「チームラボボーダレス」のマジック:日本美術の伝統の継承と発展

西出 幸子

はじめに
チームラボは2011年に学生ベンチャーとして設立され*1、世界各地でデジタル技術を駆使したアート作品を発表してきた。2018年には、東京お台場に常設の「森ビルデジタルアートミュージアム:エプソン チームラボボーダレス(以下、チームラボボーダレス)」を開設。5つのゾーンのうちの一つ、1階のフロア全体を使った「Borderless World」ではチームラボ設立以来の代表的な作品を体験できるようになった。
チームラボ代表の猪子寿之は、設立初期より絵巻物や屏風絵などのやまと絵や浮世絵、またアニメやゲームに大きな影響を受けて作品を作ってきた*2。今回の報告書では「Borderless World」の主要作品を中心に、チームラボが日本美術の伝統をどのように継承し発展させてきたかを評価したい。その際、特にモチーフ・構図・アニメーションに着目する。

作品の特徴と歴史的背景
中国および日本美術において、花鳥・人物・山水は3つの主要画題と言われるが、チームラボの作品では、花鳥が頻繁に使われている。「Borderless World」では、鑑賞者はまず『境界のない群蝶、人から生まれる儚い命(2018、作品1)』が置かれた部屋に踏み入れる。人が部屋の中に入ったことが感知されると、人とディスプレイの上に蝶が表示され、しばらくすると蝶はディスプレイの枠を超えて飛び立っていく。ディスプレイの枠内と枠外に連続性を持たせるこの技法は、江戸時代の「描き表装」の手法と類似している。描き表装に「冥界の道案内とも、死者の鎮魂ともいわれる蝶」を描いた河鍋暁斎の『幽霊図(19世紀)』*3に見られるように、蝶は日本美術の伝統において異次元の空間を移動できる象徴的存在であった。”ボーダレス”をコンセプトにしたこのミュージアムでは、蝶が作品の枠を超えて飛び回り、作品と作品の境界を曖昧にする役割を果たしている。
次に構図を見てみよう。チームラボは『源氏物語絵巻(12世紀)』や『鳥獣人物戯画(12世紀)』に見られるやまと絵の空間認識に着目し、視点を1点に固定する西洋の遠近法に頼らず、平面を複数の視点から鑑賞できる作品を作ってきた*4。『秩序がなくともピースは成り立つ(2013、作品2)』は、一見阿波踊りの群衆を表した一枚絵のようだが、近づくと幾層にも並んだパネルそれぞれに人物や動物が自律して踊ったり楽器を奏でている。観客はパネルの間を歩き回り、様々な視点から作品を味わうことができる。この作品を発展させた『Walk, Walk, Walk:探し、遠ざかり、また 出会う(2018、作品3)』では絵巻物がスクロールするように阿波踊りの行列が進む。アニメーション作家の高畑勲によると、絵巻は左へ繰り広げるため、見えてくるものが目に入りやすいように右から見た構図を取ることが多い*5。しかし、この作品では鑑賞者が歩きながら見ることを想定し、鑑賞者の位置や見る角度によって見え方に差が見られない構図やアニメーションを採用している。
アニメーションは、江戸美術をモチーフにした作品でより顕著な効果を挙げている。「Borderless World」のFleeting Flower シリーズ『牡丹孔雀/菊虎/向日葵鳳凰/蓮象(2017、作品4-7)』では、伊藤若冲の升目画を踏襲しながら、升目内の文様と画面全体の文様を刻一刻と変化させる美しい作品に昇華している。また、『Black WavesーContinuous(2016、作品8)』は、尾形光琳の『波濤図屏風(18世紀)』や葛飾北斎の『富嶽三十六景: 神奈川沖浪裏(19世紀)』に見られる波の様式を継承*6しながら、鑑賞者を波の映像と音で包み、海の中に漂うような身体感覚をもたらしている。
「Borderless World」の全作品に触れることができなかったが、チームラボが日本美術からモチーフや構図を援用しながらも、アニメーションを効果的に使うことで、新たな鑑賞体験を作り上げていることを見てきた。そこには、商業的な流行に捉えられがちなデジタルアートにモチーフ・構図・アニメーションのロジックを持ち込み、日本美術の正統な文脈に位置づけようという意図も伺えた。

国内外の事例
チームラボ同様、CGやセンシング、プロジェクションマッピングなどを組み合わせたデジタルアート作品を発表している集団は多い。日本ではWOW(1997-)、NAKED(1997-)、ライゾマティクス(2006-)、海外ではカナダのMoment Factory(2001-)などが有名だ。なかでも、NAKEDは『洛中洛外図 舟木本(17世紀)』をモチーフにしたプロジェクションマッピング(2013)を行ったり、Moment Factoryは「食神さまの不思議なレストラン展(2017)」や「カムイルミナ(2019)」において日本の伝説や昔話を取り込んだイベントを開催している。しかし、チームラボのように日本美術の再解釈に一貫して取り組んでいる事例は見当たらない。
代わりに猪子寿之が繰り返し取り上げてきた滝を題材にした複数の作品を比較してみよう。
[1]『憑依する滝(2013、作品9)』:ディスプレイ上で滝を再現。
[2]『光の滝/滝に咲く花(2016-2017、作品10)』: 徳島県に祖谷谷に実存する滝にプロジェクションを投影。
[3]『坂の上にある光の滝(2018、作品11)』:人口の水流にプロジェクションを投影。
[4]『人々のための岩に憑依する滝(2018、作品12)』:「Borderless world」にある部屋一面にプロジェクションを投影。
日本美術で滝と言えば、鎌倉時代の『那智瀧図(13-14世紀)』が思い浮かぶが、[1]から[3]までは闇に白く煌々と浮かび上がる滝の神秘性を表現しており、明らかに『那智瀧図』をレファレンスとしている。しかし、[4]になるとレファレンスを離れ、滝そのものの神秘性よりも、滝をとりまく空間・風景全体が主題になっている。
「Borderless World」にある。『地形の記憶(2018)、作品13』も[4]に近い。これは、若冲の『動植綵絵』内の『蓮池遊魚図(18世紀)』を歩き回るような作品だ。周囲に鏡があるため、蓮の表面や裏面に投影された映像は何重にも増幅され、まるで自分が川の流れ、時間の流れ、季節の流れの中心に立ったかのような感覚を覚える。同時に、部屋の外にいる人からは、中の様子が一枚の額縁のように見える仕掛けがされている。

まとめと今後の展望
「Borderless World」にある主要作品からは、近代以前のやまと絵の強い影響とともに、それを革新しようとする数々の試みが見てとれた。レファレンスとなっている日本美術の古典作品に本来存在していた躍動感・生命感を引き出し、年間230万人にも及ぶ世界中の来訪者が日本美術の知識がなくても自然に楽しめる作品に仕立てている点は多いに評価できる。ここでの鑑賞体験は、絵巻や光琳・若冲や北斎等の作品を新たな視点で鑑賞する契機となるだろう。
一方で、『人々のための岩に憑依する滝』や『地形の記憶』などの作品では、平面のイメージを鑑賞する作品から、立体的なイメージが繰り広げられる作品に変化していた。そこでは枠の存在はかき消され、イメージは鑑賞者の動きや時間によってダイナミックに移り変わるため、全体像が捉えきれない。また、チームラボは、近年、国内外で地方に残る庭園や城壁を利用した”デジタライズド・ネイチャー”や、都市のスペースの価値を見直す”パーソナライズドシティ”のプロジェクトに注力している*7。これらの作品は、”絵画”から”空間”へ、”人工”から”自然”へ、そして”空間や自然にある人の在り方”を問うものになっている。こうした変化には日本の宗教絵画や宗教建築との連続性も伺え、その日本美術における歴史的意義についても今後考察していきたい。

■チームラボ作品一覧
作品1: teamLab, 境界のない群蝶、人から生まれる儚い命, 2018, Interactive Digital Installation, Endless
作品2: teamLab, 秩序がなくともピースは成り立つ2013-2018, Interactive Digital Installation, Endless, Sound: Hideaki Takahashi, Voices: Yutaka Fukuoka, Yumiko Tanaka
作品3: teamLab, Walk, Walk, Walk:探し、遠ざかり、また 出会う, 2018, Interactive Digital Installation, Endless, Sound: Hideaki Takahashi, Voices: Yutaka Fukuoka, Yumiko Tanaka
作品4: teamLab, 牡丹孔雀, 2017, Digital Work, single channel, Randomized video loop, 3 sequences, 5 min 20 sec, each
作品5: teamLab, 菊虎, 2017, Digital Work, single channel, Randomized video loop, 3 sequences, 5 min 20 sec, each
作品6: teamLab, 向日葵鳳凰, 2017, Digital Work, single channel, Randomized video loop, 3 sequences, 5 min 20 sec, each
作品7: teamLab, 蓮象, 2017, Digital Work, single channel, Randomized video loop, 3 sequences, 5 min 20 sec, each
作品8: teamLab, Black Waves – Continuous, 2016, Digital Installation, Continuous Loop, Sound: Hideaki Takahashi
作品9: teamLab, 憑依する滝, 2013, Digital Work, 5 channels, Continuous Loop
作品10: teamLab, 光の滝, 2016 - 2017, Digitized Nature, Sound: Hideaki Takahashi/teamLab, 滝に咲く花, 2016 - 2017, Digitized Nature, Sound: Hideaki Takahashi
作品11: teamLab, 坂の上にある光の滝 2018, Digital Installation
作品12: teamLab, 人々のための岩に憑依する滝, 2018, Interactive Digital Installation, Sound: Hideaki Takahashi
作品13: teamLab, 地形の記憶, 2018, Interactive Digital Installation, Sound: Hideaki Takahashi

  • 添付資料 作品1~13 非掲載

参考文献

*1 堺大輔「チームラボのチームの秘密ー究極のフラット型組織で、究極の実力主義」、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2016年12月号。
*2 猪子寿之監修『チームラボって、何者?ー日本美術史に新たなページを加える最先端アート集団の思考と作品』、マガジンハウス、2013、16-27ページ。
*3 榊原悟『江戸絵画万華鏡ー戯画の系譜』、青幻舎、2007、62ページ。
*4 猪子寿之監修『チームラボって、何者?ー日本美術史に新たなページを加える最先端アート集団の思考と作品』、マガジンハウス、2013、16-27ページ。
*5 高畑勲『十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』、徳間書店、1999、14ページ。
*6 本丸生野「作品解説:チームラボ 世界は暗闇からはじまるが、それでもやさしくうつくしい」、南條史生編『teamLab 永遠の今の中で』、青幻舎、2019、133ページ。
*7 猪子寿之x宇野常寛『人類を前に進めたい:チームラボと境界のない世界』、株式会社PLANETS/第二次惑星開発委員会、2019、85ページ、182ページ。

Webサイト(いづれも2020 年 1 月 25 日閲覧)
・チームラボ
https://www.team-lab.com/
・森ビルデジタルアートミュージアム:エプソン チームラボボーダレス
https://borderless.teamlab.art/jp/
・チームラボプラネッツ TOKYO DMM
https://planets.teamlab.art/tokyo/jp
・WOW
https://www.w0w.co.jp/
・NAKED
https://naked.co.jp/
・NAKED:「KARAKURI Scenes in and around Kyoto」
https://naked.co.jp/works/851/
・ライゾマティクス
https://rhizomatiks.com/
・Moment Factory
https://momentfactory.com/home
・Moment Factory:「KAMUY LUMINA (カムイルミナ)」
http://www.kamuylumina.jp/

年月と地域
タグ: