歴史的景観の「常滑やきもの散歩道」

古井圭介

歴史的景観の「常滑やきもの散歩道」

愛知県名古屋市の南部に突き出し、南北に細長い知多半島は5市5町 からなり、その中の一つに常滑市がある。そこは、自然環境に恵まれ漁業・農業が盛んであり、千年の歴史を持つ常滑焼が有名である。平安時代末期頃からの「古常滑」と呼ばれる焼き物の産地として知られ、古くは知多半島の丘陵部の広範囲に分布していた。(註①-P30) 日本六古窯の中でも最も古く最大の規模とされてる。伝統的な登り窯から、明治後半には、ヨーロッパの最新技術を取り入れ、効率的な両面焚倒焔式角窯(りょうめんだきとうえんしきかくがま) が主流となり、昭和に入り、燃料が石炭から安値な重油へと切り替わったが、公害防止の規制が厳しくなり、次第にその姿を消していった。近代では、土管、植木鉢、盆栽鉢、火鉢、置物、甕、茶器など を作っていた。
以上のように、風光明媚な土地であり、歴史ある焼き物の産地として、その名残で雰囲気を味わう「常滑やきもの散歩道」がある。「常滑やきもの散歩道」とは昭和初期ごろ最も栄えた窯業集落一帯を指し、特徴的な町並みを味わえるように設定された二つのコースがある。(註②)
この地に魅せられ、長年足を運ぶうちに、月日の経過と共に、その変化も目にして来た。そこには、地元民の常滑焼きへの誇りを感じると同時に、現実の生活優先により、仕方なく壊れ行く景観も同時進行している現実もある。そんな中で、この景観を何とか残そうとする行政の努力もあり、様々な取り組みがされている。既に、知多半島の一大観光地となっている「常滑やきもの散歩道」の役割は大きい。住民の生活と景観維持の両立の狭間で、焼き物の町を将来に伝えていくには、どうあるべきなのだろうか。その辺りを、今回のレポートで検証し、評価してみることにする。
そこは、名古屋鉄道常滑駅の南東に位置し、東西約1km、南北約1.2kmの範囲に広がっている。今も点在する煙突・窯・工場など、時代と共に使われなくなった歴史的産業遺産を巡る観光スポットである。成立においては、1972年頃に自然発生的に生まれたものらしく、行政なのか地域の有志なのか、どっちつかずの曖昧な感じで管理されてきたとのことである。ここでは、焼き物の街らしい雰囲気が残っており、 他の地域には見られない特徴的な町並みを味わえる。知人でもある、地元の70代の男性(註③)に話を伺うことが出来た。「常滑やきもの散歩道」の中でもメインスポットとも言える「土管坂」(添付画像01)は、景観美から出来たのではなく、当時、坂道が滑りやすく路面の土が崩れるので、不要な土管を埋めて滑り止めにしたのが始まりとのことだ。彼は、20代の頃、家業である焼き物工場で、土管や焼酎瓶などをつくっていたそうだ。当時は、外に洗濯物を干すと、煤だらけになるほど空気が汚れていたという。公害問題その他で、仕事が下り坂になる気配に危機感を覚え、転職されたそうだ。
この集落には現在でも多くの作家や職人が住み、活動しており、休日には、焼き物コレクターをはじめ、古い趣ある建物や風景(添付画像02)を求める写真愛好家や、旅行者などで賑わいを見せている。最近は、お洒落なギャラリーやカフェをはじめ、こだわりの雑貨を取り扱う店も増え、それらを求める若者や家族連れなども増えつつある。 常滑焼の生産を支えてきた「やきもの散歩道地区」には、伝統的な窯屋やレンガ造りの煙突(添付画像03)、焼き物を使った道(添付画像04)や擁壁など、様々な景観資源が至る所に見られ、独特な景観が形成され、近年では、年間30万人を超える観光客が訪れる常滑市の観光スポットになっている。反面、残念ながら、景観を構成する建物やレンガ煙突などの一部では老朽化が見られ、また、近年では地区内や周辺に中高層マンションが立地し、空き地も出始め、地区の景観が阻害され始めているのも事実である。代表的な、登り窯や煙突(添付画像05)などは手入れされているのか、今でもその姿を変える事無く見る事が出来るが、役目を終えた工房や民家などは、姿を消したものも少なくない。そこで、常滑市ではこの地区の景観を保全するため、関係者の意見を聞きながら、景観法に基づく「常滑市やきもの散歩道地区景観計画」(添ファイル06)を平成22年4月に策定した。この計画では、良好な景観の形成に関する方針や、建築物・工作物の景観に関する制限基準などを定め、また、本地区の景観形成基準に適合した建築物等の保全及び改修への助成金制度を設け、住民や事業者の負担軽減の施策も盛り込んでいる。住民、事業者及び行政が一体となり、本地区の景観を維持保全していくことで、焼き物の町を将来に伝えるため、誇りを持って町並みを守り育んでいきたいと考えているのが趣旨のようだ。ここ数年、お洒落な飲食店や雑貨店が増えた。それらは、上記の景観保全のための計画の一端であり、地元民だけでなく、外からの者も新たに商売を始めている。外観は、黒塗で周りの雰囲気を損なわないような配慮が見られたり、店内は、昔の工房をそのまま利用して食堂にしたりと、それなりの工夫がされている。古いやきもの工房を利用して、焼き物の展示販売している店を何件か訪れた。(添付画像07)一軒は、何人かの趣味の陶芸作品を販売していた。もう一軒は、一人のプロ志望の陶芸作品を展示販売していた。その他、陶芸体験の店も何件かあった。所々に昔使っていたであろう機材が錆びてそのままになっていると、新旧の時代の交じり合った雰囲気が風情を演出しているようである。
集客にも様々な努力がなされている。現地にある陶磁器会館が案内所となり、AコースとBコースを設定し、初めての訪問でも分かりやすいように、案内図も配布している。(添付ファイル08) 近隣には、中部国際空港のセントレアがあり、外国人の訪問者も増えているようだ。最近では、大型ショッピングセンターのコストコが近くに出来て、流れてくる訪問客にも期待が出来るようである。大都市名古屋や岐阜方面からは、名古屋鉄道でのアクセスが良いことも好条件と言える。
他の同様の事例としては、比較的近くに、日本六古窯のひとつ「瀬戸焼」があり、散コースも設定しているが、山里にあり、それ以外に訪れる要素も少なく、常滑程の活気は感じられない。また、こちらも、日本六古窯のひとつ「信楽焼」は、狸の置物で有名だが、新名神高速道路が出来てから、インターチェンジが出来て、訪れる人々も増えたようだが常滑の比ではないようである。海に隣接し港のある常滑は、空港と鉄道・高速道路を合わせて、陸・海・空の道が開けており、他の同様な地域と比較して、圧倒的にアクセスが良いのも特徴である。また、国土交通省の計画にある「知多半島観光圏整備計画」では、主な観光資源としても取上げられている。
散歩道中には、一般の民家も多く、写真愛好家が間違って敷地内に足を踏み入れ、叱られる光景も何度か目にした。レトロな風情の散歩道に似合わない新築家屋もあり、行政の保全計画も一筋縄では行かないのが現状だ。「常滑やきもの散歩道」が、そこに住む人々にとって、プラスのこともあれば、関わりたくない、或いは迷惑に思っている人も居るだろう。見方を変えれば、生活を訪問者に覘かれているようなものである。商売をしていない住民は、複雑な気持ちの人も多いはずである。高齢化で車社会の今、坂道が多く車が入れない細い路地から、住民が離れていく傾向にあると、地元の住人に聞いた。空き家が多くなって来たのは、そのせいのようだ。常滑は、以前は、焼き物産業で栄えた街であるが、衰退した今、過去の歴史的産物と今の住民の生活の共存は難しいように伺える。だが、歴史ある焼き物の地として、その伝統を後世に伝えていくには、良い条件が揃っている場所とも言える。他の場所と比較しても、観光地としての集客力の要素には、恵まれている。また、繁栄期を知らない世代の人々が、この地に集まり、店を開いたり、ものづくりに励んだりしている姿を見て、古い歴史が新しい人々によって、伝承されて行く期待も感じられる。形あるものは、やがて壊れる。住民は、景観維持より、自分達の生活が優先である。しかし、外からの良い風も入ってきている。常滑焼自体、かつて住民の生活の糧であったように、今の住民の生活が潤い、かつ良い環境があってこそ、「常滑やきもの散歩道」の存続の意味があるのではないだろうか。「常滑やきもの散歩道」の将来は、今後の行政の努力と住民の理解に大きく左右されると思われる。

  • 987383_6c8cd181470e47e9a746f770d33763b4 メインスポットでもある「土管坂」 坂道の滑り止めとして、不要となった土管を埋めたもの。 こうした焼き物は、散歩道全体で見られるが、正に再利用のデザインといえる。
  • 987383_a4f72ce888454450b0133facb087e868 左の画像:「常滑やきもの散歩道」の代表的な光景。黒塗の壁とレンガ造りの煙突が見える。
    真ん中の画像:壁や地面など、いたる所に土管が使われている。当時、不良品も大量に出たようで、再利用により、景観作りにも活かされている。
    右の画像:「常滑やきもの散歩道」は、細い路地が迷路のようになっている。黒塗の壁に風情が感じられる。
  • 987383_38510e3125e844beb27b929138da92ca-1 青空に映えるレンガ煙突。常滑焼きの全盛期を偲ばせる遺物。 最盛期は、数百本を数えたそうだが、現在は100本も残っていない。
  • 987383_6d1bc3d2553449939a6141d244d817d3 パターン化して埋められた土管の通路。 作った人の遊び心とアート感覚が伺われる。
  • 987383_8eb6bc7198df4e24a13cefccc506b8ee 国の重要有形民俗文化財に指定されている「登窯」 と最上部にある煙突。 繊細な焼き上がりを気にする陶芸作家達が、好んで使っていたようだ。
  • 987383_00e77054f3d54371adb344e7000c2e42 「やきもの散歩道地区景観計画」の詳細 常滑市HP
    http://www.city.tokoname.aichi.jp/ctg/30050180/30050180.htmlより抜粋
  • 987383_3a827eceab6e42abb9550d69fbde2d58 店頭販売も、景観の一つとして趣がある。 店内に綺麗に陳列されているものも多いが、こうした、屋外での無人販売も雰囲気つくりになっている。
  • 987383_9a48183cc02f4ecd93ee7f7140854f93 「常滑やきもの散歩道」A,Bコース地図のデータ 常滑市観光協会のHPよりダウンロード出来る。
    http://www.tokoname-kankou.net/download/

参考文献

註① 「知多半島が見えてくる本。Vol.2」 日本福祉大学 知多半島総合研究所出版 2002年
註② 常滑市観光協会 常滑支部HP
http://tokonamesanpo.jp/
註③ 土井末吉さん。常滑市在住。生まれながらに常滑に住まわれ、焼き物全盛期から現在までを目の当たりにして来た。2014年12月、私の自宅にて話を伺った。

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