絶海に浮かぶ火山島「薩摩硫黄島」の祭祀と空間デザインについて

池永 隆博

はじめに
国土交通省の調べ(令和5年)によると、日本国内には416の有人島があるとされる。日本には、北海道から沖縄県まで幅広く島が存在しており、我が国の海洋資源の利用、領域、食料供給に重要な役割を果たしている。
鹿児島県にある硫黄島は、激戦地になった東京都の南海上にある硫黄島とは区別され、「薩摩硫黄島」とも呼ばれる。鹿児島市から南に約100㎞、屋久島の北に約40㎞の外洋にあり、竹島、黒島と共に三島村を構成している。薩摩硫黄島は、国内最大級の活火山であるが、コンパクトな土地に人々の生活が根付いている。大自然と人々の暮らしが調和しており、また、厳しい自然環境ながらも文化・伝統を維持し、祭祀を重んじる薩摩硫黄島に焦点をあて、今後の文化遺産としての展望を考察する。

1、基本データ
行政区分 鹿児島県鹿児島郡三島村
周囲  19.1㎞
面積  11.74㎡
人口  138人
世帯数 74世帯
標高  708m(硫黄岳)
分類  「三島村・鬼界カルデラジオパーク(平成27年9月認定)」
※三島村ホームページより

薩摩硫黄島は、約7300年前に超巨大噴火の結果形成された鬼界カルデラの外縁であり、このカルデラ噴火は、過去一万年で世界最大規模の噴火であった。現在、薩摩硫黄島では火山の恩恵として、多数の温泉が絶え間なく湧出し、島の周囲は流れ出た温泉成分の影響により、七色の海を鑑賞できる神秘的な島である。また、特産品の大名竹や野生のクジャクが闊歩する等、自然が豊かで魅力的な島である。さらに、史跡、史料も多く発見されており、文化遺産としても重要である。

2、文化遺産
島は、「平家物語」で登場する俊寛が流刑された地であるとされ、平安時代末期から人の足跡が記録されている。その後、良質な硫黄が採掘され、貿易で重要な輸出品の一つとなる。海外との交流もあり、島には多数の歴史的な記録が残されている。その中で、特に目を引くのが、島の中心部にあり、催事等の中心になっている熊野神社である。
熊野神社は、硫黄大権現宮とも呼ばれ,港から正面を望む位置で島の中心に位置する場所に建立されている。平清盛は、平家転覆の陰謀を図った藤原成経、平康頼、俊寛の3人を鬼界ヶ島(薩摩硫黄島)への流刑に処した。3人は赦免を望んだことから、紀州熊野三所権現の分身・分霊を移し、熊野神社を建立した。その後、安徳天皇が壇ノ浦から逃げ延びて硫黄島にたどり着き、居住されたとされる。さらに、明治時代では、島津氏により社殿を修復、近年でも老朽化等により改築されている。
熊野神社では、旧暦8月1日、2日に催される八朔踊りにおいて、若者が掛け声とともに太鼓を叩きながら踊った後、真っ赤な面で体中に藁を巻いた異様な姿で登場する仮面神「メンドン」による奉納が行われる。2018年にユネスコ無形文化遺産に登録されている。東南系の暖色をふんだんに使った奇抜なデザインのお面であり、天下御免とされる。メンドンは、手にしている木の枝で住民や観客を叩き人々を沸かせ、叩かれると魔や不幸が祓われると言われている。

3、類似した島との比較
薩摩硫黄島と類似した島として、鹿児島県トカラ列島の悪石島をあげる。
悪石島は、鹿児島市から約250㎞南の海上に位置しており、本土より奄美大島のほうが近く、気候は亜熱帯、ガジュマル、ビロウなどが多く分布し、本土に近い薩摩硫黄島とは植生、自然条件も大きく異なる。鹿児島本港からフェリーで約11時間であり、そのアクセスの困難性などから、「最後の秘境」とも言われている。
悪石島は、面積7.49km2、周囲12.64 km、人口約70人、標高は584mもあり、フェリーから外観を見ると洋上のアルプスのような突き出し感が強烈である。周囲は断崖絶壁、そして絶海の孤島であり、人々の生活は自然との豊かな調和で成り立っている。悪石島には、薩摩硫黄島のように、本土では珍しい東南系のデザインの外見をした仮面をかぶった祭祀が行われている。旧歴のお盆に、仮面神「ボぜ」が現れ、赤土をつけようと住民、観客を追い回し、つけられると悪霊退散、ご利益があるとされる。祭祀の特徴としては類似しているが、実際に行ってみると両者は至るところで異なる印象を受ける。
薩摩硫黄島と悪石島のアクセス方法は同じフェリーであるが、薩摩硫黄島はアクセス時間が短く、観光客に交通の便がいい。さらに、島内は観光できるポイントが比較的まとまっていること、また、温泉施設やキャンプ場等を有し、島外者がアクセスしやすい環境と言える。一方、悪石島は、アクセスできるのはフェリーのみで、週に二度程度しか訪れることができない。アクセスの利便性は不便とも言えるが、隔絶された空間は、「手付かずの自然の残された秘境」と言える。悪石島は、観光地としての要素はあまり多くはないが、自然の雄大さと人々の生活を肌で体験できる空間であると言える。薩摩硫黄島は、歴史・文化を重んじつつ、活火山といった大自然の恩恵を直に受けていることと、合わせて観光客が観光しやすい環境や資源が整っており、地元の人を含め、人々が憩いの場として豊かな時間を過ごせる空間づくりが形成されている。

4、薩摩硫黄島の祭祀の芸術性に関する考察
メンドンは、頂部に笹を挿し、正面から見れば大きな耳のようなものと目、眉等を紙に貼りつけている。その紙を真っ赤に色付けし、日常では想像が難しい真っ赤な仮面となる。その奇抜さはデザイン性が高く、そのデザインの意図、背景が興味深い。
メンドンの制作作業は、14歳の男子の家で行われており、メンドンをかぶるのは、20代半ばから30代半ばの青年世代が任されている。手にしている木の枝で追いかけ、掛け回して観客を叩き、悪霊を叩き出すことを目的としている。その後、払った悪霊を海に向かって追い払うのである。メンドンは神聖なるものとして捉えられ、抵抗したり、中に誰が入っているのかを詮索することもできない。
この祭祀の始まりは諸説あるが、薩摩の武将が豊臣秀吉の朝鮮出兵からの凱旋祝いとして、踊りをはじめたことが一説として考えられている。その祭祀の伝統は受け継がれ、現代では無形文化財として評価されている。住民の邪気払い、幸せを願うとともに、近年はその地元の絶え間ない伝統の維持と観光要素を考慮することにより、住民と島外の観光客との空間づくりを通じて新たな価値として創造されていると考える。

5、今後の展望について
薩摩硫黄島をはじめ、離島は利便性が特に課題となっており、沖縄諸島、小笠原諸島等の観光地として成功した場所以外、一般の観光客が増加することは昔からの命題であった。いわゆる離島マニアには響いても、その他多数の観光客にアプローチすることは難しい課題である。
薩摩硫黄島は、国内最大級の活火山を有し、その恩恵を受けて多数の温泉が湧出していること、キャンプ場、展望台等がコンパクトにまとまっており観光客が観光しやすいこと、また、メンドンをはじめとした文化遺産を伝統として受けつぎ、地域と島外者に憩いの場と調和の空間を提供していることが評価できる。その土地の自然を活かしつつ、地元住民、島外者とのコミュニケーション、文化遺産を受け継ぎ後世に繋げるとともに、発展と調和のバランスを見直し評価し続けていくことにより、より良い空間づくりが生まれていくと考える

  • 81191_011_32186103_1_1_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%91_page-0001 [写真1]薩摩硫黄島 東側 (筆者撮影:2022年)
  • 81191_011_32186103_1_2_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%92_page-0001 [写真2]港方面を望む俊寛像 (筆者撮影:2022年)
  • 81191_011_32186103_1_3_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%93_page-0001 [写真3]恋人岬より七色の港を望む(筆者撮影:2022年)
  • 81191_011_32186103_1_4_%e5%86%99%e7%9c%9f4_page-0001 [写真4]天下御免の仮面神・薩摩硫黄島のメンドン(鹿児島県ホームページより)
  • 81191_011_32186103_1_5_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%95_page-0001 [写真5]野生化した孔雀があちこちで見られる(筆者撮影:2022年)
  • 81191_011_32186103_1_6_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%96_page-0001 [写真6]綺麗に整備されたキャンプ場 目の前の断崖絶壁は高さ約100mあり、鬼界カルデラの外縁である
    (筆者撮影:2022年)
  • 81191_011_32186103_1_7_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%97_page-0001 [写真7]活火山の恩恵 PH値が高く、美人の湯として名を馳せる(筆者撮影:2022年)
  • 81191_011_32186103_1_8_%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%98_page-0001 [写真8] 地元小学生の踊り披露 出港のお見送り(筆者撮影:2022年)

参考文献

・国土交通省「日本の島嶼の構成」
https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/chirit/content/001477518.pdf(2023年4月9日閲覧)
・三島村「硫黄島について」
http://mishimamura.com/gaiyoukankou/(2023年4月9日閲覧)
・鹿児島県「無垢の自然が息づく三島村(硫黄島編)
https://www.pref.kagoshima.jp/ak01/chiiki/kagoshima/takarabako/shizen/mishimamuraioujima.html(2023年4月20日閲覧)
・秘島図鑑、清水浩史、河出書房新社、2015年
・原色 日本島図鑑 改訂第2版、加藤庸二 、新星出版社、 2013年
・日本の祭り大図鑑、松尾恒一、ミネルヴァ書房、2014年
http://www.tokara.jp/profile/gaiyou/akuseki/(2023年5月19日閲覧)

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