有松の町並みとともに歩んだ世界に誇る絞り技 有松絞り ~江戸情緒のさらなる飛躍~

鈴木 恵子

はじめに 

 名古屋駅から電車で20分ほどのところにある有松は、重要伝統的建造物群保存地区(資料①)であるとともに伝統産業である有松絞りが有名で、日本遺産 [1] にも認定された地区である。東海道の鳴海宿と池鯉鮒宿の間につくられた集落から生まれた有松絞りは、歴史的な有松の町並み(資料②)と市指定文化財の3輌の山車(資料③)とともに伝統が受け継がれている。伝統工芸である有松絞りについて評価を試み、その展望を考察する。

1. 有松絞りの特徴

 有松絞りは400年以上の歴史を有し、創意工夫により生まれた100種類以上の絞り技法や、さまざまな染色技法により、国内有数の絞りの産地として確立されている。図案の決定から型彫り、絵刷り、絞り加工、染色、糸抜き、仕上げまで、すべて専門職の手仕事により分業でおこなわれている。[2] 有松あないびとの会 [3] で案内をしてくださった方の話によると、絞りの伝承は家族でおこなわれ、名古屋のご長寿で有名だった双子姉妹のきんさんぎんさんも昔は括りをしていたそうである。
 同日に訪れた有松・鳴海絞会館の2階で絞り実演中の二人の伝統工芸士の方に、絞りについて話を伺うことができた。一人の方は幼い頃から両親の姿を見て有松絞りの括りを習いはじめ、途中に出産や育児で休んだものの60年ほど続けているという。(資料④-1、2) もう一人の方で取材を快諾してくださった高橋さんは60歳を過ぎた頃から習い始めたそうで、一人一芸である有松絞りの作業は楽しいものだと話をしながら、手蜘蛛絞りに取り組んでいる最中であった。(資料⑤、⑥)

2. 有松絞りの歴史的背景

 鳴海宿の隣の有松は1608年(慶長13)に出された東海道治安維持のための入植者募集のお触書によって、知多郡から移住してきた竹田庄九郎はじめ8名により休息できる間宿として開かれた。しかし松林が茂り耕地も少なく間宿としての営みに限界があったこともあり、1610年(慶長15)の名古屋城築城の折りに豊後(大分)から来ていた人から絞り染めを習い、のちに考案された有松絞りを尾張藩が特産品として保護し、竹田庄九郎を御用商人に取り立てたことが始まりである。[4] また五代徳川将軍・綱吉に馬の手綱を絞りで作り献上した話は、有松絞りが特産品であったことをうかがわせるものである。
 街道の旅人がきそって買い求めた絞りの手拭いや浴衣などが名産品となり、歌川広重の「東海道五十三次 鳴海宿」には“名物有松絞”と記されている。江戸時代に流行した浮世絵に描かれるほどの背景には、伊勢講の影響や東海道沿いという地理的要素も大きいであろう。明治維新以降、東海道の往来者が大きく減少したこことなどから有松絞りは著しく衰退したが、新たな意匠や製法の開発、卸売販売への業態転換などによって再興し、明治後期から昭和初期にかけて最も繁栄したのである。[5]

3. 他の絞り事例との比較

 世界の絞り事例をみてみるとインドをはじめとするアジア地域はもとより、大陸を超えてアフリカやアンデスなどでも絞りを用いた染織品がみられる。木綿や絹のほか、現地のさまざまな素材に多種多用な絞り技法が用いられ、その地域の文化や思想を反映している。[6]
 日本における絞り染めについては、京都の“京鹿の子”、名古屋の“有松・鳴海絞り”の2品目があげられる。京都の鹿の子絞りの特徴は、絹地に精緻な絞りが施されており象徴的な布面のしわや凹凸を残し、手仕事による高級品ということを強調したものである。[7] 名古屋の有松・鳴海絞りの特徴は、木綿布を藍で染めたものが代表的で庶民に愛用された絞りである。当時、三河木綿の生産が始められており、大衆化した絞りが手拭い・浴衣など各地へ広がっていった理由として、高級な布の代名詞であり保管が難しい絹よりも、安価で丈夫な木綿布を使用していたからと考えられる。

4. 特筆すべき点

 伝統工芸である有松絞りのみを前面に打ち出すのではなく、重要伝統的建造物群保存地区に指定された東海道約800mに沿って建ち並ぶ町並みと、有松天満社における祭り文化を含めてストーリーとして語ることで日本遺産として戦略的に国内外へ発信し、地域の活性化を図っている。
 毎年6月に開催される「有松絞りまつり」は2020年時点において36回を迎える歴史ある祭りで、ワークショップ他さまざまな催し物があり、毎回多くの人で賑わっている。ただし開催場所としては範囲が狭いため別会場を設けて、より多くの人に有松絞りに触れてもらう機会を作ることも一つの手法と考えられる。
 1992年より開催されている国際絞り会議は世界から絞り染めやテキスタイルが集まり、多彩な催しをおこなう国際会議であり、第1回国際絞り会議は名古屋市でおこなわれ、数年ごとに世界各地で開かれるようになったのである。[8] 国際絞り会議というイベントの継続性については、世界に広がる絞り染め文化を鑑みて、ヨーロッパやアジア、オセアニアなどだけでなく、アフリカ諸国・中近東などで開催されるのであれば、さらに絞りのグローバル化と飛躍が望めるのではないだろうか。

5. 積極的に評価できる点

 有松絞りを町全体で盛り上げるために、3つの視点から人々を魅了する企画を提供している。(資料⑦)

その1:有松を見る
 有松あないびとの会では有松の史跡と名所めぐりの中で、東海道の町並みと伝統ある絞り産業などについて紹介している。また、からくり人形を乗せた三輌の豪華な山車は毎年10月の有松山車まつりで祭りばやしとともに引き回される。[9]

その2:有松を体験する
 絞り文化の保存と発展のために建てられた有松・鳴海絞会館の1階では数多くの絞り製品の展示販売(資料⑧)がおこなわれているほか、簡単な絞りのハンカチや糸で括る本格的な絞りまで、有松・鳴海絞会館をはじめとする町並み保存地区全体で絞り体験が可能となっており、オリジナル作品づくりは魅力的な体験の一つと考えられる。
 取材した日の午後に訪れた店舗でのハンカチ絞り体験は、有松絞りをより身近に感じるものとなった。挑戦した絞りの技法は雪花絞という板締め絞りの技法で、染色する時に三角形の各角や面の色を変えると華やかな表現になり、出来上がったハンカチは世界に一つだけの作品となった。(資料⑨)

その3:有松を味わう
 有松の町並み近辺の飲食店が有松絞りとコラボしたメニューを開発し、有松でしか食べられないグルメを楽しむことができる。[10]

 さまざまな視点を用いることで、人々がより気軽に有松絞りに触れるきっかけ作りとなっている。

6. まとめと今後の展望

 伝統工芸士の高齢化という課題については、工芸士の方に伺った話では若い年齢層の人が高齢の工芸士に教わりながら、技術の継承に努めているという。有松絞りの魅力をいかに若手の人材へ伝えるかが、重要なのではないだろうか。
 有松絞り関連の持続的な経営については、ツグモノ-tsugumono-というモノづくりにかける熱い想いを持った伝統工芸の担い手と、作り出されたモノの魅力を世代や国を超えて伝えていくプロジェクト [11] が有松絞りの魅力を世界へ発信するウェヴサイト「ARIMATSU TEXTILE」をオープンし、有松絞商工協同組合と協働で幼児向けの有松絞りブランドを立ち上げるなど伝統にとらわれず、絞りの文化を幅広い年齢層に広げ今後につなげている。
 さまざまな取り組みによって世界に誇る絞り技である有松絞りが、町とともに時代の変化に対応しながら絞り文化を継承し、飛躍させている。絞り文化を尊重しながら新たなアイデアや視点を提供することによって、より身近に感じられる製品への挑戦や新たな絞り技法の開発への可能性を期待したい。

  • 1 玄関には有松絞りの暖簾と左手に有松絞りでつくった提灯が飾られている (写真:2020年10月26日 筆者撮影)
  • 2_1_%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a0p1_2%e3%80%80%e9%87%8d%e8%a6%81%e4%bc%9d%e7%b5%b1%e7%9a%84%e5%bb%ba%e9%80%a0%e7%89%a9%e7%be%a4%e4%bf%9d%e5%ad%98%e5%9c%b0%e5%8c%ba_page-0001 資料①  P1~2 重要伝統的建造物群保存地区
    ゆるやかに曲がった東海道約800mの区間に沿って、江戸後期から昭和初期までの絞商家特有の広い間口を持つ主屋が残されている建物が多く、町並みには多くの見どころがある
    (写真:2020年10月26日 筆者撮影)
  • 2_2_%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a0p1_2%e3%80%80%e9%87%8d%e8%a6%81%e4%bc%9d%e7%b5%b1%e7%9a%84%e5%bb%ba%e9%80%a0%e7%89%a9%e7%be%a4%e4%bf%9d%e5%ad%98%e5%9c%b0%e5%8c%ba_page-0002 資料①  P1~2 重要伝統的建造物群保存地区
    ゆるやかに曲がった東海道約800mの区間に沿って、江戸後期から昭和初期までの絞商家特有の広い間口を持つ主屋が残されている建物が多く、町並みには多くの見どころがある
    (写真:2020年10月26日 筆者撮影)
  • 3_%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a1%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e7%9a%84%e3%81%aa%e7%94%ba%e4%b8%a6%e3%81%bf%e3%81%a8%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a2%e5%b1%b1%e8%bb%8a%e5%ba%ab_page-0001 資料② 歴史的な町並み および 資料③ 山車庫
    絞り商家の特徴のある建物や、有松山車まつりで曳きだされる3輌の山車も、有松を語るストーリーの一部である
    (写真:2020年10月26日 筆者撮影)
  • 4_%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a3-12%e3%80%80%e4%bc%9d%e7%b5%b1%e5%b7%a5%e8%8a%b8%e5%a3%ab%e3%81%ab%e3%82%88%e3%82%8b%e5%ae%9f%e6%bc%94_page-0001 資料④-1 伝統工芸士による実演
    伝統工芸士が日ごとに入れ替わりながら、さまざまな絞り技がみられる
    括り道具が置いてある畳の上で匠の技に取り組む真剣な姿から、受け継がれた伝統を垣間見ることができる  (写真:2020年10月26日 筆者撮影)
    資料④-2
    鹿の子絞りのほか、さまざまな絞りの名前と柄
    ぼかしが出るため、どの技法においても味わいのある柄となっている
  • 5_%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a4%e3%80%81%e2%91%a5%e3%80%80%e6%9c%89%e6%9d%be%e7%b5%9e%e3%82%8a%e5%ae%9f%e6%bc%94%e3%81%a8%e4%bd%9c%e5%93%81_page-0001 資料⑤ 有松絞り実演  
    染色の前工程である職人による絞りは、熟練された手仕事によるものである
    資料⑥ 作品(直径約11cm)
    仕上がりは手蜘蛛絞りの手拭いになるという
    (写真:2020年10月26日 筆者撮影)
  • 6 資料⑦ 有松めぐり 満喫ガイド&マップ 
    (名古屋市観光文化交流局 観光推進課発行 2020.7.20 改訂版より転載) 
    有松めぐりマップでは有松を3つの視点から体感・満喫できるようになっており、三つ折りのマップの裏面には、絞り体験や飲食店のガイドが詳しく掲載されている
  • 7_%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a7%e3%80%81%e2%91%a8%e3%80%80%e6%9c%89%e6%9d%be%e7%b5%9e%e3%82%8a%e3%83%9e%e3%82%b9%e3%82%af%e3%81%a8%e3%83%8f%e3%83%b3%e3%82%ab%e3%83%81_page-0001 資料⑧
    有松・鳴海絞会館の1階で展示販売されている作品もさることながら、2階の括り実演と資料展示、有松の紹介映像は貴重なものである
    資料⑨
    初めてのハンカチ絞り体験で雪花絞りに挑戦し、藍色ではなく、カラフルな南国風な仕上がりになった
    (写真:2020年10月26日 筆者撮影)

参考文献

【註釈】

[1] 文化庁では、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として認定。地域に点在する有形や無形の様々な文化財群を「面」として活用・発信することで,地域活性化を図ることを目的としている。
文化庁HP 「日本遺産(Japan Heritage)」についてより
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/ 
最終閲覧2021年1月17日
[2] 有松絞商工協同組合 伝統の技が今に息づく 有松・鳴海絞りパンフレットより
[3] 名古屋市緑区有松町の町並みと伝統ある絞り産業などを知るために訪れる人々を、奉仕の精神でご案内することを目的とした案内びと(あないびと)の組織
[4] 有松日本遺産推進協議会 藍染が風にゆれる町 有松 日本遺産ガイドブックより
[5] 名古屋市観光文化交流局歴史まちづくり推進室 重要伝統的建造物群保存地区・町並み保存地区 有松の町並みパンフレットより
[6] 安藤宏子『その技法とルーツをひもとく世界の絞り染め大全』、誠文堂新光社、2016年
[7] 京都絞り工芸館HP 絞り染めの歴史より https://www.shibori.jp/history 
最終閲覧2021年1月17日
[8] WSN日本版HP WSNについて 事業実績より https://wsnjp.wordpress.com/about/ 
最終閲覧2021年1月17日
[9] 『広報なごや』 令和2年1月号 p2 今月の特集記事より
[10] 特定非営利活動法人 コンソーシアム有松HP 観光/食べる 「有松ぐるめぐり」
   https://c-an.jp/tourism/gourmet/ 
最終閲覧2021年1月17日
[11] ツグモノ-tsugumono- HP  https://tsugumono.jp 
最終閲覧2021年1月17日

【参考文献】

◆安藤宏子『その技法とルーツをひもとく世界の絞り染め大全』、誠文堂新光社、2016年
◆沖津文幸『絞りの括りと染め』、理工学社、1994年
◆文化庁HP https://www.bunka.go.jp/ 
最終閲覧2021年1月17日
◆京都絞り工芸館HP https://www.shibori.jp 
最終閲覧2021年1月17日
◆有松・鳴海絞会館HP https://shibori-kaikan.com 
最終閲覧2021年1月17日
◆日本遺産有松のHP https://shibori-kaikan.com/arimatsu-isan/
 最終閲覧2021年1月17日
◆有松日本遺産推進協議会 藍染が風にゆれる町 有松 日本遺産ガイドブック
◆有松絞商工協同組合 伝統の技が今に息づく 有松・鳴海絞りパンフレット
◆名古屋市観光文化交流局歴史まちづくり推進室 重要伝統的建造物群保存地区・町並み保存地区 有松の町並みパンフレット
◆名古屋市観光文化交流局 観光推進課発行 有松めぐり 満喫ガイド&マップ 

【取材協力】

取材日 2020年10月26日
・有松絞り 伝統工芸士 高橋様
・有松あないびとの会 森様
ご協力ありがとうございました。

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