隅田川テラスは地域に賑わいと親しみを提供できるか

黒田 見友君

1. 隅田川および隅田川テラスの概要
隅田川は東京都北区の岩淵水門から南東方面へと東京湾まで続く一級河川であり、北、足立、荒川、墨田、台東、江東および中央の7区を跨ぐ。約23kmとけして長大な河川ではないが、東京都心部を縦断するという特徴により、都内でも特有の景観を呈している。1994年の『東京都景観マスタープラン』において、東京都が特に重要な11の地域を景観基本軸と定めた中に隅田川が含まれ、1997年には川の両側50mの区域には景観に影響を及ぼすような建築物が許可なく建てられないようになった。
それ以前から進められていた堤防事業(セクション3で詳述)に加えてこのような景観面での工夫を行い、高水敷(洪水時には水に浸かるが、平常時は利用可能な部分)をテラス化することによって親水性を高める配慮がなされるようになった。このテラスは『隅田川テラス』と呼ばれ、現在勝どき付近から南千住付近までの約12kmで概ねテラスが整備され、大都市のダイナミックな街並みに寛いだ雰囲気を添えている(添付1)。

2. 本稿の評価軸~隅田川テラスの場所性
東京都は、2007年に隅田川を景観法に基づく景観重要公共施設として『荒川水系隅田川流域河川整備計画』を制定し、「地域と連携し、賑わいと親しみのある隅田川」をその目標として定めた。本稿では「隅田川テラスが利用者に対して隅田川への親しみや繋がりを感じさせることができているか」という問いを、「場所性」という観点から評価する。

3. 歴史的背景
日本は島国であるがゆえに川は比較的短く、高低差が大きいために急流である。しかも集中豪雨や台風も多い。このような条件下でいかに高潮や洪水からまちを守り、生活に水を安定的に供給するか、すなわち治水と利水が、近代日本の河川に課せられた主たる課題であった。また、戦後の高度成長期における江東地区では地下水のくみ上げが原因で地盤沈下が起こり、それに伴い水害も増加した。そうした背景から高潮・洪水対策として1957年から高潮堤防整備が進められたが、それは高さ3~4mにも及ぶ「カミソリ堤防(添付2)」と呼ばれた。また、工場や家庭からの排水で水質は悪化し、当然悪臭もあった。治水・利水という使命と経済的な発展とを優先したために利便性は向上したが、皮肉な結果として、隅田川と住民の生活は大きく切り離されてしまった。住民は水面を見ながら散歩をするということができなくなったのである。
この点を反省し、東京都は1980年から緩傾斜堤防、1985年からスーパー堤防(添付2)の整備に着手した。これに伴って高水域のテラス化がすすめられ、スーパー堤防の一部として防潮堤の耐震性を高めながら、都民が川に親しめるように築かれたのが隅田川テラスなのである。

4. 隅田川テラスの優れた点
隅田川テラスの景観が優れている点について、他の河川の護岸との比較や、隅田川を支える地域の施策の点と併せて述べる。
① 隅田川テラスが生まれながらに持っている特権として、川沿いのランドマークを楽しめることを挙げる。この特権は隅田川テラスそのものの景観ではないが、テラスを利用する人々のイメージをそこから切り離すことは不可能であるため、これを隅田川テラスの優位点ととって構わないだろう。隅田川沿いにはよく知られたものだけを挙げても、浅草・リバーピア吾妻橋地区、東京スカイツリー、佃島・大川端リバーシティ21、東京タワーがあり、加えて新大橋、永代橋、勝鬨橋等、それぞれに機能美を追及したデザインの橋梁がテラス沿いの風景をさらに多様なものとしている(添付3-1~3-4)。
同じく東京の都市河川である多摩川と比較すると、多摩川はその河川敷が大きく広がっているのが特徴で、ゴルフ場や野球場として利用されているほか、比較的多くの自然が残っており、牧歌的雰囲気を残している。開発された都市の景観と自然の景観との優劣をつけることはできないが、隅田川は東京の中で最も東京らしいランドマークによって彩られていると言ってよい。

② 次に、隅田川テラスの主たる役割かつ特徴である親水性の面から述べる。
隅田川と同様に東京都心を流れる日本橋川では、高潮対策と、都心ゆえに土地の余剰がないことから、ほとんどの区域がコンクリートのカミソリ堤防となっており、護岸の利用はない。
隅田川でも、例えば中央区明石地区や佃島はかつて人間の背の高さを遥かに越えて直立するカミソリ堤防に囲まれていたが、現在はスーパー堤防が公園と一体になり、住民が憩える場所となっている(添付3-5)。またテラスと川の境界を繋げ、ビオトープとして水中生物や植物の生態域を形成している個所もある(添付3-6)。隅田沿川の土地は100%近く利用されているため、護岸は当然人工的なものとなり、景観も単調になりやすい。そうした制約の中で隅田川テラスは、花壇や植栽を取り入れるほか、スロープや曲線を用いて安らぎのある散歩道を提供し、あるいは壁面や舗道の敷石の素材を変えることによって、歩行者に対してリズムと心地よさを与えている(添付3-7~3-8)。
川沿いの遊歩道はそれだけで「水辺は気持ちがよい」という感情的コミットメントを生みやすいというメリットがあるが、隅田川テラスは、スーパー堤防による防災機能を満たしながら、両岸合計28kmという規模で市民に親水性を提供するという重要な役割を果たしているのである。

③ もう一つ隅田川テラスに特徴的な点は、完全に歩行者専用の遊歩道であるということである。自転車の乗り入れも禁止されているばかりか、川のすぐ横を並行して通る自動車道もほとんどない(高水敷のかなり頭上を通ることはあるが)。一部のエリアを除いて自動車の騒音からも解放され、かつ安全性が確保されており、その点で子供からお年寄りまで利用しやすい仕様となっている。またそれは精神的な心地良さにつながっている。

5. 課題
隅田川テラスの最大の課題は利用度の低さであろう。筆者は2018年1月中旬の平日午後、テラスの3地点ほどで観察を行ったが、吾妻橋から桜橋までの区間および両国橋から新大橋の区間では視界に入る歩行者数は1から多くて10人ほどであった。
この利用度の低さの原因としてテラス自体の「場所性」の不足が考えられる。前述のとおり、隅田川テラスは他の河川護岸には望むべくもない印象的な遠景に恵まれている。しかしながら、近景の構築には課題が多く、花壇や敷石のバリエーション、スロープやベンチの導入等でテラスが単調になることを防ぐ努力は一定されているものの、遠景のダイナミズムと調和するようなインパクトのある植栽や人の足を止めるような仕掛けが乏しく、テラス中の「その場所」ならではの要素、すなわち場所性を持ったスポットはまだまだ多くない(添付3-9~3-10)。ゆえに、わざわざテラスへ出掛けて行き、そこで時間を過ごそうというきっかけにならず、通り道としてテラスを利用する人はいても彼らにとって隅田川「テラス」の景観は印象に残りにくく、記憶にとどまるのは「隅田川沿いのランドマークの景観」である。

5: 今後の展望
この課題を解決し、「地域と連携し、賑わいと親しみのある隅田川」にするためには、テラスの近景として印象的なスポットを創造し、人に「その場所」にとどまってもらえるような仕組みを追加する必要がある。
植栽面の工夫であれば、駒形橋・厩橋間の左岸にあるビオトープ、大川端リバーシティや越中島公園のようなテラスの「公園化」を拡大することは短期的にも可能であろう。また、大河川の河川敷であれば近景にもある程度の規模感があることが望ましく、オープンカフェやマーケットの開催などがあれば人の呼び水となるであろう(オープンカフェは2004年の規制緩和の結果認められたが、2店舗のみにとどまっている)。規制緩和の好例として、既存のビルの2~3階部分を川床の飲食店として利用し始めた大阪市の北浜テラスを参考にしたい。この試みでは、テラスそのものに対する設備投資を必要とせず、地域のビジネスの力を借りてまちを活性化することが可能である。さらに長期的には、ヨーロッパの都市で見られるように、川沿いの建築物が川に対して正面を向けられると、テラスが建築物と川を繋ぎ、より多くの人が集まり、人と隅田川の距離を近づけることができるであろう(添付4)。
これまで行われた数々の改善の歴史が示しているように、隅田川テラスはこれからさらに良い景観を地域に提供できる大きな可能性をまだまだ持っているのである。

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参考文献

<参考文献>
1.『東京都景観マスタープラン』、東京都建設局ウェブサイト(2018年12月24日閲覧)
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/machinami_07_1.html

2.『荒川水系 隅田川流域河川整備計画』、東京都建設局ウェブサイト(2018年12月24日閲覧)
www.kensetsu.metro.tokyo.jp/content/000007325.pdf

3.『環境・景観に配慮した川づくり 整備事例集』、東京都建設局ウェブサイト(2019年1月14日閲覧)
www.kensetsu.metro.tokyo.jp/content/000028510.pdf

4.『隅田川等における新たな水辺整備のあり方』、新たな水辺整備のあり方検討会、東京都建設局ウェブサイト(2019年1月13日閲覧)
www.kensetsu.metro.tokyo.jp/content/000006680.pdf

5.『中央区基本計画2013』、東京都中央区ウェブサイト(2018年12月24日閲覧)
www.city.chuo.lg.jp/smph/kusei/kihonkosokihonkeikaku/kihonkosokako/masterplancolor.html

6.『東京都景観計画(2016年改訂版)』、東京都都市整備局ウェブサイト(2019年1月14日閲覧)
www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/machinami_16.html

7.『隅田川水辺テラスの見どころマップ』(添付資料1)、東京公園協会ウェブサイト(2019年1月14日閲覧)
www.tokyo-park.or.jp/waterbus/download/pdf/sumida_terrace.pdf

8.大阪川床北浜テラスウェブサイト(2019年1月14日閲覧)
http://www.osakakawayuka.com/

9.陣内秀信+法政大学陣内研究室『水の都市 江戸・東京』、講談社、2013年

10.熊沢傳三『景観デザインと色彩 ダム、橋、川、街路、水辺 セーヌ川と隅田川の川辺』、技報堂出版、2002年

11.財団法人リバーフロント整備センター『川を楽しむ 水辺の魅力再発見』、技報堂出版、1991年

12.國松孝男・菅原正孝『都市の水環境の創造』、技報堂出版、1988年

13.土木学会編『水辺の景観設計』、技報堂出版、1988年

14.渡辺淳『パリの橋 セーヌ川とその周辺』、丸善ブックス、2004年

15.ケヴィン・リンチ『都市のイメージ』、岩波書店、2017年

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