「福岡市赤煉瓦文化館」の文化資産から考える建築保存

髙橋 美穂子

1.はじめに
建築保存とは何か。その問いに対して、古代に造られた建物の保存を主に考えるかもしれないが、令和という時代を迎えて、近現代の建物に焦点をおき、福岡市赤煉瓦文化館(以下、赤煉瓦文化館という)の文化資産について掘り起こしてみた。
今年で110年という歴史を持つ赤煉瓦文化館は、福岡県福岡市の天神中心部にある。この建物が重要文化財として残っていく過程には、この110年の月日の中にある保存活動が刻みこまれている。時の波と共に、変わりゆく景観の中で建築保存活動が何を意味するのか。また現在ある国内建築保存においては、建物全体の記録の重要性と共に、技術継承の問題もあると考える。
時代と共に、福岡市の都市が形成される中で、文化の記録として唯一残ったこの建築について、その文化資産と保存された過程に評価し、今後の建築保存にある新たな可能性について紐解いていく。

2.福岡市赤煉瓦文化館の基本データ
2-1 所在地
福岡県福岡市中央区天神1丁目15-30
2-2 建物についての種別
国指定重要文化財
2-3 竣工年月
1909年(明治42年)2月
2-4 規模
敷地面積597.85m2、建築面積281.8m2、延べ床面積736.66m2
2-5 施設概要
赤煉瓦文化館は、煉瓦造りの国指定重要文化財施設の建物である。明治後期に建てられ、赤と白の華やかな外壁は現存のままで、アール・ヌーボーの影響がうかがわれる内装は、建築当時の姿を復元したものである。館内は自由に見学でき、展示室や会議室としても一般に利用できる。

3.歴史背景
赤煉瓦文化館は、明治42年(1909年)2月に日本生命保険相互会社の九州支店として建てられた。設計者は東京駅などを設計した辰野金吾と片岡安によるもので、施工は清水組(現在の清水建設株式会社)で行ったとある。(註1)
昭和41年までは社屋として使用されていたが、新社屋建設に伴い支社は移転した。その後、建物は市民の保存活動により残り、昭和44年に重要文化財の指定を受け、福岡市に譲渡されたのである。昭和47年から福岡市歴史資料館として活用されていたが、平成2年に市立博物館の建設により移設し、その名称と運営内容が変わっていく。
その際に建物の新たな活用方法を検討するために、福岡市ゆかりの文学者や市民活動により利用計画検討委員会が設置、その委員会の提言によって、平成4年に保存整備工事が行われ、平成6年から「福岡市赤煉瓦文化館」と名称が変わり、開館した。
既存の施設を活用する文学館となり、1階は福岡市総合図書館のサテライト機能として、文学資料の収集・調査・保存・閲覧という基本的な機能があり、2階は貸室を設けて、市民相互の利用・交流・参画という自発的な活動の場として動きだしたのである。(註2)
そして、令和元年には新たな活用のために、1階に所蔵していた文学資料は福岡市総合図書館へ移り、「エンジニアカフェ」という技術者の交流の場へと変わった。

4.文化資産としての建築保存の評価
赤煉瓦文化館の文化資産としての評価にあたり、建築保存の視点で、歴史性・技術性・活用性で考察していく。
4-1 建築保存の歴史性
赤煉瓦文化館は、中央部にドームをのせた小塔や屋根窓を配した多彩な形の屋根と赤い煉瓦に白い花崗岩の帯を装飾的に使った外壁が特徴である。この形は辰野金吾がロンドンに留学した19世紀末に、イギリスで流行したクィーン・アン様式の応用として、「辰野式」フリー・クラシック様式と呼ばれている。
この建物が昭和47年に改修工事が行われる際に、その調査と改修工事内容をまとめた『保存修理工事報告書』(註3)がある。その報告書では、建物概要から始まり、修理にあたっての現存する部材や素材、実施する修理において、建物の図面や概説がこと細かく説明されている。
建築の保存においては、福岡市の天神、博多周辺では、明治、大正、昭和初期に多くの近代的な建築を施した建物があったが、そのほとんどは既に都市開発により、なくなっている。この赤煉瓦文化館は明治に建てられた西洋建築として、唯一残っている建物である。
海外においても、歴史的建造物の保存にあたり興味深い歴史がある。18世紀半ば以降の英国でも多くの歴史的建造物が破壊されている。その時代は英国の近代化、及び工業化の過程においてである。すなわち、本格的な建築保存が必要になったのは、産業革命の急速な社会変化によるものである。(註4)
その時代を踏まえて、この赤煉瓦文化館を見ていくと、この建物にある赤煉瓦の資材は、19世紀のイギリスから取り寄せた貴重な記録でもある。二つの歴史を物語る建築資材の保存と考えてよいのではないか。現物が残っていた建築資材と修復保存をした記録書を緻密に調査し、作成された報告書もまた次の世代に残した貴重な建築保存の歴史になると考える。

4-2 建築保存の技術性
明治という時代の大きな流れの中で、近代建築は多く建てられた。特に赤煉瓦を使用した建物は国内でも数多くある。幕末・明治期の西洋建築における煉瓦積みは、フランス積みやイギリス積みといった構造的に強い積み方が一般的であった。
辰野金吾が生み出した「辰野式」はその手法を応用し、明治20年代より発展していく。(註5)その技術力を110年経つ今も、現存している赤煉瓦文化館では、「赤煉瓦積み」の美しさと供に親しまれている。
実際に赤煉瓦で残っている国内の建物には、その保存に対する考えに基づいて、「レプリカ」として現存するものもある。それは、本来の建物の形状は同じものであったとしても、当時の部材や建築資材等のものは残っていない事を示す。(註6)
建築保存として、この「レプリカ」には本来の意味が存在するのであるか。その問いに関しても、実際に現存されていく建築保存の技術と共に、今後を考える機会を与えていく。
では、建築保存の本来の意味は何か。それは修復工事、メンテナンス等の技術力だけではない、その建物の活用にも大きな要因があると考える。

4-3 建築保存の活用性
赤煉瓦文化館は令和元年に、1階をエンジニアの交流拠点である「エンジニアカフェ」に変わり、2階は文化活動を行うことができる貸室を有料として設置し、市民の交流の場として活用されている。令和の時代を迎えて、新たな活用が始まったばかりである。
その活用において、オーストラリアのメルボルンにあるビクトリア州立図書館と比較していくと、そこには自由で開かれた学び場や運営活動があった。その中心になる活用性について特筆したい。

4-4 ビクトリア州立図書館の概要
1856年(安政3年)にメルボルンの公立図書館として開館したビクトリア州立図書館は、オーストラリアで最も古い公立図書館である。また、ここは世界初の無料公立図書館としても知られている。
図書館は美しい伝統的な建物であり、その中でも壮大なドーム型の天井がある「ラ・トローグ・リーディング・ルーム」は図書館の重要な歴史的保存物が数々残っている。創業以来、多くの変更や改修工事を行なっているにも関わらず、建物の正式なアプローチを保持している。
その図書館の建物と同様に重要なのは、150年以上にわたりビクトリア州民の主要な教育および文化の中心地であったことである。(註7)
現在もなお、居住者や海外からの観光者などにも無料で利用できる施設として数々のサービスを提供している。いわゆる、多くの人々に開かれた活用と運営がそこにあり、学び場として平等に与えられ、市民と共に建物が活かされ、さらなる進化をしている。

5.終わりに
この三つの点をふまえて、赤煉瓦文化館の歴史ある技術性は大きい。しかし、その文化資産が多くの人々に活用されているかの点は疑問が残る。
田原幸夫の『建築の保存デザイン』(註8)に述べている印象深い言葉がある。

建物を単に使い続けるのではなく、「豊かに」に使い続ける手法を確実なものとして、その成果を社会に提示してゆくことになる。

建築保存の本来の意味とは、ただ単に残すことではない。それを活かす為に「豊かに」使い続ける。それはその建物を使う側、維持する側の両方の力があってこそ活かされる。その為にも、建築保存そのものにある価値や魅力を伝え続け、幅広い活用性を導きだす事が重要であると考える。それにより、先人の知恵や建物の記憶に隠された次なる「技術継承の糸口」という新たな可能性を生みだしていくのではないか。
それは同時に、歴史的な遺産と共存する都市を創出し、持続可能な環境を創りだす事にも繋がるのではないかと考える。

  • 1-_%e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%991 [添付資料1]
    那珂川の西中島橋から見る「福岡市赤煉瓦文化館」の東側建物外観 (2020.1.11筆者撮影)
  • 5_-%e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%995 [ 添付資料5]
    福岡市赤煉瓦文化館の「煉瓦積み」写真(筆者撮影:2020.1.4)
    辰野式赤煉瓦の積み方と当時建設された19世紀のイギリス様式にある赤煉瓦の素材をみる事ができる。
  • 6_-%e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%996 [ 添付資料6]
    ビクトリア州立図書館 「ラ・トローブ・リーデイング・ルーム」の利用風景(筆者撮影:2019.9.7)
    メルボルン(オーストラリア)にある150年の歴史ある建造物であり、自由で開放された公立図書館。2019年12月に新たな改修工事を終えて、さらなる活用性と共に、建物保存が進化継続している。
  • 8_-%e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%998 [ 添付資料8]
    福岡市赤煉瓦文化館の東側外壁「部位名称図」。
    辰野式フリー・クラシシック様式の典型で、全体の赤煉瓦積みと花崗岩の帯以外に
    その部位の名称にある形状や素材を現物として、確認できる。
    (資料:以下の出典により筆者作成、2020.1.27 写真:筆者撮影 2020.1.11)
    出典:財団法人 文化財建造物保存技術協会編『重要文化財 旧日本生命保険株式会社九州支店 保存修理工事報告書』、福岡市教育委員会、2007年
  • [添付資料2][添付資料3][添付資料4][添付資料7]非掲載

参考文献

参考文献

<引用文献>
[註1] 福岡市教育委員会文化課編『赤煉瓦の記 福岡市立歴史資料館の歩み』、福岡市教育委員会文化課、1990年

[註2] 福岡市総合図書館 文学・文書課文学係「福岡市文学館 NEWS 00号」、福岡市総合図書館 文学・文書課文学係、2002年

[註3] 財団法人文化財建造物保存技術協会編『重要文化財 旧日本生命保険株式会社九州支店 保存修理工事報告書』、福岡市教育委員会、2007年

[註4] 大橋竜太著『英国の建築保存と都市再生 歴史を活かしたまちづくりの歩み』、鹿島出版会、2007年

[註5] 河上眞理・清水重敦著『辰野金吾-美術は建築に応用されざるべからず-』株式会社ミネルヴァ書房、2015年

[註6] 鈴木博之著『現代の建築保存論』、王国社、2001年

[註7] ヘリテージ カウンシル ビクトリア(ビクトリア遺産評議会)ホームページ HERITAGE COUNCIL VICTORIA 「STATE LIBRARY OF VICTORIA」、HERITAGE CONCIL VICTORIA website https://vhd.heritagecouncil.vic.gov.au/places/812 2020/1/11

[註8] 田原幸夫著『建築の保存デザイン 豊かに使い続けるための理念と実践』、株式会社学芸出版社、2003年 (引用文 p59)


<その他の参考文献>
福岡市教育委員会著『福岡市文学館基本構想』、福岡市教育委員会、2002年

テオドール・H.M.プルードン著(玉田浩之訳)『近代建築保存の技法』、鹿島出版会、2012年

メルボルン市ホームページ CITY OF MELBOURNE 「State Library Victoria」CITY OF MELBOURNE what’s on blog website https://www.melbourne.vic.gov.au/Pages/home.aspx 2020/1/11

ビクトリア州立図書館ホームページ STATE LIBRARY VICTORIA 「 VISIT」 STATE LIBRARY VICTORIA website https://www.slv.vic.gov.au/ 2020/1/11

福岡県教育委員会著『福岡県の近代化遺産—日本近代化遺産総合調査報告書ー』、福岡県教育委員会、1993年

編大塚薫『Space modulator 54』、日本板硝子株式会社 SPACE MODULATOR 編集部、1979年

ビクトリア州立図書館パンフレット STATE LIBRARY VICTORIA 「Library map」、STATE LIBRARY VICTORIA 、2019年

福岡市経済観光文化局文化財活用課「福岡市赤煉瓦文化館」パンフレット、福岡市経済観光文化局文化財活用課、2019年

年月と地域
タグ: