福岡市立福岡市美術館、いままでの歩みと、未来への布石

松山 妙子

1.はじめに
都心部に近接し水と緑に恵まれた大濠公園の中にあり、福岡城跡、鴻臚館跡を有する舞鶴公園とともに、市民の憩いの場として、歴史、文化、観光の発信拠点として、これまで、多くの人に親しまれてきた。
その福岡市美術館が、2019年3月にリニューアルオープンし、はや一年が過ぎようとしている。
前川國男設計の歴史的建築物というところに注目し、改修の内容を考察し、未来の福岡市美術館のありかたについて、さまざまな角度から検証し考察する。

2.基本データ
《 福岡市立福岡市美術館 》
所在地:福岡市中央区大濠公園1−6
開館: 1979年11月3日
改修工事のため、2016年9月1日から2019年3月まで休館
2019年3月21日リニューアルオープン
公式サイト:http://www.fukuoka-art-museum.jp/

3.建築物として
建築の外見上の特徴は、赤茶色の外壁であり、素材は磁器質タイルである。常滑焼の窯で焼かれた、複雑な色調のタイルは、竣工から年月を経ても全く色落ちすることなく、ますますその輝きを増している。
落ち着いた外観に包まれた建築の構造は、広い「エスプラナード」と呼ばれる広場とロビーを中心とした展示室等の配置が独特で、いわば、なかなか展示室にたどり着かない構造になっている。
リニューアル以前は、館内へのアプローチは、北側のエスプラナード側からと、南側のロータリー側からの2箇所で、正面玄関とされる北側から入ると、勾配の緩い階段を上がり、エスプラナードを通っていつの間にか2階の入口に誘導され、館内に入ると広いロビーを通って3方向に広がる展示室(コレクション展示室、特別展示室、そして一般向けのギャラリー)に向かうことになる。
1階入口から入ると、正面に2階への階段と、コレクション展示室(古美術)への導入の廊下が見え、その奥に、洞窟のように展示室が配置されている。左を見れば、ホールを経て奥につながる廊下があり、その奥にはワークショップや講演会に参加できるアートスタジオ、レクチャールームがある。いずれも広いロビーを通らなくてはならず、この配置には、来館者は、展示室に入って作品を見る前にこの広い空間を通ることで、自らが日常から切り離され、これから芸術体験をするための準備をすることになるという、建築家の意図が隠されている。

4.設計者前川國男(1905-1986)について
ル・コルビュジエに学んだモダニズムの理念と、A.レーモンドから得た伝統や建築の設計方法を元に、日本の近代建築を、日本の現実の中で模索しつづけた建築家で、「モダニズム建築の旗手」といわれる。
東京文化会館(1961年)は、コルビュジエ風の反りのある巨大な大庇(ひさし)の高さを、向いに建つコルビジェ設計の国立西洋美術館の軒髙と揃えるなど、二つの建物を呼応しながら、その間に都市的な広場が生まれるように工夫を凝らしている。前川の建築は、この東京文化会館に限らずに、竣工後も良好な状態で維持管理されている建築が多数ある。
社会情勢により、多くの建築が解体されている状況を考えると、前川國男が頑なまでに実践し続けた建築の質の髙さを垣間見ることが出来る。
岡山県庁舎(1957年)など多くの公共建築のほか、東京都美術館(1975)・熊本県立美術館 (1977)・山梨県立美術館(1978)・国立西洋美術館新館 (1979)など1960年代後半から各地で公立美術館・博物館の設計をしている。

5.方針、コレクションをふくむ福岡市美術館の背景
福岡市美術館は当初は基本的には郷土と欧米中心で近代美術館構想の下、開館記念にアメリカ現代美術展の目論みがあったのだが、福岡市が1974年から行った福岡藩黒田家の悉皆調査の結果、黒田家の所蔵品を受け入れ、松永コレクションが加わり、古美術と近代美術を備える総合美術館へと方向づけられた。最初の方針を固守せず、未来はアジアにあるとの先見性を優先し開館記念展では近代アジアの美術をとりあげ、その翌年には最初の「アジア美術展」が開催された経緯をもつ。
1974年12月にコレクション第1号として、ラファエル・コラン《海辺にて(収集当初は「海辺の舞踊」と表記)》購入、以来レオナール・フジタ《仰臥裸婦》・マルク・シャガール《空飛ぶアトラージュ》・ジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》・アンディ・ウォーホル《エルヴィス》、ジャン=ミシェル・バスキア《無題》、また、1995年には、アジア美術館設置を見越して、アジア近現代美術に代わる福岡市美術館の目玉作品としてサルバドール・ダリ《ポルト・リガトの聖母》を購入し、現在のコレクションの核になっている。
建物の経年劣化も目立ち、老朽化による展示・収蔵機能の低下、ユニバーサル化の遅れなど様々な問題を抱え、リニューアルにより美術館としての基本機能を回復するとともに、常設展示室や市民ギャラリーの拡充、大濠公園側のアプローチやカフェの新設などの2年半を有する大規模改修であった。
外観壁PC板打込みタイル改修についても、破損部は既存同仕様にて復旧され、アーチ状の天井やはつり壁面、照明器具、そして前川監修のロビーや会議室等の家具類もリニューアルではその大半が修理、再利用されており、前川國男建築の意匠は可能な限り継承され、福岡市美術館の特徴を構成する重要な要素となっている。
また、経営形態も変わり、PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)手法をとり、管理運営部門と施設の建築は民間に託し、学芸部門は、市の直営のまま15年間の体制を組むということである。

6.
(1)福岡市・県内の美術館・博物館との比較対照
福岡市美術館から派生したともいえる、1990年10月開館の福岡市博物館(前年、アジア太平洋博覧会のテーマ館になる)や、1999年3月市長の建設意向表明から約7年を要し、リバレインセンタービル7・8階に開館した福岡アジア美術館などには、移管された所蔵品もあり、美術館の専門的特化が進んでいる。
また、1964年11月に開館の福岡県文化会館(図書館・美術ギャラリーを備えた)(建築家、佐藤武雄)を全面改装し、1985年11月に開館した福岡県立美術館や、2005年10月に開館した九州国立博物館も、所蔵コレクションや企画展に、それぞれ特化が進んでいたが、このリニューアルによって、さらに特化が進み、それぞれの美術館・博物館の特色が顕著になっていくことが予想される。

(2)建築物としての京都会館との比較検証
1960年設立、50年間にわたり文化の殿堂として親しまれてきた京都会館は、周辺環境との調和を考慮し、既存の建物を出来る限り活かし、市民の思い出とともに未来へ引き継ぐことを基本としたうえで、施設水準の向上のために必要となる再整備が行われ、現在、2016年1月にロームシアター京都として再生され、第一ホール以外現存している。この外壁には、後に前川建築の代名詞となる「打込みタイル」の先駆けである、特注の磁器質タイルが使われるなど、それまでの、即物的な工業化の推進ではなく、むしろ、伝統に根ざし、時間の流れとともに豊かに風格を増す堅実な方法が試みられ、前川の後期建築への大きな転換点になった建物である。
福岡市美術館とは、改修の基本論理や民間活力導入など、実によく似た道をたどっていることに注目し、検証した。

7.まとめと今後の展望
2019年3月のリニューアルを機に、コレクションを核とした多彩な展覧会の開催や、市民の創作活動発表の場を提供するとともに、子どもから高齢者までアートに触れる楽しさを伝える教育普及プログラムとして、学芸員やボランティアによるギャラリーツアー・英語ツアー・建築ツアー・つきなみ講座・いきヨウヨウ講座などにも積極的に取り組んでおり、前川國男が遺した建築意匠を尊重しつつ、西側に新しいアプローチを設け、大濠公園でくつろぐ人々を館内に誘う機能を強化し、レストラン、カフェ、情報コーナーなど、アメニティも一層充実させ、質の高い美術体験を提供することをめざしているが、福岡市民との結びつきでいうと公園という意識が髙いせいか、まだ美術館には行ったことがないという人が少なからずいることも事実であり、SNSなどメディアを使った発信がますます必要になるだろう。
福岡市美術館が貴重な文化資産として人々がたくさん訪れ、文化芸術を通して福岡の魅力を国内外に発信する役割を担っていくことを期待している。

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  • 2_%e6%94%b9%e8%a3%85%e5%89%8d%e3%81%ae%e7%a6%8f%e5%b2%a1%e5%b8%82%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e6%ad%a3%e9%9d%a2%e5%85%a5%e5%8f%a3 改装前の福岡市美術館正面入口(福岡市提供写真)
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参考文献

福岡市立福岡市美術館公式サイト:http://www.fukuoka-art-museum.jp/
福岡市公式ホームページ:https://www.city.fukuoka.lg.jp/
建築みどころガイドマップ(福岡市美術館パンフ)
前川國男:http://ja.wikipedia.org
『近代日本の作家たち 建築をめぐる空間表現』 黒田知子編、学芸出版社、2006年
『都市のイメージ』 ケヴィン・リンチ著、丹下健三・富田玲子訳、岩波書店、1968年

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