沖縄『アトリエ銘苅ベース』からみる民間小劇場の可能性
1.はじめに
筆者が理事を務める『一般社団法人おきなわ芸術文化の箱』(註1)(以降「文化の箱」)が運営する座席数74席の民間小劇場『アトリエ銘苅ベース』(2)(以降「銘苅ベース」)は沖縄における現代演劇の拠点として県内外に存在感を示している。那覇空港からモノレールで古島駅へ20分。そこから徒歩8分の場所に銘苅ベースはある。コロナ禍前の2019年度は県内外の団体による26作品が上演され、その合間には「高校生演劇サマーキャンプ」、「舞台技術養成講座」などの劇場主催事業も開催された。設備も充実しており照明や音響、叩き場(作業場)、工具、平台といった〝舞台でつかうモノ”が一通り揃っている。2階には劇場利用者に安価で提供する居住空間もあり滞在制作もできる。県内外からの多様なニーズに応え、新しい出会い・創造・発信の場となっている。本稿では銘苅ベースを事例とし民間小劇場の可能性を考察する。
2. 銘苅ベースの基本データときっかけ
所在地:沖縄県那覇市字銘苅203番地(3)
開館:2017年7月
劇場面積:115㎡ 幅8.1m×奥行14.2m×天高3.2m
運営団体:(一社)おきなわ芸術文化の箱
座席数:椅子74席/最大100席(桟敷席込)
2階:レジデンス施設(宿泊2部屋・定員8名)、小稽古場(12畳)
※写真[1]~[5]
2011年、それまで演劇経験のなかった筆者とその弟の安和学治、筆者の中学の同級生で東京での演劇経験が長い当山彰一の3人が中心となり社会人劇団『劇艶おとな団』[6]を旗揚げした。それは30年ぶりに会った中学の同窓会で、筆者が当山に「彰ちゃん、おやじバンドってあるけどさ、オヤジ劇団ってないじゃない。ね、やってみない。」と誘ったことがきっかけである。それから年2回の定期公演を積み重ねつつ2021年に10周年を迎えた。3人以外に集まったメンバーも40歳以上の素人集団であり、かなり無謀な試みではあったが、毎回満席を維持しつつ雑誌新聞等にも取り上げられるようになったことは、当山の人を信じる演出、学治のオリジナル脚本による作品の質もさることながら、メンバーの社会人としての経験と実力が発揮されたものだと分析している。
2015年、劇場を作りたいと当山が発案すると、さっそく県のアーツカウンシルを担う公益財団法人沖縄県文化振興会(4)を訪ねた。そこで出会ったのがプログラムオフィサーの野村政之である。野村は東京のこまばアゴラ劇場(5)で演劇制作の経験を積み全国各地に演劇関連のネットワークを持つ企画制作能力に優れたアドバイザーであった。そこで野村から提案があったのが全国の民間小劇場視察。経営が安定している公共劇場ではなく民間運営の劇場、できるだけ大都市ではなく地方都市でマーケット規模が小さい中で運営されている劇場を回ること。3人は野村のアドバイスに従い、約2年間で50を超える劇場と100人を超える劇場関係者と会って話を聞いた。各劇場はそれぞれ個性的で、設立に至る経緯もさまざまであった。演劇・劇場運営への熱い思いを感じつつ、その裏側の経営面の難しさを知った。その経験が今日の銘苅ベースの劇場運営の基礎となっている。
3. 積極的な評価点
『令和元年度劇場、音楽堂等の活動状況に関する調査報告書』によると全国には2,489の施設がありその内訳は、国公立2,194施設、私立295施設で民間劇場は全体の11%にすぎない。かつ大都市圏に集中しており、地方の民間劇場は各県に数施設しかない。強固な財政基盤を持たず、人口規模も小さい地方都市で、小規模でありながら文化の拠点として成り立っている銘苅ベース。その活発さの原因は大きく3つある。
第一に劇場の家主が文化の箱の理事が経営している不動産会社であること。家賃は「催促なしのある時払い」で改装費等は家主が負担する関係にある。ただし、もともと優良な物件ではなく、劇場開設前の賃料と変わらない収入を家主は得ていることから健全な関係が保たれている。第二に野村政之が代表理事を務める一般社団法人全国小劇場ネットワーク(6)[7]を介した全国の民間劇場や劇団との強固なネットワークがあること。これにより全国の劇場と連携した事業が可能となり、また県外からの公演誘致も機能している。第三に人材である。まず演劇キャリアが長く演出・俳優・音響・照明など舞台をオールラウンドで担える当山彰一の存在が大きい。そして脚本を担当しながら改装等の施工工事もこなす安和学治。経営(会計・財務等)をしつつ助成金申請を担当する安和朝彦。その3人の理事を軸としながら、制作担当の島袋景子は他の団体の制作も請け負うほど信頼が厚い。劇場小屋つき(裏方スタッフ)として宿泊管理も行う新垣七奈は「演劇ユニットたたら」の主宰でもある。この5人が案件ごとにチームを組み事業を行いつつ、各人はそれぞれの団体の主催者として銘苅ベースを借りて公演も行っている。このように緩やかなチーム構成と役割分担、銘苅ベースの利用者でもあるという二面性が銘苅ベースの劇場運営を支えている。
4. 民間劇場経営とは
劇場には公共財としての役割があり、大きく利益を上げることを団体の目的としていない場合が多く銘苅ベースもそうだ。そもそも利益を出すことはかなりハードルが高く、全国の多くの民間劇場は苦労しておりコロナ禍によって閉館した劇場も少なくない。資金は文化芸術・地域貢献へと向けながら利益も同時に追求する。もし、資金が尽きれば倒産の憂き目にあうからだ。資金力の豊富な親会社やパトロンがいれば別だが、多くの民間劇場は観客や芸術文化関係者によって支えられている。
5. 今後の展望について
銘苅ベースではコロナ禍における様々な助成金を活用して貸館事業が大幅に縮小する中、主催事業でなんとか収入を維持することで人材が育成された。2021年秋にオープンした「那覇文化芸術劇場なはーと」(7)の開館に合わせた「うむいのプロジェクト」や、2022年5月の沖縄復帰50年に合わせた「沖縄・復帰50年現代演劇集inなはーと」では那覇市との共催事業も担った。コロナ後にむけた経営基盤は整いつつある。しかし、主体である銘苅ベースの稼働はまだ少なく課題は多い。重要なことは劇場のファンを育てることだ。コロナ禍前は毎年開催していた地域住民が主役の『新春シャンシャンショー』、地域市民劇公演、高校演劇優秀校公演、全国の6劇場が連携した劇場支援会員制度など様々な施策を打ち出しているが、十分な劇場ファンを醸成する段階には至っていない。マーケットが小さいというそもそも論は常について回るが、開館から5年の間に徐々に成果は出ており、継続しつつ新たな手法を繰り出していくほかない。一時的に助成金に支えられて生き延びるのではなく、芸術文化を扱うのだから利益は出なくていいではなく、拡大再生産による観客の創造、事業機会の創出が必要である。
6. まとめ
平田オリザは著書『演劇入門』でこう述べている。“ 民主政治、市民社会とは、コンテクストの共有を急がず緩やかに行っていく社会である。そこでは、対話が不可欠な要素となる。ギリシャで生まれた「演劇」あるいは「哲学」は、この「対話」の訓練であり、シュミュレーションに他ならない ”と。劇場の役割はまさにそれである。劇場では異なるジャンル、様々なコンテクストの演目が舞台化される。地域住民を巻き込んだイベントや講座等もある。参加者は社会的にはそれぞれの組織や地位や役割があり、それぞれのコンテクストがある。それが劇場で出会い、創作活動を行い、意見交換を行い、たまにはお酒も飲み[8]交わす。文化芸術を通じて対話が生まれ、より良い地域社会を醸成する基盤になることに劇場の意義がある。
- [写真1]銘苅ベース外観:見た目は倉庫。2017年に貸事務所をセルフリノベーションして劇場へ。(2022年4月12日筆者撮影)
- [写真2]銘苅ベース舞台:劇艶おとな団第19公演の舞台セット(2021年11月11日筆者撮影)
- [写真3]銘苅ベース客席:新型コロナウイルス感染防止対策で客席を3分の1にした状態。(2021年11月11日筆者撮影)
- [写真4]銘苅ベースロビー:右側壁は過去のおとな公演チラシ、左側壁は県内外の公演チラシ。奥は受付。(2021年11月11日筆者撮影)
- [写真5]左上:2階レジデンス1、右上:2階レジデンス2兼小稽古場、左下:2階キッチン兼会議室、右下:叩き場(作業場)。(2022年4月14日筆者撮影)
- [写真6]劇艶おとな団旗揚げ公演、ちなみに著者は一番右端。(おとな団提供、2011年6月25日撮影)
- [写真8]横浜から滞在制作に訪れたアーティストと銘苅ベースロビーにて懇親会。(2022年4月12日筆者撮影)
参考文献
【註】
(1)一般社団法人おきなわ芸術文化の箱(2022/06/14閲覧) http://oact.otonadan.com/oact/
(2)アトリエ銘苅ベース(2022/06/10閲覧) https://www.m-base.okinawa/
(3)那覇市字銘苅203番地( Google Map 2022年6月14日閲覧) https://goo.gl/maps/aqqFjV719eJUb8a46
(4)公益財団法人沖縄県文化振興会(2022/06/12閲覧) https://www.okicul-pr.jp/
(5)こまばアゴラ劇場(2022/06/13閲覧) ttp://www.komaba-agora.com/
(6)一般社団法人全国小劇場ネットワーク(2022/06/14閲覧) https://shogekijo-network.jp/
(7)那覇文化芸術劇場なはーと(2022/06/10閲覧) https://www.nahart.jp/
【参考文献】
『令和元年度 劇場、音楽堂等の活動状況に関する調査報告書』、公益社団法人全国公立文化施設協会、2020年
『シアターガイド2018年3月号』P135~137「つながるその先へ全国小劇場ネットワーク会議 野村政之×安和朝彦」、モーニングデスク、2018年
平田オリザ『演劇入門』、講談社、1998年
米屋尚子『演劇は仕事になるのか?』、彩流社、2011年
『オキナワグラフ2022年4月号』P7~P32「劇場へ行こう!現代演劇という文化」、新星出版、2022年
【人物索引】
野村政之:(一財)長野県文化振興事業団アーツカウンシル推進室ゼネラルコーディネーター/演劇制作者/ドラマトゥルク/全国小劇場ネットワーク(代表)/舞台芸術制作者オープンネットワーク理事