デジタル時代の美術館―アーティゾン美術館の挑戦―

津下 陽子

1 事例について評価しようとしている点
インターネット、スマートフォンやタブレット、それに付随するサービスや娯楽の出現により、現代の人々、特に若者のマインドと行動は変容してきている。また、オンデマンド的デジタル文化環境は、金と物理的移動にかかる労力と時間等を費やして、わざわざ美術館や劇場等に足を運ぶ必要性を減じさせる面も持つ[1] 。こうした変化の中、美術館をはじめとするアート施設や産業は、ミッションを問い直し、その実現の為に取り組む必要に迫られている。
この極めて現代的な課題に、アーティゾン美術館がどのように向き合っているかを、空間造形とデザインを主軸に考察する。

2 基本データ
名称:公益財団法人石橋財団 アーティゾン美術館
所在地:東京都中央区京橋1-7-2
開館:2020年1月18日

23階建ての「ミュージアムタワー京橋」の1階から6階にある、延べ面積6,715㎡、展示面積2,109㎡の、都心の美術館。コンセプトは「創造の体感」。単に鑑賞の場を提供するだけでなく、時代を切り拓くアートの地平を、世代、地域を超えた様々な人に感じ取ってもらい、美術の多彩な楽しみを提供し、創造を支援し支える場として文化へ貢献することを目指す[2] 。

3 歴史的背景
前身は1952年にブリヂストン本社ビル二階部分に開館したブリヂストン美術館。敗戦後間もない中、東京の真ん中に出現した西洋絵画が見られる美術館は、多くの人に感動、喜びを与えた。創設者石橋正二郎は、企業のメセナ活動に関し、「寄付、貢献が会社の利益にリターンするものはやりやすい」が、「それでは本当の社会貢献」ではない、「(重要なのは)陰徳」で、「世の人々の楽しみと幸福のために」とあるべしと述べたが、これがブリヂストン美術館を含む石橋財団の理念になった[3] 。
ブリヂストン美術館は、2015年から建て替えのために休館、2020年1月にリニューアルオープンした。「いつ来ても名画が見られる」というブリヂストン美術館時代からの歴史や伝統は尊重しつつ、「来るべき時代を意識した美術館」として、我々が生きる現代にも目を向け、「日々変化する美術の動きを伝える」ことにも力を入れることを新たな方針にした[4] 。館名も、美術館を「過去と現在を未来につなげていく場所」と考え、「伝統を守るだけではなく、新しい地平を見ながらアートや美術館像を考えて」いくとの思いを込めて、アートとホライゾンからなる造語「アーティゾン」とした[5] 。
このように、アーティゾン美術館は、ブリヂストン美術館時代からの理念を継承しつつ、ミッションを問い直しながら時代に合わせて進化する道を選択している。

4 評価
(1)外観及び内部空間の構造・デザイン
東京駅八重洲中央口を出た途端に視界に入ってくるミュージアムタワー京橋は、直線的建築だが下方向に湾曲した天辺の形状により無機質な感じはない。中央通りに入り口を持つ美術館の壁は、古い日本家屋の格子窓を想起させる格子状のガラスで、外から中が見え、内部に自然光が差し込む明るく開放的な設計だ。1、2階には展示を見ない人にも開かれたカフェとショップがある。
3階メインロビーに向かう方法は、エスカレーター、大階段とエスカレーターの組み合わせ、エレベーターの三通り。緩い傾斜の大階段は中二階で幅を狭め、続くエスカレーターは薄暗い石壁の間を通り、非日常空間に入っていく雰囲気と期待を高める。5階まで吹き抜けで連結された3階での受付後は、真鍮の内壁のエレベーターで6階に移動する。
6階展示室の基本構造は大部屋一つのみで、展覧会に合わせた空間造りが可能となっている。開館記念展では、一度に全作品が見渡せないように可動式壁が配置され、鑑賞者は歩みを進めながら作品を発見していく迷宮のような空間になっていた。また、展示壁の間には十分なスペースがあり、壁の間を抜けて目当ての作品を再訪する等、展示順序に縛られない鑑賞者の自由な動きも許されていた[6] 。
5階の最注目点は、向かい合う二面がガラス張りで側面が壁の大立方体の存在だ。手前のガラス面からは、対面のガラス面奥の展示スペースで作品を鑑賞する人達をも作品の一部のように感じ見られる。また、立方体は実は4、5階をつなぐ吹き抜けになっているので、4階部分の様子を伺えることに気づいた時の驚きもある。
4階には3つの小部屋が点在する。まず、「この先に何があるのだろう」との期待を否応なく高める真っ暗なトンネルを通った先にある、幅15mの1枚ガラスでできた展示空間。次に、ふと見上げると5階とつながっていたことに気づく、前述の吹き抜け展示室だ[7]。最後は、ブリヂストン美術館時代の雰囲気を再現した、天井が低く絨毯が敷かれた部屋だ。このように、4階では鑑賞者は広いスペースに点在する作品と、3つの異空間を探索して出口に向かうのだ。
展示室を出た所の小ぶりの空間は「インフォフーム」。壁面に本や資料を陳列した棚、机と椅子があり、美術館保有資料をタブレットで見られる。なお、4階から6階の移動はエスカレーターで何度もできるが、エスカレーター使用時にも、視界の先に思いがけず作品が現れる等、小さな驚きや発見が待っている[8] 。
視線の誘導物にも工夫が凝らされている。丸みを帯びた輪郭がライトで囲まれたサインやピクトグラムは、見やすく可愛らしい。動線を示す立体矢印は、「こちらへ」と手招きしているかのようだ。また、至る所に鑑賞者が動くことで対象の見え方も変わる仕掛けがある。例えば、円柱や壁はタイルを微妙にずらして貼り合わせたり、端を斜めにカットしたりして陰影を作っているので、来館者が動けば微妙に変化して見える。また、階毎に異なる床の木目方向や床と天井の色は、展示テーマの違いを密やかに告げる。
この他、会場内には休憩しながら鑑賞できるソファーや椅子が置かれ、外の景色を見ながら一息つける通路「ビューデッキ」もある。限られた面積の中で、鑑賞でエネルギーを消費する来館者に配慮した造りと、ゆったりと作品に向き合い対話する空間との両立が巧みに図られている。
(2)特筆できる価値:東京国立博物館との比較
川添善行は、空間体験、対象の全体性の捉え方、抽象と感情、空間は誰のものか等、空間を理解する為の概念や視座を提示している[9] 。そこで、この評価軸に沿ってアーティゾンと日本初の博物館である東京国立博物館本館を比較した[表]。
これにより、美術館・博物館が、国家の威信を示すための作品を収集・保存、展示公開し、知識や価値観を伝達するための建築物・空間だった時代から、大きく変遷したことがわかる。アーティゾン美術館には、東博本館とは対照的に、開放性と親しみやすさ、快適さ・心地良さ、また鑑賞者の能動性や心理を重んじた自由度が高い空間がある。そしてこの空間は、アートの自由な見方や解釈を誘発するものでもある。また、鑑賞者が動くと変化するランドスケープ、驚きや発見といった要素の組み込みや、企画側の冒険や実験に対応可能な設計は、そこに足を運んでこそ得られる鑑賞体験をもたらすものだ。まさに、コンセプト「創造の体感」と一致した、斬新で意欲的な建築空間である。

5 今後の展望
アーティゾン美術館の更なる発展を考察するに当たり、この空間に足りないものを敢えて挙げる。それは、来館者のアウトプットや、五感を使って真に「見る」体験ができる仕掛けを持つ場だ。アーティゾンが来館者にしてもらいたいのは、「感じ、考え、新しい地平を拓く」ことであろうが、鑑賞に最適な心地よく、探索する楽しみのある空間はあるが、そこから先に進むための場と仕掛けがないのだ[10] 。
通常、来館者の一作品鑑賞時間はわずか20秒前後とされ[11] 、作品を十分に見ていないのが実態だ。しかし、作品を見た感想や浮かんだ考え、発見の言語化や作品化といったアウトプット作業があれば、鑑賞体験は飛躍的に深まる[12] 。例えば、京都市京セラ美術館は筆記具、作業机、「アート鑑賞を楽しめるラーニング・ツール」を常備した「談話室」を設けている。また、奈良国立博物館の「いのりの世界のどうぶつえん」展では、入口でワークシートを取り、展示を見ながらクイズに答え、出口には答え合わせと、動物のイラストを描き壁に貼るスペースがあった[13] 。アーティゾンもこれら事例を参考に、インフォルームやビューデッキを学びを深める場に改変してはどうだろう[14] 。
21世紀に相応しい斬新な空間を創出し、そこで先鋭的な企画展を実施しているアーティゾン美術館の素晴らしさは論を待たない[15] 。が、来館者への関与や学びの誘発の空間をデザインすることで、デジタルではなく、そこに足を運んでこそ得られる鑑賞体験が一層深まり、未来を創造する地平は更に広がるだろう。

  • DSC_0164 アーティゾン美術館正面(2021年1月15日筆者撮影)
  • 2 自然光あふれる3階メインロビー吹抜け(2021年1月15日筆者撮影)
  • 3 開館記念展6階展示室内の様子(2020年3月31日筆者撮影)
  • DSC_0132 インフォルーム。壁面デザインは、知の果てしない地平線を表すかのようだ。(2021年1月15日筆者撮影)
  • 5_20210121%e3%82%b5%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%a8%e3%83%94%e3%82%af%e3%83%88%e3%82%b0%e3%83%a9%e3%83%a0_page-0001 視線の誘導物<アーティゾン美術館のサインとピクトグラム集>:筆者作成。写真撮影も。
  • 6_1_20210121%e6%9d%b1%e5%8d%9a%e3%81%a8%e3%81%ae%e6%af%94%e8%bc%83%e8%a1%a8_page-0001 【表】空間のデザイン(アーティゾン美術館と東京国立博物館本館の比較):筆者作成
  • 6_2_20210121%e6%9d%b1%e5%8d%9a%e3%81%a8%e3%81%ae%e6%af%94%e8%bc%83%e8%a1%a8_page-0002 【表】空間のデザイン(アーティゾン美術館と東京国立博物館本館の比較):筆者作成
  • 7_1_20210123%e4%ba%ac%e3%82%bb%e3%83%a9%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%83%88_page-0001 京都市京セラ美術館ワークシートと使い方:筆者編集・作成
  • 7_2_20210123%e4%ba%ac%e3%82%bb%e3%83%a9%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%83%88_page-0002 京都市京セラ美術館ワークシートと使い方:筆者編集・作成
  • 8_1_20210123%e5%a5%88%e8%89%af%e5%8d%9a%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%83%88_page-0001 奈良博「いのりの世界のどうぶつえん」ワークシート:筆者編集・作成
  • 8_2_20210123%e5%a5%88%e8%89%af%e5%8d%9a%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%83%88_page-0002 奈良博「いのりの世界のどうぶつえん」ワークシート:筆者編集・作成
  • 8_3_20210123%e5%a5%88%e8%89%af%e5%8d%9a%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%83%88_page-0003 奈良博「いのりの世界のどうぶつえん」ワークシート:筆者編集・作成

参考文献

[註]
[1] Susan Greenfieldは、2016年にワシントンDCで行った講演「Technology-Driven “Mind Change”」で、デジタル・ネイティブ世代の情報処理の速度と深度、集中力持続時間の短さ等を分析した上で、マインドセットの異なるこの世代といかに向き合うべきかが今後のアート産業の大きな課題だと問題提起している(筆者は講演を聴講。)。また、オンデマンドデジタル文化と、ミュージアムや生公演等との競合やこれへの対処についての問題意識は、DeVos InstituteのBrett Eganにより提示され、同Instituteはこのテーマでシリーズ討論「Technology, The Brain, and Audience Expectations: Vying for Attention in “Generation Elsewhere”」を実施している。Aurel Gheorghilas等(2017)も、デジタル情報時代の人々の行動・ニーズの変化とミュージアムの関係に触れており(p62, p66-67,p71)、Jim Beckermanは、若い世代の来館者獲得のために様々な試みを行う美術館や劇場の努力を紹介している(Eganのインタビュー記事及びGreenfieldの講演要旨を含むDeVos Instituteの討論、Beckermanの記事掲載サイトは参考文献欄に掲載)。
[2]現在、この地区は、まちに開かれた芸術文化拠点を目指す「京橋彩区」(アーティゾン美術館と、隣接する(仮称)新TODAビル低層部の「(仮称)新TODAビル 文化貢献施設」、両建物外部の「(仮称)アートスクエア」で構成)(出典:京橋彩区ホームページ)を開発・運営中。美術館のシンボルである円柱に関し、同美術館広報課は、「2024年にはお隣の戸田建設ビルが完成し、この地域全体が「京橋彩区」としてグランドオープンし、広場も設けられます。外から眺めても象徴的なものとしてこの柱を設けました。」と説明している。
[3] 石橋財団ブリヂストン美術館編『石橋誠二郎とブリヂストン美術館』 2012年、11ページ、18ページ、37-46ページ。なお、正二郎は、ブリヂストン美術館開館記念展に当たり、「西欧の才能と同時に日本人の芸術的才能も常に見守」れる美術館にしたいとの抱負も語っているが、この考えも現在のアーティゾン美術館の展示に継承されている。
[4] 新畑泰秀学芸課長へのインタビューより。「アーティゾン美術館が目指す「これからの美術館」像とは?」(『美術手帖』1080号、美術出版社、160-161ページ、2020年2月)。
[5] 笠原美智子アーティゾン美術館副館長へのインタビューより。「美術館とは過去と現在を未来につなげていく場所」。アーティゾン美術館副館長・笠原美智子インタビュー」(「SERIES/アーティゾン美術館の現在(いま)」、『ウェブ版美術手帖』、2020年8月30日)。
[6] 開館記念展「見えてくる光景 コレクションの現在地」(会期:2020年1月18日〜3月31日)。筆者は会期中に2度訪問。
 「石橋財団コレクション×鴻池朋子 鴻池朋子 ちゅうがえり」(会期:2020年6月23日- 10月25日。筆者は11月5日に訪問。)も、ジャングルの中を分け入るような会場になっていた。また、「琳派と印象派 東⻄都市文化が生んだ美術」(会期:2020年11月14日-2021年1月24日。筆者は20年12月24日及び21年1月15日に訪問。)も、複数の巨大可動式展示パネルを斜めに配置して、単純でない動線を作るとともに、全体像がすぐにはわからないようなデザインになっていた。
[7] 吹き抜け展示室の天井高は4.2m(出典:美術館HP)で、高さのある大型作品の展示も可能である。
[8] ルートの最後と5階の吹き抜けホール部分には、コレクションを直感的に体感させるものとしてチームラボが制作した「デジタルコレクションウォール」が設置されている。同ウォールは、タッチパネル式で石橋財団コレクションを紹介するものだが、情報に乏しく(作品情報は、作者、制作年、材質とサイズのみ)、知的好奇心を刺激するような視覚的展開もない。コレクションを直感的に体感させられるか、ましてやデジタル・ネイティブ世代に訴えるものがあるかはやや疑問である。
[9] 川添善行著、早川克美編『私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』(芸術教養シリーズ19)、藝術学舎、2014年。
[10] 先行研究には、今後の美術館に求められることとして、来館者を能動的な者としてとらえるとともに、来館者の参加や関与を促し、共に学び合うことが必要だと提唱しているものが複数ある。例えば、S.Macdonald(2007)は、これまでの美術館訪問研究事例を検討し、受動的で美術館側が伝達する知識や情報を受け取るだけと考えられていた訪問者が、実際にはより能動的な主体であるとの認識変化が生じ、訪問者が能動的であることを前提とした展示デザイン、殊に相互作用性が求められるようになってきたと論じている(p149,-150, p152-153)。Mara Cerquetti(2016)も、先行研究を検討し、現在では、audience-centric approachが持続的なミュージアムを実現する上での重要な要素であり、また、ミュージアムは(来館者を)教育する場から、(来館者が)学ぶ場に変わること、来館者を巻き込み、参加や関与を促すことが、変化する世界で必要とされているとの主張を紹介している(p36, p38-39)。Gheorghilas等(2017)も、ミュージアムのフォーカスが、収集・保存から学びや楽しみ、インスピレーション(の提供)にシフトし、そのために来館者がコレクションを探索できるようにしなければならないとの主張が最近の主流であり、来館者側が求めることも、自宅からでも入手できるような情報ではなく、知らなかったことを経験することや刺激を受けることであるとの研究結果を紹介(p63, p67)、同時に、相互作用や探索・探求、visitor-orientedといった要素が21世紀のミュージアムに求められているとも述べる(p67-68)。
 この点、アーティゾンの空間は、来館者の能動性を前提とした造形にはなっているが、来館者への関与や学びの誘発の観点は明確には観察されない。同美術館広報課は筆者の質問に対し、アウトプットの場として、「館内にソファを設置したり、ビューデッキにはスマホの充電もしながら休憩できるような場を設け、お客様が自由に過ごしたり、考えたりする場としております。」と説明する。しかし、後述のように、平均鑑賞時間約20秒とされる多くの一般来館者には、一息つく場にはなっても、ただちに思索を深める場になるとは考えにくい。
[11] Smith, J. K., & Smith, L. F. (2001)は、一作品の鑑賞時間の平均値は27.2秒、中間値は17秒との調査結果を得た。また、その後のより大規模かつ詳細な調査では、それぞれ28.63秒、21秒となった(Smith, L. F., Smith, J. K., & Tinio, P. P. L. (2017))。この他、福のり子は、「美術館で一人の人が作品の前にいる時間は、平均10秒前後、しかも作品の横などに掛けられている解説パネルを読む時間のほうが、作品をみる時間よりも長いと言われている」と述べる(福の講演要旨より)。
[12]福のり子は、作品鑑賞をするためには、詳細な観察だけではなく、思考し、それを言語化する活動、「観察・考察・言語化」も必要と主張している(福の講演要旨より)。
[13] 京セラ美術館のラーニング・ツールのサンプル及び使い方と奈良博のワークシートはそれぞれ別添のとおり。筆者は京セラ美術館に2020年12月27日に、奈良博の「いのりの世界のどうぶつえん」展には会期(2019年7月13日~9月8日)中に一度訪問。
 このほか、東京都立美術館の「とびらボードでGO!」(磁気式の描画ボードに展示室でスケッチした作品をポストカードに印刷し、塗り絵のように彩色して持ち帰るプログラム)等も鑑賞体験を深める取り組みとして興味深い。
[14]もちろん、アーティゾン美術館では、各種レクチャー、対話型鑑賞やワークショップ、ファミリープログラム、スクールデー/スクールプログラム、ティーチャーズプログラム、企業・法人向けプログラム等の多種多様で意欲的なプログラムを多数実施している。しかし、こういうイベントもの、限定人数対象のもののみならず、今ある素晴らしい空間の中に、希望する来館者が誰でも利用できる一工夫を組み込めば、熟考された企画展がさらに生きると考える(なお、現在のアーティゾンの教育普及プログラムは、「学びの誘発」よりも「教える」に比重が置かれているものが多いとの印象を受けることを付言する。)。
 なお、京セラ美術館の談話室は、展示ルートの最後にあるが、アーティゾン美術館がビューデッキを学びの場に活用すれば、アウトプットや真に「見る」ための手助けの場が鑑賞途中で提供されることになり、京セラ美術館のものよりもアドバンテージを持った空間になると思料する。
 さらに述べると、この取り組みを、美術館が来館者の声を聞き、フィードバックを得る機会にもなり得るデザインとすれば、美術館が自らの姿を他者の目から見つめ、次の活動の糧にする貴重な材料にもなるとも考える。現在、アーティゾン美術館はアンケートなどを行っておらず、来館者からのフィードバックをどのように得ているか不明で、来館者とのコミュニケーションがやや不足しているように見受けられる。広報課からもこの質問に対する明確な回答は得られなかった。逢坂恵理子は、講演「美術館が目指す鑑賞教育の可能性」の中で、アートが何かわからない一般の人にアートを伝えていくためには、「その方々が何を感じて、何を享受できるか」を知ることが重要と指摘しているが、アーティゾンも目指すミッション達成のために、来館者を知り、来館者の声を聞く姿勢と取り組みがより必要だと考える。
[15] 本稿は、空間造形とデザインに焦点を当てて執筆したので割愛するが、アーティゾン美術館は、最新技術を採用し、これまでの美術館には見られない多くの工夫をし、斬新な切り口の意欲的、先鋭的な展覧会を次々に企画・実施する最先端の美術館である。
 例えば、空調や照明、入館システムやセキュリティチェック、免震等にも最新の技術を使っている。家具やインテリアもオリジナルデザインを開発している。館内ではフリーWi‐Fiが提供され、無料音声ガイドも自分の端末にダウンロードしたアプリで聞けられるようにもなっている。また、基本的に写真撮影は可とされているほか、日時指定予約制の導入、若年層取り込みのための学生無料制等、多くの工夫がされている。さらに、教育普及部を新設して、註14に記載のとおり、教育普及の取り組みを一層拡充し、一部プログラムについてはオンラインで録画配信も行っている。展示については、開館以来、斬新な切り口の展覧会を企画しているほか、現代美術作家とコレクションのコラボ企画「ジャム・セッション」を立ち上げたり、女性作家を意識的に取り上げるコーナーを作るなど、意欲的、先鋭的な企画が目白押しである。「現在の情報化社会では、人の関心は興味のある部分にだけ向かいがち」、「チケットが同じだからたまたま見てしまったものに、何かがあるかもしれない」という副館長の言葉(同副館長インタビュー記事より)にもあるように、近代美術と現代美術(企画展とコレクション展)を1枚のチケットにまとめているところにも、アーティゾン美術館の、アートの地平を広げる明確な問題意識と仕掛けがある。
 このほか、日時予約制導入でも明白だが、入場料収入や入場者数に一喜一憂するような運営はしておらず、美術館広報課も「入館者数は指標としては意識しますが、大量の集客は目的ではありません。あくまでもアーティゾン美術館として開催する意義のある展覧会を吟味して美術館活動を行っています。」と説明している。

<参考文献>
石橋財団ブリヂストン美術館編『石橋正二郎とブリヂストン美術館』、石橋財団ブリヂストン美術館、2012年。
石橋財団アーティゾン美術館紹介パンフレット「ARTIZON MUSEUM」、2020年1月。
稲庭彩和子・伊藤達矢著『美術館と大学と市民がつくるソーシャルデザインプロジェクト』、東京都美術館x東京藝術大学とびらプロジェクト編、青幻舎、2018年。
川添善行著、早川克美編『空間にこめられた意思をたどる』((芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3)、京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2014年。
祐真朋樹「Miracle Closet no.168 アーティゾン美術館」、126-129ページ、『Casa BRUTUS』2020年3月号vol.240、株式会社マガジンハウス、2020年。
日建設計/中本太郎+矢野雅規+小林哲也+李宇宙「ミュージアムタワー京橋/アーティゾン美術館」、『新建築』2020年3月号、72-83ページ、新建築社、2020年。
野村朋弘編著『日本文化の源流を探る』((芸術教養シリーズ22 伝統を読み直す1)、京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2014年。
福のり子講演要旨「作品鑑賞考察」、『VISION』Vol.27、No.1、10-12ページ、2015年。
依田徹「博物館・美術館の登場」、野村朋弘編著『文化を編集するまなざしー蒐集・展示・制作の歴史』((芸術教養シリーズ25 伝統を読み直す4)、京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2014年。
「アーティゾン美術館開館!」、『美術手帖』2020年2月号(vol.72 No.1080)、152-165ページ、美術出版社、2020年。

Smith, J. K., & Smith, L. F. (2001). Spending time on art. Empirical Studies of the Arts, 19(2), 229–236.
Smith, L. F., Smith, J. K., & Tinio, P. P. L. (2017). Time spent viewing art and reading labels. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 11(1), 77–85.
Mara Cerquetti, “More is better! Current issues and challenges for museum audience development: a literature review”, ENCATC JOURNAL OF CULTURAL MANAGEMENT &POLICY Col.6. Issue 1. 2016.
Aurel Gheorghilas, Daniela Dumbraveanu, Anca Tudoricu, Ana Craciun, “THE CHALLENGES OF THE 21st-CENTURY MUSEUM:DEALING WITH SOPHISTICATED VISITORS IN A SOPHISTICATED WORLD”, International Journal of Scientific Management and Tourism(2017)3-4: 61-73, 2017.
S.Macdonald(2007), “Interconnecting:museum visiting and exhibition design”, CoDesign, 3:S1, 149-162, DOL:10.1080/15710880701311502, 2007.

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https://bijutsutecho.com/magazine/series/s27/22545/pictures/10 (2020年12月30日閲覧)
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https://www.ana.co.jp/travelandlife/mile/a0347/(2020年12月30日閲覧)
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https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXR/20/ishibashi_foundation1110/ (2020年12月30日閲覧)
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https://artsandculture.google.com/streetview/tokyo-national-museum/PQG948Fv3mc_KA?sv_lng=139.7763134&sv_lat=35.7186668&sv_h=8&sv_p=0&sv_pid=-VIa0Hb79rEiT1msdfKpfw&sv_z=0.9999999999999997  (2021年1月1日閲覧)
京セラ美術館ホームページ(ラーニングプログラム、ワークシートの使い方、フロアマップ)
https://kyotocity-kyocera.museum/learning_program
https://kyotocity-kyocera.museum/wp-content/uploads/%E3%81%93%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%9F_0808.pdf
https://kyotocity-kyocera.museum/wp-content/themes/kyotocity_kyocera_museum/assets/pdf/info/floormap/ja.pdf  (2021年1月1日閲覧)
奈良国立博物館ホームページ「いのりの世界のどうぶつえん」
https://www.narahaku.go.jp/exhibition/2019toku/creatures/creatures_index.html (2021年1月1日閲覧)
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