挑戦をつづける美術館 ~諸橋近代美術館~

藤澤 弥生

はじめに
福島県の磐梯朝日国立公園内にある諸橋近代美術館(以下、モロビ)[1]は、 太平洋と日本海をつなぐ磐越自動車道の真ん中あたりにある猪苗代湖から磐梯山のふもとをぐるりと回った裏磐梯の五色沼のすぐ近くにある。スペインの画家、サルバドール・ダリ(以下、ダリ)の彫刻、絵画、版画など約350点を収蔵してるアジア最大級のコレクションを持つ美術館である。本稿では、美術館の基本機能である調査・研究・展示・保存・教育普及を基盤としつつ、次々と新たな挑戦をするモロビを調査し、意義・役割、そして今後の展望を考察する。

1 基本データ
所 在 地 : 福島県耶麻郡北塩原村大字檜原字剣ヶ峯1093番地23
設置者 : 公益財団法人諸橋近代美術館
設計者 : 株式会社清水公夫研究所[2]
構造 : 鉄筋コンクリート造亜鉛メッキ鋼板葺平家建
外壁 : 石張り(一部打放しコンクリート)
敷地面積 : 45,818.00㎡
建築面積 : 1,852.08㎡
館内施設 : 企画展示室、常設展示室、彫刻ホール、収蔵庫、エントランスホール
開館時間:9:30〜17:00 (最終入館は閉館の30分前まで)
自然豊かな景色の中に突然現れるモロビは、馬小屋をイメージした建物が、目の前に広がる池の水面に映り、ダリの手法のひとつとなっているダブルイメージを連想させ、外観も含め一つの作品のようである(図1)。入り口には、作品に度々登場する蟻のマットが敷かれ、カフェ、インフォメーション、グッズショップがあり、展示室に入ると、赤い唇のソファで写真を撮ることができる(図2)。奥には、天井の高い廊下のような展示ホールにダリの大きな彫刻作品が、鑑賞者を囲うように展示されている。外光を多く取り入れ、白を基調とした広く明るい空間と、奇妙な作品に違和感を覚える。手入れの行き届いた庭(図3)は、ダリの奇妙なコレクションを包み込み、来訪者たちを出迎え、見送る。冬は大雪のため休館になるが、年二回の企画展を開催し、イベントなども数多く行う。

2 歴史的背景
ダリは、著名な芸術家、思想家、物理学者、シュルレアリスムという芸術運動でフロイトの精神分析などの影響を受け、奇妙で刺激的な作品を多く残している。スポーツ用品店の全国展開をする株式会社ゼビオの創設者である諸橋廷蔵氏(もろはし・ていぞう)が、従来の常識を打ち破るダリの作品に出会い、研究・蒐集を進め、故郷である福島県会津磐高原に1999年に開館した。残念ながら、2003年に他界されたが、その意思は、現館長諸橋英二氏により受け継がれ、さらに進化を続けている(図4)。

3 評価
⑴一人のアーティストを掘り下げるデザイン
モロビは、ダリの作品を常設している美術館である[3]。そのため、来館者はダリのファンでが多いと思われるが、猪苗代観光の一つとして紹介されている[4]。館内にはダリの生涯の年表があり、関わりのあった芸術家などからどのような影響を受けたかなど、ダリについての研究結果を蒐集した作品[5]とともに展示しており、来館者がダリについて深く知ることができる。ショップではギャラリーガイド[6]などのグッズ販売をしており、ダリのトレードマークである「ひげ」を、会津の伝統工芸「赤べこ」から着想した「ひげべこ」[7]は、数量限定販売で現在完売となっている。エントランスにあるミュージアムカフェ[8]では、オリジナルブレンドコーヒーや会津にある小森ぶどう園[9]の100%ぶどうジュースなどを提供しており、窓から見える磐梯山を見ながら、ゆったりとした時間を過ごすことができる。ブレンドコーヒーのパッケージにはアーティストのCOFFEE BOY[10]氏がイラストを描いている。屋外では、「お気に入りマルシェ」[11]という、ハンドメイドやワークショップ、ケータリングカーなど、来訪者が楽しめるイベントを開催している。一人のアーティストを紹介することは、限界があるように思えるが、来館者に情報を与え理解を深めるデザインづくり、地元との共生、パッケージデザインのアーティスト起用などにより、ファンを増やし、地元、他県からのリピーターを獲得することができる点を評価する。
⑵企画展のデザイン
冬季休館する美術館であるが、開館中の4月~11月の間に入れ替えを行い、2022年4月~7月上旬は、ヒストリアー神話と物語の世界ー、2022年7月下旬~11月休館前までは、コレクションをめぐる6つの部屋「ルームス」(図5)の企画展を2つ開催している[12]。カフェメニューやグッズなども季節や企画展に合わせ、商品の提供を行っている[13]。企画展示室は、部屋がテーマごと、時代ごとなどに区切られ、ダリに影響を与えたエピソードや作品を、歴史や多数の芸術作品と重ね合わせることにより、様々な企画展を開催している。短い期間で、作品の魅力と時を超えた人々のつながりを鑑賞者に伝えるという点を評価する。
⑶挑戦
新型コロナウイルス (COVID-19) により、多くのものが、新たな挑戦をすることになった。各美術館も閉館を余儀なくされ、諸橋近代美術館も例外なく、非接触型のサービスを提案・提供した。以前より、「モろ美大學」[14]などのアートイベントを施設内にて行っていたが、Zoomを使ったオンラインイベントに切り替え、自宅で知識を深めることができるようになった。オンライン対話型鑑賞[15]では、見た作品についてじっくり鑑賞し、気づいたことを語り合うイベントの無料開催や、テレワークが進み、自宅で音を聞きながら仕事をする機会が増えたため、音で配信するダリラジオ[16]も開設した。このように、美術館を訪れることが難しい人にも情報提供ができるサービスにより、美術館を知ってもらう良い機会になったといえる。コロナが落ち着き、2022年開催のコレクションをめぐる6つの部屋「ルームス」の企画展では、館内で展示されている『きつね』PJ クルック(2015年)を鑑賞し、Twitterをフォローして感想をシェアすると抽選でプレゼントがもらえる企画[17]も行っていた。館内のタブレットから投稿すると、入力された文章で多く使われた言葉が見える化できるワードクラウド(図6)を使い、どんな感想が多いのかを確認できる。他にもナイトミュージアムの開催や美術館ライトアップを行うなど次々と新たな挑戦をする点を高く評価する。

4 「川崎市岡本太郎美術館」との比較
川崎市岡本太郎美術館は、岡本太郎の研究・展示・保存・教育普及活動を基盤とし、一人のアーティスト作品に特化した企常設展・企画展を開催している点が、モロビとの共通点である。岡本太郎美術館の参加するイベントや教育プログラム[18]は、ワークショップなど参加者が作品制作を行うものが目立つため、モロビの対話型イベントや知識を深めるアートイベントの開催は、美術館の機能として特筆すべき点であるといえる。

5 今後の展望・提案
冬季休館があるため、短期間で集客数を伸ばすことが今後も課題である。リピーター増加には、ファンではない来館者を美術館へ足を運ばせるデザインづくりとなるため、現状維持で可能なサービスを以下のように提案する。
①屋内が難しいようであれば、屋外でこどもたちが描いた絵を展示できるスペースを作り、見に来てもらうことで、地元の集客をねらう。
②今、行っているオンラインイベントやマルシェなど、会員特典にすることで、美術館のファンを増やす。
③美術館の営業時間は従来通りとし、庭の解放時間の延長をすることにより、景観、外観の撮影やライトアップの撮影などを鑑賞前後に時間を設けることで、来館者のSNSでの発信を増やし、集客をねらう。

6 まとめ
1人のアーティストに特化した美術館では、集客の難しさがあるが、挑戦をつづけることで、美術館の基本機能を果たしつつ、様々な人々のつなげる役目を果たすことができる。今後も、こどもたちをはじめとする地域住民、そして観光客からも愛着ある施設となるように挑戦をつづけることを期待する。

参考文献

【参考文献・註】
[1]諸橋近代美術館 アクセスマップ https://dali.jp/guide/access.php  (2022年12月14日閲覧)
[2]株式会社清水公夫研究所 http://www.shimizu-archi.com/ (2022年12月14日閲覧)
[3]諸橋近代美術館 コレクション https://dali.jp/collection/ (2023年1月3日閲覧)
[4]猪苗代観光協会 諸橋近代美術館 https://www.bandaisan.or.jp/sight/morohashimuseum/
[5]諸橋近代美術館 サルバドール・ダリとは? https://dali.jp/collection/dali.php#link01 (2023年1月3日閲覧)
[6]諸橋近代美術館所蔵作品  財団法人 諸橋近代美術館 『諸橋近代美術館ギャラリーガイド』
[7]ひげべこの紹介 『ミュージアムグッズのチカラ2』、P.28
[8]ミュージアムカフェ https://dali.jp/shop/cafe.php (2023年1月3日閲覧)
[9]小森ぶどう園 ぶどうジュース komoribudo (2023年1月3日閲覧)
[10]アーティスト COFFEE BOY コーヒーパッケージ https://www.instagram.com/178kz_boy/ (2023年1月3日閲覧)
[11]イベント「お気に入りマルシェ」 https://dali.jp/event-page/8732 (2023年1月3日閲覧)
[12]諸橋近代美術館 過去の展覧会 http://dali.jp/exhibition/archive (2023年1月3日閲覧)
[13]ミュージックカフェ マスターシュ メニュー  https://morohashi-museum.note.jp/n/n500ded62feeb (2023年1月3日閲覧)
[14]ワークショップ モろ美大學  https://dali.jp/event-page/4033 (2023年1月3日閲覧)
[15]モロビのオンライン対話型鑑賞 https://dali.jp/event-page/8104 (2023年1月3日閲覧)
[16]ダリラジオ https://dali.jp/archives/daliradio (2023年1月3日閲覧)
[17]【#モロビで語らう】 https://dali.jp/archives/morobi-dialogue (2023年1月3日閲覧)
[18]岡本太郎美術館 イベント https://www.taromuseum.jp/event.html (2023年1月3日閲覧)


【参考文献】
・財団法人 諸橋近代美術館 『諸橋近代美術館ギャラリーガイド』
・大澤夏美著『ミュージアムグッズのチカラ2』国書刊行会、2022年


【参考URL】
・諸橋近代美術館
 https://dali.jp/ (2023年1月3日閲覧)
・株式会社清水公夫研究所
 http://www.shimizu-archi.com/ (2022年12月14日閲覧)
・諸橋ミュージアムオンラインストア
 https://mshop003.stores.jp/ (2023年1月3日閲覧)
・岡本太郎美術館
 https://www.taromuseum.jp/ (2023年1月3日閲覧)

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