奈良晒の伝承の形と未来への展望‐伝えるということ
奈良晒の伝承の形と未来への展望‐伝えるということ
1,はじめに
奈良は古くより奈良晒産業の栄えた地であったが、時代の変遷により衰退の一歩を辿り、多くの問屋や職人は蚊帳業者へと転身し奈良晒から離れてしまった。現在、奈良晒を絶やすまいと伝承活動をおこなっている保存会や商店がある。それぞれの伝え方は違えども奈良晒を大切に思い、残そうとする気持ちは同じである。これらの伝承の比較と共に伝え続けていくためには何が重要なのか、そして今後の奈良晒の展望について考察する。
2,奈良晒とは
書物では古くは古事記に記され、鎌倉時代には南都寺院の袈裟が記録に残っている。江戸時代より奈良町では高級麻織物として盛んに生産されてきた。徳川幕府の御用達品として認められたことが奈良晒の名声を高め、主に武士の裃、僧侶の法衣に用いられた。また千利休により茶巾としての需要もあった。
しかし明治維新後は武士消滅により需要が激減、第二次世界大戦後GHQの占領政策により大麻規制が敷かれるとともに麻産業は衰退してしまう。(註1)
生産工程は大きく苧うみ・織布・晒の3工程に分けられ、分業制であった。原料の大麻を裂き指先で撚りをかけながら糸にしていくのだが「奈良晒は苧うみにはじまり、苧うみに終わる」と言われるほど織りにたどり着くまでの大変な作業を経て麻布が完成する。(註2)〈資料1〉
3,3つの奈良晒
ここで現存する奈良晒の3つの事例を挙げ、現代における活動の比較をおこなってみた。
・月ヶ瀬奈良晒保存会
昭和54年に奈良晒は奈良県無形文化財に指定され、昭和59年に奈良晒保存会が設立する。月ヶ瀬村で伝統や伝承を見直し郷土資料を守る動きが高まり、ロマントピア月ヶ瀬において週に一度の伝承活動が始まった。活動内容は伝承教室と伝統工芸の継承であり、紡織技術の保存伝承を目的とし、道具も製造工程も昔のやり方で伝えている。出来上がった作品は毎年3月の梅まつりに作品展が催され、展示と共に奈良晒の伝承広報を続けている。(註3)
現在30名程の女性達で構成されているが、交通の便の悪い月ヶ瀬に奈良県内だけではなく和歌山や大阪、滋賀など遠方から奈良晒を習得したいが為に足を運ぶ。近江上布や秋篠手織、木綿織りなどの経験者から、奈良晒に惚れ込んでいる人など背景は様々であるが、共通しているのは奈良晒が大好きで楽しんでやっているという事だろう。副会長の朝野さんは「この保存会は大きく宣伝もしていないし、こんな所にあるし。それでも奈良晒が好きでやってる人ばっかりなんです。皆の志で続けているんです」と言う。(註4)〈写真資料1〉
・中川政七商店
享保元年、奈良晒の黄金期に初代中屋喜兵衛が商いを始めたのが中川政七商店の創業である。その後試行錯誤を繰り返しながらも代々受け継がれ、昭和58年麻小物の小売りを開始する。現在は東京をはじめ各地にアンテナショップや直営店出店を加速させSPA業態(註5)を確立させる。(註6)
大正期11代目の中川厳吉の代に、人件費や職人の高齢化により奈良や国内での安定供給が徐々に難しくなる。同業者が奈良晒製造卸業から撤退し蚊帳生地業者へ転身したり、国内での生産体制を機械化していく中、国内での機械織りか海外での手苧み手織りかという選択を迫られた。そこで昔ながらの手苧み手織りを守るということを重視し製造拠点を海外に移した。頑ななまでに、手仕事から生まれる独特な風合いを守りぬいた。(註7)
古くからの奈良晒だけでなく「日本の伝統工芸に携わるメーカーと小売店を元気にする」をビジョンとして掲げ、前衛的に伝統工芸産業を盛り上げる注目企業として活躍している。(註8)〈写真資料2〉
・岡井麻布商店
文久3年に創業した岡井麻布商店は現在5代目の岡井孝憲さんが店主を務め、次に6代目となる長男や娘さんと共に家族経営で切り盛りしている商店である。市内には本店兼工房があり、家族で機を織っている。観光地には直営店を2店舗構え、計3店舗経営している。
奈良店では奈良晒の手織り体験が開かれ、娘さんが指導を務める。また市内にある、なら工芸館では毎年3月より半年間奈良晒の工芸教室が開催されており、5代目社長が指導をおこなう。(註9)
岡井麻布商店で織る麻糸は経緯共に、いまだ手苧みのものを使用している。これは先代の頃、分業制であった苧うみの内職さんが沢山の糸を苧んであったものを全て買取ってあった結果、今でも蔵の中に山のように手苧みの麻糸が残されているという。よっぽどの事がない限り当分無くならない量だと言うが、娘さんにもし無くなったらどうするのか聞いたところ「その時は私達が手苧みをして糸を作るところからやりますよ」と返ってきた。(註10)〈写真資料3〉
4,それぞれの変化と伝承
前述の事例の内、月ヶ瀬奈良晒保存会と岡井麻布商店は奈良晒が生まれた奈良の地にて、小規模だが昔ながらの手苧み手織りの製法で守ろうとしている。しかし、中川政七商店においては攻めの姿勢で、多角的な経営をおこない製造拠点を海外へと移している。
そこで月ヶ瀬奈良晒保存会と岡井麻布商店に、中川政七商店の変化をどう思うか聞いてみた。
月ヶ瀬奈良晒保存会のメンバーからは「中川政七商店のお陰で〈奈良晒〉という名前が売れた」「奈良晒はとても高価で普段使い出来ないような特別なものだし手にもなかなか入らないけれど、中川政七商店の商品だと気軽に持てる。お陰で奈良晒を身近に感じる人が増えた」と喜びの声が返ってきた。中国などで生産していることに関して聞くと「別にそれを否定しようとかは思わない。同じ奈良晒を良くしようと思っている相手を敵対したところで何も生まれない」と、お互いの活動を見守り認めている。(註11)
岡井麻布商店の娘さんは「うちは小さな商店だし、中川さんは雑貨もやってはるし。それぞれに良いと思って来てくれるお客さんがいてると思う。ただ、この奈良の地が好きで奈良晒を絶やしたくない気持ちは一緒やと思うんです」と言う。「やっぱり昔のままやったら売れないし、私たちは保存会と違って商売やから売れないと食べていけない。だから数年前から人気のある正倉院展の柄を入れたり、安くて手に入れやすい機械織りやラミー糸(註12)を使った商品も販売してるんです」岡井麻布商店も中川政七商店同様、変えないものと変わらざるを得ないものがあり柔軟に対応してきたのであろう。(註13)
それぞれの保存会・商店が、お互いの活動や変化を認め合っている。しかし一緒に何かをするわけでもない、適度な距離感の中で皆が前を向いているのだ。
上記より月ヶ瀬奈良晒保存会と中川政七商店・岡井麻布商店では奈良晒の伝承において、社会的意義と経済的意義の比重差があり、同じ物事を伝える中でもそのバランスは異なっている事がわかる。これは流通を前提とするか否かの違いであるが、双方からの取り組みが結果的に交わり、奈良晒の伝承を支えていると考える。
5,村おこしよりこだわりの重要性
そもそも月ヶ瀬奈良晒保存会が発足した当時は全国で展開している村おこし事業の要素が強く、奈良晒も地域活性化の素材の一つであった。福島県昭和村からむし織の里で現在行われている織姫制度に類似しているが、昭和村のからむし織とは助成金の額も違えばバックアップも期待できない中での活動である。(註14)
よって布の保存はされてきたが村おこしには決定的な貢献を出来ずにいた。村おこしのために伝統文化を盾にし、本質を見失っていたのである。(註15)その後、村おこしから紡織技術の保存伝承に重きを置くようにシフトチェンジし今の活動が続いている。(註16)
村おこしのためではなく、伝承の枠組みから外れ趣味の範疇の活動になった事により、結果的に持続的な発展の可能性をもたらした。これにより伝承を培っていく上で大切なのは〈奈良晒が大好きだ〉という思い、従って「こだわり」であると主張する。形式的な活動よりも人の思いに勝るものはないのである。
6,おしまいに奈良晒の未来を見つめる
伝統とは元来特別なものではなく、私生活に密接した日々の積み重ねであった。奈良晒もかつては伝統工芸品ではなく、衣類である。
この度調査した3つの事例では、三者三様の活動を見る事が出来た。立場も規模も変化も違うものであるが、相違があったからこそ多角的に奈良晒の伝承を捉え残すことができていると考える。
今おこなっている活動が当たり前に存続し、「保存会」が消滅する事が理想なのではないだろうか。将来、奈良晒が絶えることなく奈良の地で再び最盛することを強く願うばかりである。
参考文献
(註1) 中川淳・中川政七商店社長著『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』日経BP社発行、2008年10月27日初版発行
(註2) 月ヶ瀬村教育委員会編集『奈良さらし(昭和58年度民俗文化財地域伝承活動国庫補助事業)』月ヶ瀬村教育委員会発行、昭和59年3月31日初版発行
(註3)月ヶ瀬奈良晒保存会の聞き取り調査
日時:2014年11月11日 午後
対象者:会長 猪岡益一さん
場所:ロマントピア月ヶ瀬
方法:電話にてヒアリング
(註4)月ヶ瀬奈良晒保存会の聞き取り調査
日時:2014年11月26日 9:30‐15:30
対象者:副会長 朝野俊子さん、会計 奥中定代さん、石原良子さん
場所:ロマントピア月ヶ瀬内 月ヶ瀬奈良晒保存会
方法:一日体験に参加し現地にてヒアリング
(註5)中川政七商店のSPA業態「伝統工芸の世界では前例のない製造小売業としてブランディング」
(註6)『中川政七商店』 2015/1/22最終閲覧
http://www.yu-nakagawa.co.jp/top/#
(註7) いなとみのえ著『奈良に生きる奈良を活かす 中川政七商店という生き方』繊研新聞社発行、2010年11月1日初版発行
(註8)中川・前掲(註1)『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』
(註9)『なら工芸館』 2015/1/22最終閲覧
http://azemame.web.fc2.com/index.html
(註10)岡井麻布商店の聞き取り調査
日時:2014年12月15日 10:00‐11:00
対象者:岡井麻布商店の社長の娘さん
場所:直営店奈良店 麻布MAFUおかい
方法:奈良晒機織り体験時に店舗内でヒアリング
(註11)月ヶ瀬奈良晒保存会の聞き取り調査・前掲(註4)
(註12)ラミー糸「大麻ではなく苧麻から作られた糸で、最近では安価な機械紡ぎのものが多く出回っている」
(註13)岡井麻布商店の聞き取り調査・前掲(註10)
(註14)『伝統工芸技術の伝承をテーマとする「地域活性化」事業に麗する社会学的研究』
研究代表者 加藤眞義著(福島大学・行政政策学類・助教授)、平成18年3月、2015/1/22最終閲覧
http://www.lib.fukushima-u.ac.jp/kakenhi/pdf/kato.pdf
(註15)『布の生産と「伝統」の創出-奈良晒保存会・伝承活動をめぐるジェンダー・世代・力-』
広島大学総合科学部 藤田真理子著、1995年12月28日、2015/1/22最終閲覧
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/26287/20141016153840198959/StudAreaCult_21_139.pdf
(註16)月ヶ瀬奈良晒保存会の聞き取り調査・前掲(註4)
『農林漁業体験実習館ロマントピア月ヶ瀬』 2015/1/22最終閲覧
http://web1.kcn.jp/tsukigase/
『染織情報サイトTexinfo月ヶ瀬奈良晒保存会』 2015/1/22最終閲覧
http://texinfo.web.fc2.com/cn16/pg92.html
『岡井麻布商店』 2015/1/22最終閲覧
http://www.mafu-okai.com/
『福島県昭和村 課題4 山村地域の歴史・文化・景観の保全・活用
6 0 0 年の歴史を誇る「からむし」栽培伝統を引き継ぐ村外出身の「織姫」たち』 2015/1/22最終閲覧
http://www.maff.go.jp/j/nousin/tiiki/sanson/img/pdf/tokusyuu_19-2_part1.pdf