明珍火箸風鈴 〜日本の伝統技術と音感覚の融合 その未来〜

森川 安希子

はじめに
自然の風を生かし音を愛でる工芸品の風鈴のひとつ「明珍火箸の風鈴」は兵庫県姫路市の金属工芸品である。甲冑鍛冶の伝統技術を受け継ぐ鍛冶職人により全て手作業で製作される明珍火箸の音色は、独特な音色で人々を魅了する。本稿ではその明珍火箸の歴史と評価、音色の特徴、今後の展望について考察する。

1.基本データ
明珍火箸風鈴・・・1965年、52代目明珍宗理より考案された兵庫県姫路市の工芸品

明珍家   ・・・平安時代から続く甲冑鍛治師の家系で、江戸時代には姫路藩主酒井家に仕える。
48代目   明珍宗之  火箸製作開始
52代目当主 明珍宗理  火箸風鈴の創始者
53代目   明珍宗敬  2021年3月襲名 宗理 三男
刀匠    明珍宗裕 宗理 次男

主な受賞歴    1993年  兵庫県技能功労賞受賞 兵庫県指定伝統工芸に選定
1997年 「財団法人日本オーディオ協会」第2回「音の匠」に選定
2003年  日本文化デザイン大賞、同特別賞受賞
2004年 姫路市藝術文化賞受賞
2016年  52代目明珍宗理 文化長官表彰

有限会社明珍本舗 所在地 〒670-0871 兵庫県姫路市伊伝居上ノ町112

2.歴史的背景
2-1風鈴の歴史
風鈴の起源は、古代インドの仏寺で魔除けとして塔廊からつり下げられた風鐸といわれている。江戸時代の書物『嬉遊笑覧』によると、日本で風鈴が一般化したのは浄土宗の開祖・法然が極楽の風を知る道具として風鈴を愛したことがきっかけである(1)。「占風鐸」とも呼ばれ仏教寺院で使用されていたが、明和年間(1764〜72)に江戸で「風鈴蕎麦売り」が流行し、一般社会で鉄製風鈴が使われるようになった。明治期になりガラス風鈴の登場で、魔除けや風を占う役割から涼風を感じる役割へと大きく変化した。

2-2.明珍火箸風鈴の歴史的背景
明珍家は姫路藩主酒井家に仕える江戸時代に栄えた甲冑鍛治師の一派のひとつで、鉄の鍛鎌を専業とした具足鍛冶である。12世紀半ば、近衛天皇(1141〜1736年)に鎧と轡を献上した際、「音響朗々、光り明白にして玉のごとく、類いまれなる珍器なり」と賞賛され明珍姓を賜ったといわれている(2)。明珍家の甲冑は鉄砲の弾も通さないという評判であった。しかし明治維新後に甲冑の需要は消滅、そのため48代目明珍宗之は当時の生活に必要だった火箸に活路を見出した。明珍火箸は品質と箸が触れ合う音が好評となり、火箸作りは軌道に乗る。ところが太平洋戦争になり「金属類回収令」発令のため鉄材や鍛冶道具を供出、終戦後も家屋や土地を売却し生活を凌ぎ火箸作りを再開した。しかし燃料が石油やガスへと転換し火箸の需要も絶望的となったとき、52代目明珍宗理は伝統技術を守り次世代へ継承するには伝統技術の応用しかないと明珍火箸の良い音に着目、考案されたのが「明珍火箸風鈴」である。

3.事例の評価する点
明治維新での西洋化の導入、戦争、燃料革命という度重なる苦難を、技術を応用し商品形態を変更することで乗り越えた点、そして現在も全て手作業というこだわりで更なる進化を継続している点が高く評価される。
伝統技術を継続するため、他の火箸や機械では出せない音こそ明珍鍛冶唯一無二の技術である、と音の視点から風鈴への思考の展開は、異なる視点から生まれるデザイン思考そのもので、明珍火箸風鈴はその成功例といえる。
52代目宗理は更なる音の追究として、究極の材料「玉鋼」での火箸風鈴作りに挑戦する。1995年、明珍家は希少な玉鋼の供給認可を受け、刀工の明珍宗裕と共に「玉鋼火箸」を完成させた。普通鋼と比べ玉鋼火箸の別格の音色は多くの人を魅了し、コラボ作品も数多く誕生している(資料1)。2004年には新日本製鉄の協力を得て新たな素材チタンに挑戦、火箸は勿論、仏具や音具など更なる伝統工芸の進化とともに新たな音を生み出している。

4.明珍火箸の音について
現在市販品として普通鉄、直径7〜9mmのピアノ線、チタンという素材で長さ20〜28,5cmと全部で8種類の火箸を提供、個展のときだけ出品する作品を含めるとそれ以上の音を作っている(3)。甲冑と同じ鍛え方で火箸1本を千回叩くという明珍火箸の音について、過去に検証された調査(4)(5)(6)では
・明珍火箸の音は広域に渡り非整数次倍音で、各固有振動数が調和的な倍音構造より低い周波数側にずれている。角状、丸状それぞれ個別の周波数を持っているが波形は類似している。(資料2・3①②③④⑤⑥)
・音の減衰は緩やかで余韻が長い。(資料2・3②③④⑥)
・(普通鉄)素材は中炭素鋼フェライトとパーライトの混合で、形状による鍛造回数の違いから仕上げ温度が異なり丸状は繊細、角状は粗い組織である。
・形状も影響するが火箸の長さが短くなると音の波長が短くなり、周波数は高周波側にシフトする。(資料3⑦)
・火箸の形状や密度の非対称性によって固有振動数が近接して2つずつ存在し、それにより「うなり」が生じる。(資料4⑧⑨)
以上が解析されている。

明珍鍛冶の技術と勘の手作業による形状・素材の密度の違いが、高音が響き渡り余韻が長い明珍火箸特有の音色を形成する「うなり」を生み出し、素材によってもさまざまな音色に変化する。より高音で澄んだ玉鋼火箸の音色調査と比較が待たれるところである。

5.国内外の他の同様の事例との比較
風鈴は音楽史の観点から「体鳴楽器」に分類され、国内では鉄・銅・真鍮・ガラス・陶器・貝殻などの素材で各地の工芸品として存在する。それぞれの音を比較すると、金属製の風鈴は鍛造・鍛造のどちらも余韻が長く「リーン」と張りつめた高音の響きが際立ち、遠くまで届く印象で比較的音が大きい。ガラスや陶器の風鈴は余韻が短く「コロンコロン」という心地よい音が近くで鳴っている印象である。素材や形状で音色は異なるが、江戸風鈴ではガラスの底辺をギザギザに、梵鐘作りでは錫の量を調整し金属を調合するなど、どちらも「うなり」が生じるよう作られている。ひとつの音に情報量が多い「うなり」は雅楽の笙や三味線のサワリなど邦楽器にも多くみられ、日本の音色の特徴といえる(7)。
東洋音楽には金属製打楽器が多く、インドネシア・バリ島のガムラン音楽など「うなり」を楽器の音色の特徴とした音楽があるのに対し、西洋音楽ではハーモニーを形成するためチューニングをし、うなりを消すことを求められる(8)。このような国内外の音の捉え方の違いは各国の宗教と深く関わるのではないだろうか。神や天と繋がるための音として、東洋では邪気を祓う音や声明が屋外でも遠く届くよう「うなり」を必要とし、西洋では単旋律から多声になった聖歌が教会でよく響くよう調和を必要とした、と推察する。

6.今後の展望について
2020・21年に姫路市立美術館行われた庭園アートプロジェクト「たまはがねの響」では、玉鋼製火箸を素材とした菅野由弘作曲による楽曲がパラメトリックスピーカーを活用し、臨場感あふれる音響の体感と同時に光のインスタレーションを展開、また玉鋼製火箸音と刀剣のインスタレーションと写真の展示、ステンドグラス作品と玉鋼火箸音のコラボレーションも行われた(9)。
目や耳からの情報は体験した心象と一緒に記憶される。このような進歩する技術と職人技術・芸術が融合し新たなプロジェクトで明珍火箸を体感・認識することは「火箸・風鈴」という概念を変化させる非常に画期的で、明珍火箸にとって未来性があることである。日本の生活風景として各地の工芸品と音をテーマにしたインスタレーションや、明珍鍛冶技術が施された金属と音で、大人も子供も親しめる音響彫刻のような造形作品を姫路に作るなど、派生するアイデアは尽きないのである。しかし明珍火箸は一家相伝の技術である。鍛冶職人が減少する現代において、明珍家と並行し時代に合った技術継承者、生産者の育成が急務である。そのためにも今後の展望として、異業種のデザイナーや人員を募り、新たな商品開発やイベント、プロジェクトの企画・運営・研究チームを作り、明珍火箸、そして職人の活路を見出す活動が必要である。

7.まとめ
明珍火箸風鈴は日本の伝統技術と音感覚が融合した金属工芸品である。明珍鍛冶の伝統技術には科学技術でも超えられない力が残されており、そこから生まれる音色は、古くから日本の生活で培われた音感覚や文化も踏襲されている。時代に翻弄されながらも甲冑技師の応用で火箸風鈴が生まれたように、今後の明珍火箸の新たな応用・活路への期待と、日本の伝統技術と音色が未来にも継承され愛されることを切に願うのである。

参考文献

註(1)喜多村信節著、日本随筆大成編輯部 編『嬉遊笑覧 下』、成光館出版部、1932年 5版、 p39 40。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1123104/1/39(2022年1月8日閲覧)

註(2)早坂隆、「ニッポンの匠 第9回明珍火箸」、『voice』5月号485号、 編集永田貴之 発行 所 株式会社PHP研究所、2018年、p196。

註(3)対談 明珍宗理 新日本製鉄(株)副社長 宮本盛規、「特集 いつの時代も変わらない”ものづくり原点”ー伝統技術が広げる素材の可能性ー、NIPPON STEEL MONTHLY、2004年。
https://www.nipponsteel.com/company/publications/monthly-nsc/pdf/2004_10_142_01_08.pdf(2022年1月8日閲覧)

註(4)北田杲三・岡本善四郎、「伝統技術の現況について -明珍火箸-」、『技術と文明』 日本産業技術史学会会誌 第4巻第2 号 第7冊、1988年、p16,17,18。
http://www.jshit.org/kaishi_bn1/04_2kitada.pdf(2022年1月5日閲覧)

註(5)大谷泰夫、「秋の虫の声に 似た風鈴(その2)」、『シリーズ「身近な金属のミクロ組織を読む」』旧SMTつうしん秋No41号、日鉄テクノロジー株式会社、2003年。
   https://www.nstec.nipponsteel.com/tsushin/pdf/2003/41_2s.pdf(2022年1月8日閲覧)

註(6)島崎湧、小長谷悠、及川靖広、菅野由弘(早大理工)、「明珍火箸の打撃音の計測と解析」、『日本音響学会講演論文集 日本音響学会2020秋季研究発表会』、2020年。国立国会図書館複写物(2022年1月6日閲覧・複写)

註(7)茂手木潔子「暮らしの中の風鈴」、NHK 『美の壷 風鈴』、NHK出版 NHK「美の壷」制作班、2007年、p62、63。

註(8)塩川博義、「音響解析の用いた金属製打楽器の変遷」
引用:2011年11月30日 日本大学生産工学部建築工学科HP「教員コラム」より うなりの文化
Shiokawa Laboratory web site
http://home.h03.itscom.net/shio_lab/research5.html(2022年1月6日閲覧)

註(9)FASHION PRESS、「特別展 日本の心象、風韻、そして海景」 姫路市立美術館でー”刃文の美”に着目、名刀が集結。
https://www.fashion-press.net/news/74985(2022年1月6日閲覧)

参考資料
・早坂隆、「ニッポンの匠 第9回明珍火箸」、『voice』5月号485号、 編集永田貴之 発行所 株式会社PHP研究所、2018年。
・山本哲士・鷹見梓、「明珍宗理インタビュー 鉄を鍛える文化技術」、『Iiichiko』 季刊no49 、発行所 日本ベリエールアートセンター、 1998年。
・茂手木潔子「暮らしの中の風鈴」、NHK 『美の壷 風鈴』、NHK出版 NHK「美の壷」制作班、2007年。
・西潟昭子監修「日本音楽のち・か・ら 次世代に伝えたい古くて新しい音の世界」、編者現代邦楽研究所、2001年。

web
・明珍本舗 公式HP https://myochinhonpo.jp/  (2022年1月5日閲覧)
・高尾美穂、塩川博義 「現代における風鈴の音印象に関する研究」、『日本サウンドスケープ教会 2022年度春季研究発表会論文集』、日本サウンドスケープ教会、2022年。
 https://drive.google.com/file/d/1uzEhc_JqwTVH59E76MPmXqXPD3XCzGcY/view(2022年1月8日閲覧)
・ABCテレビ報道【匠】53代続く”鉄の一族”火箸が奏でる夏の音色 世界的有名歌手「東洋の神秘」【明珍火箸】
  https://www.youtube.com/watch?v=niBp5SWrvK0(2022年1月5日閲覧)
・中川政七商店の読みもの 素材別「風鈴」の音くらべ。好みの音色を楽しもう
  https://story.nakagawa-masashichi.jp/95538(2022年1月5日閲覧)

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