愛知県田縣神社の豊年祭 ~生殖器崇拝のルーツとは~

遠藤 佳宏

はじめに
 名古屋市からほど近い愛知県小牧市の田縣(たがた)神社にて「豊年祭」が毎年3月15日に行われる。これは、男性の性器をかたどった大小の男根像とともに宮司や神輿が市中を行進する祭りである。「天下の奇祭」と称し、巨大な男根像がそのシンボルとして掲げられ、内外から注目を集め、参加者、見学者ともに大人数で行われる行事である。この行事はこの地方特有なのか、他の地域ではどうなのか、そしてこの行事のルーツはどこにあるのかを調査する。

1.基本データ
 豊年祭に先立ち2月20日に籤取式(くじとりしき)が行われ、祭り当日、木彫りの男茎(おはせ)形を抱えて参列する五人衆(ごにんしゅう)と御神体の神輿から出ている綱を持つ綱持(つなもち)と呼ばれる女性それぞれ5人をくじ引きで選ぶ。3月3日には、斧入祭(おのいれさい)が行われ、大男茎形の彫り上げを開始する。こうした準備の後、3月15日に豊年祭が行われる。
 豊年祭当日、午前に厄年男の厄祓祭を行い、午後に豊年祭の行列が近所の神社の御旅所(おたびしょ)を出発し、田縣神社に向かって行進していく。到着後、境内で餅投げ行事を行い、祭りは終了となる。
 豊年祭の行列は、17のグループによって構成されている。案内役から始まり、神社関係、信者や厄男、地元の代表者などのグループ群があり、特に田縣神社の祭神である御歳神(みとしのかみ)を収めた「鳳輦(ほうれん)」、健稲種命(たけいなたねのみこと)を古い武将に見立てた衣冠束帯の人形を収めた「御前御輿(ごぜんみこし)」、朱塗の大男茎形を収めた「陽物御輿(ようぶつみこし)」が中心となっている。
 この行列は、田縣神社の近くにある神明社と熊野社のいずれかを御旅所として出発し、田縣神社に向かって行進していく。田縣神社の鳥居に近づくと群衆は榊に付いている神符を奪おうとし、奪った者には幸福が、また奪った者が住んでいる村は豊作になるとされる。
 陽物御輿で使われる大男茎形は直径60センチ、長さ2メートルほどあり毎年新しく檜で作成される。それを厄男達が御輿に担ぎ、御旅所から行列をなして田縣神社に向けて出発し奉納する。これにより、五穀豊穣、子孫繁栄を祈願する神事となる。

2. 歴史的背景
 奈良時代、大和朝廷は、国土の開拓や経営の拠点として本貫(ほんかん)を各地に設置した。田縣神社が置かれている場所は、その本貫として中部地方を管轄していた。愛知県の西部は尾張国と呼ばれ、尾張国造 (おわりのくにのみやつこ)が支配していた。成務天皇の時代、農業の神とされた天火明命(あめのほあかりのみこと)の孫、建稲種命と玉姫命(たまひめのみこと)が結婚し、2男4女を授かる。ところが、建稲種命は戦死して、玉姫命は未亡人となってしまう。その息子である尾綱根命(おつなねのみこと)は、応神天皇より尾張姓を賜り、更にその孫である尻綱真若刀俾(しりつなまわかとべのみこと)と金田屋野姫命(かねだやのひめのみこと)が皇室に嫁いだことで、その後、代々にわたって熱田神宮に仕えた。
 いっぽう、 平安時代に書かれた『古語拾遺』に次のような話がある。田畑をつかさどる大地主神(おおぬしのかみ)が、古くから食べてはいけないとされてきた牛肉を百姓に食べさせたところ、凶作となってしまう。穢れの肉の祟りであるとされたため、白猪、白鶏、白馬を献じたが収まらない。そこで素戔嗚尊(すさのおのみこと)の孫、御歳神は「牛肉を溝口に置き、男茎形を作りこれに加えよ」と伝え、これに応じたところ凶作は消滅した。 
 この2つの言い伝えをふまえ、未亡人となった玉姫命を慰めるため健稲種命を祀った神輿、そして、男茎を要求した御歳神の神輿、男茎の神輿が作られた。

3.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
 豊年祭は朝廷から派遣された領主を称えることや朝廷からの収穫・食事についての言い伝えが根本にある。しかし、祭りでは男茎の神輿が目を引き、こうした背景は表立って見えてこない。ここに朝廷からの五穀豊穣、子孫繁栄という意向を暗黙のうちに庶民に浸透させ、現在まで継続したイベントとして行われているところに、この祭りを行うようになった意図があるように思われる。

4.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
1)事例
 田縣神社の豊年祭は「天下の奇祭」と銘打っているが、日本全国、規模の大小はあるものの、至る所で性器の彫像を主となる出し物にした祭りが行われている。比較的規模の大きいものを内容別に挙げてみる。

・豊作を祈願したもの
 奈良県高市郡明日香村の飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)で行われる「おんだ祭」は、「御田植祭」とも呼ばれ田植えを元にし、その上でセックス描写のある寸劇を通して五穀豊穣を祈っている。新潟県長岡市の「ほだれ神社」で行われる「ほだれ祭り」もその名の通り稲の豊作を願っている。

・病気、怪我から守る儀式として行われているもの
 静岡県の稲取温泉にあるどんつく神社で行われる「どんつく祭」では、疫病払いの儀式として男性が赤色と青色の天狗面をかぶり、男性器を模した棒で住民を突きながら民家を巡る。神奈川県川崎市の金山神社で行われる「かなまら祭り」は、金山比古神(かなやまひこのかみ)と金山比売神(かなやまひめのかみ)が伊邪那美命(いざなみのみこと)の大火傷を治癒させたという言い伝えと、江戸時代に飯盛女達と呼ばれた娼婦の願掛けから始まった。岩手県花巻市の金勢神社で行われる「大沢温泉金勢まつり」では金勢さまと呼ばれる性神の大きな男茎形の彫像を洗うという行事である。いずれも病気、怪我から守る儀式として行われているものである。

・神話や伝説をもとにしているもの
 新潟県魚沼市の弁天堂付近で行われる「しねり弁天 たたき地蔵まつり」は、上野の忍不池の弁天様の祭りが伝わったものである。徳島県牟岐町で行われる「姫神祭り」では、帰ってこない男を船で迎えにいく途中、悪天候に遭遇しそれを自分のせいにされ自殺した姫の霊を慰めるために巨大な男茎形が出現したという話に基づき海上の安全を祈願して行われている。

2)特筆すべき点
 他の地域では、稲の収穫や疫病、夫婦の営みといった生活に密着した庶民の願望から祭りが発生したと思われるものが多くみられた。いわば庶民の生活のための祭りである。いっぽう、田縣神社は元々朝廷が中部地域を管轄するために置かれた場所であり、また天皇の三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を祀った熱田神宮ともつながりがあった。豊年祭は、領主や神話を持ち出して庶民に朝廷の権威を印象づけるための祭り、いわばトップダウンの祭りと言える。

5.今後の展望
 この地域では有名な祭りであり、巨大な男根像が人目を憚らず行進するさまは報道でも大きく取り上げられ内外から注目されている。しかし、この祭りの本質はこの地域を管理・支配し尾張姓を授けられた一族である健稲種命と玉姫命を朝廷の権威とともに称えるものである。注目度が大きい男茎神輿の側面だけでなく、この祭りの起源や成り立ちを示すことでこの地域にとって意義のある祭りであることを伝えることができると思われる。

6.まとめ
 天下の奇祭とされている生殖器を祀る祭りは、意外にも全国各地にあった。道祖神としていわば自然発生的に安産や五穀豊穣を祈願するものもあれば、豊年祭と同様に大地主神の逸話を元にしたり変形したりしたものがあった。交通が不便な時代に日本の各地にこの話が伝えられていたことは、大変興味深いことである。祭りが消滅、または縮小した地域は多くみられるが、祭りの元となった言い伝えが各地ヘ伝播していく様子を明らかにしていくと、朝廷が国を治めようとした手法の1つとしてこの祭りが見えてくるのではないだろうか。それは今後の課題としたい。

  • (非公開)
    田縣神社の社殿、境内に配置されているもの①
  • (非公開)
    田縣神社の社殿、境内に配置されているもの②
  • (非公開)
    田縣神社の社殿、境内に配置されているもの③

参考文献

■書籍
西岡秀雄 著『日本性神史』高橋書店 昭和36年4月
西岡秀雄 著『図説 性の神々』実業之日本社 昭和36年10月
丹羽欽治 著『続々田縣の宮見聞録 : 史蹟名勝と尾張之郷土史』田縣神社社務所 昭和40年
岡田喜秋 著『性神秘仏 歴史・美術ガイド』みずうみ書房 昭和63年
森秀人 責任編集『新撰日本古典文庫4 古語拾遺』現代思想社 1976年

■インターネットの記事
◆豊年祭(愛知県小牧市)
田縣神社「田縣神社」  2021年1月24日 最終閲覧日
http://www.tagatajinja.com/

小牧市観光協会「小牧の観光名所 田縣神社『豊年祭』」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://komaki-kanko.jp/event/meisyo

◆道祖神
飛不動 龍光山 正實院「道祖神」 2021年1月24日 最終閲覧日
http://tobifudo.jp/newmon/shinbutu/dosozin.html

◆大沢金勢祭り(岩手県花巻市)
東北観光推進機構「旅東北~大沢金勢祭り」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://www.tohokukanko.jp/sozaishu/detail_1004089.html

岩手県観光協会「岩手県観光ポータルサイト~大沢温泉金勢まつり」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://iwatetabi.jp/event/detail/03205/243.html

◆かなまら祭り
川崎大師観光案内センター「金山神社、かなまら祭」 2021年1月24日 最終閲覧日
http://kawasakidaishi-kanko.com/wakamiya/wakamiya.html

◆しねり弁天 たたき地蔵まつり
新潟県観光協会「にいがた観光ナビ ~しねり弁天 たたき地蔵まつり~しねって たたいて あなたもご利益」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://niigata-kankou.or.jp/event/2301

◆ほだれ祭
長岡市栃尾支所商工観光課「栃尾観光~春を呼ぶ越後の奇祭!! ほだれ祭」 2021年1月24日 最終閲覧日
http://tochiokankou.jp/hodare/index.html

◆おんだ祭
飛鳥観光協会「おんだ祭」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://www.asukanavi.jp/point.php?pid=321

◆どんつく祭
一般社団法人プレスマンユニオン「静岡・浜松・伊豆情報局~東伊豆町の稲取温泉で『第53回稲取どんつく祭』」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://shizuoka-hamamatsu-izu.com/event/inatori-donthuku/

◆姫神祭
徳島新聞「ご神体載せ海上パレード 徳島・牟岐で『姫神祭』」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://www.topics.or.jp/articles/-/236222

徳島新聞「『徳島、いいね』牟岐町 姫神祭」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://www.topics.or.jp/articles/-/1751

株式会社アスク「トレナビ~大気を震わす至近距離のド迫力花火『姫神祭』牟岐町」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://tre-navi.jp/toretate/?p=99261

一般社団法人 四国の右下観光局「四国の右下~牟岐の奇祭・姫神祭り」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://shikokunomigishita.jp/spot/2018090600220/

牟岐町観光協会「姫神祭り」 2021年1月24日 最終閲覧日
http://mugi-kankou.com/festival%ef%bc%86history/

◆美ヶ原温泉 道祖神祭り
美ヶ原温泉 ホテル 翔峰「美ヶ原温泉道祖神祭り」 2021年1月24日 最終閲覧日
http://www.hotel-shoho.jp/blog/index_50.php

美ヶ原温泉 追分屋「道祖神祭り9/26日(土)開催」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://www.oiwakeya.com/news/detail.php?c=2&id=17

松本市公式観光情報「奇祭!! 道祖神まつり」 2021年1月24日 最終閲覧日
https://visitmatsumoto.com/culture/n-aeaaathae/

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