地域の文化資産として古墳群で美術展を       ~池田山麓物語・願成寺古墳群美術展を例に~

高橋 勤子

はじめに
文化庁の調べによれば、全国には約16万基の古墳が確認されている。岐阜県内では5,110基が確認され、そのうち3,973 基が現存する[1]。岐阜県下最大級の群集墳とされる願成寺西墳之越古墳群(がんじょうじにしつかのこしこふんぐん)(以下、「願成寺古墳群」という)は、岐阜県中西部に位置し、古墳時代後期の美濃地方で最も旺盛な造墓活動を行った群集墳の一つである[2]。その古墳群を舞台にして2年に一度、古墳と現代アートがコラボレーションした「願成寺古墳群美術展」が開かれている。
本稿では、宅地開発に伴い発掘調査後に造成、整備された、「歴史の里・しだみ古墳群」と比較考察し「古墳群で行われる美術展」を地域の文化資産として評価を試み、その展望を考察する。

1、基本データと歴史的背景
1-1願成寺古墳群とは
願成寺古墳群美術展の舞台である願成寺古墳群は、池田町の西側にある標高924mの池田山から東に流れ出す標高約100m~150mの扇状地上、約9ha(南北約230m、東西約300m)に集中し、111基の円墳が確認されている。1969年には岐阜県の史跡に指定された。中でも1号墳は、横穴式石室をもつ直径18mの円墳で、その石室は全長12,7mと県下でも最大級である。古墳の造営主体は、推古天皇と強い繋がりを持った部の民であると考えられているが、調査は今も継続中である[3][資料-1]。

1-2願成寺古墳群美術展とは
願成寺古墳群美術展は、2008年に同町宮地地区の熊野神社で行われた「美濃国池田山麓物語 クラフト展」(以下、「クラフト展」という)を前身としている。2010年からは、クラフト展と同時に美術作品を屋外展示する特別企画展「鎮守の杜の展覧会」が開かれ、その来場者は毎年増え続けた。そして、2013年は出展者133組、来場者1万2千人を動員する大規模なイベントへと成長したが、地域活性化の目的を果たしたクラフト展は、ここで役目を終えた。2015年には「古墳と対峙した美術展だけの開催は可能か?」という課題と向き合い、名称を「願成寺古墳群美術展」(以下、「古墳群美術展」という)と独立させ、現在に至っている[表-1]。

2、古墳群美術展の取り組みを評価する
一般的な現代アート美術展が公募によって作家を選出しているのに対し、古墳群美術展の出展作家は公募によらず、古墳への畏敬の念を持つ作家同志の交流の中から選出される。
古墳群事務局は古墳に関する歴史や知識を解説する「古墳レクチャー」を実施している[資料-2]。古墳レクチャーは、専門家だけではなく考古学、古代史に関心のある市民も楽しめる内容で構成され、美術展を目的とした来場者にも古墳への関心を高める効果があり、その後の作品鑑賞会では、市民と作家の出会いの場も創出している。
現代アート展を古墳群で行う必然性はない。しかし、古墳群で行う美術展として周知させることで市民に関心を持ってもらい、古墳レクチャーに参加して知識を深め、さらに作家から作品への思いを聴くことにより、想像力を駆使して古代の人々へ思いを馳せることが可能となる。それは川添善行氏が述べるように「歴史的経緯や人の暮らし方、それらが積層して残る動的な風景を理解しようとする取り組みが始まっている」と考える[4]。古墳が持つ歴史と文化に美術が融合し、そこに新たな価値を与えることこそ、古墳群で美術展を行うことの意味といえる。実行委員の土川修平氏は「古墳群美術展の役割は、作品を通して流れる時間を具現化し、生死の変遷を見ることにより、今をいとおしむ心が生まれることである」と述べている[5]。
つまり、古墳群美術展は、それぞれ別のものとして評価されていた古墳群と美術作品を一体のものとして再定義し、創造する取り組みであることを高く評価したい。

3、歴史の里・しだみ古墳群と比較して何が特筆されるのか
3-1歴史の里・しだみ古墳群とは
名古屋市守山区上志段味にある志段味古墳群は、66基の古墳が確認され、前期から終末期までの特徴をもった古墳が造営された場所である[6]。名古屋市はこの古墳群を将来にわたり守り伝えていくために、5年に及ぶ調査・整備ののち、平成30年に「歴史の里・しだみ古墳群」(以下、「歴史の里・しだみ」という)をオープンさせた。敷地内には出土品や古墳時代を身近に感じられる「体感!しだみ古墳群ミュージアム」がある[資料-3 写真-1]。出土品をミュージアムに展示することで、教育と文化の継承に寄与している[7]。

3-2 体感と想像
歴史の里・しだみと古墳群美術展は、古墳群を地域文化として伝える工夫をしている[8]。そのアプローチの仕方を「体感」と「想像」の観点から比較する。
歴史の里・しだみは「古代ロマンを五感で体感」を基本理念としており、埴輪作りや勾玉作り、火おこし体験や原寸大のレプリカに触れたりしながら、未就学児童でも貴重な文化の体験ができるようになっている。そして、アート作品が常設されている場所は、公園として近隣住民の憩いの場となり、古墳が身近に感じられるようになっている[資料-3 写真-2,3,4]。
ミュージアムは定休日や営業時間が設けてあるが、敷地内にはいつでも入ることができ、車椅子での散策も可能である。アプリを使って古墳の解説を聞いたり、古代のゲームをしたり、楽しみながら学習ができる仕掛けになっている[9]。
古墳群美術展は自然の景観を維持管理した場所で行われるが、歴史の里・しだみのように道が整備され、施設が整っているわけではない。しかし、そこには期間限定で非日常の世界と時間が現れ、鑑賞者が古墳と作品に対峙した時には自由な想像も許される。
そして、「時間の具現化」も想像力を刺激する。初日にはきれいな水を湛えていた『器』が、日を経るとその中に木々や花が落ち水も濁り、それは時の経過を表している[資料-4 写真-1]。
2019年に58号墳と60号墳の谷[図-1]に展示された『鎮墓獸』は、左右にある古墳を見守るかのように設置されていた。のちの取材からそれが「古代中国のお墓に置かれていた像」の名前であり、作家もそれをリスペクトして制作したことがわかった[10][資料-4 写真-2]。
また、同年の開催期間中に令和改元を記念して行われた「鎮魂の場踊り」では、古墳の中に置いた棺を『タマシヒ』と名付けて展示し、巫女の姿を想像させるダンサーと即興演奏者たちとのコラボレーションが行われ、作家はそのパフォーマンスも含めて作品とした[資料-5]。 歴史の里・しだみを訪れたのち、再び、願成寺古墳群を眺めてみると、そこは想像と祈りの場であると感じた。
このように、歴史の里・しだみでは、体感を通して古墳の意義や文化的価値を世代を問わず市民に伝え、古墳群美術展では、造営された当時に近い環境に身を置き、アートを介して沸いてくる想像力により、古墳の意義や文化的価値を伝えようとしている。

4、今後の展望について
古墳群美術展を地域の文化資産として評価・考察する中で、課題があることもわかった。「神聖な場所を踏み荒らしてもよいのか?」と寄せられる声への対応である。これは文化財保護を問う貴重な意見である。古墳群美術展は教育的配慮を行ったうえで開催されており、文化財保護の活用範囲に含まれていると考える[11]。しかし、現在の在り方が最良であるかは、議論を深める必要がある。アートディレクターの水谷篤司氏は、今後の課題として「アピールするのはアートではなく、アートでできることの模索である。」と述べている[12]。そこで筆者は「古墳のありか」を示す標示板の制作を出展作家に提案できないかと考えている。平野湟太郎氏は「地域の土地や人々によって育まれた『土発(どはつ)』の考え方が必要であり、それがこれからの日本を面白くしていく」と述べている[13]。その作品が畏敬の念を示す象徴となり、目印になり地域に溶け込み、古墳群に寄り添うものであることを願う。

5、まとめ
古代から連綿と続いている人間の営みを絶やすことなく継承していくために、古墳群美術展を新たな地域の文化資産として伝えていく必要があると考える。2021年の開催が迷われている中ではあるが、古墳群美術展の副題でもある「池田山麓物語」の思いは、松田朋春氏が述べているように「語り継がれることで永続化する」[14]と考える。生活の形態が変化し多様化した価値観を持つ現代人にとって、この場所が人々の新たな拠り所となることを願う。

  • 1_%e5%8d%92%e7%a0%94%e3%89%95%e3%80%80%e8%b3%87%e6%96%99-1-%e9%a1%98%e6%88%90%e5%af%ba%e5%8f%a4%e5%a2%b3%e7%be%a4%e3%80%801%e5%8f%b7%e5%a2%b3_page-0001 資料-1 願成寺西墳之越古墳群・1号墳 
    古墳群の北に隣接する大津谷公園で花見を楽しむ人々         
                   写真-1  2020年3月26日
                   写真-2  2012年4月15 日  どちらも筆者撮影
  • 【非掲載】資料ー2 「古墳レクチャー」を行う横幕大祐氏と作品鑑賞会参加者
                   写真-1,2,3,4,5,6 2019年4月26日 すべて筆者撮影
  • 3_%e5%8d%92%e7%a0%94%e3%80%80%e5%a4%89%e6%9b%b4%e3%81%97%e3%81%9f%e8%b3%87%e6%96%99-3%e3%80%80%e3%82%ab%e3%82%aa%e3%83%80%e3%82%b7%e5%be%8c%e9%9d%a2%e3%82%92%e6%9c%a8%e6%a3%ba%e3%81%ab%e5%a4%89 資料ー3 しだみ古墳群ミュージアムと常設現代アート
                   写真-1,2,3,4 2020年6月26日 すべて筆者撮影
  • 4_%e5%8d%92%e7%a0%94%e3%89%95%e3%80%80%e8%b3%87%e6%96%99-4-2%e3%80%80%e3%80%8e%e5%99%a8%e3%80%8f%e3%81%a8%e3%80%8e%e9%8e%ae%e5%a2%93%e7%8d%b8%e3%80%8f_page-0001 資料ー4 願成寺古墳群に置かれた作品『器』と『鎮墓獸』
                   写真-1  2015年5月3日
                   写真-2  2019年4月27日 どちらも筆者撮影
  • 5_%e5%8d%92%e7%a0%94%e3%89%95%e3%80%80%e8%b3%87%e6%96%99-5%e3%80%80%e5%a5%89%e7%b4%8d%e8%88%9e_page-0001 資料―5 願成寺古墳群1号墳に置かれた作品『タマシヒ』とそこで行われた「鎮魂の場踊り」の様子
                   写真-1,2,3,4, 2019年5月2日 すべて筆者撮影
  • 6_%e5%8d%92%e7%a0%94%e3%89%95%e3%80%80%e5%9b%b3%e8%a1%a8-1-2_page-0001 表-1・図-1 クラフト展から古墳群美術展への流れ 
          古墳群と作品の設置場所
                   表-1 筆者作成
                   図-1 古墳の地図は池田町HP「歴史と文化」より
                      作品位置は筆者作成

参考文献

【註釈】
[1]文化庁 平成24年度 周知の埋蔵文化財包蔵地 P,30 ⑧表より
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/maizobunkazai.pdf
2020年7月26日 最終閲覧日

[2]中井正幸 編『東海の古墳風景』P,119より

[3]池田町教育委員会 社会教育課 考古学者 横幕大祐氏への取材より2020年6月30日
   池田町HP「 歴史と文化」より   2020年7月26日 最終閲覧日
https://www.town.gifu-ikeda.lg.jp/kankou/0000000503.html
最も古い古墳は5世紀後半、大半は6世紀末~7世紀後半頃に造営されたと考えられている。確認できる古墳は直径6m〜20mの円墳から成る。36号墳からは、須恵器や鉄剣、101号墳からは、勾玉や耳輪などの副葬品も多く出土している。

[4]川添善行 著・早川克美 編『空間にこめられた意思をたどる』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎 2014年p,144より

[5]土川修平(元クラフト展主催者・古墳群美術展事務局実行委員 池田町在住)
古墳群美術展事務局土川商店での取材より  2020年2月24日・7月15日
                          
[6]史跡志段味古墳群保存管理計画 第1章より 2020年7月26日 最終閲覧日
   https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/pdf/hozonkanrikeikaku.pdf

[7]体感!しだみ古墳ミュージアムより 2020年7月26日 最終閲覧日
   https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/shidamu.html

[8]「歴史の里」基本計画 《概要編》P,3より 2020年7月26日 最終閲覧日
https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/pdf/rekisatogaiyou.pdf#search=%27https%3A%2F%2Fwww.rekishinosato.city.nagoya.jp%2Fpdf%2Frekisatogaiyou.pdf%27
   願成寺古墳群美術展事務局での取材より 2020年3月12日

[9] 歴史の里・しだみ古墳群 ウォーキングマップより 

[10]「鎮墓獣」とは『大辞林』によると
   墓を守護し悪霊をはらう役目を負わされて、墓中に置かれた獣形ないし人面獣身などの像。中国、戦国時代の楚の墓から出土するものは長舌を有する木彫像。唐墓からは有翼の陶製の怪獣が出土する。

[11]文化庁資料 市民参加型の遺跡の保護活用事例より 2020年7月26日 最終閲覧日 
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/takamatsu_kitora/rekkachosa/07/shiryo_2.html

[12]水谷篤司(アートディレクター、現代アート作家 台湾在住)
    古墳群事務局施設での交流会での取材より 2019年5月2日

[13]早川克美 著『デザインへのまなざし―豊かに生きるための思考術』 京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎 2014年p,124より

[14]中西紹一・早川克美 編『時間のデザイン ー経験に埋め込まれた構造を読み解く』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎 2014年p92~94より

【参考文献】
・岡本太郎『今日の芸術』光文社 2017年
・加藤周一『日本文化における時間と空間』岩波書店 2020年
・川添善行 著・早川克美 編『空間にこめられた意思をたどる』京都造形芸術大学芸術学舎 2014年
・岐阜県池田町編『岐阜県史跡 願成寺西墳之越古墳群 資料調査報告書』 池田町教育委員会 1999年
・熊倉純子 監修『アートプロジェクト』水曜社 2018年
・白石太一郎『古墳とその時代』山川出版 2019年
・中井正幸・鈴木一有 編『東海の古墳風景』雄山閣 2008年5月
・中西紹一 ・早川克美 編『時間のデザイン ー経験に埋め込まれた構造を読み解く 』京都造形芸術大学芸術学舎 2014年
・野村朋弘 『死を巡る知の旅』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎 2016年
・早川克美『デザインへのまなざし ―豊かに生きるための思考術 』京都造形芸術大学芸術学舎 2014年
・深谷淳『尾張の大型古墳群 国史跡 志段味古墳群の実像』 名古屋市教育委員会文化財保護室 六一書房 2015年
・松本茂章『文化で地域をデザインする』学芸出版 2020年
・横幕大祐 編著『岐阜県史跡 願成寺西墳之越古墳群C・D・H~J地点確認調査報告書 池田町教育委員会 2002年
・若狭徹『はにわの世界』東京美術 2018年

・文化財保護法の改正の概要  2020年7月26日 最終閲覧日
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/ozuna_sagyobukai/01/pdf/r1407934_03.pdf#search=%27%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%B3%95%E3%81%A8%E3%81%AF%27

・文化庁 アートプラットホーム 2020年7月26日 最終閲覧日
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/artplatform/index.html

・文化庁 資料 市民参加型の遺跡の保護活用  2020年7月26日 最終閲覧日
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/takamatsu_kitora/rekkachosa/07/shiryo_2.html

・歴史の里 しだみ古墳群HP 2020年7月26日 最終閲覧日
https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/about.html

・史跡志段味古墳群保存管理計画 2020年7月26日 最終閲覧日
 https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/pdf/hozonkanrikeikaku.pdf
                   
・「歴史の里」基本計画 《概要編》   2020年7月26日 最終閲覧日
https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/pdf/rekisatogaiyou.pdf#search=%27https%3A%2F%2Fwww.rekishinosato.city.nagoya.jp%2Fpdf%2Frekisatogaiyou.pdf%27
                    
・「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」2020年7月26日 最終閲覧日
http://smcak.jp/about-the-museum/directors-voice

【取材協力】
・池田町教育委員会社会教育課 横幕大祐氏
・願成寺古墳群美術展事務局、実行委員 土川修平氏
・願成寺古墳群美術展アートディレクター 水谷篤司氏
・古墳群美術展アート作家 市橋美佳氏 酒井稔氏 夏愛華氏
・古墳群美術展 企画展 鎮魂の場踊りパフォーマー各氏
・名古屋市教育委員会文化財保護室
・体感!しだみ古墳群ミュージアム

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