ものづくりの町、墨田区のイメージアップ戦略、『3M運動』

佐藤昭子

ものづくりの町、墨田区のイメージアップ戦略、『3M運動』

はじめに
私の住む墨田区は、皮革、ニット、硝子、金属・機械産業等日用消費財生産の集積地で、住工商混合地域でもあるが、高度経済成長期以降は工場再配置や石油危機の打撃受け、工場・人口とも減少した。ここでは行政による中小企業振興施策の中の一つ『3M運動』の現状を調査し、その特徴を他地域と比較・評価し、今後を展望する。

3M運動とは
墨田区は区内産業・経済の衰退の阻止、復活のため、1979年に他地域に先駆け「中小企業振興基本条例」を制定した①。その施策の一つが、区の産業が下請体質から脱し、その産品の質的向上と高評価を狙い、区の活性化を目指すイメージアップ戦略の3M運動である。工場の一隅でその産業文化蒐集物を紹介する「小さな博物館」、製造現場と店舗が一体化した「工房ショップ」、付加価値の高い製品を創造する技術者を区が認定する「すみだマイスター」の三つの英単語の頭文字をとった②もので、1985年より区が運営の補助やPRをしている。
2015年1月現在、伝統工芸・地場産業等に関する小さな博物館27、工房ショップ28、マイスター37人を認定しており②、区産業観光部は「3Mガイドマップ」ⓐを作成・配布して訪問・周遊を勧めている。

3M運動の現場
昨年11月、「すみだ3M運動30周年祭」③を見学した。製造業や工房の歴史的展示、職人による実演、商品販売、体験型ワークショップが行われ盛況であった。区内外の人々が墨田区の多様な産業への知識を深め、作る楽しみを知る良い機会である感じた。
30周年祭とは別に、今回私が訪ねた現場は、以下の通りである。
1セイコーミュージアムⓑ④:歴史的時計やセイコー各種時計の変遷が展示され、説明員が詳細に案内してくれた。精工舎の工場誕生の地で、嘗て大工場も存在した墨田区への社会貢献でもあるとのことであった。
2名刺と封筒の博物館ⓒ⑤:名刺最大手の山櫻の支店の一角にあり、名刺の製造工程、道具の小さな展示の他、明治以降の年賀状等の企画展示があり、説明員の案内があった。社員発案の封筒や紙製品等も販売していた。
3江戸小紋博物館ⓓ⑥:都・国の伝統工芸士、現代の名工、黄綬褒章受章のすみだマイスターがいる大松染工場で、江戸小紋の型紙や染作業工程の小さな展示がある。夫人よりご子息が三代目を継ぎ、博物館を拡大予定と伺った。反物の他、ネクタイ、手拭等も販売していた。
4すみだ江戸切子館ⓔ⑦:すみだマイスターが作るグラスやぐい飲み等を店頭販売し、切子体験者が職人の指導を受けていた。客の大多数はギフト用に購入するとのことであった。
5創作和紙のKAMIZM Labⓕ⑧:和紙に多様な技法で加工した壁紙等を販売する会社の工房ショップで、使用道具や制作過程の展示があり、職人の中西氏が木版刷りの実演してくれた。和紙への加工体験も可能で、レターセット等も販売していた。
また、家の近所の、すみだマイスターがいる江戸木目込人形の塚田工房⑨で干支人形ⓖを、江戸木箸の大黒屋⑩で七角形箸を購入した経験があった。
いずれの博物館、工房ショップ、マイスターを含む職人も丁寧に対応してくれ、3M運動は直接見学者や客と対応できる良い機会で、販路が広がる等肯定的な意見であった。

評価
開始三十年を迎えた行政主導の3M運動を二つの側面から評価する。
1.区内産品の価値向上、区活性化への貢献
「ものづくり」という言葉に注目が集まる前から、伝統工芸を含む区内の製造業の振興策として始まったこの運動の先見性を評価する。1991年に区は、当運動の見学や視察が増え、区の伝統や技術に関心が高まり、参加企業の採用好転・技術継承意欲が増す等当初の目的の第一段階を達成したと総括した⑪。三十年間には一部博物館の閉館等もあったが3M運動参加数は増え、博物館や工房ショップが住民の中に溶け込み、認知されたと考える。工房企業側も作業体験で自分のブランドを知ってもらい、自社製品を客に直接販売することで自信や誇りを取り戻し、より優れた製品づくりへの意欲が高まっていると感じた。
2.他のイメージアップ戦略への波及
2010年より区は、地域イメージを高める「すみだ地域ブランド戦略」⑫として、新しくも懐かしく感じられる区内の良品を「すみだモダン」とブランド認証する施策を開始した。これには3M運動参加企業・マイスターの製品も多数含まれ、墨田区観光協会⑬が運営するスカイツリータウン内の「産業観光プラザ すみだ まち処」⑭で3M運動参加工房ショップの製品と共に販売されている。ここでは伝統工芸関連すみだマイスターの多くが所属する墨田区伝統工芸保存会の職人が一週間交代で毎日実演している。
また、子供の職人体験である「アウトオブキッザニアinすみだ」⑮は、3M運動参加の博物館・工房が核となっており、子供が区地場産業の理解を深める一助となっている。さらに、墨田区観光協会はスカイツリーを訪れる観光客や修学旅行生の区内周遊のために、3M運動参加工房・博物館への訪問も組み込んだ街歩きを勧めており、マスコミにも多数紹介されている。
このように3M運動は産業活性化だけでなく、観光や教育文化活動とも結びついて区のイメージを押し上げている。

他地域との比較
都内で手工業の伝統があって軽工業が発展した、台東・荒川両区の伝統・地場産業保護振興政策と比較する。
●台東区⑯⑰
1997年に開館した各種伝統工芸品を展示紹介する江戸下町伝統工芸館、1976年から実施している伝統産業及び地場産業の優秀技能者の顕彰、また、百か所以上のものづくりの現場を見学・体験できるアトリエ店舗(1991年より補助)と、18の博物館を掲載した「手作り工房マップ」の作成、2004年から東京国立博物館で開催している「台東区の伝統工芸職人展」がある。
●荒川区⑰⑱
区の伝統工芸技術認定や地場産業の優秀技能者である「あらかわマイスター」認定、彼らの作品「荒川ブランド」認定、さらに25の「モノづくり見学・体験スポット」を作成・配布がある。また、1981年より、職人による「伝統技術展」と荒川マイスターによる「産業展」を開催、1985年から区内の小学校に職人が出向き実演、生徒も体験する「あらかわ学校職人教室」の開催もある。
●両地区との比較
2014年6月現在、40品目が都の伝統工芸品と指定され、墨田区は荒川区と同じ13を産出し台東区の25に次ぎ二番で⑲、この三区は今でも伝統的手工業品生産の地であり、開始年月は異なるが伝統工芸と地場産業に対し同様の施策を実施している。
この中で墨田区は伝統工芸を単に文化財として保護継承すべき対象としてだけではなく、他区よりも早く企業として産業振興施策の対象としたことは特筆に値する。また、区のイメージアップ戦略として、博物館・工房ショップ・マイスターを併せて運動化し、デザイン運動や観光に連動させたことも評価できる。
台東区が地場産業の創業を支援する等、若いアーティストの養成を地場産業振興の柱の一つとしているのに対し、墨田区の伝統工芸を含む地場産業の技術の担い手は職人であって、デザインやマーケティングに新しい視点を取り入れようとしている点は差別化できる。

今後の展望
この運動は、商品に対しものづくりの現場や工程を知るという文化的付加価値を加えることで、観光はその背景にある文化・産業・歴史等へ共感を呼び起こす助けになる。このことから将来は、伝統工芸でない地場産業職人が入れ替わり技術を披露できる場所の設置、3M運動自体のブランド化、墨田区が共催する工場体験イベント「スミファ」⑳とのより強い連動等で、東京スカイツリーだけでない墨田区の魅力を発信していく取り組みも必要になる。
そして区主導から、区や観光協会をパートナーとし区民をサポーターとして、他の企業やデザイナー、大学とコラボレーションして、伝統を踏まえつつ自らの創造性を現実化するものづくりが求められている。
区は産業振興の十年後のビジョンを、「すみだに住み働く人々がすみだらしさであるものづくりの文化に誇りを持ち、楽しく過ごしている」㉑姿としている。よりグレードアップした3M運動は、このビジョンの実現に必ず寄与するであろう。

まとめ
3M運動は区内の伝統工芸と地場産業に新しい道を開拓し、東京スカイツリー開業により、観光との融合も積極的に図られてきた。ものづくりの現場やその歴史を知ってもらう機会を増やしてファンを育て、付加価値や生産性の向上を図り、後継者を育成して社会貢献することで、3M運動はより発展できると考える。

  • 987383_8e8b24b9c75c4ae8a57fbc4ab550d5f8.jpg ⓐすみだものづくり探訪 3Mガイドマップ 墨田区産業観光部産業経済課 2014/03発行
  • 987383_e25dc1d7df7d47deb30564b81ea84284 ⓑセイコーミュージアム パンフレット:セイコーのクロック、ウオッチはもちろん、和時計の展示も充実している。
  • 987383_175a3deb337c45d38206b0c39bd0f2dd ⓒ名刺と紙製品の博物館:名刺及び封筒の豆知識パンフレット、訪問時開催中の特別展示「未年年賀状と動物の絵葉書」展パンフレット。明治~昭和の年賀状と海外の絵葉書は、個人コレクターからの貸与との事。
  • 987383_b4c5d68618804315a6108ffbb6c6c8a8 ⓓ江戸小紋博物館 パンフレット:現在でも型紙は伊勢で彫られ、継ぎ目の部分は別途、地直し職人が修正するとのこと。
  • 987383_f746bc5f419442068c41d41b339e00b8 ⓔすみだ江戸切子館パンフレット
  • 987383_84c0bf9e2ff14f8dac5f562c384e53c7 ⓕKamism lab.パンフレット
  • 987383_eac6ed7ff1b34084821e0fedd6b4bbef ⓖ塚田工房の豆干支人形十二体:当地に越して以来、毎年一体ずつ増やしていった思い出の品である。

参考文献

①和田寿博『中小企業振興基本条例制定と中小企業振興の課題』愛媛大学地域創成研究センター、地域創成研究年報 9、P82、2014
②すみだ中小企業センターホームページより、すみだ3Mトップページ
 https://www.techno-city.sumida.tokyo.jp/s3m/  2015/01/30
 小さな博物館:Museum
 工房ショップ:Manufacturing shop 当初はModel Shop
 マイスター:Meister
③すみだ区報 2014/10/21
『すみだのものづくりを伝えて30年(すみだ3Mスリーエム運動)』
 http://www.city.sumida.lg.jp/kuhou/backnum/141021/pdf/kuhou01.pdf
④THE SEIKO MUSEUM セイコーミュージアム
 museum.seiko.co.jp/  2015/01/30
⑤株式会社山櫻 ホームページより、小さな博物館
 http://www.yamazakura.co.jp/sakuraterrace/musium/  2015/01/30
⑥江戸小紋 大松ホームページより 江戸小紋博物館
 http://edokomon-daimatsu.com/?page_id=152 2015/01/30
⑦すみだ江戸切子館
 http://www.edokiriko.net/ 2015/01/30
⑧KAMISM Lab
 http://kamismlab.jp/  2015/01/30
⑨江戸木目込人形 塚田工房
 http://www.edokimekomi.com/  2015/01/30
⑩江戸木箸 大黒屋
 http://www.edokibashi.com/  2015/01/30
⑪墨田区商工部産業経済課『新しいすみだ3Mキャンペーンの歩み-小さな博物館・マイスター・モデルショップ』墨田区、P23-24、1992
⑫すみだ地域ブランドホームページ
 http://sumida-brand.jp/  2015/01/30
⑬一般社団法人 墨田区観光協会 ホームページ
 http://visit-sumida.jp/  2015/01/30
⑭産業観光プラザ すみだ まち処 ホームページ
 http://machidokoro.com/   2015/01/30
⑮すみだ区報 2014/7/1
『「アウトオブキッザニア in すみだ」 墨田区』
 http://www.city.sumida.lg.jp/kuhou/backnum/140701/pdf/kuhou02_03.pdf  
⑯台東区の地場産業・伝統工芸
 http://www.city.taito.lg.jp/index/kurashi/shigoto/jibasangyo/index.html  2015/01/30
⑰東京文化財研究所 無形文化遺産部 第8回民俗芸能研究協議会 「わざを伝える ―伝統とその活用―」2013
荒川区の無形文化財保護の取り組み ―伝統工芸技術の保存・普及・継承事業を中心として
 野尻かおる(荒川区立荒川ふるさと文化館)P63-86、
台東区の伝統産業事業について
 浦里健太郎(台東区文化産業観光部産業振興課)P87-96
 http://www.tobunken.go.jp/~geino/pdf/kyogikai_report/08mukeikyogikai_report.pdf
⑱荒川区の魅力、パンフレット
 http://www.city.arakawa.tokyo.jp/kanko/ 2015/01/30
伝統技術展、あらかわ学校職人教室
 http://www.city.arakawa.tokyo.jp/arapura/dento/index.html  2015/01/30
⑲東京の伝統工芸品ホームページ(東京都 産業労働局 商工部)
 東京の伝統工芸品パンフレット P7
 http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/shoko/dentokogei/japanese/panf/pdf/dentokogei-panfu.pdf
⑳スミファ ホームページ
 http://www.sumifa.jp/  2015/01/30
㉑墨田区産業観光部産業経済課『墨田区産業振興マスタープラン~Stay Fab~』2013
 http://www.city.sumida.lg.jp/kakuka/sangyoukankoubu/sangyoukeizai/info/stay_fab_plan.files/stayfab.pdf
墨田区商工部産業経済課『新しいすみだ3Mキャンペーンの歩み-小さな博物館・マイスター・モデルショップ』墨田区、1992
長尾雅信『地域と産業のブランド化-すみだ地域ブランドの取り組み-』新潟大学MOTレビュー、No.2、P25-42、2011
 http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/bitstream/10191/30406/1/2_25-42.pdf
許 伸江『東トーキョーエリアの地域活性化の現状と課題-ものづくりとまちづくりをつなぐ「徒蔵(カチクラ)」地域の取り組み-』跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 15、P177-196、2013
 http://sucra.saitama-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php/atomi_manage15_10.pdf?file_id=31832
和田寿博『中小企業振興基本条例制定と中小企業振興の課題』愛媛大学地域創成研究センター、地域創成研究年報 9、P79-91、2014
 http://www.ccr.ehime-u.ac.jp/rci/nenpo/9/6.pdf
高野祐次『墨田区の伝統工芸と産業振興の試み~3M運動・スカイツリー・すみだモダン~』地域開発、Vol.602、P46-50、2014