さいたま市大宮盆栽美術館 文化資産評価報告書 ~「普及事業」を中心として~

野中 邦彦

1.はじめに                       

 埼玉県さいたま市の北部に、通称「盆栽村」(正式地名はさいたま市北区盆栽町)といわれる地域がある。そこは、1923年の関東大震災で被災した東京府本郷や新明町の盆栽園が、新天地を求めて集団移住した地域で、“開村”95年余を迎えている。

2.さいたま市大宮盆栽美術館の概要
 
 そうした歴史を持つこの地に、2010年、旧髙木盆栽美術館からの盆栽や浮世絵等、523点の所蔵品の譲渡を契機として、「さいたま市大宮盆栽美術館」(以下「盆美」という。)が開館した。
 大隈重信や三菱財閥の岩崎家、鉄道王と言われた根津嘉一郎が所蔵した盆栽の名品など、2019年度末で盆栽126点、盆器342点、水石69点、絵画資料174点等、合わせて843点を所蔵している。

(1)所蔵品の展示 

 所蔵コレクションの展示は、屋内の「コレクションギャラリー」と、屋外の「盆栽庭園」で主に行われている。
 屋内の「プロローグ」では、盆栽文化に関する歴史解説や盆器、浮世絵などの展示。続く「ギャラリー」では盆栽が5席。次の「座敷飾り」では、「真」「行」「草」の格式に分けた3席の盆栽が、それぞれ週替わりで展示されている。
 そして屋外に出ると、回遊式の「盆栽庭園」が広がり、60席の盆栽が常設展示されている。(別添1、①~④参照)                                   

(2)文化活動の実績

 2019年度の様々な文化活動の概要は、次の通りである。

 「企画展示・特別展示」分野では、「山水涼景~盛夏の水石展」や「海を越えた盆栽家 吉村酉二 ニューヨーク、1958」などの展示を11回を開催し、64,375人が観覧している。(別添1、⑤参照)
 また、「調査研究」分野では、執筆や寄稿、講師活動を行っており、「浮世絵は語る」をテーマとして季刊『にっぽんの伝統園藝』への連載や、東洋美術学校での「博物館展示論特別講義」など、16件の活動を行っている。              
 そして特筆すべきは、多くの参加者を得ている「普及事業」分野である。
 別添2は、開館から2018年度までの、2年ごとの「普及事業」の推移である。開館当初は5事業、参加者が843人に過ぎなかった「普及事業」は、2018年度には23事業にまで拡大され、参加者は13,000人余に上っている。
                             
3.「普及事業」のあらまし

 「普及事業」は、「定例講座」「特別講座」「学校連携」「イベント」「館外イベント出展事業(アウトリーチ活動)」で構成されており、2019年度の主な事業の概要と事業実績は次の通りである。(別添1、⑥~⑪参照)

(1)定例講座

ア.盆栽ワークショップ
 本講座は、盆栽の魅力を多くの方に知ってもらい、愛好者の増加や普及につなげることを目的とし、主に初心者向けに開催している。
 毎月一回、真柏や椿などの異なる植物を題材にして、季節感のある盆栽を仕立てている。素材となる苗木の正面や見どころを探し、剪定や植え替え、水遣りまでのすべての工程を体験できる。
 講師は大宮盆栽協同組合(以下「組合」という。)から招聘。盆美ボランティアも補助で参加し、受講者は312人である。

イ.子ども向けワークショップ
 本講座は、特に小・中学生と保護者向けに、桜の盆栽や松竹梅の寄せ植えづくりなど、一年を通じて開催している。
 なお、盆栽づくりが一回限りにならないよう、オリジナルの「育て方冊子」を配布し、継続して盆栽を育てる「盆栽ファンづくり」をめざしている。
 外部講師と指導員が講師となり9回開催され、受講者は180人である。

ウ.盆栽相談デー
 「大人向け」及び「子ども向け」のワークショップで作られた盆栽の、「アフターケア」のためのアドバイスを行っている。
 盆美の盆栽技師と日本盆栽協会公認インストラクターが講師となり、年に11回開催しており、参加者は250人である。

(2)特別講座

ア.ゴールデンウイーク特別盆栽実技
 5月の連休中に、初心者や盆栽愛好家を対象にプロが盆栽の仕立てなど3種類の実技を実演するもので、参加者は230人である。
 
イ.夏休み子どもワークショップ
 小・中学生を対象に、盆栽を身近に感じてもらうため行っている。
 「盆器を使った貯金箱づくり」や現役新聞記者の指導による「盆栽新聞」の発行、「苔玉づくり」など、夏休み中に34回開催され、参加者は1,085人である。

(3)学校連携

 次世代を担う若年層への盆栽文化の普及と学習活動の支援のため、学校との連携にも力を入れている。

ア.小学校との連携
 市内小学生の校外学習の場として、盆美で専用バスをチャーターして館内見学を行っている。見学では、各クラスにボランティアガイドが付き添い、盆栽の見方や水遣りなどの体験学習を行っており、参加校は18校、参加者は1,617人である。
 また、小学校一校の「総合学習」の時間に学芸員等を派遣し、盆栽づくり体験や盆栽文化の授業も行っており、参加者は60人である。

イ.中学校・高等学校との連携授業
 中学校一校では、学芸員の指導で「“盆栽”をキーワードにさいたま市をプレゼンする資料」をテーマに、生徒が日・英語によるワークシートを作成して館内に掲示しており、参加者は258人である。
 県立高校一校では、「美術総合」の時間に盆栽を通して日本文化を学ぶ授業を行い、「自分が学芸員だったら」をテーマに「企画書」と盆栽を作成して館内に展示しており、参加者は23人である。

(4)イベント

 地域の市民や一般の方を対象に、より盆美に親しんでもらえるよう、様々なイベントを行っている。
 前年度の連携授業に参加した児童の盆栽を5月の「大盆栽祭り」期間に館内に展示する「小学生盆栽作品展」や、地域商店会と連携した「盆美カフェ」でのおもてなし。ゆかたの着用で観覧料を無料にする「ゆかた de 盆美」や「盆美茶会」などを開催し、参加者はのべ777人である。
  
4.「普及事業」活動への評価

 盆栽文化の普及と浸透を図るため、初心者から経験者、一般市民までを対象とした幅広いメニューを展開している。
 初心者でも手軽に盆栽文化に触れられるよう、ワークショップでは必要な用具は貸与され、苗木や用土、器などは“セット化”して提供するなど、様々な配慮がなされている。
 また、材料費は実費相当額を徴収している。その結果、参加者は目的意識を持って参加し、さらに、赤字運営などの議会等からの批判に対抗できる、事業の継続性も担保されている。
 さらに、盆栽経験者の高い要望にも応えられるよう、地域の盆栽園からプロの盆栽師を招聘するなど、質の高い講座を行っている。
 そして、何より評価されるのは、正規の学校教育の場でも取り上げられ、盆栽が継承すべき「地域文化」であるという認識を、広く市民意識のなかに醸成したことである。

5.類似施設との相違点について

 盆美と類似する施設として、国営「盆栽苑」が東京都立川市の国設昭和記念公園にあり、民間では、東京都江戸川区に「春花園盆栽美術館」が開設されている。しかし、両者とも運営の基本を「盆栽展示施設」に置いている。
 一方盆美は、盆栽だけではなく、盆器や絵画資料などの盆栽文化に関連する資料も含めて、収集・保存・展示・研究することを設置目的として活動している。
 また、長期的な視点での教育・普及活動を行っており、他の類似施設とは異なる独自性を備えている。       
                               
6.「今後の展望」

 新型コロナ感染の終息が見込めないなか、様々な公的文化活動は縮小や休止を余儀なくされている。ワークショップなどの「普及事業」も、従来の手法では実施が困難となっている。
 そのため、受講生と盆美を双方向で結ぶサービスやライブ配信など、SNSを通じた恒常的な情報発信体制を整えるため、現在、職員手作りでスタジオづくりが進められている。(別添1、⑫参照)(注;WEB公開では削除)
 これらと併せ、盆栽づくりに必要な材料を“キット化”して宅配する「通信講座」の開設など、盆栽文化の灯と市民の理解を絶やさないための、“今までにない手法”の導入が必要であると考えられる。

7.おわりに

 盆栽には、樹齢が500年を超えるものも珍しくない。これは、先人たちが単に所有するだけでなく、「生き物」を芸術品として育て、次の世代に承継してきた歴史を示すものである。
 一部の愛好家や民間の盆栽園ではできない「公共」だからこそできる文化承継の役割と、それを支える市民ファンの育成を、今後も盆美に期待するものである。

 なお、本報告書の作成にあたり、盆美副館長の栗澤正司氏より「年報」をはじめとする様々な情報提供を受けた。

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    (各図の出典は末尾に記載)
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    (各図の出典は末尾に記載)
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    (筆者作成)
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    (筆者作成)

参考文献

青木義脩著『さいたま市 地名の由来ー地名からわかること』、幹書房、2013年
大宮市長 馬橋隆二編『大宮市史 第四巻 近代編』、大宮市役所、1982年
依田徹著『盆栽の誕生』、大修館書店、2014年

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