心の復興ー「赤崎水曜日郵便局」の意義と必要性について

橋本 博幸

心の復興ー「赤崎水曜日郵便局」の意義と必要性について

1、はじめに
日本全国に数多くのアートプロジェクトが展開されています。それらは人と人をつないだり、地域を元気にすることだったりと起爆剤のような効果を期待することも多い。熊本県は2016年4月に大きな地震を受け、国をはじめ、全国の自治体や企業、団体、個人から多大な支援を受けています。こうした状況の中で、アートに、アートで何ができるのかを創造すると、現実の復旧(復興とはまだ呼べない)と対峙してしまう。神戸の「ルミナリエ」や東北の「浜のミサンガ」など復興の名の元に、人々の記憶に強く刻まれている一方で、熊本は?とつい比較してしまいます。こうした震災を体験すると、ひとつの思いに駆られる。それは人々の”記憶の風化”です。人間社会において「個」が忘れ去られることは恐怖でもあり、不安なものです。震災で最後のひとりが日常に戻っても、心に残ってしまった傷は癒やすことはできても、直すことはできない。震災後から1年、3年、10年とメモリアルなモノ・コトはこれからきっと続くだろう。しかし、小さな心のひだは、とても日常的で、個人的悲哀が突然にじみ出すようなものです。そうした「個」の露呈をアートプロジェクトという名の元で、共有できるならと。ここでは、熊本で震災前に終了した「赤崎水曜日郵便局」というアートプロジェクトの価値を取りあげます。

2、赤崎水曜日郵便局とは(成立プロセス)
まず、赤崎水曜日郵便局のある熊本県葦北郡津奈木町は、鹿児島県との県境に近い、熊本県南部にある海岸線と山に囲まれた人口約4900人の小さな町です。気候が温暖なため、柑橘類や魚介類に恵まれた1次産業が中心のまちで、地元で働くか、隣接する水俣市で働く方がほとんどです。水俣エリアでもある同地区は、水俣病公害からの地域再生を目的に1984年から「彫刻と緑のある町づくり」を進めており、町の要所には16点の彫刻が設置されており、その集大成として2001年春に開館したのが、つなぎ美術館です。そこで学芸員を務めているのが楠本智郎(くすもとともお)さんと、映画監督で熊本県八代出身の遠山昇司さん、アーチストの五十嵐靖晃さんが、「地域の資源を活かす」ことをコンセプトに地域の空き家や廃校を活用する方法を模索。当時、耐震性の問題で閉校となっていた赤崎小学校を舞台に、建物に大きく手を加えることなく、そこにある建物や地域に物語性を与え、新たな付加価値をつくり出すことを考えました。この赤崎小学校は海の上に立っているため、単に学校としての立地が珍しいだけでなく、地域の人々の大切な思い出の場所でもあるとのことで、つなぎ美術館もこの旧小学校の活用策を模索してきたそうです。こうして2013年から3カ年事業としてスタートしたのが「赤崎水曜日郵便局」です。
これは普通の郵便局ではなく、自分自身の水曜日にまつわる物語を手紙に書いて送ると、誰かの水曜日物語が送られて来るという一見不思議でロマンティックな住民参加型のプロジェクト。「なぜ、水曜日なのか」。それにはいくつかの理由があり、ひとつは建物が海の上にあるということもあり、海が陸と陸をつなぐように赤崎水曜日郵便局も人と人をつないでいきたいということ。また、週の通過点となり、記憶に残りにくい1週間の真ん中の水曜日の出来事や思いに焦点をあてることで、日常の大切さを再認識するとともに、他の人の日々の暮らしにも思いを馳せてほしいというところからきています。この地を舞台に、これまでに約5000通の手紙のやり取りが行われました。書き手は小学生から会社員、主婦、お年寄りなど、老若男女様々。そんな彼等が書く内容は、その日にあった何気ない出来事や、仕事、子育て、恋愛相談など、ごく日常的な出来事です。別の誰かに聞いてもらいたい、誰かに届けたい出来事をしたため、この赤崎水曜日郵便局へと送ります。送った手紙は赤崎小学校の校庭のスイスイ箱に届き、つなぎ美術館へ回収し、局員が丁寧に読
んで複写したものを転送専用の封筒に入れて原則無作為に選んだ相手に送ります。手紙を送った人だけが水曜日に手紙を受け取ることができ、一通の手紙はたった一人しか読むことができないしくみです(ブログ等で一部公開することで、全国の人も閲覧できる)。

3、他のアートプロジェクトとの相違と評価
当初、津奈木町には宿泊施設や観光向けの施設がほとんどない中で、元々から多くの観光客に来てもらったり、滞在して楽しんでもらうことは出来ません。それよりも、アートプロジェクトを行うことでコミュニティの結束力を強めること、地域の資源を活用し、魅力を掘り起こし、地域アイデンティティの向上につなげることなどが意識されていました。
2008年より、アート活動を打ち出し、毎年アーティストを1組決め、定期的にまちへ通っていただきながらプロジェクトに取り組んでいました。例えば、2012年度には熊本県立劇場との協働事業としてアーティストや舞踊家を招聘し、「TSUNAGI ハート!アート!パラダイス!」と題して、住民との舞台発表を行い、多数の人々が介在しました。このようにアートプロジェクトのミッションには、まちづくりや地元住民との交流などの因子が組み込まれることが多いことが上げられます。西日本でみても、大分の別府現代芸術フェスティバルでは、中心街のシャッター街や温泉施設、ストリート、百貨店や文化施設を舞台に、作品の発表やパフォーメンスなどが行われました。瀬戸内国際芸術祭では、瀬戸内海に浮かぶ、直島や豊島、女木島、小豆島など数多くの島を巡りながら、その地域に根ざした文化や歴史を再認識したり、風景を活かしたアーティストたちの造形的作品など多数が展開されたりした。しかし、国内のほとんどのアートプロジェクトをみても、参加者が現地へ足を運ばなければ参加できないのに対して、「赤崎水曜日郵便局」のプロジェクトは、主催側の住民も参加者も、自分が生活している場所を離れることなく、遠くの人でもつながれる、さまざまな人々と交流ができるものであります。ある種、だれもが馴染みがある「手紙」というモチーフに光りをあてて、他人の日常と、自分にとっての非日常を手にいれることができる手軽さとともに、観光的な画一化された情報取得(体験)でない、それぞれの地域や風土、文化がしみ込んだ、人と人の”日常のつながり”は、他のアートプロジェクトにはない魅力があるのではないでしょうか。

4、今後への期待
インターネットの普及によって、私たちの時間や距離感も随分変わりました。手紙のやり取りはメールやSNSに比べ、時間がかかります。この手紙が届くまでの時間の流れは穏やかですが、それを手にしたとたんに名前も顔も知らない相手との距離感はぐんと縮まります。自分の物語を書く、そして巡り会うことのないであろう誰かに知らせる奇跡的な出会い。また、この水曜日といった特定の日を設定することで、普段は意識していないようなことを考えるととても新鮮な気持ちを醸成します。こうして、同じことの繰り返しになりがちな毎日でも、“その日をデザインする”とことや”奇妙な距離感といったものが、このアートプロジェクトの魅力であるとあると考えます。そうしたなんでもない日常の自分事の発露は、震災を受けた私たち熊本の人たちに、きっと小さな救いになるはずです。同じ震災を受けた福島では、コミュニティの崩壊をはじめ、ふるさとに戻れないだろうといった喪失感が年々増し、震災から4年後に自殺率が急激に増加する報告もあります。神戸も当事者だけでなく、皆の記憶が風化しないように懸命です。自然災害国の日本だからこそ、こうした人々の思いは消えぬばかりか、あらゆる都道府県で起こり、増え続けているからこそ、こうした仕組みを社会環境の中に定着させ、多くの人に広がり、まだ見ぬ人たちへとつながっていくことを願います。

  • png ※1赤崎水曜日郵便局ー地図(地図データ: Google)
  • jpg-1 ※2海に浮かぶ旧赤崎小学校(1)
  • jpg-2 ※2海に浮かぶ旧赤崎小学校(2)
  • 2013-19 ※3スイスイ箱ー開局(2013年6月19日)
  • jpg-3 ※4灯台ポスト
  • jpg-4 ※5オリジナル封筒(転送用)と手紙の複写

参考文献

参考出典:
赤崎水曜日郵便局(KADOKAWA)、赤崎水曜日郵便局公式サイト、
熊本県民カレッジ参加〜アートが引き出す地域力-津奈木町のアートプロジェクトから考える(講師:楠本智郎)