短冊状農地とたからみち‐首都東京に残る、開拓の痕跡‐

新井 伸次郎

はじめに
日本の首都である東京都には、ビルが立ち並ぶ街並みだけでなく、住宅のすぐ隣に農地が並ぶ街並みも存在している。都市に存在する農地は、新鮮な農産物を供給する場だけでなく、防災の空間として、また都市の貴重な緑地空間などの機能を有している。このような多様な機能をもつ都市農地から、東京小平の地に江戸時代に造られた短冊状農地と、その農地をつなぐように存在するたからみちと呼ばれる農道について調査し、今後の展望について考察を行う。

基本データと歴史的背景
本事例がある東京都小平市は、都心部から電車で約30分のところに位置し、低層な住宅と、緑・農地が混在する都心部のベッドタウンとなっている。2022年7月現在、195,830人の人口を有するまちであるが、小平開拓のきっかけは、江戸時代、江戸のまちの飲み水を確保するため、多摩川から引いた玉川上水と、その玉川上水から分岐した野火止用水の開発である。徳川幕府により開発が進んだ江戸のまちは、人口増加に伴い水不足が発生し、1653年玉川上水の開発が始められた。総奉行は、老中松平伊豆守信綱が務め、工事開始からわずか8か月で、羽村取水口から四谷大木戸までの素掘りによる水路を完成させた。翌年には、江戸城への給水も行われた。
川越藩藩主であった松平伊豆守信綱は、玉川上水完成の功績により、玉川上水から自領へ分水が認められた。当時川越は、井戸や涌水もなく、飲み水にも苦労するような状態であった。そこで信綱は、玉川上水を完成させた安松金右衛門らに命じ、玉川上水から分岐させ新河岸川までの6里(約23キロメートル)を掘り通した。これが野火止用水である。
玉川上水と野火止用水の開通から、小平開発が始まる。それまで水が乏しく、人が住むのは難しい地域であったが、玉川上水と野火止用水、さらにそこから分岐した小川用水により、新田開発が行われた(資料1)。新田は、北を流れる野火止用水と南を流れる玉川上水から、その間を通る青梅街道に向かい南北に細長い形状に形成された(資料2)。これが短冊状農地と呼ばれており、武蔵野台地上の東京と埼玉辺りの地域で多く見られる(資料3、4)。小平の土地の形状としては、青梅街道を間口として1軒分の幅が10~15間に区切られている。青梅街道沿いに母屋を建て、北側は野火止用水まで、南側は玉川上水までの長細い畑の形状となっている。その短冊状農地に横串を指すように作られているのが、人が通れる程度の農道、たからみちである(資料5、6)。たからみちは、冬は竹やぶなどが防風となり冷たい北風をさえぎることができるため、暖かであったとされる。それが、宝のようにいいところという意味で「たからみち」という説があるとされている。また別の説では、竹原(たかはら)が縮(ちぢ)まって「たから」というものもあるということである。

評価される特徴と類似比較
評価される点としては、次の3点を挙げることができる。1点目は、江戸時代から現在まで残る歴史的な側面である。小平開拓の証であり、その後現在まで人口増加が続いているこのまちは本開発により始まったのである。また、江戸時代の土地の区割りが現在も残っており、当時の生活様式を伝える歴史的な遺産ということもできる。2点目は、景観や防災といった空地的な側面である。住宅地だけでは存在しえない貴重なオープンスペースは、人々の目や心を癒す景観や、災害時の避難場所や延焼遮断帯としての役割を有する。また、東京という都市にあり、緑と都市の双方を有する貴重な役割を担っている。3点目は、新鮮な農産物の供給の場としての側面である。住民の目が行き届く場での栽培であり、新鮮さはもちろんのこと身近に住む人たちが生産を行うことから安心も一緒に手にすることができる。実際に農地の幾つかには直売所が併設され、地域の人たちの農産物購入の貴重な場となっている。
同様の事例としては、棚田を挙げることができる。棚田は水田であり、本稿の畑との違いはあるが、どちらも日本の農地として歴史的にも珍しいものである。棚田は、急な傾斜地を耕して階段状に作った田のことである。米や野菜などの生産地としての役割のみならず、雨水を貯留し、土砂崩れなどの災害を防ぐ役割も有している。また、美しい景観は、観光スポットになるなど多くの人を魅了している。元々が急斜面に作られていることもり、耕作者の負担は相当に大きい割に平地と比較し生産性が低いなど、不利な条件が多い。このようなことから、現状、日本の多くの棚田では、高齢化や社会構造の変化によって耕作を続けていくことが難しくなっている。棚田のある場所が、山間部など町から遠い場所であることも、原因であると考えられる。
棚田との比較から、本稿の特質すべき点としては、畑と居住地の近接を挙げることができる。農地と住居の近接は、耕作者の負担を少なくし、耕作放棄などの問題発生の可能性が少なくなる。また、棚田と災害時の役割自体は異なるが、本稿の事例では、災害時の避難場所や延焼遮断帯となるなど、近接した居住地ならではの役割がある。さらに、多くの人が求める自然の風景については、棚田は景観を見にわざわざ足を運ぶ必要があるが、居住地のすぐ近くで緑や広い農地を目にすることができる。

今後の展望
短冊状農地とたからみちの現状について整理を行う。開発当時の区割りは、資料1のとおりであり、規則的に整然と並んでいることが分かる。現状は、資料7の航空写真から、農地であっても宅地化されていたとしても開発当時の区割りを見ることができる。しかし、農地として残っている部分は、相当少なくなっていることが分かる。小平市都市計画マスタープランには、「農地は、農産物の生産の場のみならず、緑地としての機能や災害時のオープンスペース、農業体験や環境学習の場としての役割などさまざまな機能を有しているため、市街地内の貴重なみどりの空間として、農業振興施策と連携を図りながら適切な保全に向けた検討を進める。」との記載がされている。
次に、本事例の課題について整理を行う。短冊状農地は、相続などにより宅地化が進み、景観を後世に継承することができなくなっている。前述マスタープランには、農地としての位置づけの記載があるだけであり、景観の観点は含まれていない。また、短冊状農地は農地として位置づけられているが、たからみちに関しては、名前の由来の記載があるだけである。
次に、本事例の望ましい姿について整理を行う。望ましい姿としては、歴史的な景観であり、過去の姿のまま残すことである。また、地域住民等に歴史的な経緯を含めて広く知ってもらうことも必要である。さらに、農地が存在することは当たり前のものではなく、貴重であり奇跡的なものとの認識が広まることが理想である。
これらのことを踏まえ、望ましい姿の追求に向けた取り組みを整理する。まず、農地は個人の所有者がいることから、その保全には多額の費用が必要となる。その費用の捻出としては、観光地化し体験型農地として体験料を徴収することや、現代の技術を使いバーチャル化し当時の姿を見せ体験できる設備の開発により収入を得るということも考えられる。また、景観としての位置づけにより、国や都の財政的な支援を得ることや、農地を農地のまま、営農したい人へ譲り渡すことも考えられる。さらに、より現実的にすぐ取り組めることとしては、本事例を広めるために、キャッチフレーズや、目を引く風景をSNS等で配信するという取り組みも考えられる。

まとめ
このように、短冊状農地とたからみちは、相続などの制度が変わらなければ無くなるのを待つしかない。本事例を、どれほどの人が課題と考えているか分からないが、発生の経緯や歴史的な時間は事実であり、その部分は誰が見ても納得するのではないだろうか。まずは、それらを広く周知することが必要である。最終的な望ましい姿は、短冊状農地とたからみちの保全であるが、その前段としては貴重な景観としてSNSなどでの発信を行うことは可能である。正しい歴史認識のうえに成り立つ、貴重な景観、またその景観から採れる貴重な農産物を食すことで、居住地に近接し存在することがいかに奇跡的なことであるかの認識が広がるはずである。そこから、これまででは想像もつかないような解決案が生まれる可能性だってあるのではないだろうか。

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    https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/ImageView/1321105100/1321105100200020/13/ 2022年7月11日 アクセス
    「小川村地割図」出典[小平市立図書館]こだいらデジタルアーカイブ 原所蔵者(小平市中央図書館)
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    「小川村地割図」出典[小平市立図書館]こだいらデジタルアーカイブ 原所蔵者(小平市中央図書館)
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参考文献

小平市の人口
https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/053/053403.html 2022年7月11日アクセス

東京都水道局
https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/kouhou/pr/tamagawa/rekishi.html 2022年7月11日アクセス

東京都環境局
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/nature/natural_environment/tokyo/area/01_nobidome.html 2022年7月11日アクセス

小平市 玉川上水の歴史
https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/006/006180.html 2022年7月11日アクセス

小平市 都市計画マスタープラン
https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/files/54947/054947/att_0000005.pdf 2022年7月11日アクセス

農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/taishaku/tosi_taisyaku.html 2022年7月11日アクセス

上越市
https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/tyuusannkannnougyou/tanada.html 2022年7月11日アクセス

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