『中野サンプラザ』-消えゆく昭和の名建築-

東 恒史

1.はじめに

中野サンプラザは、中野駅前に建つ複合文化施設である。白い三角形の外見とともに、中野のランドマークとして多くの人に愛されている。コンサートホールが特に有名だが、実体は15種を超える施設からなる複合文化施設である。

しかし、中野駅前の再開発に伴い解体されることが既に決まっている。サンプラザに思い入れのある区民や音楽ファンからは解体を惜しむ声が止まない。

2.基本データ

所在地:東京都中野区中野4-1-1
竣工:1973年6月1日
構造:地上21階、地下3階
敷地面積:9530㎡
施設内容:多目的ホール・結婚式場・研修室・宴会場・テニスコート・
レンタルオフィス・ホテル・レストラン・音楽スタジオ・
フィットネススタジオ・ボウリング場・プール・インターネットカフェ・
フラワーショップ・駐車場

3.沿革

サンプラザという愛称は若さ満ちあふれるエネルギーの象徴「太陽=SUN」と、人々が集う場所「ひろば=PLAZA」を複合させたものである。開業当時の名称は「全国勤労青少年会館」、雇用保険法に基づく勤労福祉施設として行政の手により建設された。

当時は全国の新聞を閲覧出来る施設や、結婚相談コーナーなどもあり、夏のイベントでは3分間無料で故郷に電話がかけられるコーナーも特設された。地方から集団就職した若者が憩う場所として考えられていた。

2003年には勤労青少年会館としての役目を終え、以後中野区が子会社を通じて所有、管理している。

4.中野駅前の再整備計画

中野区はサンプラザと区役所がある約5haのエリアに、2028年を目処に多目的ホール、宴会場、ホテル、会議場、オフィス、商業施設、住宅などからなる新しい複合施設の建設を計画している。

これにより区の懸案だった企業数の増加や、公園の増加、駅周辺の高低差を緩和する歩行者デッキの整備などが可能となる。しかし、区の財政は厳しい。区は新施設を民間事業者により所有、整備、運営するとしており、その保証金を庁舎移転と借入金返済の財源に充てる予定だ。

民間事業者が運営する施設には採算性が求められる。新しい多目的ホールは採算や運営で有利という理由で7000人規模のアリーナとした。

現在のコンサートホールとは用途も規模も異なる為、解体反対派を中心に物議を醸している。

5.外観の魅力

中野サンプラザの魅力は、まずはその外観である。まるでサンドイッチのような躯体は、中野駅に降り立つとすぐに目に飛び込んでくる。一度見たら忘れられないインパクトを得る筈だ。解体を惜しむ住民が多いのは、この街に帰って来ると一番に迎えてくれるのがこの風貌だからだろう。中野区は住民の要望を尊重し、サンプラザの形状や愛称を継承することを検討するとしている。

しかしこの特異な外観は、デザイン重視の観点で生まれたものではない。設計者の林昌二氏は、複合施設の弱点となる防災面に配慮し、下から上に向かって床面積が少なくなるようにし、人口密度が下から上に向かって少ないものを順次積み上げた結果、あの三角形のかたちになったと語っている。(『新建築』1973年6月号)

また、当初はホール棟、ホテル棟、スポーツ棟の三棟を平面的に配置する予定だったが、林氏の提案でその全てを一つの建物に複合したのだという。

「複合化することによってそれまでにできなかったいいことがたくさんできるようになる」
複合施設の先駆けとして設計者の挑戦だったことがうかがえる。

複数の建物で構成される複合施設は多数存在するが、ひとつの建物の中にこれだけの施設を収めた建造物は他に例がない。林氏は将来この施設を勤労青少年自身が運営することまで想定していたという。複合することでいいことがたくさんできる。林氏が勤労青少年の為の施設としてコンセプトを熟考した結果だったのだ。

他にも、積み上げた各階層を両側から耐震壁で挟み、非常階段やEV、設備シャフトをここに集約する事で避難経路を明確にしたり、メンテナンスの効率化を果たしている。また、躯体面積を極限までスリム化し、僅か9500㎡の敷地で建ぺい率48%を実現、正面に3000㎡の広場を設けることに成功している。ほぼ同じ敷地面積の複合施設「渋谷ヒカリエ」は建ぺい率86%、広場は存在しない。

6.貴重なコンサートホール

サンプラザのもう一つの魅力はコンサートホールだ。かつては「音楽の殿堂」と呼ばれ、山下達郎をはじめ国内外のミュージシャンに高く評価されている。近年はモーニング娘やAKB48など人気アイドルの登竜門としても名高く「アイドルの聖地」の異名も持つ。隣接する複合商業施設「中野ブロードウェイ」との相乗効果で、中野が「サブカルの街」と呼ばれる所以となっている。

70年代、山手線の外側でホールは成功しないと言われていた。まだ「ロックお断り」のホールも多い時代、サンプラザは積極的に様々なアーチストを受け入れ、若者から絶大な支持を受けた。

昨今、人気アーチストがアリーナの公演を好む一方、2000人という観客との距離が近い空間が、発展途上のアーチストに好まれるのだ。しかし、この規模のホールは2016年頃から閉館が相次ぎ減少傾向にある。これからが期待されるアーチストはパフォーマンスの場を失いつつある。

7.ハレザ池袋

今年7月に「ハレザ池袋」が全面開業した。豊島区役所と豊島公会堂跡地を利用し、オフィス棟、ホール棟、区民センターの3棟と中池袋公園で構成される複合施設だ。オフィスとホールは土地を賃借する民間企業が、公園と区民センターは区が整備する。旧庁舎跡地に借地権を設定し、移設した新庁舎の建設費を捻出した点は、中野区と方向性が似ている。

しかし、ハレザ池袋は街の特色である演劇文化の昂揚を図るという明確なコンセプトを掲げ、大小ホール、スタジオなど8つのシアターを設けている。メインのホールも収容人数1300人と演劇に適した空間だ。これは採算性だけを重視して7000人のアリーナとした中野区とは大きく異なる。

また、建物に共通したデザインを施し、あらゆる境界を最小化することを目指している。ただ、中野サンプラザのようなインパクトやランドマークとなるような印象は感じられない。シックな四角いビルという印象で、人々を集わせる親近感を感じなかった。

8.解体される理由

サンプラザにはもちろん「老朽化」の問題がある。区は概算時点で費用膨大だとして改修案を却下しているが、技術的に不可能なことではないだろう。しかし、50年前の建築には段差や階段も多く、簡単には解決出来ない問題も多々見受けられる。ひとつの建物に詰め込んだ各施設は間取りの変更などが難しく、用途の変更に対応出来ない。ハレザ池袋のように賃貸オフィスで資金を得ることも難しい。

林氏の挑戦だった「複合」は、勤労青少年会館から文化娯楽施設へ用途が換わってしまった今、むしろ「仇」になってしまったのかもしれない。先人たちの意志が詰まった非常に稀有な建築だけに、存続してもらいたい気持ちはあるが、解体はやむを得ないだろう。

9.まとめ

ハレザ池袋は明確なコンセプトを持っていることが素晴らしい。かつてサンプラザもそうであった。中野区は民間業者と共に、中野が今後必要とするものは何かを突き詰めコンセプトを明確にする必要がある。私は中野の特色としてサブカルを盛り上げてゆくことをおすすめしたい。

単に形状にこだわることは意味のあることとは思えないが、ハレザ池袋との比較で外観の影響力が重要であることを再認識した。「メラビアンの法則」ではないが、人々に愛される場所となる為には、視覚的にも工夫が必要である。

三角形にこだわる必要は全くない。新しくつくる施設のコンセプトを突き詰めた結果と結び付く新しいデザインが生まれ、新しい中野のランドマークとなることを願う。

  • 1 【1.と4.の資料】『再整備計画』エリアと中野サンプラザ周辺各施設の位置関係図
  • 2 【4.の資料】中野駅前再整備事業計画のコンセプト
  • 3 【4.の資料】中野区がかかえている問題
  • 4 【5.の資料】中野サンプラザ断面図・平面図と施設配置
  • 5 【5.の資料】サンプラザの外観と構造の特徴について
  • 6 【5.7.8.の資料】本文で取り上げた建築のデータ比較
  • 7 【6.の資料】2000年以降閉鎖や建替になった首都圏の中規模ホールリスト
    中野サンプラザと同規模のホール・劇場は減り続けている。ビッグアーチストは採算性を重視して大型アリーナ公演を好むが、これから開花するアーチストのアピールの場も必要だ。
  • 8 【7.の資料】ハレザ池袋資料

参考文献

〈書籍〉
・『目で見る中野区の100年』郷土出版社、2015年
・『昭和モダン建築巡礼』磯達雄・宮沢洋著、日経BP、2019年
・『鉄道にみる中野の歴史』中野区立歴史民俗資料館、1998年
・『中野区民生活史』第三巻 中野区、1985年

〈雑誌〉
・『新建築』1973年6月号記事「対談=複合への志向」神谷宏治・林昌二 新建築社
・同上記事 「全国勤労青少年会館の設計概要」平井堯(日建設計) 新建築社
・『新建築』2020年13月号記事「Hareza池袋」
・『日経アーキテクチュア』2013年2月10日号記事「短命建築の教訓」日経BP社
・『日経アーキテクチュア』2019年10月24日号記事「中野サンプラザ、ビッグネスとしての建築」日経BP社
・『TO mag』2014年3月23日号「中野区特集」(株)スペースシャワーネットワーク
・『東京人』2013年6月増刊「中野を楽しむ本」都市出版

〈中野区政資料〉(特に参考としたもののみ)
・『中野駅新北口駅前エリア再整備事業計画』中野区、2020年1月公表
・『意見交換会実施結果報告書』中野区、2019年10月
・『中野駅新北口駅前エリア再整備に係る区民等からの意見について』中野区、2018年11月
・『区役所・サンプラザ地区再整備推進区民会議 議事録』全13回分、中野区、2015年6月~2019年10月
・『区役所・サンプラザ地区再整備等の考え方』株式会社まちづくり中野21、2010年3月

〈ウェブ〉
・中野区ホームページ
・中野サンプラザホームページ
・日建設計ホームページ
・地理院地図Vector
・東京都産業労働局ホームページ
・東京都総務局統計部ホームページ
・東京都建設局ホームページ
・『2019ライブ・エンターテイメント白書・ライブ市場統計調査データ』最新版サマリー ライブ・エンタテインメント白書調査委員会(ぴあ総研)

〈新聞記事〉(特に参考としたもののみ)
・日本経済新聞 2012年6月29日記事「オタクの街・中野が大変身 早稲田・キリン進出、サンプラザ解体へ」
・日本経済新聞 2013年2月14日記事「変わる中野 企業や大学進出、区は産業振興拠点開設」
・日本経済新聞 2016年6月10日記事「中野サンプラザ解体、1万人アリーナ誕生の皮算用」
・日本経済新聞 2016年7月22日記事「サブカルの街『中野』大改造、駅前も新街区へ移動」
・日本経済新聞 2016年7月22日記事「ホール・劇場不足、『2016年問題』はなぜ起きた?」
・日本経済新聞 2016年10月16日記事「ホール・劇場不足にどう対応」

年月と地域
タグ: