一茶双樹記念館 ~地域ゆかりの文化遺産を保存し活かしながら未来へ繋ぐ~

緒方 修二

はじめに
多く文化遺産には保存性が求められ、ともすると触れられないモノの様に扱われる事も少なくないが、とりわけ地域の活性化を目的の一つとする様な文化遺産には、一定の保存性は保ちながらも、活用を促進するといった相反する取り組みが求められる。そうした難しい課題に対応しながら、地域ゆかりの文化遺産をしっかりと保存し地域の人々にも活用されている、千葉県流山市の一茶双樹記念館の取り組みを確認する。

基本データと歴史的背景
一茶双樹記念館は、千葉県北西部の流山市の南西、江戸川沿いの東西に約0.5㎞、南北に約1.0㎞のエリアにある。この辺りは江戸から昭和にかけての流山の中心地で、今も当時の面影を残す流山本町江戸回廊として観光資源になっている。そこにひっそりと佇む一茶双樹記念館は、約1000㎡の敷地に復元・再現された、木造平屋建て寄棟造瓦葺きの江戸末期の商家建築の建物だ⑴。その主な建物と庭園は、元々この地の豪商、秋元家の所有で、建物は1858年(安政4年)前後に七代目により創建された新座敷を、八代目が昭和の初めにこの地に曳家し、庭園はその際、秋元家の複数の庭園から材料を選定し造園したものだ⑵[資料1]。
秋元家の五代目三左衛門(俳号:双樹)(1757~1812)は、味醂醸造家としての商才に加え、雅才にも秀でた俳人で、江戸後期の俳人、小林一茶(1763~1827)との親交が深かった。二人の出会いは一茶が42歳、双樹が48歳の1804年頃とされ、双樹が56歳で他界する1812年迄の約8年間親交は続いた。一茶はその間、双樹の元を50回以上も訪れ、江戸では信州のむく鳥と馬鹿にされる事もあった一茶だが⑶、流山の双樹は一茶を温かく迎え、この地は一茶にとって特別な場所となっていた[資料2]。
建物が創建された時期と、二人が親しんだ時期には50年近くの隔たりがあるが、既述の様な背景から、1990年(平成2年)に流山市が、この地を小林一茶寄寓の地として市の記念物(史跡)第1号に指定し、1992年(平成4年)から3年の歳月をかけて建物の解体調査と復元・再現工事を行い、1995年(平成7年)に開館に至った。

残し活かし続けられる文化遺産へ
同館の開館には、地域ゆかりの文化遺産を後世へと繋ぎ、これからの地域の資源として活かそうとする、関係者の強い意思が感じられる。例えば、館周辺には平成に入って間もなく、マンションの建築計画がもたらされたが、市とその関係団体が1年余りの短期間に土地を取得し、教育委員会に整備活用計画を遂行する事務局を開設した。役所でのこうした迅速な対応には、多くの難題があった事は想像に難くないが、関係者の使命感が乗り越えさせたと考えられる。そして1992年(平成4年)に、小林一茶寄寓の地保存整備審議会が発足してからも、他の復元文化遺産の事例を数多く学ぶと共に、当該の建物等の調査を徹底的に行い、加えて一茶の故郷、信州柏原宿にその足跡を訪ねる等もしながら、この文化遺産をどう復元・再現して、どの様に活かしていくのかを日夜議論し、その具現化を図っていった⑷[資料3]。
大まかには建物全体は創建当初の形にし、入口には当時の商家に見られた土間と見世が置かれ、その一角と二階には、一茶や双樹に関する品々の展示スペースが設けられている。土間を抜けると、趣のある小径の奥に茶室の一茶庵が再現され、復元された双樹亭に繋がっている。その双樹亭から一望できる庭は、一茶が持参したとされる赤松⑸を中心とした枯山水で、庭の脇には一茶の故郷、黒姫山から運んだ自然石に、「夕月や流残りのきりぎりす」という一茶の句を刻んだ碑が置かれ、過不足なく凝縮した空間としている[資料1]。
こうした一茶双樹記念館は、多目的に利用が可能な施設として安価な利用料で貸し出され、様々に活用されている。例えば、茶室の一茶庵では参加者を広く募り、毎月の様に呈茶等の茶会が開催され、双樹亭でも句会や趣味の会等が頻繁に開催されている[資料4]。加えて、土間と見世や双樹亭の床の間等には、季節毎にひな飾り等の装飾が施され、四季折々に表情を変える庭と併せて、繰り返しこの地を訪ねたくなる動機を喚起している[資料1]。
この様に一茶双樹記念館は、地域を中心とした多くの人々に活用される事で廃れる事を防ぎ、建物の状態も保ち続け、予算措置等の難しい地域の文化遺産にあって、保存と活用の両輪を上手く成立させ、確実に未来へと繋ぐ工夫が施された文化遺産だと言える。

地域ゆかりの文化遺産を活かす難しさ
類似の施設に隣接市の野田市市民会館がある。同館はこの地で醤油醸造家として成功した茂木佐平治の邸宅として、1924年(大正13年)に建てられた物が、1956年(昭和31年)に野田市に寄贈された後、離れや書院等を取り壊して現在に至った。建物は1997年(平成9年)に国の登録有形文化財に指定され、庭園も2008年(平成20年)に千葉県初の国の登録記念物に指定された由緒ある館だ。館内は正にお屋敷といった様相で10を超える部屋に加え、広々とした台所や浴室、電話をかける為だけの電話室もある。それらの装飾は贅を尽くした物ばかりで、建物そのものが工芸品と言っても過言では無い[資料5]。
この館も一茶双樹記念館と同様に、多くの部屋は多目的に利用が可能で、とても安価な料金で貸し出されている。各部屋は各種の講座等で利用されているが、施設の活用を促進する館側の施策は一茶双樹記念館と比べ少なく見える。庭園にある茶室の松樹庵では、茶会が開催されているが、年に1・2回と一茶双樹記念館の一茶庵とは位置づけが異なっている様だ[資料4]。
広大な敷地に格調高い建物と、贅の限りを尽くした調度品や庭園は、観せる文化遺産としては申し分無い。しかし、広く地域の人々に活用される施設としての取り組みには、改善の余地がある様に映り、全体的に保存資料としての雰囲気が漂っている。今後、この素晴らしい地域ゆかりの文化遺産を、観せる施設とするのか、活用してもらう施設とするのか。館を取り巻く環境の変化に目を向けながら、施設の特性や可能性と向き合い、地域の今と未来に相応しい地域ゆかりの文化遺産としての館の在り方を、野田市市民会館は、今一度見つめ直す時期にあるのかもしれない。

一茶双樹記念館の今後の展望
一茶双樹記念館のある流山市は、少子化や人口流出が続く地方都市にあり、2022年現在6年連続で、人口増加率全国1位の市として知られている[資料6]。代表的な流山おおたかの森駅周辺は、商業施設が立ち並び活気に溢れている。一茶双樹記念館の今後の展望を考える上では、こうした新たな流山市民を積極的に巻き込む事や、社会や館を取り巻く環境の変化をしっかりと捉える事が求められる。
例えば、館を中心として流山本町江戸回廊にマイクロツーリズムを展開し、市民の交流と地域の活性化を図りたい。これは新たに市民となった方々の、新しい故郷流山への愛着を育む事にも繋げられる。また、館周辺の地域は、成田や羽田といった国際空港から約1時間半で接続可能な場所だ。今後、益々増えるインバウンドへの対応強化として、地域に埋もれかねない文化遺産を、資源として活用できる様に復元・再現し、保存と活用の両輪を上手く廻しながら、流山本町江戸回廊一帯に、古くて新しい経済圏の形成を考えたい[資料1]。

まとめ
文化遺産を残し活かし続ける一茶双樹記念館を、類似の館との比較も含め、地域ゆかりの文化遺産の保存と活用という観点から確認した。まず、文化遺産を未来へ繋いでいくには、それらに関わる方々の熱意が強く影響する事が、情報収集や関係者へのインタビュー等から見て取れた[資料7]。また、その文化遺産が地域にとって、どの様な位置づけで、どんな価値に成り得るのかを十分に精査し、今後、どの様な人々の、どんな価値や位置づけの文化遺産として、保存し活かし続けるのか。地域の今や未来に相応しい文化遺産の在り方への熟慮・賢慮が、必要不可欠である事も確認できた。そうした観点から、一茶双樹記念館は、地域ゆかりの文化遺産を、活かしながら残し続け様とした方々の想いと、それらを活用する人々の想いとが、しっかりと嚙み合った好例だと言う事ができる。
地域の現状や未来を見据えながら、地域ゆかりの文化遺産を保存し活かし続ける事。正解は常に無いが、それらに志高く向き合い続け、情熱を持ちながら行動し続ける。それが過去と未来を繋ぎ、今を生きる私達の役割である事を痛感する。

参考文献

註⑴:流山市教育委員会編、『流山市指定記念物(史跡)小林一茶寄寓の地保存整備事業報告書』
流山市教育委員会(社会教育課)、1996年 84頁
註⑵:賀来宏和著、『一茶繚乱 俳人小林一茶と江戸の園芸文化』、八坂書房、2023年 5頁
註⑶:流山市立博物館友の会編、『東葛流山研究第25号』、崙書房出版、2007年 10頁上段
註⑷:流山市立博物館友の会編、『東葛流山研究第25号』、崙書房出版、2007年 10頁11頁
註⑸:流山市立博物館友の会編、『東葛流山研究第24号』、房総の博物館・美術館』、崙書房出版、
2006年 14頁上段

・紫牟田伸子著、早川克己編、『私たちのデザイン4 編集学‐つなげる思考・発見の技法』、藝術学舎、
2014年
・賀来宏和著、『一茶繚乱 俳人小林一茶と江戸の園芸文化』、八坂書房、2023年
・流山市立博物館編、『ふるさと流山のあゆみ』、流山市教育員会、2015年
・流山市立博物館友の会編、『楽しい東葛人物事典』、崙書房出版、2015年
・流山市立博物館友の会編、『東葛流山研究第25号』、崙書房出版、2007年
・流山市立博物館友の会編、『東葛流山研究第24号』、房総の博物館・美術館』、崙書房出版、2006年
・伊藤晃著、『一茶双紙』、崙書房出版、2001年
・流山市立博物館友の会編、『東葛観光歴史事典』、崙書房出版、1997年
・流山市教育委員会編、『流山市指定記念物(史跡)小林一茶寄寓の地保存整備事業報告書』
流山市教育委員会(社会教育課)、1996年
・佐藤雀仙人著、『下総と一茶』、崙書房出版、1996年
・伊藤晃著、『一茶流山二入の記』、三一書房、1994年
・一茶双樹記念館案内(一茶双樹記念館での配布物)
・金山喜昭著、『公立博物館をNPOに任せたら-市民・自治体・地域の連携—』、同成社、2012年
・野田市郷土博物館編、『野田市郷土博物館 市民会館 年報・紀要 第1号 2007年度』、
野田市郷土博物館、2009年
・野田市郷土博物館編、『野田市郷土博物館 市民会館 年報・紀要 第11号
2017年度~ 第15号 2021年度』、野田市郷土博物館、2019年~2023年
・茂木佐邸物語(野田市市民会館での配布物)

・[資料1]一茶双樹記念館と流山本町江戸回廊のある地域
・[資料2]小林一茶と秋元双樹
・[資料3]一茶双樹記念館の開館までの道程
・[資料4]一茶双樹記念館と野田市市民会館の来館者数・貸部屋の利用料金・貸部屋利用と催事の
状況・来館者1人当りの費用と収入
・[資料5]野田市市民会館
・[資料6]流山市の人口推移
・[資料7]一茶双樹記念館と野田市市民会館の関係者インタビュー

・一茶双樹記念館
https://nagareyama-td.com/issasouju/
・流山市の一茶双樹記念館案内
https://www.city.nagareyama.chiba.jp/institution/1004311/1004320/1004322.html 
・流山市観光協会の流山本町江戸回廊
https://nagareyamakankou.com/tourism-information/nagareyamahoncho-edokairo/
・流山市博物館年報
https://www.city.nagareyama.chiba.jp/life/1001780/1001785/1001792.html
・野田市市民会館
https://noda-muse.jp/civic-center
・野田市監査委員
https://www.city.noda.chiba.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/000/950/R3zaien.pdf
(上記ウェブサイトへの参照年月日は、全て2023年4月15日~12月27日)

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