ヨーロッパの街並み～天神地下街の空間造形について～

１．はじめに
福岡市中央区天神は、九州の商業の中心地であり、百貨店や専門店がコンパクトに集中、大都市に比べ徒歩での買い物がしやすい場所である。(1)［資料１］
天神地下街は、現地調査をして開業に至った話を当時の関係者から聞き、研究課題に取り組むことになった。本稿では、商業施設と交通機関を結ぶ天神の大動脈としての機能を備え、ヨーロッパの街並みをイメージした天神地下街の空間造形について評価と報告を試みる。

２．基本データ
「天神地下街」
所在地：福岡市中央区天神二丁目地下1・2・3号
開業：昭和51（1976）年9月
面積：延床面積:約53,300m²（内、店舗面積:約11,500m²）
全長：南北方向 590ｍ、幅：東西方向 46ｍ
店舗数：152店舗（物販:128店舗、飲食:13店舗、サービス:11店舗）
構造:鉄筋コンクリート造（一部鉄骨造）
用途:店舗、駐車場、通路ほか
付帯施設：地上出入り口階段:28箇所
エスカレーター:4箇所、身障者対応エレベーター:2箇所、防災センター:1箇(2)　

営業状況　：平成27年度決算　店舗売上高　178.3憶円、駐車場収入　4.2憶円
店舗売上高の推移　H22年度17億円　平成27年度15,8憶円　
店舗売上高　H17年度から新規店舗加入後H18～20年度　19憶円超となる(3)［資料2］

３．歴史的背景
1958（昭和33）年福岡市の都市計画として、天神地区地下道構想の始まりは、天神地区の交通渋滞対策が目的で、竹中工務店が地下道の青写真を作製したことに端を発する。(4)
味気ない地下道の役割だけでなく街そのもの、アトラクティブ な付加価値の高いものをつくることになった。当時の広告代理店の関係者の話によると、担当者がヨーロッパに視察に行き、独自に計画から設計まで手がけ実に画期的なものであった。
天神地下街は、九州一の繁華街である福岡県福岡市の天神地区にあり、1976（昭和51）年開業の5年後に地下鉄空港線天神駅に結びつき、地下鉄天神駅から福岡空港まで11分、JR博多駅まで6分という全国的にもアクセスが良いと評価が高い。2005年には、新天神地下街が地下鉄七隈線天神南駅接続し南へ290ｍ延伸した。

４．空間造形の評価
4-1.空間造形のデザイン活動
1974年3月、地下街内は電通構想の19世紀ヨーロッパ風デザインを、地上の施設は芸工大のデザインを採用。天井には唐草模様の鋳物装飾で、床面はレンガと白みかげ石を使用することとした。ガス燈風街路灯と鉄製の店名看板を設置した。井上優氏はじめ電通プランニング室が2年間にわたり「行ってみたい場所・時代」として福岡人へのマーケット調査を行い一位が「ヨーロッパ」と「手作り時代末期」となり、素材を石・鉄・レンガに温かみのある空間がデザインされた。
1975年8月、電通の井上優プランナーを団長に30名がロンドン、フランクフルト、ローテンブルグ、スイス、ミラノ、パリロンドン、フランクフルト、ローテンブルグ、スイス、ミラノ、パリを2週間視察。店舗設計にヨーロッパのたたずまい、著名専門店の商法が活かされた。(5)

天神地下街は、特定の場に意味づけを与えるために、19世紀ヨーロッパの街並みをイメージした「石・鉄・レンガ」を象徴とする特徴的なデザインである。
1～6番街は、ヨーロッパ中北部の香り漂うステンドグラスやからくり時計が、黄昏のような優しい光に包まれている。7～12番街は、南欧風の街並みをイメージし、地上からのやわらかな自然の光が広場を照らす。(6) [ 資料3-1~3-3]　
北広場の通路のステンドグラスは、16～17世紀のジェノヴァやヴェニスの風俗を再現イタリア・ミラノ製、中央広場の西側に [ 資料3-3]の写真10．ボッティチェッリ≪春(プリマヴェーラ)≫より、三美神の部分をデザインしたもの、東側に [ 資料3-3]の写真11.グレイル≪ミネルヴァと三美神≫は、同じくイタリア・ミラノの美術工芸社に依頼して作られた（縦1.6メール、横1.5メートル）。
インフォメーション広場のステンドグラス（ [ 資料3-2]の写真6）は、福岡市の花「ふよう」と「さざんか」がモチーフでカジワラ・邦 氏のデザインである。(7)
新天神地下街の環境デザインを手掛けたのは、天神地下街のデザインも手掛けたTS’Aの佐藤哲哉氏です。重要なファクターとなったのが、『地下における光』でしたと述べている。(8)
天神地下街の鋳物天井はアルミキャストの特別仕様で昭和鉄工の製品である。設計者から示されたオリジナルのデザイン画を忠実に図面化し、木型製作工程では、設計者と昭和鉄工のデザイナーが綿密な打ち合わせを繰り返し、高品質の究極の製品が出来上がった。(9)[資料４]
私自身ヨーロッパ生活の経験では、レストランや家ではろうそくや温かみのある明かりの照明を部屋の複数個所に置く部分照明が一般的である。天神地下街の天井の照明は緻密に計算され、暖かに包まれた安心感があり、ステンドグラスを引き立てている。
開業40周年の2016年にはトイレのリニューアルを行い、アロマの香り、授乳室・多目的・女性専用トイレなどを新設した。(10)[資料5]
他県や海外からトイレの写真撮影に訪れる人も多く、利用者からも好評である。

4-2. 空間造形の評価点
天神地下街は、地元の人から意見を聞き、関係者がヨーロッパ各地を現地調査し、施設の細部にわたり質の高いデザインを反映したことを挙げる。商業施設と交通機関を結ぶ天神の大動脈としての機能と中世ヨーロッパの街並みを地下通路に意味づけ、オリジナルの天井を設計デザインし、ライトを計画的に配置、落ち着いた雰囲気を醸し出している天神地下街は、19世紀ヨーロッパ調で素材、色彩、ステンドグラス、レリーフに至るまで配慮と工夫を重ねているとして、第5回1991年度「天神地下街の景観演出活動」福岡市都市景観賞を受賞、2004年天神地下街　優良消防用設備等消防庁長官表彰受賞、2007年繊研新聞社主催 第10回テナントが選んだディベロッパー大賞 プロポーズ賞受賞、2009年繊研新聞社主催 第12回テナントが選んだディベロッパー大賞 ＣＳ賞受賞、2013年一般社団法人照明学会主催 照明普及賞受賞。(11)

天井を鉄の唐草模様の凝った二重構造にし、壁面のステンドグラスや落ち着いた照明の通路は、ゆたかな空間を演出している。近代の人工物だが、そこを歩いていると自然にヨーロッパの街にいるような気持ちにさせてくれる。この特徴的なデザインは、地上の商業施設とは明確な違いを意味付けした空間である。独自のデザインの魅力は現在も人々を引き付け、利用者のこころに豊かさをあたえている。

５．博多駅地下街との比較　　　　　
天神地下街の比較事例として、同じ福岡市に位置する博多駅地下街を挙げる。
博多駅地下街は、博多区の博多口側の地下1階にある。JR・地下鉄・バスに直結、駅周辺は九州最大の繁華街である天神地区と並ぶ福岡市の都心部、並びに繁華街・ビジネス街となっている。商業施設・オフィスビル・ビジネスホテルが混在する。JR九州 - 1日平均乗車人員は126,213人（2018年度） - JR九州では最多。(12)
博多駅地下街は、ビジネス、旅行者が多く、駅弁、お土産店が充実訪れる利用者のニーズにこたえている実用型で、天神地下街は、連絡通路に機能だけでなく全体をヨーロッパの街をイメージしてつくられ、利用者に落ち着いた雰囲気を優しく与えている。
1999年博多駅ビル地下において集中豪雨による死者が出たことを教訓に、博多駅地下街と天神地下街は、浸水時対策も安全面での対応に万全を期している。

６．今後の展望
商業形態は、インターネット通販、郊外大型店、アウトレットモールなど天神地下街が開業した40年ほど前とは消費者行動も大きく変わった。シャッター通り商店街が全国的にも増え、改善に向けて地域でさまざまな模索が続いている。
天神地下街の利用者からの要望に関して、福岡地下街開発株式会社のご担当者にメールでの問い合わせによると、現在は利用者からの要望の保留案件はないとのご回答をいただいた。(13)
開業当時の広告代理店関係者の話では、完成後も石畳の凹凸が女性のハイヒールに引っかかるという利用者の声に、店舗の入り口のみフラットなタイルを敷き直して修繕、利用しやすい工夫を行った。このように天神地下街を利用する人の声に耳を傾け続け、快適で安全安心な空間を持続する姿勢が重要であると考える。

７．まとめ
古来アジア大陸との交易で博多商人が新しいものを巧みに受け入れてきた系譜を受け継いだ福岡で開業した天神地下街は、都市基盤の役割と上質な19世紀ヨーロッパの落ち着いた空間をあたえる文化資産として未来へ存続することを期待する。

参考文献

参考文献

註釈
(1)［資料１］天神地下街位置図.「天神地下街４０年の歩み」 102 頁 https://my.ebook5.net/tenchika/4oth/ 2020.7.7 閲覧
(2) 福岡地下街開発株式会社「地下街概要」https://www.tenchika.com/company/detail/　2020.7.7 閲覧
(3)［資料2］「天神地下街40年の歩み」概要-店舗売上高-事業の実績　86,96,98頁
https://my.ebook5.net/tenchika/4oth/　2020.7.7 閲覧
(4) 「天神地下街40年の歩み」14-15頁https://my.ebook5.net/tenchika/4oth/　2020.7.7閲覧
(5)「天神地下街40年の歩み」https://my.ebook5.net/tenchika/4oth/　2020.7.7閲覧
(6) ［資料 3-1］てんちかカードパンフレット資料（天神地下街 MAP）と天神地下街写真 2020.7.11 著者撮影
［資料 3-2］天神地下街写真 2020.7.11 著者撮影
［資料 3-3］天神地下街の写真 ステンドグラスと壁画 2020.7.11 著者撮(7)福岡地下街開発株式会社様へのメールでのお問い合わせによるご回答より2020．7.16,7.20
(8) 昭和鉄工株式会社の花牟礼誠氏のAsia Townscape Design Society　報告書　24頁
　「福岡新天神地下街 アルミキャスト天井工事」
(9) [資料4] 昭和鉄工株式会社.HP　
https://www.showa.co.jp/product/bridge/sk-asp-t.html　2020.5.20閲覧
(10)[資料5]福岡地下街開発株式会社天神地下街　てんちかについて
https://www.tenchika.com/about/ 2020.7.15閲覧
(11)福岡地下街開発株式会社「地下街概要」沿革
https://www.tenchika.com/company/detail/　2020.7.7閲覧
(12) 博多駅利用状況
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E5%A4%9A%E9%A7%85#利用状況　20202.7.5 閲 覧
(13) 福岡地下街開発株式会社様へのメールでのお問い合わせによるご回答より2020．7.16

参考文献
・福岡地下街開発株式会社「地下街概要」https://www.tenchika.com/company/detail/　2020.7.7閲覧
・「天神地下街40年の歩み」概要-店舗売上高-事業の実績　86,96,98頁
　　https://my.ebook5.net/tenchika/4oth/　2020.7.7 閲覧
・「天神地下街40年の歩み」14-15頁https://my.ebook5.net/tenchika/4oth/　2020.7.7閲覧
・「天神地下街40年の歩み」https://my.ebook5.net/tenchika/4oth/　2020.7.7閲覧
・昭和鉄工株式会社の花牟礼誠氏のAsia Townscape Design Society　報告書　24頁
　「福岡新天神地下街 アルミキャスト天井工事」
・昭和鉄工株式会社.HP　https://www.showa.co.jp/product/bridge/sk-asp-t.html　2020.5.20閲覧
・福岡地下街開発株式会社天神地下街　てんちかについて
　https://www.tenchika.com/about/ 2020.7.15閲覧
・福岡地下街開発株式会社「地下街概要」沿革
　https://www.tenchika.com/company/detail/　2020.7.7閲覧
・ 博多駅利用状況
　https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E5%A4%9A%E9%A7%85#利用状況 20202.7.5閲覧