「丸の内仲通り」〜 美しい街並みのリズム〜
1.はじめに
東京丸の内は、大企業のオフィスがひしめく東京の中心地である。日本の中央駅でもある東京駅と皇居をまっすぐに結ぶ「行幸通り」に対角するように、晴海通りから永代通りまで続く通称「丸の内仲通り」(資1)は、丸の内のメインストリートである。本稿では丸の内仲通り(以下仲通り)に視点をおき、景観及びその空間の使われ方をデザインの観点から考察する。
1-1.基本データ
名称:丸の内仲通り
所在:東京都千代田区丸の内1~3丁目、有楽町1丁目
長さ:約1.2km
1-2.歴史的背景(資2)
丸の内はかつて300年ほど前まで遠浅の海であった。そこを徳川家康(1542-1616)が埋め立て江戸城を作り大名屋敷の都市ができる。明治維新後は陸軍省用地となっていた土地を1890年に三菱の岩崎弥之助(1851-1908)が政府から買い上げ、日本初となるオフィス街を作った。ジョサイア・コンドル(1852-1920)指揮のもと、曽禰達蔵(1852-1937)らにより洋風赤煉瓦のビルが同じ高さで建ち並び、その街並みは西洋風の佇まいから「一丁倫敦(ロンドン)」と呼ばれた。その後、鉄筋コンクリート構造の「一丁紐育(ニューヨーク)」の時代を経て2000年代以降の再開発によりビルはさらに高さを増していく。仲通りは12年ほど前まで路面には金融機関の店舗が立ち並び、午後3時を過ぎるとシャッターが閉まり、休日は閑散としていた。現在は沿道に店舗等が軒を連ね、開放感あふれる通りになっている。
2.評価
2-1.連続したリズム(資3)
通り沿いの街路樹がどこまでも連続して続く。色とりどりのおしゃれな路面店が連なり、訪れる歩行者を楽しませる。高さ31mの軒線でデザインを切り替えた建物が連続して続く(資2−2)。そのビルの31mのスカイラインの表情線は現在も残る歴史的建造物の高さと揃い調和している。足元にはアルゼンチン斑岩の石畳舗装の道が美しく続いている。大手町ビルの1階内部の床は、仲通りと同じ柄の石畳が使われ、外と中が1本の道のように続いて見える仕掛けがしてある。通りに使われている石畳舗装の柄は数種類あるが、同系色なので全体として洗練された雰囲気となる。仲通り沿いを中心に近代彫刻家のアート作品が街中にリズミカルに置かれている(1)。作品の背景は、街の景色なので作品は季節や天気、時間帯によって違った表情をみせる。このように複数の連続するデザインにより仲通りの景観はつくられている。ドラマチックな街並みには「流れるようなリズム」がある。
2-2.入り隅みの空間(資4)
仲通りのちょうど中央部分に丸の内ブリックスクエアがあり、その奥をのぞくと三菱一号館美術館が持つ中庭、一号館広場がある。入っていくと秘密の花園のような空間が広がる。ビルを支える太い支柱には緑が8mの高さまで植栽され、まるで深い森の中にいるような感覚になる。広場を設計した松榮氏によれば「東京駅とも近いことから仲通りと東京駅を結ぶ通り抜けの機能を持たせている」(2)としている。通り抜けの道幅は狭く、気づかれにくいことから一号館広場は「入り隅み」の空間でもあるといえる。芦原義信は「「入り隅み」の空間には人々を包み込むような、温かいまとまりのある都市空間を生み出すことができる」(3)としている。一号館広場は、仲通りに付随した「入り隅み」の空間であり、それは仲通りをより魅力的にしている重要な要素となる。
2-3.風格ある街並み(資5-1)
仲通りの周辺には、歴史的建造物や文化施設が多くある。建設当初の工程により復元された三菱一号館美術館、重要文化財の明治生命館の中には昨年、静嘉堂文庫美術館も移転してきた(4)。その他にも出光美術館や帝国劇場、またシンボル性のある東京駅、日本工業倶楽部会館、東京中央郵便局など、この街の歴史を残す建物が歩ける範囲に数多く存在する。「オフィス街に美術館を」という考えはこの街を作った三菱の岩崎弥之助の夢であった(5)。オフィス街に文化施設があれば、文化と経済が同じ空間で居合わせ、街が情緒豊かになる。弥之助の抱いた夢が今、仲通りを中心軸として、丸の内の街の中に散りばめられている。また、丸の内の街並みを背景にフォトウェディング(6)を行なう会社が複数ある。街を歩くと撮影中の場面に遭遇することも珍しくなくなった。「一生の思い出となるウエディング写真を丸の内の街中で撮る」これは丸の内の街並みが美しいことを証明する論拠となる(資5-3)。
3.特筆
賑わいのある魅力的な通りとして仲通りと同様に連続したリズムを持ち、赤と緑のコントラストで印象的な浅草寺の仲見世通り(7)を取り上げ、2つの通りが持つ「賑わい」を比較し、仲通りの特筆点を述べる。
3-1.比較(資6)
仲見世通りは、浅草寺に付随した参道で、雷門から宝蔵門まで約250m続く。仲通りと同様に浅草の街の「メインストリート」となる。通りの景観は看板や飾りも統一され、同じ軒高の緑の屋根が、浅草寺まで一直線に続く。しかし2つの通りは「賑わい」においてそれぞれ異なる存在意義を持つ。参道である仲見世通りにおける歩行者の目的は浅草寺への参拝であり、通りの賑わいは「参拝に付随した賑わい」である。それに対し仲通りの賑わいは、ショッピング、食事、アート鑑賞、イベントなど歩行者の目的に応じた「多様な活動による賑わい」が起きている。通りの主人公は誰かと問われれば、仲見世通りは「浅草寺」であり、仲通りは「歩行者」であるといえる。両者を比較すると、機能が参道に限られる仲見世通りに対し、仲通りは通りの使い方に制限がなく、ゆとりのある美しい道路空間を使い、新たな賑わいを創出することができる(8)。したがって仲通りの特筆点として「多様な通りの使い方ができる」点があげられる。
3-2.「時間と場」のデザイン(資7)
大丸有まちづくり協議会(9)を中心に、東京都、千代田区、JR東日本が連携し、街づくりを行うことでエリアマネジメント(10)がうまく機能している。その一環として「丸の内仲通りアーバンテラス」と称し、時間で区切り通りを歩行者に開放している。先ほどまで、車道であった空間が車両通行止めとなり、椅子とテーブルが置かれる。平日のランチどきには多くの人がオフィスを抜け出し、街路樹の下で気ままに時を過ごす。足元に石畳、気持ちの良い木陰、椅子とテーブルさえあれば、もうそれだけで十分ではないだろうか。季節により様々なイベントも開かれ、仲通りはその都度全く違った表情となる。中西紹一によると「連続的な時間を一部切り取ったり、ある一定の特別な時間や期間に特別な意味を与えたりすることが時間のデザインである」(11)と述べている。仲通りの道路空間の使い方はまさにこの「時間のデザイン」であると同時に「場のデザイン」であるともいえる。美しく洗練された仲通りの道路空間を活用し、様々な賑わいを創出することで、通りは一層魅力的な場所になり、何もない日には居心地の良い場所に戻る。それはまるで通りが生命を持ち、呼吸しているかのように穏やかにオン・オフを繰り返している。
4.今後の展望 (資5-1,2)
現在、丸の内における仲通り車道部分の舗装は、アルゼンチン斑岩で施工されているが、石畳舗装は行幸通りの手前で止まり、そこから北側の区画は、沿道の建物利用の関係で通常のアスファルト舗装となっている 。この区間も石畳の舗装で大手町まで続けば、仲通りの空間に統一感が出る。一方、晴海通りの南側でも他地権者による再開が進んでおり、仲通りのような歩行者空間を新橋方面へ延伸する構想がある(12)。実現された場合、延長した地面も石畳の美しい歩行者空間になれば「東京の新たな魅力」に加わると思われる。
5.おわりに
仲通りは周辺の風格ある建物の「中心軸」であり、通りのデザインは歩行者にとって居心地の良い空間になっている(資8)。その通りは行幸通りへつながり、開放的な駅前広場を抜け、堂々たる佇まいの東京駅へとつながる。様々な魅力のレイヤーが積み重なり仲通りにしかない「街並みのリズム」ができている。その魅力的な景観の上に、エリアマネジメントにより様々な賑わいがデザインされて、新たな彩りを加え続けている。通りに立ち、ふと見上げると、連続性を帯びた美しい街並みがそこにあり、我々はその景色の一部になる。目的地に行くためだけに通り過ぎるにはあまりにも美しく、ゆっくり座って景色を楽しみたい、仲通りはまさに「人のための通り」なのである。
- 資料1 「丸の内仲通り」2023年5月筆者撮影
-
資料2 「丸の内の歴史」魅力のレイヤー1
転載写真:資料中に出典元記載、筆者撮影写真&表:資料中に撮影&作成年月記載 -
資料3 「連続したリズムのデザイン」魅力のレイヤー2
「31mのスカイライン地図」2023年7月筆者作成、「野外彫刻マップ」2023年6~7月筆者作成、写真:2023年3月〜6月筆者撮影 -
資料4「入り隅みの空間デザイン」魅力のレイヤー3
転載写真:資料中に出典元記載、筆者撮影写真:資料中に撮影年月記載
「三菱一号館美術館、cafe1894、中庭空間造形と柱の効果、通り抜けの構造」及び
「三菱一号館美術館中庭についてのインタビュー」は筆者演習2の添付資料より引用 -
資料5「歴史的建造物と文化施設、街並み デザイン、今後 展望」魅力のレイヤー4
「歴史的建造物、文化施設、入り隅み空間、今後 展望map」2023年7月筆者作成、転載写真:資料中に出典元記載、筆者撮影写真:資料中に撮影年月記載 -
資料6「丸の内仲通り 浅草寺仲見世通り 街並みのデザイン比較」
「丸の内仲通りと浅草仲見世通り 街並みのデザイン比較表」:2023年7月筆者作成
写真&絵:2023年7月筆者撮影&作成 -
資料7「エリアマネジメントのデザイン」魅力のレイヤー5
転載写真:資料中に出典元記載、筆者撮影写真&表:資料中に撮影&作成年月記載 - 資料8「丸の内仲通りのデザイン」図:2023年7月筆者作成
参考文献
【注】
(1)丸の内ストリートギャラリーHPより
https://www.marunouchi.com/lp/street_gallery/(最終閲覧日2023年7月29日)
1972年から丸の内の文化を高める目的で、三菱地所(株)が主体となり、公益財団法人 彫刻の森芸術文化財団と協力して、野外彫刻を置く活動が始まる。当初は4〜5点だったが、徐々に作品数が増え、2023年現在は19点の現代アーティストの彫刻が丸の内仲通りを中心に点在している。
(2)資料4「三菱一号館美術館中庭についてのインタビュー」松榮氏によると、上記の理由の他に、仲通りの線的な賑わい軸に対する次のステップとして「滞留空間、面的な繋がり」として仲通りのちょうど中央部分に位置する一号館の「中庭」を「憩いの空間」として一号館広場を作ったとしている。
(3)『街並みの美学』芦原義信、岩波書店、1979年、P83
(4)「プレスルーム静嘉堂文庫美術館移転のお知らせ」静嘉堂文庫美術館公式HP https://www.seikado.or.jp/pdf/20211119.pdf(最終閲覧日2023年7月29日)
(5)三菱二代目社長の弥之助は美術に関心があり英国留学を期に、企業美術館として、パトロン的役割も積極的に行っていた。また明治の廃仏毀釈により日本の美術品が海外に流出するのを嘆き、進んで美術品を買い取り収集してきた。(河合敦『もう一人の「三菱」創業者、岩崎弥之助 企業の真価は二代目で決まる!』、ソフトバンク新書、2012年p120,121)
(6)フォトウェディングとは結婚式の代わりに行う写真撮影のこと。コロナ禍で海外ウェディングや結婚式場で式をあげられない人たちからの需要が急激に増え、コロナが収束した後も安定した需要がある。
(7)仲見世HP http://www.asakusa-nakamise.jp(2023年7月29日最終閲覧日)
(8)丸の内仲通りは2002年、丸ビルのリニューアルと共に、歩行者空間を広げ、歩行者のための可能性を広げた(資2-1)。
(9)通称、大丸有まちづくり協議会=正式名 一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会は大手町・丸の内・有楽町地区において、大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり懇談会で策定されている「まちづくりガイドライン」をもとに、企業、団体及び行政等との連携を図って、まちづくりを展開する協議会のことである。
大丸有まちづくり協議会HP https://www.tokyo-omy-council.jp(2023年7月29日最終閲覧日)。
(10)エリアマネジメントとは地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるためのの住民・事業主・地権者等による主体的な取り組みことである。
エリアマネジメントのすすめ 国土交通省HP https://www.mlit.go.jp/common/001206668.pdf(2023年7月29日最終閲覧日)
(11)中西紹一・早川克美編『時間のデザイン―経験に埋め込まれた構造を読み解く』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、p16
(12)都市計画の決定はまだであるが、関係者が既に構想を公表している。内幸町一丁目北特定街区 内幸町一丁目北地区再開発等促進区を定める地区計画 都市計画(素案)の概要
https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/tokyoken/tokyotoshisaisei/dai19/siryou1.pdf(2023年7月29日最終閲覧日)
三井不動産HP日比谷再開発 https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2013/1206/(2023年7月29日最終閲覧日)
【参考文献】
(書籍)
・芦原義信『街並みの美学』岩波書店、1979年
・岸田省吾編『建築の「かたち」と「デザイン」』、鹿島出版会、2009年
・バーナード・ルドフスキー『人間のための街路』、鹿島出版、1973年
・岡本晢史『一丁倫敦と丸の内スタイル』、求龍堂、2009年
・岡本晢史『「丸の内」の歴史」』、ランダムハウス講談社、2009年
・株式会社社史編纂室三菱地所『丸の内百年のあゆみ 上巻』、三菱地所、1993年
・株式会社社史編纂室三菱地所『丸の内百年のあゆみ 下巻』、三菱地所、1993年
・岸田省吾編『建築の「かたち」と「デザイン」』、鹿島出版、2009年
・松橋達矢『モダン東京の歴史社会学』、松橋達矢、ミネルヴァ出版、2012年
・小林 重敬『まちの価値を高めるエリアマネジメント』、学芸出版社、2018年
・ケヴィン・リンチ『都市のイメージ』、岩波書店、2007年
・樋口 忠彦『ランドスケープとしての日本の空間』、技報堂出版、1979年
・都市づくりパブリックデザインセンター『公共空間の活用と賑わいまちづくり』、学芸出版社、2007年
・河合敦『もう一人の「三菱」創業者、岩崎弥之助 企業の真価は二代目で決まる!』、ソフトバンク新書、2012年
(図録・パンフレット等)
大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり懇談会編『大手町・丸の内・有楽町地区まちづくりガイドライン2020』、2021年
・一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会編『一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会 2022』、2022年
・三菱広報委員会『荘田平五郎 一丁倫敦をつくった三菱の大番頭』、2022年
(Web閲覧)
・丸の内ストリートギャラリーHP https://www.marunouchi.com/lp/street_gallery/(2023年7月29日最終閲覧日)
・静嘉堂文庫美術館HP https://www.seikado.or.jp(2023年7月29日最終閲覧日)
・大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会HP https://www.tokyo-omy-council.jp(2023年7月29日最終閲覧日)
・丸の内エリアマップ https://www.marunouchi.com/information/access/(2023年7月29日最終閲覧日)
・東京駅写真館HP https://tokyo-sta.com(2023年7月29日最終閲覧日)
・台東区HP https://www.city.taito.lg.jp/kenchiku/machidukuri/chikumachizukuri/asakusamachidukuri.html(2023年7月29日最終閲覧日)
・台東区景観計画第2部https://www.city.taito.lg.jp/kenchiku/machidukuri/keikan/ichiran/keikankeikaku.files/2-1-10sensoji.pdf(2023年7月29日最終閲覧日)
・Ligare大丸有エリアマネジメント協会HP https://ligare.jp/project/(2023年7月29日最終閲覧日)
・仲通り綱引き大会 https://www.marunouchi.com/lp/tsunahiki2023/(2023年7月29日最終閲覧日)
・ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2023 HP https://www.lfj.jp/lfj_2023/(2023年7月29日最終閲覧日)
・Marunouchi Street Park 2023 実行委員会https://www.mec.co.jp/news/mec230713_msp/mec230713_msp.pdf(2023年7月29日最終閲覧日)
・内幸町一丁目北特定街区 内幸町一丁目北地区再開発等促進区を定める地区計画 都市計画(素案)の概要 https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/tokyoken/tokyotoshisaisei/dai19/siryou1.pdf(2023年7月29日最終閲覧日)
・三井不動産HP日比谷再開発 https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2013/1206/(2023年7月29日最終閲覧日)