【フランスの花装飾】花でつくる空間から〜 【サステナブルなブーケ】葉で彫刻するモダンブーケへ

松田 茂子

はじめに

「ブーケ」(1)とはフランス語で花束のことであり、フランスではアレンジされた花や葉物を一般的にブーケと呼ぶ。フレンチブーケと言うと、たくさんの花と色で飾られたものを思い描くが、その陰にモダンスタイルブーケ[葉で彫刻するブーケ]が存在することを多くの人は知らない。
「花屋」は花をたくさん 売ることが本命であり、「花の学校」は花を素材に自己の中にあるものを表現する創作活動を教授するところである。その出発点には根本的な違いがある。ここでは後者からの考察である。
岡倉天心は『茶の本』(2)の中で、「西洋の社会における花の浪費は驚き入ったものである。舞踏会や宴会の席を飾るために日々切り取られ、翌日は投げ捨てられる花の数はなかなか莫大なものに違いない」p75 と述べている。1906年に出版された本であるが痛烈な批判は現代に通じるものがある。21世紀になり、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行後、「サステナブル」で代表される地球環境を見直す単語が氾濫している。
同、天心曰く「喜びにも悲しみにも花は我らの不断の友である。花なくしてどうして生きて行かれよう」p72、なくては生きられない花をサステナブルに使うことを、フランスにおける筆者の経験を鑑み考察する。

1. 基本データ

1-1: フランスのブーケの種類
①ブーケ・アンシアン[時代の花]【写真1】
② クラシック・ブーケ[食卓飾り・歓迎のブーケ]【写真2】
③ モダン・ブーケ【写真3】
④コンテンポラリー・ブーケ[ナイーフブーケ・透明ブーケ]【写真4、5】
⑤アブストレイト・ブーケ
これらを組み合わせ花装飾をデザインする。

1-2: フランス国立園芸協会[以下、SNHF](3)
パリ7区に存在、art floral 部門には、フランスにおける花の学校やクラブが所属し、フランスのアレンジメントのガイドラインを示している。ヨーロッパ内[イタリア、ベルギー等]の横のつながり、WAFA(4)という世界的花の連盟にも参加している。ここでは毎年DAFA検定試験(5)が行われる。
日本がバルブのころ「アール・ド・ビーブル」という「フランス流の生き方」が注目され、その一環としてフランスの室内や食卓を飾る花を学びたい日本人の数が増えた。パリでこの検定試験に合格することが流行し、2007年〜2019年[コロナ流行により国際間の移動が不可能になる]まで、SNHFによると(6)、ピークは2014年で、日本人受験者は全カテゴリで100人いたそうだ。

1-3: école française de décoration florale[以下、EFDF](7)【添付3】
1956年設立、筆者は当校に13年在籍、日本人在校生が多くその橋渡し的存在であり、日本からくるDAFA受験者の講習会を定期的に開く。

1-4: 筆者の花の背景
筆者はフランス在住。1995年封切りイギリス映画《4マリアージュ》(8)【添付1】をみる。登場する4つの結婚式がカップルの社会背景生活環境により教会や宴会式場の花装飾が違ってくることに興味を持つ。「花が演出する空間デザイン」に感動し、EFDF校にて花装飾を学ぶ。
のちに学んだ川添善行の『空間にこめられた意思をたどる』(9)にある「人間のささやかな趣味と洒落がこめられ、個人と世界の距離感をやさしく調停してくれる」「個人のあり方を尊重し、自分らしく生きることを許容してくれる」p94を空間制作のモットーとした。
空間装飾は興味深い仕事ではあるが、
①装飾をやる側と費用を支払う客側の採算をとることが第一の重要なポイントである
②グループでやる仕事である
③天心が言うように花の異常なロス
など、純粋な創作からだんだん離れることを感じ、次のステップの「燻し銀的なモダンブーケ」の制作に転じる。

2. モダンブーケの概要

20世紀半、コルビュジエをはじめとしたモダニズム運動がはじまり、見たことのないデザインを渇望しシンプルな造形を志向するようになる。花界においても少し遅れながらも同様のことが起こった。
モダンブーケは、クラシックブーケの原則である「花と花の間隔は蝶が飛び交えるように三角形の空間をおく」が完全に覆され、マースという花の塊を使い、幾何学的線の動きを葉物作っていく。ここが「彫刻する」と言われる所以でもある。【添付2】
縦横幅、奥行きの存在は必要であるが、クラシックブーケの時のように、花器の大きさから何倍、何分の一などの割り出し方はしない。総て自分の感覚、眼で決める。葉は緑色とは限らず、緑の濃淡、黄、赤、臙脂色もある。これらの色を組み合わせることで表情が変わる。それがこのブーケの醍醐味でもある。とにかく大胆な線の動きがありバランスが取れていてシンプルであることにつきる。

3. モダンブーケとフランス風アレンジメントと日本人の特筆する点

モダンブーケは自由に作者の創作性が発揮でき「やっていて面白い!」というのがみんなの意見であり、生け花をやっている時にはこのような潑刺な喜びを感じたことはないと言う。
生け花大国からやってきた人には、モダンブーケは生け花との限界が取りにくく、取っ付きにくいようである。その場合、筆者は北斎の『富獄三十六景』の「神奈川沖浪裏」の浮世絵を見せ説明する【添付1】 。波の動きの連続性を葉で作り、富士はフォカルポイントである。これで大抵の場合モダンブーケの基本は理解される。例えば葉蘭7枚百合1本でこの浮世絵を再現できるからサステナブルである。20世紀を代表する白くてガラス張りの透明な空間にもマッチする。
またモダンブーケがよくできているとき c'est chic![粋な・洒落た]という褒め言葉を使う。耳慣れた表現であるがこれももうひとつよくわからないと言われる。その時「秀吉が千利休に朝顔を所望、庭の朝顔を総て取り払い、一輪の朝顔を床の間に飾った」(10)いう花物語を語ると「シック」が理解される。など、筆者は意識して二つの文化の結界をはずすことに努めた。

4.日本におけるフラワーデザイナー協会[以下、NFD](11)の場合

日本で一番大きなフラワーアレンジメントの協会である。
年2回「花ファッショントレンド」が発表される(12)
・2018年テーマ「ボーダーレス」
[ニュウクラシック]過去の様式やデザインを大胆な発想で進化させ新しいデザインを想像する
[過剰装飾]これまでの制限や境界を打ち破るようなエキセントリックな感覚で…
・2023年テーマ「花を楽しむ」明るい明日に向けて、植物とともに人生を楽しもう
[循環]SDGsが注目される中、環境に配慮し、植物を育てデザインする時代
さらにフラワーロスをなくすデザインに取り組む
現在のところこれらのテーマは具体的にアレンジメントには反映されていない。
「フランスのモダンブーケにすべてのテーマがピッタリあてはまるのではないだろうか?」

4. 今後の課題

重大な課題がひとつ残っている。現在のところ、ブーケの制作にはフローラル・フオーム[人工吸水スポンジ]が必要不可欠である。大至急にこれに代わる有機物を見つける事である。伝統的生け花の剣山やこみ藁(13)の技術からもヒントが得られそうである。

5. 今後の展望

グローバリゼーション時代に相応しく、国境やグループの境界を外し、一緒になって「やって楽しく、飾って美しく、心地よい空間作りに一役買っているサステナブルなブーケの創作」を習慣化させることが今後の展望である。
サステナブルブーケのさらなる発展は「協創」にあり、『協創の場のデザイン』(14)で学んだ方法からヒントを得て、ワークショップを実施するのが良策だ。「葉を使って彫刻するブーケ」愛好者の底辺を拡げるため、youtubeを利用するのも一つのアイデアである。

おわりに

公園や森を歩く時、木の眺め方は以前と違ってくることであろうし、自然のありがたさを以前以上に感じることであろう。それらが次のデザインの啓発に繋がる。
リモートワークの合間に、「費用がかからず、時間をかけず、どのスタイルの家具にもマッチする」サステナブルなブーケ作りを日常の習慣とすることで、AI時代のストレスの解消に一役買うことを確信する。
この「葉で彫刻するブーケ」は21世紀の文化資産として評価に値すると考える。

  • 81191_011_31883098_1_1_img_0794 【写真1 】(2009年6月/筆者制作、撮影)
    ブーケアンシアン[時代のブーケ]
    両者とも16世紀のフランスの城の石作りの装飾からのコピー
    花瓶はメデイシス、当時は果物を多く装飾に使用
  • 81191_011_31883098_1_2_img_2023-1-25-180545 【写真2】
    クラシック・スタイル
    左[三角形左右不対象](2006年/EFDF副校長・ジャクリーヌ・ナタフ制作、撮影)
    右[三角形対象](2006年/筆者制作、撮影)
    お客様を迎えるブーケとして玄関の近くに飾る。
    左右不対象の場合左右に2個、対象の場合は真ん中に一個飾る。
    花数、色数が多くフランスのイメージを持つ典型的な装飾ブーケ
  • 81191_011_31883098_1_3_img_0754 【写真3 】(2009年6月/筆者制作、撮影)
    このレポートのテーマである[モダン・スタイル]
    左側は葉蘭5枚を使用、花瓶の中の果物とのバランスが良い
    右側は木賊を束にして使い向日葵をフォーカル・ポイントに
    葉、花、果物ともマースにして使用
  • 81191_011_31883098_1_4_img_0803 【写真4 】(2009年6月/筆者制作、撮影)
    2000年ごろから流行った[透明ブーケ]
    透明花器の良さを尊重、花材が極端に少なく、
    経済的な点から現在レストランやレセプション会場に
    人気がある。
  • 81191_011_31883098_1_5_img_0812 【写真5 】(2009年6月/筆者制作、撮影)
    今風の[コンテンポラリー・ブーケ]
    花屋が現在創るスタイル、リボンなども花材として使う
  • 81191_011_31883098_1_6_img_0805 【添付1】 (2023年1月/筆者制作、撮影)
    モダンブーケのテクニックを示す、
    葉蘭、コルデイリン、フォミユムを使用
    フオカルポイントに花を使用、葉はUピン、粘着テープ、両面テープを使い固定する。
    直線、曲線、折線で表情をだす。
  • 81191_011_31883098_1_7_img_2023-1-25-142602 【添付2】(2023年1月20日/筆者撮影)
    左:『4Mariages et 1Enterement』Poly Gram Video 1995年ビデオケースより
    右:『北斎』太陽浮世絵シリーズ夏号、平凡社、1975年、p40,p41
  • 81191_011_31883098_1_8_img_2023-1-25-145657 【添付3】(2023年1月20日/筆者撮影)
    EFDF校2009年プログラム

参考文献

【註釈】

註(1) bouquet「花束」ロワイヤル仏和中辞典、旺文社、2009年。

註(2)(10)『茶の本』岡倉覚三著、村岡博訳、ワイド岩波文庫34、1991年。
     第6章「花」から引用、p75、p72、p83

註(3) la Société National d’Horticulture de France
84, rue de Granelle,75007,Paris France
1827 年6月11日、Hericart de Thury 子爵により設立される。
  1901年の不営利団体法に基づきassociation となる。
  1976年、art floral部門開設、DAFA検定試験を開始。
  1947年より『Jardins des France』誌発行

註(4) The World Association of Floral Artists
1981年イギリスで設立される。現在29カ国が参加、3年毎に主催者国が代わる。
  主催国にて、世界の花のアレンジメント情報、技術の交換、国際セミナー、フラワーショウ、コンクールが開催され  
  る。

註(5) La Diplôme d’Animation Floral Artistique
SNHFの花部門がオーガナイズする検定試験、1976年開始、2009年よりフランス農水省の後援。
  フランス式フラワー・アレンジメントの制作や指導に適した人材であることを見極める試験。
  3段階の資格授与。
  DAFA1:クラシックアレンジメントの技術のテスト
     2:モダン・スタイルの技術、創作力のテスト
     3:フランス・スタイルのアレンジメントのすべてに習熟し、それrをを伝えるコミニュケーション能力のテスト
  この資格所得後は国内審査員、国際審査員の資格試験受験が可能となる。
   https://www.snhf.org/dafa 2023年1月10日閲覧

註(6) SNHF の花部門の代表、Bruno Lanberti氏に照会、返答を確約されたが期日までに連絡なく、
   Le point Fleuri 主催の伊奈川光子氏にインタビュー、2022年11月23日パリにて。

註(7) École Française de Décoration Floral校
  (Rue de Général Bertrand 75007 Paris France)
1956年、Mme Maxがassociaition を設立、2009年閉校、筆者が最後の校長となる。
  5代目校長のMonique Gautierは世界中にデモストレイターとして名を馳せる。著書5冊出版。
  1999年フィガロ・ジャパン誌に「マダム・モニック・ゴチエのふらんす花物語」を掲載したことにより
  日本での反響が大きく、日本人生徒、卒業生多数。

註(8) 仏訳『4Mariages et 1 Enterrement』Poly Gram Video,1995年 再度鑑賞
   1994年イギリス映画、監督 Mike・Newell 、主演 Huge Grant, Andie Macdowell
第67回アカデミー賞、第52回ゴルデンバーグ賞受賞。

註(9) 『空間にこめられた意思をたどる』川添善行著、幻冬舎、2014年、p94、p83。

註(11) 公益社団法人日本フラワーデザイナー協会
   東京都港区高輪4-5-6 NFD会館
   1969年、文部省の許可のもとに社団法人として設立、現在、支部53箇所、会員数16000人、講師8000人。
   フラワーデザイナーの資格が取得できる。
 (12) 花ファッショントレンド」http://www.nfd.or.jp 2023年1月10日閲覧。

註(13) 『造化自然』銀閣慈照寺の花、珠寳著、淡交社、2013年、p088/9。
   『一本草:花が教える生きる力』珠寳著、徳間書店、2016年。
   「こみわら作り」https//www.zenbunka.or.jp 2023年1月10日閲覧。
    秋に収穫された無農薬米を使い1〜2月に製作。きれいに揃えられた茎で小さな束を作り、冷たい灰汁に晒す。
    花器の大きさに合わせ幾つかの束を畳糸で縛る。

註(14) 『協創の場のデザイン』安斎勇樹著、幻冬舎、2014年。

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