中野駅周辺の多様な景観を生み出す地域住民の主体性と権力の均衡状態

田尻 健二

1. 目的

近年世界中の都市の均質化が指摘される中、その影響を逃れていると考えられる中野駅周辺の景観とそれを可能としている要因について、一区民としての当事者感覚も活かしつつ考察する。

2. 沿革

中野駅は東京都の中野区に位置するJR東日本・JR貨物の中央本線と東京メトロの東西線が乗り入れる駅である。開業は1889年で現在は両路線を合わせて2017年時点で1日約30万人が利用している。また同駅の北側には1966年に営業を開始した商業住宅複合ビルの中野ブロードウェイが立地し、中野サンプラザと共に中野駅周辺のランドマークの1つとなっている。
この中野ブロードウェイには、当初は様々な業種の店舗が入居していたが、1980年に漫画専門古書店『まんだらけ』の開店を契機に様々なジャンルのマニア向けの店舗が『まんだらけ』に呼応するように集まり出し、現在は3F、4Fを中心にかなりのシェアを占めるようになっている(写真1)。このため中野ブロードウェイはいつしか池袋の乙女ロードと共に秋葉原に次ぐ第2の「サブカルの聖地」あるいは「オタクの聖地」と呼ばれるようになり、またその中野ブロードウェイが立地する中野駅周辺も同様のイメージを持たれるようになって来ている。

3. 多様な景観が存在する中野駅周辺の街並み

しかしその中野ブロードウェイもサブカルチャー色が強いのは一部のフロアのみで、今回の研究のために久し振りに足を運ぶと高級感の漂う内装を施したブランド品を買い取る質屋や時計店、そしてアート作品を展示するギャラリーが新しくオープンするなど、他業種の店舗がせめぎ合うカオスのような空間との印象を受けた。
また中野ブロードウェイから一歩外へ出てると、サブカルチャーとは無縁の多様な街並みが広がっていることが分かる。中野ブロードウェイの北側にはオフィスビルや高層マンションが立ち並び(写真2)、同じく東側には個人経営の店がひしめく飲食店街がある(写真3)。さらにそのすぐ東側には低層階の住宅街が広がっている(写真4)。また駅の南側には中野マルイをはじめとした商業施設が立ち並び(写真5)、そこから東へしばらく進むと図書館やホールなどを備えた文化施設の「なかのZERO」があり(写真6)、その向かいには都内には珍しい大型ホームセンターもある(写真7)。さらに2013年に明治大学と帝京平成大学が新キャンパスを建設するなどして現在は駅の半径1km圏内に短期大学を含めて8つの大学のキャンパスが存在し学術都市の性格も生まれ始めている。
このように少し歩くだけでも風景が様変わりするほど多様な景観が存在するのが中野駅周辺の街並みの特徴と言える。

4-1. 異なる価値観やニーズを有する人々の間の力の均衡状態

この中野駅周辺の多様な景観を生み出していると考えられる要因の一つが、異なる価値観やニーズを有する人々が集まり、なおかつそれらの人々が持つ権力にそれほど大きな差がないことである。
例えばもし大手デベロッパーが絶大な権力を有し自治体と組んで経済効果最優先の大規模な再開発などを行えば、恐らく他の街と区別がつかないような均質化された街並みになってしまっていたであろうし、またもしサブカルチャーの賑わいを当てにして次々と同種の店舗がオープンしていけば、やがては秋葉原のような街になっていたであろう。しかしそうはならずに上述のサブカルチャー色の強い商業住宅複合ビル、高層のオフィスビルやマンション、個人宅やアパート、個人経営の飲食店街、百貨店を有する商店街、文化施設、教育施設などの異なる形態が今もそこそこの規模で共存しているのは、異なる価値観やニーズを有する人々の間にある程度でも力の均衡状態が保たれているからなのではないかと考えられる。

4-2. 地域住民の街づくりへの関心の高さと愛着の強さ

多様な景観を生み出していると考えられる要因のもう一つは、地域住民の街づくりへの関心の高さと愛着の強さである。そのことを示す事例として前区長の田中大輔の行政に対する地域住民の反発が挙げることができる。
中野区は23区の中でも緑地面積の比率が非常に低い区であるが、田中はその限られた緑地をさらに減らすような政策を行ったため、たびたび地域住民から大規模な抗議運動が生じた。その例が平和の森公園における大規模な樹木の伐採と哲学堂公園のテーマパーク化である。両事例はTBSテレビ「噂の!東京マガジン」などのマスメディアでも取り上げられている。特に後者の哲学堂公園に関しては1904年開園と100年以上の歴史を誇り、また自然豊かな独特の風情が愛されても来たため、その景観が様変わりしまうことへの抵抗、つまり愛着の要素も関連した事例であると考えられる。
またその地域住民の愛着の強さを示すもう一つの事例としてマルイ中野店の営業継続を挙げることができる。マルイ中野店は業績不振から2007年に閉店し、跡地には本社の関連施設を建設する計画であった。しかし地域住民の陳情を受けたため計画を見直し、本社機能と店舗とを併設する形で2011年に再オープンしている。
これらに加えて2019年の中野区長選挙では中野サンプラザの取り扱いが大きな争点となったが、それを解体して跡地に1万人規模のアリーナを建設することを表明した前区長の田中に対して、対立候補の酒井直人はその計画を全面的に見直すことを公約に掲げ、結果酒井が当選したことも中野区民の中野サンプラザへの強い愛着を示す事例と考えられる。

5. 街づくりは専門家に任せることが得策とは限らない

近年、過疎化が進んだり活気が失われた街を再活性化する専門家の活動や芸術祭をその典型とするアートによる街おこしが注目され、その成功例がメディアで盛んに紹介されるようになって来ている。またその影響からか、その道の専門家に街の未来を託すべく依頼が殺到しているとも聞く。
こうした風潮のベースには「効果的な街づくりは素人には到底無理なのだから、そのノウハウを知り尽くした専門家に任せるべき」との信念があるように思える。だからこそ街おこしの専門家に対して救世主であるかのような期待を寄せ依頼が殺到しているだと考えられる。
しかしこれまで考察して来た中野駅周辺の街並みに見られる多様な景観の共存が示唆しているのは、街づくりについて特別専門的な知識を有してはいないかもしれない地域の人々が自分たちの住む街のあり方に関心を寄せ時にアクションを起こすことで、少なくても無個性な街になってしまうことは避けられている点である。
冒頭で述べた世界規模で広がる都市の均質化は、地域住民に街づくりを任せた結果ではなく専門家と目されている人々による計画的な街づくりによってもたらされたものであることを忘れてはならない。

6. まとめ

多くの自治体は居住にせよ観光にせよ、あるいは就業にせよ、人を集めることやそれに伴う経済効果を重視し過ぎてはいないだろうか。しかしそのような政策は得てして決められたパイを奪い合う終わりなきゼロサムゲームとなりかねない。
それに対して住民の反対もあり、そのような政策が思うように進まない中野区は、それでも人口密度は2017年時点で23区の中で豊島区、荒川区に次いで高く、また財政収支も最近の10年間は黒字を維持している。
以上の考察から区役所が存在する中野駅周辺に多様な景観が存在し、かつ区全体の財政基盤も健全な中野区は、地域住民が街づくりに主体的に参加することの意義を示す貴重なケースと考えられる。

  • 添付画像(写真1~7)すべて 非掲載

参考文献

ウェブページ:
https://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=1104
https://www.tokyometro.jp/station/nakano/
https://www.jreast.co.jp/passenger/index.html
http://www.nbw.jp/html/about.html#!ja
https://www.navitime.co.jp/around/category/poi?node=00020898&category=0504004
http://www.0101maruigroup.co.jp/pdf/settlement/08_0317/08_0317_1.pdf
http://www.toukei.metro.tokyo.jp/juukiy/jy-index.htm
http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/156500/d004407_d/fil/H29_zaiseihakusyogaiyou.pdf
出典URL いずれも2019年1月28日閲覧

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