多摩ニュータウン・橋梁のある景観  ― 地域に融和し、シンボルとして住民に愛される橋 ―

酒井 かおり

1 はじめに

都心から電車で約30分に位置する多摩ニュータウンは、日本最大のニュータウンである。丘陵地帯に位置しており、また当初から歩車分離を基本理念として建設された街である。開発当初から谷部に幹線道路を、尾根部に住宅、商業地が配置されており、幹線道路上に歩道橋を渡すことにより、歩行者は道路を横断することなく安全に移動できるデザインとなっている。その跨道橋の数は、180以上にのぼると言われる。本稿では当地域の特徴となっている橋が、多摩ニュータウンの景観を形成するシンボル的な建造物であることを評価し、考察していきたい。

2 多摩ニュータウンの基本データと開発の歴史

2-1 多摩ニュータウンとは
多摩ニュータウンは、1960年代から1970年代にかけて、首都圏の人口増加に伴う住宅難解消のために計画・造成された日本最大の都市計画区域である。南多摩丘陵に自然と調和した居住空間、商業・文化の機能を併せもつ新都心をめざし開発され、稲城、多摩、八王子、町田の4つの行政地位にまたがる広大な土地を活用して整備された。1963年に施行された「新住宅市街地開発法」のもと、多摩ニュータウンの宅地開発は、施行者が土地を全面買収して宅地造成などを整備する事業(新住宅市街地開発事業)と、所有されている土地を換地という手続きによって区画形質の変更を行って宅地としての利用を増進する事業(土地区画整理事業)によって行われた。当初、新住宅市街地開発事業の施行者は、都市基盤整備公団(現都市再生機構)、東京都住宅供給公社、東京都であったが(註1)、現在は、主に民間企業による開発が行われている。日本最大のニュータウンである多摩ニュータウンには、住宅のほか、商業施設、学校、公園、レクリエーション施設などが計画的に建設され、緑豊かな環境と都心へのアクセスの利便性が特徴となっている。
多摩ニュータウンでは、歩行者専用道路が住宅市街地開発区域全体にわたって整備された。歩行者専用道路と車道は立体交差しているため、住宅地から駅前、公園や学校などへ、車道を一切横断することなく行き来することができる。特に多摩センター・落合・鶴牧地区、南大沢地区は徹底した整備が行われた。

2-2  基本データ
人口 約22万人(註2)
面積 約2,800ha(八王子、町田、多摩及び稲城の4市にわたる総面積)、東西約14km、南北約2~3km(註3)

2-3 開発の歴史
1965年 「新住宅市街地開発事業都市計画」決定
計画人口約30万人、総面積約2980haの多摩ニュータウン開発開始
1971年  入居開始
1986年 東京都住宅供給公社新住宅事業完了
新住宅市街地開発法一部改正
1990年 京王相模原線が橋本まで開通
2004年 多摩ニュータウンの人口20万人をこえる
2005年 UR都市機構施工新住宅市街地開発事業終了

3 多摩ニュータウンの橋梁を積極的に評価する点

都市計画に基づき建設された約2800haに及ぶ多摩ニュータウンでは、行政主導の計画的な街づくりにより、現在180以上存在する個性豊かな跨道橋が存在している。快適で安全な生活を支えると共に、このニュータウンの美しい景観を形作る象徴的な建造物となっている。橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して贈られる田中賞等の賞を受賞した橋もいくつか存在している。(註4)
多摩ニュータウンの橋梁は、歩車分離という街づくりの基本理念を支え、個性豊かな多数の橋は、町の景観を作る重要な文化遺産といえると考える。

4 多摩ニュータウンに数多くの橋が誕生した経緯

4-1 歩車分離
1963年に施行された「新住宅市街地開発法」の下に開発された多摩ニュータウンは、最初から綿密な都市計画に基づき建設された。約3000haという広大な土地が、行政により全面的に買収され、全く新しい住宅都市が造成されるという大掛かりな計画であった
1970年代、世界的にモータリゼーションの問題が深刻化し始めた。欧州では車中心から歩行者中心の道路整備の大転換が進められ、アメリカの都市でも、歩ける都市の重要性が認識され、新たな都市のビジョンの中で Walkabilityとう概念への関心が高まった。(註5)
多摩ニュータウンでは、開発当初から歩行者と自動車を分離させ、安全・便利・快適に利用できる人間中心の街を形成することを基本的な理念とした。そのため、歩行者専用道路(ペデストリアン)が地区全体にはりめぐらされた。多摩ニュータウンにおいて橋が果たす大きな役割がここにある。自動車道路と歩行者道路が交差する場合の立体化施設として橋がかけられたのだ。特に、多摩ニュータウンでは、谷部に幹線道路、尾根部に住宅地や施設が配置されたため、幹線道路上に歩道橋を渡すことにより、歩行者は道路を横断することなく、また谷に降りることなく移動が可能となった。(註6)

4-2 ランドマークとして街に欠かせない橋の役割
また橋は、単に機能のみを追求されたのではなく、人々と深い関わりを持ち、住区環境を形成する重要な要素でもある。架設せれる場所に応じて、利便性、周囲の環境との調和などが考慮され、橋の形式や高欄や照明等のデザインなどの工夫がほどこされた。機能的にも景観的にも、人々の暮らしを尊重しながら、数多くの橋が架けられてきた。(註6)
一方、幹線道路に架設される橋では、その地区のランドマーク的建築物として、またニュータウンの基本理念の表現として、橋のデザインが考えられた。多摩ニュータウンの橋はその性格によって、「ランドマーク&シンボルとしての橋」、「集う橋」・「ふれあう橋」、「地域と調和した橋、連続性・統一性を考慮した橋」の4つに分類されている。(註6)

5 国内の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか

5-1 比較対象:千里ニュータウン
千里ニュータウンは、大阪府吹田市と豊中市にまたがる千里丘陵地に計画・開発された日本で最初の大規模ニュータウンである。1958年開発が決定し、1961年に起工、1970年に事業が終了した。大阪府と多くの専門家が総力をあげて取り組み、新しい理論と提案に基づいて建設された先進的・総合的な「実験都市」として位置づけられている。

5-2 千里ニュータウン データ
面積1,160ha、建設末期の1971年5月時点での人口12万人、4万戸。
歩車分離の様式については、後半に開発された住区では、アメリカのラドバーンに倣う、いわゆるラドバーン方式が採用された(註7)この方式は多摩ニュータウンでも採用されている。

5-3 特筆すべき点
あらゆる面で、多摩ニュータウンに手本を示した千里ニュータウンであるが、多摩ニュータウンと比較すると、規模は小さく開発期間もかなり短い。橋という視点で比較すると、橋の数、デザイン性という点において、多摩ニュータウンのように、橋がシンボリックな建造物であるとは言えない。

6 今後の展望について

多摩ニュータウンは最初の入居から約50年を迎え、住宅、公共施設、建造物も、初期に建造されたものは老朽化し、更新期を迎えつつある。少子高齢化により、住民の生活スタイルも変化している。新たな多摩ニュータウンの姿を模索すべき時期にきていると言えるだろう。その中で、町のシンボルとしての橋梁についても、維持管理、老朽化した橋の建て替え、新たな橋の建設などの検討が必要になってくるものと思われる。

7 まとめ

多摩ニュータウンの橋梁は、住民にとって日常生活で見慣れた光景であり、当たり前のインフラとして存在している。しかし今回この橋について調査することにより、改めて地元の生活に溶け込む橋の美しさと、豊かな生活を支えるインフラとしての価値を再認識することができた。多摩ニュータウンの橋梁は、地域のシンボルとして、そしてこの街のユニークな景観を形作るものとして、地域文化遺産として認められるものと考える。

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    架設年:1978年 橋種:歩道橋 構造形式:PC2径間連続斜張橋
    特徴:ニュータウンの中でも交通楼の多い鎌倉街道にかかる歩専橋。等間隔の5本の斜材が印象的な斜張橋。鎌倉街道の東側に瓜生緑地、西側に貝取北公園が隣接しており、利用者に対してランドマークとなっている橋。瓜生公園からは螺旋階段でアクセスできるようになっている。
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    架設年:1979年 橋種:歩道橋 構造形式:PC2径間連続T桁橋
    特徴: 多摩ニュータウンの玄関口、多摩センター駅前広場に架設される長さ80.16m、幅30mの大きな歩道橋。多摩ニュータウンの中でも最大の幅員を誇り、東西に小橋を従える。レンガタイル貼りが美しい橋で、パルテノン大階段へのダイナミックな眺めが印象的。下にはバスターミナルがある。周辺にショッピングビルなどの商業施設、サンリオピューロランド、映画館等の娯楽施設があり、ニュータウンの中心的な場所として、多くの人々が利用する橋となっている。「多摩センターイルミネーション」など1年を通して、様々なイベントも開催されている。
  • 81191_011_32086172_1_3_%e9%b6%b4%e4%b9%83%e6%a9%8b 3 鶴乃橋
    架設年:1983年 橋種:歩道橋 構造形式:PC片持梁橋
    1983年度土木田中賞受賞(社団法人土木学会が、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して贈られる賞)
    特徴:尾根幹線のランドマークとなる橋。独立住宅地に架橋されるため、住民のプライバシーに配慮されている。美しく軽快なデザインが追求され、優美な二次曲線の壁高欄となっている。橋詰広場には、円形階段・植栽・ベンチが施され、住民の憩いの場ともなっている。
  • 81191_011_32086172_1_4_%e3%82%81%e3%81%8c%e3%81%ad%e6%a9%8b 4.めがね橋(405号線道路橋)
    橋種:道路橋 構造形式:RC2径間連続充腹式アーチ橋
    特徴: 蓮生寺公園の入口を跨ぐ位置にある道路橋。橋下のスペースは、公園となっており近隣の子供たちの遊びとなっている。「緑に映える明るい橋」、「子供に親しみやすい橋」、「ディテールを重視したテクスチャー豊かな橋」を設計方針としてる。アーチ天井が美しいアーチ橋でる。
  • 81191_011_32086172_1_5_%e9%95%b7%e6%b1%a0%e8%a6%8b%e4%bb%98%e6%a9%8b 5. 長池見付橋
    架設年:1993年移設 橋種:道路橋 構造形式:上路鋼アーチ橋
    1993年度土木田中賞受賞(社団法人土木学会が、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して贈られる賞)
    特徴:都内最古の鋼製陸橋であった四谷見附橋の架け替えの際、歴史的、文化的に貴重な橋を保存する目的で移設・復元された道路橋である。土木史的価値の、文化的価値の高い旧橋をできる限り残すことを基本に、長池公園の施設計画と調整しつつ移設された。
  • 81191_011_32086172_1_6_%e3%81%8f%e3%81%98%e3%82%89%e6%a9%8b 6.くじら橋
    架設年:1997年 橋種:歩道橋 構造形式:PCラーメン橋
    1997年度土木田中賞受賞(社団法人土木学会が、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して贈られる賞)
    特徴:都心方面から自動車で来訪する人にとって、多摩ニュータウンの入口となる位置にある。コンクリートの構造物でありながら、橋の下部がすべて曲面で構成されており、繊細で洗練されたオブジェのような歩道橋。橋の下部はあたかもクジラの胴体を想像させる曲線部を醸し出していることから、地元の小学生からの公募によって「くじら橋」と命名された。付近には鯨の親子の石像があり、橋がまたいでいる南多摩尾根幹線道路の交差点の名前も「くじら橋」となっており、すっかり地元に定着している。
  • 81191_011_32086172_1_7_%e5%a4%9a%e6%91%a9%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%bf%e3%82%a6%e3%83%b3%e6%a8%99%e9%ab%98%e5%9b%b3 7.多摩ニュータウン 標高図
    多摩センター近辺の標高図。この図を見ると、幹線道路が設置された谷部、住宅地や施設が配置された尾根部の配置が分かる。多摩ニュータウンでは、この谷を跨ぐように多くの橋梁が建設されている。

    出典 地理院地図VECTOR 色別標高図
    ((https://maps.gsi.go.jp/#15/35.616041/139.431767/&base=std&ls=std%7Crelief&blend=1&disp=11&lcd=relief&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m))

参考文献

註1)多摩市役所・都市整備部・都市計画課『多摩ニュータウンパンフレット』多摩市、2021年3月発行

註2)東京都都市整備局『多摩ニュータウンの世帯数と人口について』東京都、2022年12月
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/tama/pdf/toukei_01.pdf?202305=(2023年7月閲覧)

註3)多摩市役所・都市整備部・都市計画課『多摩ニュータウンパンフレット』多摩市、2021年3月発行

註4)
受賞橋梁 
「鶴乃橋」1983年度土木学会田中賞 (写真3)
「長池見附橋」1993年度土木学会田中賞 (写真5)
「くじら橋」1997年度土木学会田中賞  (写真6)
「鶴牧西公園歩道橋」2014年度土木学会デザイン賞優秀賞

註5)中村 一樹・森 文香・森田 紘圭・紀伊 雅敦「歩行空間の機能別デザインが 包括的な知覚的評価に与える影響」、『土木学会論文集D3 (土木計画学), Vol.73, No.5 (土木計画学研究・論文集第34巻), I_683-I_692, 2017.」2017年

註6)都市基盤整備公団『多摩ニュータウン橋梁景観事例集』東京 都市基盤整備公団東京支社多摩ニュータウン事業本部、2001年3月 

註7)ラドバーン方式
街づくりの手法のひとつで、住宅地内における歩行者と自動車のアクセスを完全に分けた歩車分離型の代表的な考え方。車路をクルドサック(袋小路)形式にして外部からの通過交通を抑制し、人が各住戸から学校・公園・商店などへ行く場合は緑地のある歩行者専用道路を通る。交通安全対策と緑化スペースの確保を両立。米ニュージャージー州ラドバーン地区で1920年代に設計され、日本のニュータウン開発にも大きな影響を与えた。
(goo 不動産用語集、https://house.goo.ne.jp/useful/yougo/Y01124.html、2023年7月閲覧)

参考文献

1)秋元孝夫、『ニュータウンの未来 多摩ニュータウンからのメッセージ』特定非営利活動法人 多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議、2005年

2)伊東孝『東京の橋 水辺の都市機関』鹿島出版会、1986年

3)上野淳・松本真澄、『多摩ニュータウン物語 オールドタウンと呼ばせない』鹿島出版会、2012年

4)景野郡司・平田曠三郎・野村敏彦、「多摩ニュータウンの歩道橋」、プレストレストコンクリート工学会(Vol28,No2)、1986年
http://www.jpci.or.jp/eeee/v28/280208.pdf (2023年7月閲覧)

5)多摩市役所・都市整備部・都市計画課『多摩ニュータウンパンフレット』多摩市、2021年3月発行

6)多摩市の”橋”をめぐる 魅力発掘プロジェクト連携協議会(公益財団法人東京観光財団)『地域資源発掘型実証プログラム事業 たまのはし181Bridges』、http://tamanohashi.jp/index.php、(2023年7月閲覧)

7)東京都都市整備局、「多摩ニュータウンの再生」、https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/tama/saisei.html (2023年7月閲覧)

8)東京都都市整備局「多摩ニュータウンの世帯数と人口について」2022年12月、
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/tama/pdf/toukei_01.pdf?202305=(2023年7月閲覧)

9)都市基盤整備公団『多摩ニュータウン橋梁景観事例集』東京 都市基盤整備公団東京支社多摩ニュータウン事業本部、2001年3月 

10)中村 一樹・森 文香・森田 紘圭・紀伊 雅敦、「歩行空間の機能別デザインが 包括的な知覚的評価に与える影響」、『土木学会論文集D3 (土木計画学), Vol.73, No.5 (土木計画学研究・論文集第34巻), I_683-I_692, 2017.」2017年

11)福原正弘『ニュータウンは今 40年目の夢と現実』東京新聞出版局、1998年
12)増渕文男「跨道人道橋の建設史と設計基準の変遷に関する研究」、『土木史研究』第13号、1993年

13)簗瀬範彦「面的な開発における歩行空間計画―UR 施行地区における歩行空間整備の歴史」、『SHINTOSHI』 Vol.68 No.5、2014年

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