であろう。
中国と台湾の出産を経験した女性の通過儀礼ともいえる坐月子は、中医学に基づいた禁忌を重んじる伝統として今後も受け継がれていくだろう。しかし、本稿で述べた近年の台湾の傾向をみると、古来の言い伝えだけではなく、現代医学とのバランスを取りながら、どの年代の人にも理解され、産婦自身が精神的にも肉体的にも負担のない文化として末永く伝承されていくのであろうと考えられる。

5.まとめ
以上のように、本稿では伝統的な坐月子と現代でおこなわれている坐月子の実情に関して述べた。考察したように、「坐月子」は非常に長い伝統を持ちつつも、現代の医学の発展や現代社会の生活の変化なども反映されざるをえない「出産」に関わる伝統であり、古来の伝統と現代社会の関わり方に関して興味深い事例であるといえる。

  • 1 街で見かけた麻油鶏 2020年1月14日筆者撮影
  • 2 コンビニでも買える麻油鶏 2020年1月14日筆者撮影
  • 3 出典:台大幼幼産後護理之家 旗艦房型① https://www.taidayoyo.com.tw/index.php?class=suite&id=12
  • 4 出典:台大幼幼産後護理之家 旗艦房型② https://www.taidayoyo.com.tw/index.php?class=suite&id=12

参考文献

〔1〕〔2〕〔4〕安姍姍 「現代中国都市部における産後の養生「坐月子(ズオユエズ)」 --近代と伝統の葛藤」p.136-p.137.Contact zone 7.2014年.  https://ci.nii.ac.jp/naid/120005733115
〔3〕廖利玲.国立中興大学 「從習俗到產業—戰後臺灣「坐月子」與社會變遷1960~2010年」p.20-21.2016年.  https://hdl.handle.net/11296/9s83j9
〔5〕玉膳坊.餐點介紹.月子餐 https://www.foodforhealth.com.tw/meal/index.php?index_m_id=5 (2020-6-8参照)
〔6〕黄久華.国立陽明大学.社区護理研究所.「產婦執行坐月子習俗遵循度與產後健康狀態之相關性研究」p.12.2003年.  https://hdl.handle.net/11296/m842s2
〔7〕衛生福利部統計、「產後護理機構現況及服務量統計-按縣市別分」https://dep.mohw.gov.tw/DOS/cp-3906-40351-113.html (2020-6-8参照)
〔8〕中華民國内政部戸政司全球資訊網、「各縣市嬰兒出生數按生母年齡分」https://www.ris.gov.tw/app/portal/346 (2020-6-8参照)
〔9〕林君玉著 『坐好月子關鍵全書』、文經出版社有限公司、2012年、p.28-p.31
〔10〕楊嘉媛.開南大学「孕產婦對產後月子中心服務需求之研究」p.7-p.9.2016年.  https://hdl.handle.net/11296/877rmc
〔11〕孟斐,樂媽咪名廚團隊編 『產後・育兒大百科』、華威國際事業有限公司、2019年、p.54-p.57
〔12〕福原愛オフィシャルブログ.産後ケアセンター https://ameblo.jp/fukuhara-ai-blog/entry-12328568908.html (2020-6-29参照)

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