西陣織 織物の歴史を創り上げた柔軟さと技術、美意識について

加藤 みどり

1.基本データと歴史的背景
 西陣とは、京都府京都市上京区から北区にわたる地域の名称であり、西陣という行政区域はない。応仁の乱で西軍が本陣を置いた場所であることに由来する。西陣織とは、織技法の名称ではなく、西陣で織り出された先染め織物の総称である。西陣の歴史は500年以上であるが、京都の絹織物の歴史はもっと古い。飛鳥時代、京都に帰化していた秦氏が大川から水を引き開墾、養蚕から機織りまで行ったことからはじまる。これが西陣織の源流である。雄略天皇の時代に秦氏が献上した絹織物が「うずたかく」積まれたことから「兎豆麻佐(うずまさ)」という姓を賜り、そこから「太秦」となった。太秦には秦氏にゆかりのある広隆寺や蚕ノ社などが今でも残る。平安時代に都が京都へ遷り、宮廷の織物をつかさどる織部司が置かれ、機業地として形づくられた。しかし、応仁の乱によって京都市中が戦場となり、戦乱を避けるために織手たちも泉州堺などに逃れたが、応仁の乱の後に織手たちも戻り、西陣織機業の基礎を築いた。都のある京都は、さまざまな織物が集まる場所であった。それは天皇や公家のために世界中から最新の織物がもたらされ、その織物を手本とし、西陣織は発展した。(註1、註2)

2.積極的に評価するもの
 特に評価すべき点は、歴史と認知度、そして柔軟さである。日本の織物の歴史とは、西陣織の発展とその歴史であり、日本を代表する織物である。そのため、名称、イメージは知れ渡り、品質もまた、西陣織の詳細を知らずとも、素晴らしいものだと認識されている。きらびやかであり、高級なものだと誰もが想像できるほどだ。これは46名に行った、西陣織の認知度を調査したアンケートの結果にも顕著に表れている。(添付ファイル①西陣織アンケート調査結果.pdf 参照)「西陣織を知っているか」のアンケートに対し、「知っている」「名前は知っている」と回答した人数は、全体の約95%となった。また、「西陣織のイメージ」についてのアンケートに対し、ほぼ全員が「伝統」「京都」「高級」「豪華絢爛」「品質の良さ」など同様のイメージを回答した。他の織物にはない歴史と認知度の高さである。
 さらに、西陣織が現代までにその姿を残しているのは、これまでの歴史の中で幾度も訪れた苦難を乗り越えてきたからだ。時代とともに変化し対応する柔軟さが、その歴史からもわかる。享保15年、天明8年の大火による大打撃、元禄15年諸物価の高騰による織物売買の不振、天保12~14年の天保の改革での「奢侈禁止令」や「倹約令」など、多くの苦難を柔軟に対応し、乗り越えてきた。明治時代にはフランスのジャガード機を導入し、唐織、金襴、緞子、ビロードや絣など世界中の多種多様な織物を織り、これらはすべて西陣織となっていった。(註3)ひとつの産地で多種多様な織物を織るというのは、世界でも珍しい。西陣織の絹織物の素晴らしさはもちろんであるが、西陣の技術が各地へ伝わり、地方の織物業を発展させるなど、日本の織物技術の発展にも大きく寄与した。

3.他にはない特筆されるもの
 特筆すべきものは、分業制、そして職人の技術、美意識である。西陣織では、製織にいたるまでの準備工程が数多くあり、これらの工程をすべて分業で行う。企画考案・製紋に関しては、図案、紋意匠図、紋彫り、紋編みの各工程がある。原料糸に関するものには、原糸、撚糸、練糸、糸染め、糸繰り、整経、経継ぎ、緯巻き、金銀糸、箔、機の準備に関するものには、綜絖、筬、杼などがある。仕上げの工程には、整理加工、ビロードの線切りなど、織物が完成するまでに約20の工程があるが、各工程もさらに細かく数十に細分される。このように、図案家、意匠紋紙業、撚糸業、糸染業、整経業、綜絖業、整理加工業など、業者が独立し企業を営む。それぞれの分野でのプロの技術が集まり、西陣織の織物が完成するのだ。(註4、註5)(添付ファイル②西陣織簡易工程図.pdf 参照)西陣織の織物の品質の高さは、この分業制により、技術が究められてきたことにある。
 素晴らしいのは技術だけではない。職人それぞれがもつ美意識である。自らの理想とする美を紡ぎ出すため、手を抜くことをせず、その工程を日々繰り返している。原材料となる蚕の命からなる絹織物であることを忘れず、感謝をし、原材料の品質を経営の立ゆくぎりぎりまで落とさず、良いものを使い、良いものを創り上げる。自らの美意識と真摯に向き合うその姿には、歴史の重さと凄みがある。それだけでなく、昔に創られていた糸や裂地を再現するといった過去の歴史と向き合うことや、西陣織の分業を担う職人たちを守る覚悟、歴史と向き合い、古きことを守るといった西陣織に携わる職人の美意識は、特筆すべきものである。(註6、註7)
 この素晴らしい技術と美意識から創り出される織物は、他の織物にはない美しさをまとっている。西陣織の絹織物の美しさは「艶と光」そして「立体感」にある。糸の織り方だけで柄を美しく立体的に表現することができるため、絹織物のもつ美しさが際立っている。また、「立体感」だけでなく、「遠近感」など絵画的表現も可能だ。(註8)(添付ファイル③西陣織の絵画的表現の例.pdf 参照)多彩に染められた光沢の美しい絹糸、長い時間をかけて精巧な織りの技術を駆使し、丹念に検討された意匠により完成した織物から、重厚感のある豪華絢爛な帯や舞台衣装、能装束、袈裟などができあがる。(註9)

4.未来への展望
 今日では、西陣織の新しい試みや活動が多く行われている。その試みやプロジェクトには行政とともに活動するもの、伝統工芸に携わる若い方で集まり活動するもの、また独自で新しいことに挑戦しているものなど、さまざまなパターンがある。(註10、註11、註12)これらの活動に共通している素晴らしい点は、広告活動である。プロジェクトを行う企業、団体のHP、Facebook、Instagram、TwitterなどSNSを駆使し、その存在を発信している。発信される内容も、西陣織の織物を使い、ドレスや家具、インテリアなどもデザインされ、美しいのはもとより、「おしゃれでかっこいい」といった表現が合う。これからの西陣織の未来を感じさせ、若い世代の注目を集めやすい内容である。新たな分野への挑戦は、海外にも及び、海外へ向けたテキスタイルを織ることができる織機の開発(註13、註14)など、未来へ向けて新しい西陣織の可能性を見つめた活動が行われている。惜しむらくは、このような活動は一部の活動であり、西陣織全体には影響が少ないということだ。西陣織を営む企業に行ったアンケート調査では、新しい活動の認知度は高くなく、西陣織全体の動きにはなっていない。この他にも、給与体系についても同様なことがわかった。後継者や若い世代の職人の育成は、西陣織産業のこれからの課題である。実際には織手を志す若者はいないわけではなく、受け入れる側にその体制が整っていないのが現状である。しかし、10年以上前から若手職人の育成に取り組み、職人を志望する方の目線で考え、安定的な仕事となるよう月給制に移行するなど、未来を見据えた改革を行う企業も存在する。今はまだ一部の変化であり、西陣織全体の動きではないが、未来へ繋がるよう、再び西陣織は時代に合わせ変化を遂げようとしている。確実に動きは存在しているのだ。(添付ファイル④西陣織企業アンケート結果.pdf 参照)

5.最後に
 「西陣織の未来への展望として何が必要か」の質問に対し、「理念である。伝統産業に胡坐をかくのではなく、自分達のこの伝統のもの作りが、今の世の中の人にどのように役立つのか、どうしたら役立てるのかを考えることが一番大切だ。自分達が食べる為という考えからは未来が生まれない。」と回答があった。これはアンケートにご協力いただいた企業の言葉である。他の企業でも、日本を代表する絹織物の存続を企業だけが負担している現状に対し、「負担とかではない。ただ織物が好きなだけで、西陣織が好きなだけだ」とさらりと回答する。理念を貫く姿勢、経営は振るわなくとも、西陣織が好きで続けてきただけだと言い切る言葉からも、やはり美意識が感じられる。西陣織に携わる方々の美意識、繋げていく強い意志は、これまでの日本の織物の歴史で積み上げられ、形づくられてきたものである。それは目には見えずとも、西陣織の織物の美しさの1つとして織り込まれている。形となったものを残すことももちろん大事であるが、目には見えないが確かに存在しているものを含めた美意識、歴史、柔軟さをもつ西陣織を素晴らしい文化資産として評価したい。

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    西陣織認知度アンケート表は、西陣織の認知度とそのイメージを46名の方にアンケートを実施し、その結果を表にしたものである。
    2021年1月14日~19日にアンケートを実施
    2021年1月21日に筆者作成
  • (非掲載)
    添付ファイル②西陣織簡易工程図
    西陣織簡易工程図は、以下の書籍から画像を撮影、文章を引用し、2021年1月21日に筆者が作成した
    『岩波グラフィック34 西陣織ー伝承の技』 文・切畑 健 写真・松尾弘子 岩波書店 1986年発行
  • (非掲載)
    添付ファイル③西陣織の絵画的表現の例
    西陣織の絵画的表現の例は、以下の書籍から画像を撮影、文章を引用し、2021年1月27日に筆者が作成した
    『岩波グラフィック34 西陣織ー伝承の技』 文・切畑 健 写真・松尾弘子 岩波書店 1986年発行
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    西陣織企業アンケート結果は、西陣織組合ホームページ上の組合員企業10社から、無作為にアンケートを実施し、その内の9社から回答結果を筆者がまとめ、2021年1月26日に筆者が作成した。
    アンケート実施日 2020年8月27日~2021年1月19日に、電話やFAX、メールにて実施
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    西陣織企業アンケート結果は、西陣織組合ホームページ上の組合員企業10社から、無作為にアンケートを実施し、その内の9社から回答結果を筆者がまとめ、2021年1月26日に筆者が作成した。
    アンケート実施日 2020年8月27日~2021年1月19日に、電話やFAX、メールにて実施
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    2019年6月18日西陣織会館にて筆者が撮影した写真と、西陣織の袋帯の写真
    その際、西陣織会館で行われているマフラー製作を体験した。
    2021年1月29日筆者作成

参考文献

註1、註4、註9 『岩波グラフィック34 西陣織ー伝承の技』 文・切畑 健 写真・松尾弘子 岩波書店 1986年発行 
註2、註6 『西陣 織屋のおぼえがき 京都 西陣織の系譜と世界の染織』 著・高尾 弘 世界文化社 2015年発行
註3 西陣織工業組合ホームページ 西陣織の品種 2021年1月21日閲覧
https://nishijin.or.jp/whats-nishijin/kind/
註5 西陣織工業組合ホームページ 西陣織ができるまで 2021年1月21日閲覧
https://nishijin.or.jp/whats-nishijin/process/
註7 2020年8月21日~2021年1月19日までに行った西陣織を営む企業9社に行ったインタビューより
註8 『日本の伝統的織もの、染もの』 著・三宅 和歌子 日東書院本社 2013年発行
註10「西陣を中心とした地域活性化ビジョン 温故創新・西陣」 2020年8月5日閲覧
https://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/cmsfiles/contents/0000264/264270/bijyon.pdf
註11 「西陣connect」 2020年8月5日閲覧 https://www.nishijin-connect.com/
註12 「GO ON」 2020年8月5日閲覧 https://www.go-on-project.com/jp/
註13 株式会社細尾ホームページ 2020年8月5日閲覧
http://www.hosoo-kyoto.com/
註14 株式会社加地織物ホームページ 2020年8月5日閲覧
https://kajitex.kyoto/

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