『倶利伽羅龍王伝説』にみる新しい伝承のあり方

石川 眞紀子

石川県河北郡にある高野山真言宗別格本山倶利迦羅山不動寺(以下、倶利迦羅不動寺と略)には倶利伽羅龍王伝説の伝承がある。(註1) 2021年4月には倶利伽羅龍王伝説を現代風にアレンジした2Dアニメーション映像がYouTubeに公開された。以下では2Dアニメーション映像作品を『倶利伽羅龍王伝説』と呼称し、『倶利伽羅龍王伝説』に関連するデザイン事例を取り上げ、伝承のあり方について考察する。

1.基本データと歴史的背景
倶利迦羅不動寺の歴史は約1300年前に遡る。中国から渡来したインドの高僧である善無畏三蔵法師によって倶利迦羅不動明王の尊像が奉安されたことが始まりといわれている。その後は焼失や衰退、神仏分離令による幾度の廃寺と再興を経て、1949年に長楽寺跡に倶利迦羅不動寺が復興および再建された。『富山県の歴史散歩』には「不動寺の前身である俱利伽羅長楽寺(廃寺)の縁起によると、(中略)礪波山中に棲み、村人や旅人に災いをもたらす魔物を、俱利伽羅不動明王を勧請して退治し、これをまつって一寺を開創したという。」(註2)との記載があり、この縁起が『倶利伽羅龍王伝説』のモチーフとなっている。
倶利伽羅とは一般にインドの古典であるサンスクリット語のkulikahに由来し、密教の仏典では黒竜の意味があり、倶利伽羅竜(王)と呼ばれている。この倶利伽羅竜(王)は不動明王の化身であり、その手に持つ三昧耶形は利剣に黒竜がまとわりついた姿が幅広く浸透している。
『倶利伽羅龍王伝説』は「くりからさん」または倶利伽羅峠と呼ばれる石川県と富山県の県境にある砺波山を舞台に主人公が災いを祓う物語である。2008年頃には開山1300年に向けて縁起絵巻の構想があり、コロナ禍の参拝者減少を契機にプロジェクトが始動した。『倶利伽羅龍王伝説』制作の初期段階ではイラストではなく写真の案や、もとより朗読だけの可能性もあったが、より多くの人にわかりやすく親しみを持ってもらうために2Dアニメーション映像の形に至った。2024年1月時点で、第一章と前後編に分けられた第二章が公開されている。第一章は山頂本堂にある不動ヶ池の中から剣に巻き付く黒い龍の姿をした倶利迦羅不動明王が現れたといわれている口伝を映像化したものであり、寺伝では善無畏三蔵法師の開山であるが、映像では泰澄大師が主人公となっている。続く第二章は倶利伽羅峠の伝説をもとに弘法大師空海を主人公としたオリジナルストーリーである。

2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
最も評価すべき点は倶利迦羅不動寺の布教に繋がっていることである。一般的な寺院におけるSNSと布教の関連性については松井大宗氏の調査で、80%弱の寺院がSNSを利用することで参拝者の増加があったと回答しており、一定の効果があることを示している。(註3)後述では倶利迦羅不動寺における具体的な効果を記述する。
『倶利伽羅龍王伝説』では、近年の刀剣ブーム起因の一助となったゲーム『刀剣乱舞』で『大倶利伽羅』というキャラクターの声優である古川慎氏を起用しており、2Dアニメーション映像としてシリーズ累計再生回数5万回以上を記録している。倶利迦羅不動寺の檀信徒や馴染みのある地元住民だけでなく、いわゆる刀剣女子と呼ばれる全国の若い女性や声優ファンなどからの人気も獲得した。ゲーム・声優・アニメなどマルチメディアミックス展開のデザイン事例である『倶利伽羅龍王伝説』は、宗教色を抑え間口を広げることで倶利迦羅不動寺の知名度の向上に寄与している。
また五十嵐光峯住職への取材では、『倶利伽羅龍王伝説』の最初の告知を当時のX(旧Twitter)でゲリラ発表した際に、『ツイバズ』という投稿計測アプリにて急上昇ワードランキング23位を記録したことや、他府県から若い女性1人~2人の参拝、問い合わせが増えたことがわかった。(註4)その他にもXのフォロワー数は告知以前の3千人から現在の1.1万人とフォロワー数が増加し、さらに第一章の映像公開日にあわせて御朱印やお守りのオンラインでの授与の受付を始め、好評を博した。(註5)前述のような試みは、参拝者が減った状況での倶利迦羅不動寺の布教に大きく貢献するものであったといえる。

3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
日本三不動と称される寺院は倶利迦羅不動寺の他に千葉県の成田山新勝寺や神奈川県の大山寺がある。2つの寺院のうち成田山新勝寺はYouTubeチャンネルを開設しているが、イラストなどを用いた伝承にまつわる映像は確認できなかった。同様の事例として確認できたものには、倶利迦羅不動寺と同派である高野山真言宗総本山金剛峯寺のYouTubeチャンネルに公開されている法話の子供向け動画紙芝居がある。住職による語り部やふりがな付きの字幕など、子供への配慮がされたわかりやすく親しみやすい映像となっている。こちらもコロナ禍の公開で、参拝者減少を背景にした試みのようだが、檀信徒や地元住民の子供達に視聴されることを想定した構成から、地域に根差した信仰を獲得するために内部への発信を重視していることが窺える。
他方で、倶利迦羅不動寺が製作した『倶利伽羅龍王伝説』は20代〜30代の女性をターゲット層としており、印象に残るようにストーリー性やキャラクター性など時代考証を踏まえつつエンターテインメントに昇華した映像となっている。全国にいる刀剣女子や声優ファンといった、普段からゲームやアニメに慣れ親しんでいる宗教との関連性が薄い人々を対象に外部への発信を重視したといえる。また本プロジェクトのプロデューサーである児玉真佑氏へのインタビューでは、映像公開後の反響から地元の図書館で『倶利伽羅龍王伝説』を再生する機会があり、子供達の目に触れる形で伝承を伝えられたことが最も嬉しかったと語った。(註5)外部への発信は翻って内部への発信に繋がったといえよう。
どちらもイラストなどを用いた伝承にまつわる映像を公開していることは他の不動尊ではみられない特筆すべき点としたうえで、その対象は内部と外部で相違がみられた。また金剛峯寺が古くからの教えに則った内容であるのに対し、倶利迦羅不動寺は外部の専門家と協力して、伝承を起承転結の構成となるよう調整し現代に沿った方向へと舵をきったことはより特筆すべき点であるといえる。

4.今後の展望について
『倶利伽羅龍王伝説』にみる新しい試みは、倶利迦羅不動寺の布教という効果をもたらした。章立てされた複数回による映像化は一時的ではなく継続的な布教となり、コロナ明けの参拝者増加への布石となった。倶利迦羅不動寺における新しい布教の試みは映像だけに留まらず、『倶利伽羅龍王伝説』で語りを務めた同声優による境内に流れる音声ガイダンスや、2023年11月には「目で観る刀の教科書展2023」という特別展が開催され、最寄り駅から倶利迦羅不動寺までの電車とシャトルバスでは専用アナウンスが流れた。その他にも専用Webサイト「くりからしるべ」の開設など、いずれも映像による布教と結びつくデザインとなっており、興味関心を持った視聴者を定着させる構造がとられている。教えを広めるだけでなく定着させる構造も含めて現代に即した布教といえるのではないだろうか。
奈良県にある岡寺の住職は「歴史があることは強みだが、それに縛られ過ぎてもいけない。時代に即した布教を積極的に取り入れたい」と述べている。(註6)約1300年の歴史がある倶利迦羅不動寺も例外ではなく、『倶利伽羅龍王伝説』は現代に即した布教の先駆といえる。ターゲット層を変えたデザイン事例など、今後も新しいことに挑戦し続ける姿が求められる。
また倶利迦羅不動寺のある石川県は2024年1月1日に発生した能登半島地震により大きな被害を受けた。有事の際は被災者の心の拠り所となり、復興までの長い道のりを共に歩む姿が望まれるだろう。

5.まとめ
『倶利伽羅龍王伝説』は新たな伝承のあり方のひとつといえる。その背景には、伝承や伝聞が途絶えぬよう守り継承してきた歴史と、現状に甘んじることなく、対面における口伝などといった従来の伝承のあり方に縛られない柔軟な姿勢があった。コロナ禍という逆境に立たされながらも、創意工夫が凝らされた『倶利伽羅龍王伝説』は倶利迦羅不動寺の未来を切り開いた。倶利迦羅不動寺は新たな布教の表現を獲得しつつも、その根底には決して変わることのない紡がれた信仰と倶利迦羅不動寺が人々の心に寄り添う姿があったといえよう。

  • 81191_011_32283382_1_1_倶利伽羅龍王伝説 図1.『倶利伽羅龍王伝説』第一章 表題
    出典:https://www.youtube.com/watch?v=k4YJTxr237Q&t=52s (2024年1月24日閲覧作成)
  • ‡AMAP 図2. 上面図(広域)
    出典:Google Mapを加筆 (2024年2月28日閲覧作成)

    図3. 上面図(中域)
    出典:Google Mapを加筆 (2024年2月28日閲覧作成)

    図4. 上面図(狭域)倶利迦羅不動寺と砺波山
    出典:Google Mapを加筆 (2024年2月28日閲覧作成)
  • ③倶利迦羅剣 図5. 俱利伽羅龍王伝説 第一章で描かれた倶利迦羅不動明王
    出典: https://www.youtube.com/watch?v=k4YJTxr237Q&t=52s (2024年1月24日閲覧作成)

    図6. 奈良国立博物館所蔵 重要文化財 倶利迦羅龍剣二童子像(両界曼荼羅・倶利迦羅龍剣二童子像のうち)
    左:全図 右:倶利迦羅龍王像部分
    出典:画像提供 奈良国立博物館 https://www.narahaku.go.jp/collection/1274-3.html (2024年2月28日閲覧)
  • ④X急上昇ワードランキング 図7.X急上昇ワードランキングにランクインした投稿内容
    出典:https://twitter.com/Kurikara_fudou/status/1387327975176118272 (2024年1月24日閲覧)
  • ⑤「目で観る刀の教科書展2023」 図8. 「目で観る刀の教科書展2023」パンフレット
    出典:https://www.kurikara.or.jp/topics/2023/11.html (2024年1月24日閲覧)

    図9. 「目で観る刀の教科書展2023」へ向かう来場者 大倶利伽羅号下車後に専用シャトルバスへ乗り換える様子
    出典:プロデューサー 児玉真佑氏 撮影写真を一部修正 (2023年11月13日撮影、2024年1月24日修正) 

    図10.大俱利伽羅号発射標と切符
    出典: https://x.com/nnhc_/status/1723871875095253262?s=20
    にのはち@ @nnhc_ さん X投稿写真 (2023年11月13日撮影)

参考文献


(註1)倶利迦羅および倶利伽羅龍王の表記は各所の正式名称に準ずる
(註2)富山近代史研究会歴史散歩部会(編)『富山県の歴史散歩』、山川出版社、2008年、223p-224p
(註3)松井大宗(著)『研究論文 SNSを用いた布教に関する調査』現代宗教研究 第57号(2023.3)https://genshu.nichiren.or.jp/publications/post-7690/id-7716/ (2024年1月28日閲覧)
(註4)倶利迦羅不動寺住職 五十嵐光峯氏への取材 2023年12月23日
(註5)俱利伽羅龍王伝説映像化プロジェクト企画・プロデューサー 児玉真佑氏へのインタビュー 2023年12月17日
(註6)伊瀬若葉(著)『伝統崩さずSNSで発信 仏様との縁結びに注力』、中外日報  https://www.chugainippoh.co.jp/article/rensai/kirari/20230503.html、2023年5月10日 09時52分、(2024年1月28日閲覧)


参考文献
・倶利迦羅不動寺 公式HP https://www.kurikara.or.jp/ (2024年2月28日閲覧)
・倶利伽羅龍王伝説 公式HP https://kurikarashirube.net/ryuoudensetsu/ (2024年1月28日閲覧)
・倶利伽羅龍王伝説 第一章 https://www.youtube.com/watch?v=k4YJTxr237Q&t=52s (2024年1月28日閲覧)
・倶利伽羅龍王伝説 第二章前編 https://www.youtube.com/watch?v=uyJaAfqoXM8 (2024年1月28日閲覧)
・倶利伽羅龍王伝説 第二章後編 https://www.youtube.com/watch?v=j5poKQBjA8M (2024年1月28日閲覧)
・くりからしるべ https://kurikarashirube.net/ (2024年1月28日閲覧)
・倶利迦羅不動寺 公式X https://twitter.com/Kurikara_fudou?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor (2024年1月28日閲覧)
・「目で観る刀の教科書展2023」のお知らせ公式HP https://www.kurikara.or.jp/topics/2023/11.html (2024年1月28日閲覧)
・奈良国立博物館 収蔵品データベース https://www.narahaku.go.jp/collection/1274-3.html (2024年1月28日閲覧)

・ゲーム『刀剣乱舞』公式Webページ https://touken-musou.com/character/okurikara (2024年1月28日閲覧)
・高野山真言宗総本山金剛峯寺 公式HP https://www.koyasan.or.jp/ (2024年1月28日閲覧)
・【公式】高野山の法話 YouTube https://www.youtube.com/watch?v=bVNlHJg6QYk (2024年1月28日閲覧)
・成田山新勝寺 公式HP https://www.naritasan.or.jp/ (2024年1月28日閲覧)
・成田山新勝寺 公式YouTube https://www.youtube.com/@NaritasanTemple/featured (2024年1月28日閲覧)
・大山寺 公式HP https://oyamadera.jp/ (2024年1月28日閲覧)
・小村 明子(著)『アニメと宗教 : 日本人の宗教に対する姿勢を考える』、応用社会学研究、2022年、巻64 p.137-146 https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/records/21797 (2024年1月28日閲覧)
・笹野邦一(著)『おおさわ風土記』、タイヨー印刷株式会社、2000年、28p
・株式会社平凡社『改訂新版 世界大百科事典』
・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

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