芸術祭で地域イノベーション~亀山トリエンナーレの可能性~

川原田 洋子

はじめに
日本はもとより世界中で行われている芸術祭(1)は現代アートを主な内容とする展示会である。海外では旬のアーティストを紹介することを目的として開催されてきた(2)。日本の芸術祭は、横浜トリエンナーレや国際芸術祭あいちのようにアーティスト性に重きを置き、アート作品を通じて社会的メッセージを発する芸術祭(3)と、地域活性化や地域再生を目的として開催している過疎化が進む地域での芸術祭(4)とに大きく分類することができる。
亀山トリエンナーレは三重県亀山市で開催される、芸術文化の振興と街の活性化を目的としている芸術祭だ(資料1)。筆者は2022年11月、ボランティアとして亀山トリエンナーレに参加した。ボランティア活動で感じたこと、次回開催までの動きを観察、森敏子氏(亀山トリエンナーレ実行委員会事務局長)への取材を中心に、芸術祭の開催で街がどう変化してきたのか、今後の可能性を考察する。

1.基本データと歴史的背景
三重県の中北部に位置する亀山市は、総人口49,298人(5)の小規模な街である。県庁所在地の津市と隣接し、四日市市や鈴鹿市といった製造業がさかんな都市にも近い。また、滋賀県とも隣接している。江戸時代の亀山は東京と京都を結ぶ東海道の宿場町であった。伊勢亀山藩の城下町として栄え、亀山宿(6)、関宿(7)、坂下宿(8)の3つの宿場があり、参勤交代や伊勢参りの旅人などで賑わった。かつては賑わいを見せた街だが、商店街や小規模なショッピングセンターが立地しているものの空洞化が進み地域住民は隣接する市などへ出向くことが多い。
商店街は視点を変えれば地域資源ではないかという気づきから、森氏ら有志数名で「アートによる街づくりを考える会」を2007年に結成。最初は空き店舗に週末だけ作品を展示する形でスタートした。2008年から2013年までは「亀山・商店街inART、アート亀山」という亀山トリエンナーレの前身イベントを毎年開催。回を重ねるごとに規模は少しずつ大きくなり、2014年以降はトリエンナーレ形式に変更。コロナウイルスの影響により2年の延期、2022年は5年ぶりの開催となり93組のアーティストが参加した。次回は2024年秋に開催予定だ(資料2)。
街の活性化を担うには行政との協力が必要不可欠である。しかし、行政にとって芸術は遠い存在であり、活動が始まった当初は協力的ではなかった。行政の方に知ってもらうことが大変だったと森氏は言う。2023年4月亀山市は観光プロモーションのコンセプトを「アートが生まれる街、亀山」と設定(9)するなど行政の芸術に対する見方は徐々に変化してきた。

2.評価
亀山トリエンナーレの評価すべき点は「場を活かした展示」ということだ。作品は市の中心部の商店街、豪商旧宅、武家屋敷、神社仏閣などに展示し、街が美術館やギャラリーとなる。コンペティションで選ばれたアーティストは作品を制作する前に現地説明会に参加する。展示会場の見学を行い、各自の展示場所を決定する。商店街の空き店舗を会場とするアーティストは、営業していた当時のことや歴史を関係者に取材し作品に反映することも。空き店舗には当時使用していた道具などがそのまま置かれており、アーティストはそれらを作品に使えないかとその場で様々な発想が浮かんでくることが面白い(資料3)。
作品を制作する過程で、地域住民とアーティストとが交流し新たな関係が生まれる。場所を知り、住民の声を聞いて作品を制作する。こうして場を活かした亀山ならではの展示が誕生する。
徳光健治は「近代アートの作品は謎解きパズルのようなものも多く、作家が伝えたいことがわかりづらい。これがアートはわかりにくいと言われる所以であり、一般人が近寄りがたい存在となっている」と述べている(10)。生活空間に突如、近代アートの作品が登場したら地域住民は混乱するだろう。場を活かした展示は、何だかわからない近寄りがたい存在を少しでも身近に感じられ、受け入れやすい環境を作っている。住民間で芸術祭は共通の話題となり地域性は高まる。最初は何がやって来るのかと不安に感じていた地域住民だが今では次の開催を楽しみにしている。
そして「細やかな気配り」も亀山トリエンナーレの特徴である。はじめて街を訪れる人に展示会場がわかるよう、点在する会場を案内板等で誘導し各会場までスムーズに行くことができる(資料4)。会場の規模が比較的小さいことから、ゆっくりと街の散策を楽しみながら作品を鑑賞できる。

3.何が特筆されるのか
亀山市から直線距離で約30キロ離れた同じ三重県内の松阪市で開催されている「松阪カルチャーストリート」を比較事例として取り上げる(資料5)。松阪市の魅力を芸術で再発見をコンセプトに2021年より毎年開催している芸術祭だ。
作品は、観光施設の松阪市にゆかりのある豪商旧宅、旧長谷川治郎兵衛家、旧小津清左衛門家、原田二郎旧宅の3館(11)を中心に展示している。館のスタッフは、芸術祭を訪れる人は普段の客層とは明らかに異なりすぐにわかると話す。芸術祭を目的に来た人にとっては豪商旧宅を知ることができ、たまたま観光に来ていた人にとっては、芸術に触れるきっかけとなる。両者に相乗効果を与えることができることは松阪カルチャーストリートの特筆すべき点である。
松阪カルチャーストリートの参加アーティストは、キュレーターの松本恵介氏が芸術系大学の卒業展などへ出向き若手アーティストを発掘し選出している。亀山トリエンナーレは2010年よりコンペティションを実施している。亀山トリエンナーレ監修の井上隆邦氏と、実行委員会創立メンバーで1点、1点、丁寧に議論し審査をする。亀山トリエンナーレがアーティストにとっての登竜門や発表の場となり成長に繋がればと森氏は言う。亀山トリエンナーレは地域と作品の融合、住民とアーティストの関係性を作る地域に根付いた芸術祭である。

4.今後の展望、課題について
今後の展望について森氏は、この先誰が活動を率先していくのかが問題であると言う。活動開始から16年、実行委員会には若手メンバーも所属しているが創立当時のメンバーの高齢化が進む。運営にはリーダーが必要であり、次世代の人材育成が課題としてあげられる。現在、実行委員会は60歳以上のメンバーと60歳以下のメンバーとの2グループに分かれて会合を開くことがある。会の活動を継続するには、年配者と次世代とがお互いの得意、不得意に目を向けその時代に合った対応をすることが必要である。そして、新しい組織へとバージョンアップしていかなければならない。
筆者が観察をして見えてきた課題は、芸術に関心のある層は県外からでも来場するが、関心のない層は地域住民ですら来場しないということである。芸術祭が芸術に関心のある者だけが楽しむものであれば街の活性化には繋がらない。関心のない層も会場に足を運びたくなるようなアプローチが必要である。亀山トリエンナーレは行政、地域住民、アーティストに熱意をもって芸術の可能性を伝えてきた。これからは知る人が知るではなく、誰もが知る芸術祭となるよう認知を上げることが大切だ。

5.まとめ
アートプロジェクトの実施について「身近な風景が見違えるように変容し、新しい出会いや交流が生まれる。地域の潜在的可能性に住民が気づき、新しい地域ビジョンの創出につながっていく。」と谷口文保は述べている(12)。
亀山トリエンナーレの開催により行政や地域住民は、見過ごしてきた地域資源の活かし方や可能性に気づくことができた。全てのことが芸術の力で解決できることはないが、芸術祭が芸術の領域だけに留まらず、街づくりと関わり、亀山市が持続可能な社会として発展することを願う。

  • 81191_011_32283087_1_1_Document_01 資料01 亀山トリエンナーレの位置関係
  • 81191_011_32283087_1_2_Document_02 資料02 亀山トリエンナーレのあゆみ
  • 資料03 亀山トリエンナーレの場を活かした展示
    (非公開)
  • 資料04 亀山トリエンナーレの細やかな気配り
    (非公開)
  • 資料05 亀山トリエンナーレと比較事例
    (非公開)
  • Document_06_02 資料06 亀山トリエンナーレ2024に向けて

参考文献

【註】
(1)芸術祭は明確な定義はなく、数か年の周期で継続的に開催され、3年に1度開催されるものをトリエンナーレ、2年に1度開催されるものをビエンナーレと言う。(吉田隆之編『芸術祭と地域づくり』、水曜社、2019年、P16)
(2)吉田隆之編『芸術祭と地域づくり』、水曜社、2019年、P20
(3)松本茂章編『文化で地域をデザインする』、学芸出版社、2020年、P160
(4)吉田隆之編『芸術祭と地域づくり』、水曜社、2019年、P294
(5)亀山市人口(2024年1月1日現在)
https://www.city.kameyama.mie.jp/shisei/2014112308662/ (2024年1月13日閲覧)
(6)亀山宿
46番目の宿場町。城下の町の規模は大きいが、伊勢参詣の経路からは外れているため、紀行文などでは「さびしき城下」と表現されていることもある。(亀山宿観光案内パンプレットより)
(7)関宿
47番目の宿場町。旧東海道の宿場町のほとんどが旧態をとどめていないが、関宿は唯一歴史的な町並みが残る。古い町家は200軒あまり残っている。(関宿観光案内パンプレットより)
(8)坂下宿
鈴鹿峠の麓に位置し、48番目の宿場町として鈴鹿峠を往来する人々で賑わった。鈴鹿峠は東海道の難所のひとつである。(坂下宿観光案内パンプレットより)
(9)広報かめやま2023年4月1日号
https://www.city.kameyama.mie.jp/docs/2023032800033/ (2024年1月22日閲覧)
(10)徳光健治編『教養としてのアート 投資としてのアート』、クロスメディア・パブリッシング 、2019年、P17
(11)松阪市は江戸時代に商業の町として栄え、豪商の街と言われるようになった。今でも市内には豪商旧宅が軒を連ねる。
NPO法人松阪歴史文化舎 https://matsusaka-rekibun.com/ (2024年1月13日閲覧)
(12)谷口文保編『アートプロジェクトの可能性』、九州大学出版会、2019年、P159

【参考文献】
■早川克美編『私たちのデザイン1 デザインへのまなざし』、藝術学舎、2014年
■野村朋弘編『伝統を読みなおす5 人と文化をつなぐもの』、藝術学舎、2014年
■朴恵淑編『亀山学』、風媒社、2016年
■谷口文保編『アートプロジェクトの可能性』、九州大学出版会、2019年
■徳光健治編『教養としてのアート 投資としてのアート』、クロスメディア・パブリッシング 、2019年
■吉田隆之編『芸術祭と地域づくり』、水曜社、2019年
■松本茂章編『文化で地域をデザインする』、学芸出版社、2020年

【WEB閲覧】
■亀山トリエンナーレ
https://kameyamatriennale.com/ (2024年1月27日閲覧)
■亀山市
https://www.city.kameyama.mie.jp/ (2024年1月25日閲覧)
■一般社団法人 亀山市観光協会
http://kameyama-kanko.com/ (2024年1月21日閲覧)
■松阪カルチャーストリート
https://culture-street.jp/ (2024年1月27日閲覧)
■NPO法人松阪歴史文化舎
https://matsusaka-rekibun.com/ (2024年1月13日閲覧)

【引用レポート】
■芸術教養講義10、筆者所属のボランティアコミュニティについて、2023年度秋期
■芸術教養演習2、亀山トリエンナーレ2022と街の活性化について、2022年度秋期

【取材等】
■亀山トリエンナーレボランティア活動
2022年10月30日(日)~2022年11月19日(土)の内数日
■松阪カルチャーストリート取材
日時 2023年11月24日(金)
■森敏子氏取材
日時 2023年12月14日(木)

年月と地域
タグ: