「小江戸」川越市の時間・空間のデザインに学ぶ新旧融合の教訓

水町 亮介

はじめに
テーマは、社会人として感じる、人や物事に関する新旧融合の難しさに端を発する。特に今日、組織に根付かない若者が増えている。彼らは収入よりも自分の時間を豊かに過ごすことに興味を持ち[註1]、組織要求と従業員の価値観の吻合は困難を伴う。
そうした中、新旧融合の好例として、「小江戸」川越市の街並みが興味を引く。江戸幕府が倒れて150年以上を経た現在も若者が着物で散策する姿が目立ち、外国人も多い。
そこで、「その街並みは、なぜ現在でも若者を魅了し続けるのか。」という問いのもと、小江戸の時間・空間のデザインと今後の展望について考察を行い、新旧融合に資する教訓を導き、文化資産としての街並みの価値を評価するものである。

1 基本データと歴史的背景
⑴川越市基本データ(2021.4.1現在)
人口  35.3万人
世帯数 16.3万世帯
面積  109.13㎢
市制開始 1922年(大正11年)
都市機能 近郊農業、流通業、商工業、観光業など
主な学校数 小学校33校、中学校26校、高校15校、大学4校、専門学校6校
⑵市の歴史[註2]
1457年、太田道真・道灌父子が河越城を建造し、のちの川越藩主は徳川幕府の大老や老中など重臣が担った。1638年1月の大火後、1639年に松平信綱が城と城下町を整備し川越城を完成させた。なお、蔵造りの流行は、1893年の大火で蔵造りの大沢家住宅が焼けずに残ったことを契機とする。
街並みは埼玉県で唯一、重要伝統的建築物群保存地区に指定され、江戸~昭和の建造物が残る。徳川家康・家光と関係の深い喜多院、縁結びの川越氷川神社や、北条時頼建立の最明寺など人気のある寺社も多い。都心から30kmに位置するベッドタウンで、充実した都市機能を有する。岡山県倉敷市、福島県喜多方市と共に「日本三大蔵の街」と称されている。2022年で市制100周年を迎える。

2 積極的に評価できる点
⑴時間のデザイン
ア 観光案内
川越・本川越駅の観光案内所は県内唯一の「カテゴリーⅡ[註3]」の格付け。常時英語などで広域旅行案内に対応するほか、スタッフの対応力の高さから一般市民と自治体の懸け橋としてもプレゼンスを発揮している。
初めての来訪でも時間を有効活用できるよう、観光客のニーズに合わせた各種マップが充実し、要所を効率よく散策するルートも掲載。優しい絵の多用など幅広い層の支持を得る工夫のほか、複数言語[註4]でも展開する。
イ 未来への誘い
市の企画として、転入者歓迎施設めぐりバスツアーや、家族や親しい人と川越への理解を深めながら着物で散策する「なぞとき縁結び 川越はつ恋物語」が開催されている。後者については、多いときには1日数十組の挑戦者で賑わうという。
また、2組の夫婦祭神[註5]を奉る川越氷川神社は、2014年から「縁むすび風鈴[註6]」、2017年から「恋あかり[註7]」などで古来の由緒を現代に伝えている。さらに、初宮詣・七五三・神前挙式など人生儀礼の神事のあとの直会[註8]を行う「直会殿」を擁し、参拝者に将来の幸せな姿を想像させる。
⑵空間のデザイン
ア 伝統的建造物
中心市街地には和洋が入り乱れた様々な時代の建築物が一堂に会し、非日常を感じさせる街並みが広がる。商業が活発で、前述の大沢家住宅(重要文化財)は民芸品店でもあり、街の顔として存在感を放っている。
イ デジタル~現実の懸け橋
コレクション性の高いフリーペーパー「コエドノコト」で、毎号川越の見どころが紹介されている。サイズはスマートフォン大で、デジタル世代への普及を狙う。同名のスマートフォンアプリは自治体の投稿とも連携し、一元的な情報媒体として機能する。なお、これらを手掛ける株式会社櫻井印刷所は、「kawagoe premium」で「フリーペーパー大賞2016」を受賞し、YOUTUBEチャンネルでもコアな見どころに肉迫している。
SNSの利用も積極的で、「インスタ映え」する企画で流行を仕掛ける。例えば、一部の寺社の手水が、新型コロナウイルス感染症対策のため、観賞用の「花手水」として生まれ変わり、人気を博している。現在は最明寺のような寺社のほかに、30以上の店舗なども旬の花々を添え、愛好家を魅了している。

3 同様の事例と比較して特筆されること
⑴集客力
観光客数が横ばいで推移する他の蔵の街と比べると、川越市は順調に客数を伸ばし、新型コロナウイルス流行前には年間700万人以上に上り、街に活気を感じる。約6~7年前から着物姿の若者が急増しているといい、市の観光アンケート調査の回答者年齢の内訳も年度を重ねるごとに若年化している。
外国人観光客の伸びは倍加が著しく、台湾を中心にリピーターが多い[註9]。
⑵適応力
古い街並みの景観を観光資源とする一方、新しい技術や感覚を柔軟に取り入れ、様々な媒体・コンテンツを有する。現状に満足せず、更なるインパクトを探求中である。
⑶若手・若者の育成
空き家等の貸し借りや経営指導・独立開業を支援する「チャレンジショップ[註10]」が展開されている。二十歳代の出店も見られる。
ほかに、ふるさと納税に興味深い特徴[註11]がみられ、「大学奨学金基金に積み立てて活用」が抜きんでた寄付単価となっている。

4 市が抱える課題
⑴蔵の維持管理
多大な費用を要するため、民間力が共同で買い取り・運営するなど新たなケースでの維持発展を模索する。クラウドファンディングの活用例も見られる。
⑵国際化
外国人観光客・住民が増加傾向にあり、国際化に対応する人材の確保育成と制度作りが必要である。
⑶中心街と周辺地域の発展
今後30年を見据えた立地適正化計画[註12]で街の機能を東武東上線各駅の周辺に集約化の見込み。駅を中心として発展を目指す。
⑷観光客と地域住民への影響
観光客が車両道路に溢れ、地域住民の生活に支障がある。自治体による社会実験も踏まえつつ、対策検討中である。
⑸住民数の確保など
住民数は大きな減少に転ずることなく推移しているが[註13]、2028年(令和10)年を境に減少に転ずる見込みである。新旧住民間のシビックプライドの差も極限したいところである。

5 新旧融合のための今後の展望
川越市の強み・弱みと外的な機会・課題を整理すると[註14]、例として以下のような展望が期待できる。
⑴教育に継続投資
市内学生に観光資源に関する教育・アピールを行う。また、社会人・転入住民に対しても普及を図る。転入住民には役所でクーポンなどを配布すれば、口コミ促進も期待できる。
⑵交通支援
住民補助やふるさと納税の返礼品を拡充し、通勤電車の座席指定、川越観光フリーパス贈呈などを行い、転入・旅行のインセンティブを強化する。
⑶空き家・店舗の活用とシビックプライドの醸成
ア 空き家・店舗で転入者・外国人のウェルカムイベントを行う。年齢層により恋愛要素を絡めても良い。
イ 市内で結婚式・生活を始める夫婦による抽選会や、起業家・大学生向け懸賞論文などの景品として、空き家をプレゼントする。
ウ 景観の維持に関して、ガバメントクラウドファンディングを積極的に行う。
⑷訪れて欲しい世代によるコンテンツ作り
学生のアルバイトなどで川越を紹介し、よりニッチな需要と表現を発掘する。特にSNSのインパクトの改善には期待できる。

6 新旧融合の教訓と評価
川越市には若者や新しい物事を大切にする精神が備わっている。その空間、つまり伝統的な景観には、人の様々な営みを柔軟に受け入れる魅力がある。翻って、それが若者の自己実現や結婚などの未来に直結し、希望を見せようとしている。若者の側も、いくつかの事実が示すように、空間に愛着を感じ豊かな時間を過ごしているように思う。
そして、街をつくる人々の活動には、過去の資源に甘んずることなく、強みを活かして機会を得ようとする未来志向の創意工夫がみられる。一部課題もあるが、適切な対応がなされれば、展望は明るい。
以上をもって「小江戸」川越市から新旧融合の教訓を得たものとし、時間・空間のデザインの観点から、その街並みは文化資産としての価値が極めて高いものと評価する。

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  • 4 別表第1
  • 5 別表第2

参考文献

取材先及び参考文献リスト(50音順)
1 取材先
⑴ 株式会社まちづくり川越 様
⑵ 川越氷川神社 様
⑶ 小松屋民芸店(大沢家住宅) 様
⑷ 天台宗 瑶光山最明寺 様

2 書籍
  関根久夫『埼玉の日本一風土記』,幹書房,2010年

3 資料
⑴ 川越市「令和2年版統計かわごえ」
⑵  同 「川越市入込観光客数の推移」(令和2年度まで集計)
⑶  同 「観光アンケート調査報告書(平成21年~令和2年)」
⑷  同 「令和元年度川越市まち・ひと・しごと創生総合戦略 評価結果報告書(令和2年10月)」
⑸  同 「第四次川越市総合計画後期基本計画(2021年度~令和7年度)」
⑹ 株式会社まちづくり川越「まちづくり川越について(平成30年12月10日)」
⑺  同 「まちづくり川越および中心市街地活性化協議会の取組みについて
(平成30年5月14日)」
⑻ 川越市中心市街地活性化協議会運営委員会「チャレンジショップ事業について(令和2年12月23日)」
⑼ 観光庁「外国人観光案内所の設置・運営のあり方指針(平成24年1月制定、平成30年4月改定)」
⑽ 喜多方市「統計きたかた(平成26年~令和2年)」
⑾ 倉敷市「倉敷市観光統計書(平成24年~令和2年)」
⑿ 厚生労働省「2021年版労働経済白書」
⒀ 内閣府「平成30年版子ども・若者白書概要版」

4 ウェブサイト
⑴「ガバメントクラウドファンディングを実施します」,川越市,閲覧日 2021年12年22日,
https://www.city.kawagoe.saitama.jp/shisei/zaisei/furusatonozei/zaisei22021083.html
⑵「川越市の紹介」,川越市,閲覧日 2021年12月22日,
https://www.city.kawagoe.saitama.jp/shisei/shinogaiyoshoukai/kawagoe/index.html
⑶川越氷川神社 直会殿,閲覧日 2021年12年22日,
https://www.hikawa.or.jp/naoraiden/n_ceremony/
⑷「喜多院所縁の人物」,川越大師 喜多院,閲覧日 2022年1月15日,https://kitain.net/history/person/
⑸「埼玉・川越氷川神社で、夏季限定の祭事「縁むすび風鈴」7月3日~9月5日まで」,イベントチェッカー,閲覧日 2021年12月22日,https://event-checker.info/kawagoe-hikawa-fuurin/
⑹「埼玉川越の新行事「恋あかり」と「恋あかり」限定ビールのご案内」,COEDO,閲覧日 2021年12年22日,https://www.coedobrewery.com/jp/news/5605/
⑺「時の鐘に蔵造りの街並み。歴史の香り漂う「小江戸」川越」,東武鉄道, 閲覧日2021年8月8日,https://www.tobu.co.jp/odekake/area/tojo-line-south/tojo-line-south008.html
⑻「なぞとき縁結び 川越はつ恋物語」,川越市,閲覧日 2021年12年22日,
https://www.city.kawagoe.saitama.jp/smph/welcome/event/takarush.html
⑼「日本地域情報コンテンツ大賞」,日本地域情報振興協会,閲覧日 2021年12年23日,
https://award.nicoanet.jp/
⑽「ふるさと納税による寄附額と住民税控除額との関係について」,川越市,閲覧日 2021年12年23日,https://www.city.kawagoe.saitama.jp/shisei/zaisei/furusatonozei/zaisai_suii.html
⑾「ようこそ小江戸川越へ」転入者歓迎施設めぐりバスツアー,川越市,閲覧日 2021年12月31日,
 https://www.city.kawagoe.saitama.jp/event/main/kanko/shisetsumeguri.html

5 新聞記事
  「観光案内所 オモテナシ!」,発見!世界のキタカントウ,朝日新聞, 2018年1月9日

註釈リスト
1 「平成30年版子ども・若者白書概要版」,内閣府,2018,1頁
2 「時の鐘に蔵造りの街並み。歴史の香り漂う「小江戸」川越」,東武鉄道, 閲覧日2021年8月8日,https://www.tobu.co.jp/odekake/area/tojo-line-south/tojo-line-south008.htmlほか
3 観光庁「外国人観光案内所の設置・運営のあり方指針(平成24年1月制定、平成30年4月改定)」
4 英語、中国語、フランス語、ドイツ語など
5 スサノオノミコトとクシナダヒメ(夫婦神)、アシナヅチとテナヅチ(夫婦神)、オオクニヌシ
6 「埼玉・川越氷川神社で、夏季限定の祭事「縁むすび風鈴」7月3日~9月5日まで」,イベントチェッカー,閲覧日2021年12月22日,https://event-checker.info/kawagoe-hikawa-fuurin/
7 「埼玉川越の新行事「恋あかり」と「恋あかり」限定ビールのご案内」,COEDO,閲覧日2021年12年22日,https://www.coedobrewery.com/jp/news/5605/
8 直会(なおらい)とは人生儀礼の神事の際、神前へ供えた米・酒・野菜・魚などのお供え物を、神事ののちに下げ皆でいただく儀式のこと。日本の宴会のルーツとされる。
9 資料「まちづくり川越について(平成30年12月10日)」 集計期間:平成27年4月1日~平成30年10月31日
10 資料「まちづくり川越及び中心市街地活性化協議会の取組みについて(平成30年5月14日)」
11 「ふるさと納税による寄附額と住民税控除額との関係について」,川越市,閲覧日 2021年12年23日,https://www.city.kawagoe.saitama.jp/shisei/zaisei/furusatonozei/zaisai_suii.html
12 川越市立地適正化計画(概要版)
13 資料「まちづくり川越 中心市街地活性化協議会の取組みについて(平成30年5月14日)」
14 別紙第1参照

年月と地域
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