京都平安神宮庭園「神苑」と造園家7代目小川治兵衛

浦上 恭子

今回、取り上げる平安神宮の庭園「神苑」は、寝殿造式、書院式、枯山水、茶式、回遊式など多種多様な伝統的庭園がある京都において、明治時代に造られた比較的新しい池泉回遊式庭園である。長年、干ばつや大雨での氾濫などに苦しんだ京都では、水が澱んでボウフラがわいたり、湿気が酷く家相に良くないとの理由から、池のある庭園より、水を用いず石組などによって山水の風景を表現した枯山水が好まれたのである。
それまであまり造られていなかった様式であることに加え、水源が河川ではなく、滋賀県の大津市から京都まで引かれた琵琶湖疎水であることも注目すべき点である。
庭園の特徴をはじめ、造園家七代目小川治兵衛の構想の過程やその後の影響も含めて紹介し、今後の展望なども考察していく。

【1: 基本データと歴史的背景】
【1-1:平安神宮について】
平安神宮は、1895(明治28)年に平安京遷都1100年を記念して京都で開催された「内国勧業博覧会」の目玉として、平安京の大内裏を5/8の大きさで復元したもので、平安京遷都当時の天皇である桓武天皇が祀られている。また、明治〜大正期に佐々木岩次郎、伊東忠太らが共同で設計して建てられた應天門、大極殿、東西歩廊などが国指定重要文化財、それ以外にも大鳥居を中心とした建造物も国登録有形文化財になっている。

【1-2:庭園「平安神宮神苑」について】
平安神宮の拝殿の裏側に位置し、明治時代の有名な造園家7代目小川治兵衛が中心となり作庭した。社殿を取り囲むように東・中・西・南の四つの庭からなる総面積約33,000㎡(約10,000坪)の広大な池泉回遊式庭園であり、1975(昭和50)年12月に国の名勝に指定されている。池泉回遊式庭園とは、日本庭園の形式のひとつで、広い池泉を中心として中島などがあり、その周りを回遊しながら四季折々の植物や景色を鑑賞できる庭園を指す。
※以下、「神苑」と記載する

【1-3:7代目小川治兵衛について】
1860(万延元)年、京都府乙訓郡(現在の長岡京市)に生まれ、1877(明治10)年、京都の庭師・小川家の養嗣子となり家業を継いだ。彼は、明治から昭和にかけて活躍し、夢窓疎石、小堀遠州、重森三玲などと並び、京都の主な庭園を手掛けた有名な造園家である。近代の庭園に大きな影響を与えた山県有朋の無鄰菴の作庭に関わったことをはじめ、岡崎・南禅寺界隈の別荘地の庭園や円山公園など活発に作庭活動し、近代京都に新しい庭園文化を切り開いた人物である。
※以下、「治兵衛」と記載する

【1-4:琵琶湖疎水】
京都の近代化を推進した「琵琶湖疎水」は、明治時代に日本一の水瓶と言われている琵琶湖の湖水を大津市から西隣の京都市まで流すために作られた水路(疏水)で、現在でも現役の人工運河である。
近代的運河事業は、明治維新における東京遷都によって人口が大幅に減少し、自信と元気を失った京都が都市再生の望みをかけた国土改造プロジェクトであった。琵琶湖疎水は、当初、「京都西郊の農地への農業用水・灌漑用水」や「工業用の動力用水」という使命を持っていたが、疎水建設中に水力発電が実用化、南禅寺界隈、平安神宮にほど近い蹴上に水力発電所が建設され、支流は灌漑用水としての利用が中心となった。政治や経済が安定してくると、政財界の著名人が、工業地帯になる予定だった南禅寺から銀閣寺付近に、別邸をかまえ私的な庭園群を造った。

【2: 国内の他の事例】
神苑の紹介に先駆けて、いにしえから京都で好まれていた枯山水の庭園を紹介する。
神苑と同様に、東山を借景とする京都洛北の国の名勝借景式枯山水庭園「圓通寺」である。通常、枯山水の庭園は、屋内から対峙して鑑賞し「想像力」を働かせて楽しむことを目的とし、鑑賞者が庭を散策することはなく、屋内から庭がどのように見えるのかが鍵となる。
圓通寺は街中に比べ高度が高い場所にあり、客室の正面から見る庭やそのバックに借景として存在する比叡山をはじめとする東山の上部のみが視野に入るため、近代的な建物は見当たらない。比叡山と庭が違和感なく1枚の絵画のように感じるのは、鑑賞者から遠くにある借景の山々と目の前の庭の木々の高さなどを調節して繋がりをもたせているからである。後水尾天皇の別荘幡枝離宮が前身であり、いにしえから変わらぬ景色を鑑賞することができる時空を超えた静の庭園と言える。

【3:事例のどんな点について積極的に評価しているのか】
2では、枯山水圓通寺の特徴を述べたが、ここでは神苑の特徴をふまえて、圓通寺庭園との比較もしていきたい。
予算と工期がかなり限られていた神苑には、治兵衛ならではの空間構成力と前例に囚われない斬新なアイディアが盛り込まれている。例えば、池や小川、滝に注いでいる水は、琵琶湖疎水を引き入れたものであり、社殿を近隣からの延焼防止の目的もあったという。そして、比較的安価な守山石を採用し、琵琶湖から疎水を通って迅速に運搬したのだ。
順路を進むと、松や梅をはじめ、それまで使用されなかったような、樅の木など季節折々の植物や、向きや大きさで動きを感じるような石が目に入る。西神苑から中神苑に向かう道中に流れる小川では、川幅によって流れるスピードが変化し、木漏れ日が水面で多様にきらめきくよう計算されており、小道では、ゆったりとした散策を考慮して道幅や曲線が工夫されていて、爽やかな風が吹き込んでくる。植木の刈込を低く、石も臥せて設置することで目の前に広がりを感じる。
屋内から対峙して鑑賞する圓通寺の庭園とは対照的に、鑑賞者との距離感を無くし、庭のなかへ入り込んだような生き生きとした動の感覚を得る庭園である。東山との関係ついては、景色をバックに1枚の絵画のように仕上げるのではなく、まわりの景色と同化、一体化し明るく大らかな空間構成となっている。自らが散策し、空気や香り、音、温度などを体感できる。それが、五感で味わう庭と言われる所以であろう。庭園に対しての知識が豊富でない一般客でも楽しめる配慮である。
特に注目するのは、中神苑の臥龍橋である。龍が昇っていくイメージで作られた飛び石で繋がる橋である。並べられた石は次第に小さく、石の間は大きくジグザグに配置されていて、水面を見ながら注意深く渡ると、そこに映る自分が龍の背中に乗っているような気持ちになる。石は、秀吉が造営し、京都の長い歴史を刻んだ三条大橋、五条大橋の橋桁で、人工的に円柱形に仕上げられ、切り込みが入っている。市民にとって親しみがあり、思い入れのある払い下げを、これまでと今後への願いを込めて使用したのだ。
前例のないことに挑戦する圧倒的な行動力と計画性を兼ね備え、時代の流れを的確に読み、時には自らが土地取引を担ってまで、斬新なアイディアで理想とする庭づくりを求めた。和風庭園を近代の日本の移り変わりに適合させ、新しい自然主義の庭園を生み出した功績は大きい。

【4:まとめ】
京都は、日本有数の観光地であるが、古都のイメージが強く残っている。江戸時代以前の名所が多く点在しているなかで、明治時代以降の平安神宮、神苑の魅力を考えてみた。
①個々の魅力は3で述べたが、総合的に評価すると近代日本に適合させた新しい庭園である。
②外国人技師の力を借りずに推し進めた「近代化」「国土改造プロジェクト」との関係が深い庭園である。
③平安神宮がある岡崎エリア周辺には、ほかにも山県有朋の無鄰菴や、円山公園やウエスティン都ホテルなど、治兵衛の手掛けた庭園が残っている。加えて、琵琶湖疎水記念館、インクラインなど、疎水に関する興味深い場所も多数存在する。疎水と庭園等を関連付けて複数の場所を訪れてみると、更に楽しめると考える。
➃琵琶湖から疎水を通って流れ込んだ魚介類は、この池で世代交代を果たし、絶滅危惧種の避難場所としての機能も果たしている。このことは、生物学的にも貴重な役割である。
以上のように、貴重かつ魅力的であるにも関わらず、市民や観光客の認知度はそれほど高くないことが、非常に残念である。日本、京都そして庭園造りにとって、大きな転換期となった歴史的意義の大きい岡崎エリアを見直し、広報していくことが重要だと考える。

【5: 今後の展望】
何度も訪れていたにも関わらず、芸術教養演習1や卒業研究で調べるまで、石や樹木の配置の工夫、材料、運搬方法など全く知らなかった。五感で感じる庭園を、知識として覚えたり、読んだりするだけではなく、体感できるようにしたい。各魅力や特徴などを地図に落とし込んでいくと分かりやすく、より楽しめるのではないかと考えた。幅広い層に広報するため、観光案内所などと連携していくことも必要ではないだろうか。

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参考文献

【インターネット】
記念館について│琵琶湖疏水記念館 (kyoto.lg.jp)
https://biwakososui-museum.city.kyoto.lg.jp/museum/
琵琶湖疎水記念館2023.7.8検索

平安神宮HP
https://www.heianjingu.or.jp/
2023.7.27検索

圓通寺HP
https://www.kyoto-entsuji-teien.com/
2023.7.27検索
※写真掲載については、厳しく禁止されていたため、HPのみを記載する

【書籍】
①七代目小川治兵衛 山紫水明の都にかへさねば
著者:尼﨑博正
発行所:株式会社ミネルヴァ書房
2012年2月10日発行

②治兵衛 七代目小川治兵衛 手を加えた自然にこそ自然がある
監修:白幡洋三郎
発行所:京都通信社
2008年3月20日発行

③庭師小川治兵衛とその時代
著者:鈴木博之
発行所:東京大学出版会
2013年5月31日初版

➃「治兵衛の庭」を歩いてみませんか
監修:11代小川治兵衛(小川雅史)
発行所:株式会社白川書院
2004年1月1日発行

⑤日本庭園の歴史と文化
著者:小野健吉
発行所:株式会社吉川弘文館
2015年10月20日発行
 
⑥枯山水の話
発行者:馬場瑛八郎
発行所:株式会社建築資料研究社
1991年11月15日初版発行

⑦日本の芸術史 造形篇Ⅰ
信仰、自然との関わりの中で
発行者:徳山豊
発行所:京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局 藝術学舎

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