「川越いも」と「武蔵野の落ち葉堆肥農法」 地域と地域食材を守り・支える活動について
1.はじめに
「川越」といえば「さつまいも」というイメージであるが、川越に住みながらも、「川越いも」に出会うことは稀である。「川越いも」は、江戸の急激な人口増加に伴う食糧不足を背景に、痩せた原野で平地林を育て、落ち葉を集め堆肥とし、土壌改良を行うことで安定した生産を実現してきた。本稿では、「川越いも」と、循環型「落ち葉堆肥農法」について調べ、地域と地域食材を守り・支える活動について考察する。
2.川越について
川越市は、埼玉県の南西部、武蔵野台地の東北端に位置し、人口35万人を超える都市である。江戸時代には、江戸の北の守りとして、また、舟運を利用した物資の集積地として重要視された。現在は、都心から30kmの首都圏に位置するベッドタウンでありながら、商品作物などを生産する近郊農業、交通の利便性を生かした流通業、伝統に培われた商工業、豊かな歴史と文化を資源とする観光など、充実した都市機能を有している。【資料1・2】
3.川越いもについて
『栗(九里)より(四里)うまい十三里(江戸との距離)』と称される川越いもは、旧川越藩周辺で生産されるさつまいもの総称で、色や形、味に優れた高品質なさつまいもである。寛政年間の江戸で、庶民の食べ物では数少ない甘い物で、安価に手に入ることから焼きいもが大ヒットした。荒地でも栽培可能なさつまいもを近郊の村々ではこぞって栽培した。また、重くかさばるため陸路での運搬が難しいさつまいもを、新河岸川から船で大量出荷できたことで、代表産地として定着した。【資料2】
埼玉県の農業産出額は、平成30年では1758億円と全国第20位で、多くの野菜が全国トップクラスである。川越は、ほうれんそうやかぶ、枝豆など鮮度の求められる農産物や、市場で評価を受けている里いもなどを出荷し、首都圏の食の供給を担っている。【資料3】
埼玉県のさつまいも出荷量は5670tで全国シェア0.7%(全国第10位)である。全国第1位(28万2000t、全国シェア34.94%)で、さつまいも伝来の地である鹿児島県とは、水捌けの良い火山灰を含んだ土地は同様であるが、温暖な気候により通年出荷を可能としている点で異なる。【資料4】
川越いもは、現在では他地域の生産高には及ばないが、農業観光として、秋には多くの観光客を呼ぶ。また、周辺小学校などのいも掘り遠足の地となっており、子供たちの食育にも一役買っている。
町の規模と賑わいから、江戸時代中頃には「小江戸」と呼ばれていた川越は、年間600万人以上もの観光客が訪れる。
観光の中心となる菓子屋横丁に店を構えて15年になる『ベーカリー楽楽』は、「地元のお客様に安心安全で手が届くぜいたくを提供する」「観光に来たお客様に川越を好きになっていただく一端を担う」「小麦のおいしさを伝える(生産者と消費者をつなぐ)」というコンセプトのもと、通年7種類、季節限定1種類のさつまいもを使用した商品を作り、さつまいも使用量は年間800kgを超える。産地や種類は、製造するパンなどによって異なるが、いずれも川越いもの使用はない。『楽楽』の女将でパンコーディネーターの上野祐子氏によれば、地元食材を基本用いているが、さつまいもの種類が変わると火入れの時間から食感や味まで全て変わるので、できるだけ同じ種類のいもを安定的に使いたい。その点、川越いもは9〜11月と出荷時期が限られており、通年での安定供給の難しさがある。また、生産量が多くないため、事業者向けの冷凍や加工品が出回らないこともあり、保存が効かないことや、皮の芽胞菌による食中毒を避けねばならないことを考えると、専用の設備なしに大量にはあつかえない。川越で川越いもに出会うことを難しくしている現状が示された。【資料5】
4.川越いもの歴史
川越いもは、松平伊豆守信綱が川越藩に国替された1654年ごろから始まった。農業振興を図るため未開墾だった原野に領内の農民を入植させ、区割りした土地を与え、痩せて水に乏しい農業に適さない土地を開墾させた。信綱は新河岸川を開削し、野火止用水を引き、平地に樹木を植え雑木林をつくり、その落ち葉を堆肥にする事を奨励した。体積した地層は30cmを超え「武蔵野の落ち葉堆肥農法」として現在にも受け継がれている。
1694年に柳沢吉保が入封すると、5町歩(約5ha)の土地を均等に分け与え、現在の三芳町と所沢市に位置する一千町歩(1000ha)の原野を開墾した。5町歩の地形は間口40間(約72m)、奥行き375間(約675m)の短冊状の地形で、道路に面した屋敷地、その奥に耕地(畑)、最奥を雑木林(平地林)とした。埼玉県指定旧跡「三富開拓地割り遺跡」として、その景観保存が図られている。【資料6】
5.活動の評価
①高品質のいも
江戸時代から受け継ぐ伝統農法により、平地林の落ち葉を2年近く発酵させてから畑にすき込み、手間と愛情をかけて育まれる「富(とめ)の川越いも」(地域ブランド・商標登録)は、滋味豊かで江戸時代から名品と称された。
②循環農法の継承
「三芳町川越いも振興会」は、三富(さんとめ)新田の生産農家が集まって運営する平成4年に設立した団体である。三富地域の農家では、ヤマ(雑木林)の広葉樹が落葉した年明けに堆肥の原料となる落ち葉を集める。集められた落ち葉は、微生物や小動物の働きでやがて落ち葉堆肥となり、畑にまかれ三富野菜の栄養となる。武蔵野の循環型農業の理解を深め、緑豊かな地域を守り育てる活動の一環として、千人くず(落ち葉)掃きが開催される。
希少品種「紅赤」の安定生産と、落ち葉掃きによる自然環境維持に尽力し、平成27年には第54回農林水産祭・むらづくり部門で天皇賞を受賞している。【資料7】
③地域住民の力
さんとめねっと(三富地域ネットワーク)では、「地域を守り、魅力を伝える活動」として、農産物を収穫する喜びや楽しみながら農業体験をすることで、地域農業の理解や交流をすすめている。また、人の手が入らなくなり荒れた平地林を減らすために、木を使う活動や、荒廃林・高齢林などさまざまな問題点と課題を解決するために、農業者だけでなく一般の人に理解・協力をしてもらうためのシンポジウム開催や、都市住民と農業者との交流をすすめている。【資料7】
④平地林の多様性
300年前から続く農作業で、地域住民とともに守られてきた平地林は、オオタカの営巣地となり、またキンランなどの絶滅危惧種の生息地として良好な生育環境となっている。
6.未来へとつないでいくために
埼玉農業の強みは、「高い耕地率」「自然災害が少なく穏やかな気象」「大消費地の中の生産地」である。総農家数は年々減少傾向にあるがものの、新規就農者数は増加傾向にあり(平成12年180人→令和元年321人)、その経営類型は野菜が7割を占める。また、農業法人数の増加も著しい(平成12年205法人→令和元年1128法人)。担い手育成として農業経営法人化推進、生産の強化として女性農業者活躍支援事業やスマート農業の推進、需要拡大としてのブランド戦略などの特色を打ち出している。【資料1】
映画『武蔵野』のワンシーンに、三芳町の農夫が「俺は〝農業は百年一日のごとし〟というおやじの言葉を守って実践しているだけだ」と語る場面がある。高度経済成長期には、発展性のないものとして軽視され、離れていった農家も多いなか、次の百年に伝えていくための循環型農業を守ってきた。伝統文化に基づく生活の知恵や社会知識と、環境との関わり方を下敷きとした生活システムを、また次の百年へとつないでいく。
武蔵野の落ち葉堆肥農法は平成28年、日本農業遺産に認定されており、世界農業遺産への登録に向けて準備している。
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【資料1】
(上)埼玉県の地形と武蔵野台地
(下)埼玉県の農業特性とブランディング事業計画
埼玉の食糧・農林業・農山村 2020年より -
(非公開)
【資料2】
(上)江戸時代の川越いもキャッチコピー
歌川広重「名所江戸百景」より
(下左)現在の川越のイメージと川越中心部
小江戸川越観光協会ホームページより
(下右)川越が誇るユネスコ無形文化財「川越まつり」
川越まつり公式サイトより -
【資料3】
(上)埼玉県の農業産出額上位の品目
埼玉の食糧・農林業・農山村 2020年より
(下)さつまいもの主な産地と収穫量
農林水産省統計より -
【資料4】
さつまいも 埼玉(川越)と鹿児島の比較
[かごしまの食][三芳町川越いも振興会]の資料参考に著者作成 -
【資料5】
(上)菓子屋横丁
(公社)小江戸川越観光協会ホームページより抜粋
(中・下)「ベーカリー楽楽」「蜜いもスイーツ専門店ほくほく」
上野祐子氏提供 -
【資料6】
三富開拓地割り遺跡
三芳町川越いも振興会より -
【資料7】
(左上)収穫体験
さんとめねっとより
(左中)三富千人くず(落ち葉)掃き (令和3年は中止)
埼玉県ホームページより
(右)世界一のいも掘りまつり (令和3年は中止)
三芳町川越いも振興会より
(下)くぬぎ山コンサートとワークショップまつり
さんとめねっとより
参考文献
国木田独歩著『武蔵野』、新潮社 改版、1949年
NPO法人田舎のヒロインズ編集『耕す女 持続可能な世界をつくる女性農家の挑戦』、インプレスR&D、2019年
嘉田由紀子、古谷桂信『生活環境主義でいこう!琵琶湖に恋した知事』岩波書店、2008年
映画『武蔵野』原村政樹監督・撮影、映画「武蔵野」製作委員会配給、2017年製作(2019年鑑賞)
映画「武蔵野」オフィシャルサイト(2021年1月26日閲覧)
http://www.cinema-musashino.com/
川越市(2021年1月26日閲覧)
https://www.city.kawagoe.saitama.jp/
埼玉県(2021年1月26日閲覧)
https://www.pref.saitama.lg.jp/
埼玉の食糧・農林業・農山村 2020年(2021年1月26日閲覧)http://www.pref.saitama.lg.jp/a0901/documents/zenpezi.pdf
川越市農業概要 2020年(2021年1月26日閲覧)
https://www.city.kawagoe.saitama.jp/jigyoshamuke/business_nogyo/shinkousesakunogaiyo.files/nougyougaiyou.pdf
野菜情報サイト 野菜ナビ(2021年1月26日閲覧)
https://www.yasainavi.com/graph/category/ca=22
かごしまの食(2021年1月26日閲覧)
https://www.kagoshima-shoku.com/2266
所沢市(2021年1月26日閲覧)
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp
三芳町(2021年1月26日閲覧)
https://www.town.saitama-miyoshi.lg.jp/
三芳町立歴史民族資料館(2021年1月26日閲覧)
http://www.jade.dti.ne.jp/
武蔵野の落ち葉堆肥農法世界農業遺産推進協議会(2021年1月26日閲覧)
http://giahs-musashino.jp
彩の国女性チャレンジ支援事業 チャレンジモデル事例集 平成16年度版(2021年1月26日閲覧)
https://www.gender.go.jp/kaigi/kento/suisin/siryo/pdf/su03-1-44.pdf
三芳町川越いも振興会(2021年1月26日閲覧)
http://kawagoeimo.jp
https://www.maff.go.jp/kanto/kihon/kikaku/yutamura/pdf/yutamura_miyoshi.pdf
川越いも研究会(2021年1月26日閲覧)
http://www.pref.saitama.lg.jp/saitama-wassyoi/know/recommend/item/documents/imokennkyuukai2019.pdf
さんとめねっと(2021年1月26日閲覧)
https://www.santome.jp
世界農業遺産・日本農業遺産 農林水産省(2021年1月26日閲覧)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/attach/pdf/giahs_1-67.pdf
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/giahs_3_101.html
聞き取り調査:2020年12月25日 対面にて概要説明、許諾、2021年1月20日アンケート調査回答・画像提供、1月21日 対面にて補足調査実施
尚、対面調査時には、十分な感染症対策を講じて実施