現代社会にモノ申す!文化屋雑貨店の40年

高田奈津子

現代社会にモノ申す!文化屋雑貨店の40年

1,はじめに
20世紀の日本はエネルギーに溢れ、自己実現に対する欲望が渦巻く時代であった。若者達は血眼になって情報を探し、都会へ繰り出し、とっておきの〝人とはちょっと違うカッコ良いモノ〟を探すような、楽しみが労力を上回る時代であった。一方21世紀現代は、インターネットの発達により、あらゆる情報や物を、たやすく得る事が出来る時代である。地方のモール等ではあらゆるレジャーがパッケージ化され、都会に行かずとも手軽に欲しい物や快感が手に入る。SNSが普及し、実物を見るよりも人に会って話すよりも先に情報が手に入る事に慣れ切った社会になりつつある。現代の日本のファッションにもそれが現れている。手軽にネットショップや地元で購入し、集団の中で目立つ事へのリスクを回避しながら横並びに周囲と繋がっていこうとする、あらゆるコミュニケーションに消極的な社会が出来上がりつつある。
そんな中、モノの持つ魅力そのものを通して積極的にコミュニケーションをはかろうとしてくれる場はとても貴重だ。
本レポートでは、文化屋雑貨店本店(以下文化屋)をとりあげ、その評価すべき点を考察する。以下2では、文化屋の基本データ、歴史的背景を明らかにし、3では評価すべき点と課題、4では類似例との比較、5では結論として文化屋はモノ自体を通し、訪れた人個人の自己判断の基準を培う事を誘発し続けた優れたブランドであり、その存在はあらゆる雑貨店に影響を与えたと評価した上で、今後さらに伸長するためには積極的にモノをみせてゆく新しい文化の発信法を作る、または日本を離れた場で、現在のスタンスの維持を行う事であると主張する。

2,概要
【基本データ】
1974年長谷川義太郎氏により渋谷のファイヤー通りに創立され1989年に現在の裏原宿エリアに移転し、今年で創立40周年を迎え、2015年1月15日に閉店した。店内にはチープでバラエティに富んだ雑貨を所狭しと並べたカオスな空間が広がっており、大半は文化屋のオリジナル商品でその多くが、企画から製作まで一貫して社員達によって作られている。構造は2階建てで、1階には、医療用白衣や、様々な柄がプリントされた机等、不思議な商品が雑多に置かれている。2階にはレースやボタン等の手芸用品が売られていた。店舗は、チェーン展開はしていない。原宿の文化屋とは完全に別経営で、考え方に共鳴した人々が各地で文化屋を始めたが、使用料は一切とっていない。商品の20〜30%を卸す以外は、それぞれの店舗で自由に展開していた。閉店後は香港支店のみ営業している。
【歴史的背景】
1950〜70年代の憧れの象徴は団地であった。当時、近代化や洋風化が受け入れられ、和式の物は切り捨てられていた。長谷川義太郎氏は、そんな時代背景をあえて無視し文化屋を創立。古い物の持つ優れた形を再評価し少しだけ手を加え、生まれ変わらせる作業を創業時から現在に至るまで行っていた。ファッション誌に多々取り上げられ浸透してゆくにつれ、渋谷から原宿を結ぶ消防署前の通りにアパレル店舗が増加、のちにファイヤー通りと名付けられる。1980年代バブル期には世間的に受け入れられるがその波には乗らず、マイペースに活動していたが、香港との貿易を行う事を条件に西武池袋内に店舗を一時的に拡大、1989年裏原宿エリアに店舗を移転する。当初他店舗はあまりなかったが、裏原ブームにより若い層の客足が増えた。しかし2000〜15年現在、文化屋を知る若い世代が減少した。一方で店舗自体が、ポールスミス氏やカールハイド氏等アーティストの溜まり場となり、サロン化する現象が起こる。2013年にポールスミスとのコラボレーションが実現した。

3,文化屋の評価すべき点と課題
文化屋の評価すべき点と課題をみていく。
まず1つに、他店には売っていないモノばかりを店に置いている点である。雑貨店ではじめて香港の安い雑貨を輸入し、紹介したのもこの店である事からもそのこだわりが伺える。また、売れる商品が生まれると、ある瞬間にその商品を店に並べる事をやめ、次の新しいモノづくりを行う事へと進み、オリジナリティ溢れるモノ文化を更新しながら、発信し続ける事を継続してきた。
2つ目に時代背景をあえて無視し続け、モノをセレクト、もしくは生み出し続けている点である。1950年代〜70年代の憧れの象徴は団地であった。ダイニングキッチンに椅子・テーブルなどが、当時、近代化や洋風化への憧れと共に受け入れられ、羨望を含めた呼び名として団地族という言葉が用いられていた。和式の物は切り捨てられ、花柄の押すだけポット等、団地族に合わせた商品が飛ぶように売れる、ある意味アベレージの時代であったが、長谷川義太郎氏は時代背景をあえて無視し、文化屋を創立した。(横文字のブランド名が主流の中、頑なに漢字を使ったブランド名にこだわった点にも時代背景を徹底的に無視している事が伺える)当時もう、一般の流通から忘れ去られ、排除されていた物の製造元へと出向き倉庫の中で埃をかぶり眠っていた物(例えば自在電気スタンドや、ペリカン口のポット等)を仕入れ、雑貨として再評価し、店頭に並べた。また工場で使われている業務用のホーローのバケツの色を変え、インテリア雑貨としての価値を与えたり、蔦谷喜一氏のぬりえを再評価し、新たな図案でグッズ展開し再びスポットをあてる等、古い時代の優れた形や物を再評価し、少しだけ手を加え、新感覚の雑貨に生まれ変わらせる事で、新しい文化としてモノをみせていく優れた作業を創業時から現在に至るまで行ってきていた。
最後に、徹底的にモノの価値を客側に委ねている点である。あえて接客や情報開示を必要最低限とし、モノとその人とがコミュニケーションをとる時間を最大限に引き出している。
しかしこれは課題でもある。あらゆる情報や物を、たやすく得る事が出来る現代において実店舗を訪れる事に消極的な人々が多く、文化屋自体を知らない人々が増えている。長谷川義太郎氏は本店閉店告知の貼り紙にこう記している。『お店にいらっしゃる方をお待ちする〈待ち〉の概念で仕事をさせていただきましたがこれからはこちらから向かう概念で個人的には海外の要望を含め仕事をしていきたいと考えております』この事からも店舗に置く以外の方法で、積極的にモノをみせてゆく新しい文化の発信方法を模索している事がわかる。また、本店閉店後は香港支店のみ営業している事から、日本を離れた場で、現在のスタンスの維持を行おうとしている事が伺える。

4,類似例との比較
ここでは文化屋と同時代創業の他の類似ブランドとを比較する事で、いかに文化屋が周囲に影響を与えてきたかをみていく。
まず1つに、どの雑貨店よりも敏感に、いち早く面白いモノを仕入れる点である。1972年創立の大中は今となっては言わずと知れたプチプライス中国雑貨店であるが、元々は高級中国家具店であった。文化屋が安い中国系の雑貨を香港で買い付け、売りはじめた事に影響を受け、その安価なラインに合わせた。また、文化屋のモノがファッション誌に多々取り上げられ浸透してゆくにつれ、渋谷から原宿を結ぶ消防署前の通りにアパレル店舗がジワジワと増加(のちのファイヤー通り)した事から、一つの店が、街自体に影響を与えていた事が伺える。
2つ目に、古い時代の優れた形や物を再評価し、手を加え、新感覚の雑貨に生まれ変わらせる事をいち早く行い続けてきた点である。この影響を受けナガオカケンメイ氏創立のデザインブランド、D&DEPARTMENT(以下D&D)は、誰も見向きもしない物に注目。USED品を修理し販売してきた。また時間が証明しているデザインという発想でデザインを考案している。
最後に大胆な転写プリントを当初から行っている点である。残反を加工する等、アイディアの多くは廃材から得ており、影響を受けたD&Dも、廃材と廃材をサンプリングして家具を発表した。

5,終わりに
以上、本レポートでは文化屋の評価すべき点と影響力を見てきた。
結論として今やwebの発達によって、情報や物が手に入る時代の中、文化屋はモノ自体を通し自己判断の基準を培う事を誘発し続けた優れたブランドであり、その存在は、あらゆる雑貨店に影響を与え続けたと評価した上で、今後さらに文化屋が伸長するためには積極的にモノをみせてゆく新しい文化の発信方法を作る、または日本を離れた場で現在のスタンスの維持を行う事であると主張する。

  • 987383_0a146f257eaa4491892aada80141d450.jpg 文化屋雑貨店本店外観
  • 987383_6f1318493f134d23b2df80cf313d85d6 文化屋雑貨店の商品(私自身が購入した物達)
  • 987383_71f89aa571dc40068118e0d2e7f36542 店主長谷川義太郎氏(左)と共に
  • 987383_3a9591e0de884330be9eee3804699fe7 閉店告知の貼り紙
  • 987383_c19a92a6241342299cb66c4e59c8949d 文化屋雑貨店の商品2
    (長谷川義太郎『キッチュなモノから すてがたきモノまで 文化屋雑貨店』文化出版局より抜粋)
  • 987383_8c5e260fef664917867bc67ba64cfdf3 文化屋雑貨店の商品3
    (長谷川義太郎『がらくた雑貨店は夢宇宙』 晶文社より抜粋)

参考文献

長谷川義太郎 『がらくた雑貨店は夢宇宙』 晶文社

長谷川義太郎 『キッチュなモノから すてがたきモノまで 文化屋雑貨店』文化出版局

フェリシモ 『神戸学校』
http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2004/03/post-0071.html フェリシモ

ナガオカケンメイ 『文化屋雑貨店40周年記念店』
http://www.d-department.com/event/event.shtml?id=8961738025303931 D&DEPARTMENT