世界へ警鐘を鳴らし続ける太陽の塔
1.はじめに
大阪府吹田市にある万博記念公園内にそびえ立つ70メートルの太陽の塔(写真1)(写真2)。人間が手を広げているようにも見える塔の正面には現在を表す「太陽の顔」、裏には過去を表す「黒い太陽」が、大屋根を突き破った頂部には未来を表す「黄金の顔」という3つの顔を配置している。
大阪で日本万国博覧会(以下、万博)が開催されてから現在に至るまで、太陽の塔が世界にメッセージを発信し続けるアイコンという観点から考察し、その存在意義を文化資産として評価する。
2. 基本データ
2-1. 規模
高さ 約70メートル
基底部 直径約20メートル
腕の長さ(片側)約25メートル
2-2. 材質
基底部から腕下端まで 鉄筋コンクリート造
腕下端から腕上端まで 鉄骨、鉄筋コンクリート造
腕上端から頂部及び両腕 鉄骨、ショットクリート
2-3. 3つの顔の規模と材質
黄金の顔 頂部
直径約10.6メートル
ステンレス鋼板に特殊塩化ビニールフィルム(金色)貼付
太陽の顔 胴中央部
直径約12メートル
発泡ウレタン コンクリート吹付け 樹脂塗装
黒い太陽 背面
直径約8メートル 黒色陶器(信楽焼)
3.歴史的背景
戦後から25年後の1970年に開催された万博は、戦後復興アピール目的で国家プロジェクトとして推進された。大阪国際空港、大阪市内中心部から各交通機関で40分程度に位置する吹田市にある33ヘクタールの会場に1日平均35万人が来場し、183日間の入場者は6421万人にのぼり万博史上最高記録となった。その理由は、戦後復興真っ只中の日本が欲しがっていた技術が世界中から集まり、体験できたからである。その万博のテーマプロデューサーとなった岡本太郎が建てたのが「太陽の塔」である。
4.評価
元来、万博は自国の科学技術の発達と産業革命により作られた製品等を国内外に示することで国力を示す意味があった。しかし、次第に産業・技術の発展することが素晴らしいという固定観念を植え付けるテーマパークと化していった。岡本は商業化されていく万博に対し「NO」を突きつけた。
1851年のロンドン万博以来、産業の発展を否定するかのような展示を行ったのは日本だけである。太陽の塔が建設が許されたという事は、もっと人間の根源に目を向け、生命について考えるべきだという岡本の考えを国が受け入れた証拠であり、万博に「NO」を突きつけたシンボルとして評価できる。
また、万博閉幕後、建築物の多くが解体されていく中、太陽の塔は永久保存が決まった。その後、1990年代の大規模な改修、2003年11月の内部限定公開、2016年から始まった耐震補強と展示空間の復元工事を経て、2018年3月19日に「太陽の塔」の一般公開が開始され現在に至る。
このように現在も当時の姿を残し、体験できる建物は太陽の塔だけである点と、岡本の影響力は単なる万博のレガシーだけでなく、目を引くデザインと共に現代に通じる普遍的なメッセージを与え続けていることも評価される。
5.大屋根と太陽の塔の比較
万博の基幹施設プロデューサーであった丹下健三が設計した「大屋根」とテーマプロデューサーの岡本太郎が設計した「太陽の塔」を比較する。
「大屋根」は万博会場の中心に位置する交通広場、テーマ館、お祭り広場、美術館やホールを雨から守るだけではなく、入場した人々の流れを停滞させない為に作られた半透明の屋根である。
鋳鉄のポールジョイントで鉄管を繋いだトラス構造のスペースフレームを組み立てて作られ、幅108m、奥行き291.6m、高さ30m、3haの規模の空中展示空間を持つ。
一方、「太陽の塔」は大屋根の天井の穴から更に40m高く、万博会場を見下ろすようにそびえ立っている。当時圧倒的に立場が上である丹下が、自分建築物を突き破る岡本の太陽の塔の案を受け入れたのは何故か。それはお互いの目指すところが同じであったと考えられる。なぜなら、以前から二人には旧東京都庁の建設の際に壁画の制作協力する等の交流があった。また、岡本の生命力あふれる作品を縄文土器の影響を受けていることから縄文的作品と、それに対し丹下が創る洗練された都会的な建築を弥生的建築と言われることがあるが、その弥生的建築を得意とする丹下が、広島平和記念公園陳列館を設計する際「力強いものを創ってみたい」と発言し、その後も縄文的美意識を追求していることから、万博でも縄文的な力強い建築物を創る為に岡本をテーマプロデューサーに推薦し、アイデアを受け入れたと考えられる(註1)。このことから、太陽の塔は丹下も認める建築物であると言える。
次に現在の状況を比較する。
基幹施設プロデューサーの丹下が設計した大屋根ではあるが、現在は一部が残されているが、建物の多くは解体されている(写真3)(写真4)。一方、太陽の塔は、ビジュアルインパクトの強さや永久保が決まったことからも、より人々の心を掴んだシンボルとして特筆される(写真5)。
これらのことから、万博のように国内外にアピールするメッセージを発信するという目的においては生命力あふれる縄文的建築物と言われる太陽の塔の方が適していると言える。しかし、大屋根のような都会的な洗練された弥生的建築物と組みあわせたことで、より力強さを強調できたとも言える。
6.今後の展望と課題
外観のインパクトが強く、独特な造形をしている為、塔が存在する限り認知度は高まる可能性が高い。しかし以下のようなメッセージを持つテーマ館であるという事は外観からはわかりずらい点が課題である。
「人類の進歩と調和」というテーマを具体的に表現するため、テーマ館を地下、地上、空中の三部門に分けて展示した。
地下では「過去・根源の世界」をテーマに、命が誕生する前の世界をDNAといった生命を支える神秘の物質の展示、狩猟時代の人間ドラマの再現、世界の神像や仮面で人間の精神性を表現した。
地下展示が終わると太陽の塔内へ誘われ、エスカレーターで塔内空間を頭上の太陽光に向かって登っていく。塔内には幹の太さ1M、高さ41Mの《生命の樹》がそびえ立ち、その幹から伸びる枝には33種類の生き物が配置され、原生生物から人類までの進化の過程を黛敏郎のオリジナル交響曲《生命の賛歌》が流れる中、照明、動物の動き等の演出により生命力のダイナミズムを体感できる(写真6)。更に腕の内部のエスカレーターを乗り継ぎ、地上30Mの大屋根内部の空中展示へ誘導される。
大屋根と一体化した空中展示では、張りぼての衛星展示、人間の未来である死を連想させる棺の展示、人類が抱える戦争、災害といった問題を展示し、最後に未来都市を展示した。
これらからわかるように、空中展示は他のパビリオンと違い圧倒的にアイロニーに満ち溢れた展示になっており、楽観的な万博とは異質な展示になっている。
空中展示を見終わった観客はエスカレーターで、太陽の塔がある「調和の広場」まで戻ってくる。そこでは「世界を支える無名の人々」をテーマに世界中から集めた写真を展示し、「世界は無名の人々がつくっている。万博の主役は科学技術などではない。民衆であり人間だ。」というメッセージを発信している(註2)。
このようにテーマ館が発信したメッセージは多岐に渡る。その為、メッセージの本質が万人に伝わり、継承し続けられるかどうかが課題である。
7.まとめ
岡本太郎がテーマプロデューサーのオファー受け、最初に考えた事は、「新しい日本人像をひらく」ということだったという(註3)。その概念を「ベラボーなことをやる」という言葉で定義した。しばしば好き勝手する事と捉えらえがちだが、根底には「ムダなものがいい 失敗したっていい」というメッセージがある。急激な進化を遂げる人類は効率化に囚われ無駄な工程をそぎ落とした生産ラインを評価している。しかし、唯一人間が考えることができるムダなコトやモノの重要性と、人間や生命の素晴らしさに目を向けるべきだというメッセージをこの塔で表現している。
また、調和という妥協を良しとし、他人や自分との対峙を悪とする世の中に対して警鐘を鳴らしている。日本が高度成長期であったとはいえ、その時代ごとに抱える様々な問題がある中で、人間として何をすべきか考えることの重要性を発信しているのではないか。そのアイコンとして創られた強烈なデザインをした太陽の塔は、現在も人間としての本当の幸せとは何か、人類は間違った方向に行っているのではないかと私達に警鐘を鳴らし続けている。
参考文献
註1 豊川斎赫著、『国立代々木競技場と丹下健三 成長の時代の象徴から、成熟の時代の象徴へ』、TOTO出版、2021年、83頁。
註2 平野暁臣著、『万博の歴史』、小学館クリエイティブ、2016年、151頁。
註3 平野暁臣著、『太陽の塔』、小学館クリエイティブ、2018年、112頁。
参考文献
平野暁臣著、『図説 万博の歴史 1851-1970』、小学館クリエイティブ、2017年。
平野暁臣著、『太陽の塔』、小学館クリエイティブ、2018年。
岡本敏子著、『岡本太郎の友情』、青春出版、2011年。
平野暁臣著、『万博の歴史』、小学館クリエイティブ、2016年。
川崎市岡本太郎美術館編、『川崎市岡本太郎美術館所蔵作品集 TARO』、二玄社、2005年。
橋爪紳也著、『大阪万博の戦後史 ーexpo'70から2025年万博へ』、創元社、2020年。
日本万国博覧会十周年記念誌発行委員会編、『人類の進歩と調和 ー博覧会日本1980ー』、産業新潮社、1980年。
豊川斎赫編、『丹下健三都市論集』、岩波書店、2021年。
豊川斎赫著、『国立代々木競技場と丹下健三 成長の時代の象徴から、成熟の時代の象徴へ』、TOTO出版、2021年。
豊川斎赫著、『丹下健三と都市』、鹿島出版、2017年。
堺屋太一著、『地上最大の行事 万国博覧会』、光文社、2018年。
https://www.youtube.com/watch?v=CBBrd84Vchs&t=191s、大阪吹田市動画阪神チャンネル、特集「どうなってるの?太陽の塔の中!!」48年ぶりに公開された太陽の塔内部に潜入!市博物館学芸員がトリビアを披露 平成30年4月11日号吹田市広報番組「お元気ですか!市民のみなさん」、2023年5月3日閲覧。
https://taiyounotou-expo70.jp/about/#appearance 太陽の塔オフィシャルサイト、2023年5月5日閲覧。