デジタル化が進む山手線の車内に於ける広告の今
1.はじめに
電車内の広告を見ていると地域に密着した広告から、雑誌等の時事に関するもの。そして、大企業の商品から番組告知と多岐に渡っている。近年ではデジタル化も進み、映像を活用した広告も始まった事で、その幅は広がりつつある。そこで、利用者数の高い山手線に於いて、どの様な展開がなされているかを考察し、交通広告の今後を探っていきたい。
2.基本データ
山手線はJR東日本が運行する東京都心部で環状運転を行う鉄道路線。在来線や新幹線、各私鉄、地下鉄各線に接続しており、1周全長が34.5kmである。平日は外回り、内回り合わせて650本が運行。土曜・休日でも合計583本が運行されている。
また、2016年の平均通過人数は1日平均1,111,243人である。この数字は品川駅〜渋谷駅〜新宿駅〜池袋駅〜田端駅間のもので、田端駅〜上野駅〜東京駅〜品川駅間は東北本線及び東海道本線に合算されて公表されている為、実際の利用人数はもっと多くなる。
3.歴史的背景は何か
日本の公共交通機関に於ける広告の歴史的背景をみると、明治43年に鉄道に於いて有料広告が始まったが、大正13年8月末に風趣を害するという理由で廃止となった。だが、不況による収入の減少で、その対策として昭和2年9月より再開された。
また、広告形態として、車両内でよく見掛ける中吊り広告があるが、広告内容により掲示期間は各々異なり、契約期間が終了すると他の広告と置き換わる。通常は紙で平面だが、たまに立体感を出したものも存在する。そして、網棚付近にある広告とは異なり、荷物で見えなくなる事もない為、優位性が高い。そして、中吊り広告は張り替えの頻度が高い為、雑誌等のタイムリーな広告が多く見られるが、窓上にある広告は、張り替えの頻度が低い為、沿線の不動産や金融機関等が多い。また、ドアに貼られたステッカーは通勤客を狙ったドリンク剤や風邪薬等の広告が見られる。都市部では小さな場所迄、広告スペースとなっており、公共交通機関に於ける広告はその用途と存在価値をみい出し、普及を遂げて来た。
そして、2002年に山手線で初めて、ドアの上部に2つの画面が設置されたのが、公共交通機関に於けるデジタルサイネージの始まりだ。音声は流れない為、TV向けに作られたCMに字幕テロップを入れたり、一部、再編集したものを流したりしている。紙媒体の動かなかった広告から、動画を使った動く広告の導入で画期的な変化を遂げ、その後、各鉄道会社へも普及していった。
4.事例の何について積極的に評価しようとしているのか
2020年の東京オリンピック開催に伴い、山手線では利用者が増加する事を見込んで新型車両が登場した。座席数の増加、車椅子やベビーカー、スーツケース等の大きい荷物を持ち込める場所が設置され、中でも話題となったのが、車内の多くの紙媒体の広告が姿を消し、デジタルサイネージ化された事だ。
今では電車内に限らず、駅構内・屋外とデジタルサイネージは浸透しているが、この新型車両の導入で、これ迄のドア上の画面である「トレインチャンネル」に加え、窓上に設置された「まど上ビジョン」や車両連結部の上に設置された「サイドチャンネル」の誕生で、車内全体、360度に広がる映像がインパクトを与えた。
では、車内広告をデジタル化することで、どんな効果があるのか。まず、広告を手作業で替える必要がなくなり、人件費を削減出来る。また、TVで放送されているCMが流用出来る為、制作費を削減出来るはずである。更に、デジタルサイネージを活用すれば、時間帯によって表示する広告を変える事も可能だ。例えば、通勤時間帯ではビジネスマン向けの広告、女性専用車両では女性向けの広告を流す等、ターゲットを絞った広告を掲載する事が可能だ。デジタルサイネージの先駆けであった山手線が、広告の可能性を更に拡大させたのだ。
5.国内外の他の同様の事例に比べて何が特筆されるのか
デジタルサイネージを使用した広告は、まだ海外の方が日本より進んでいると言われ、英国のヒースロー空港では数年前からデジタルサイネージでしか広告が扱われておらず、紙媒体の広告は一切ないという。駅やホームでもデジタルサイネージの設置が日常化され、今では複数の画面を連動させて効果を出す手法が注目を浴びている。では、先程から取り上げている電車内に於いてはどうだろうか。
鉄道というインフラが早くから整っていた、欧米と比較すると、決して、そうとも言い切れない気がする。例えばニューヨークのタイムズスクエアを歩くと見渡す限りのデジタルサイネージに囲まれている一方、地下鉄の車内はどうだろうか。最近、チラホラと漸く見られる様になったものの、殆ど見られる事がない。まだ、紙媒体の広告が主力である。
その一方、アジアでは近年、発達を遂げた事もあるのか、タイや韓国といった国々の電車内の広告にはデジタルサイネージが導入されている。タイに至っては、日本とは異なり音声も流れている。電車内での音声の活用は、文化の違いや背景等もあるとは思うが、非常に興味深い事例だ。
では、国内はどうだろう。山手線と同様に新型車両導入に伴って、中吊り広告もデジタルサイネージに変えた西武鉄道がある。席を回転させて進行方向に向けられる為、中吊り部分が画面になる事で、乗客が見易くなるという理由だ。そして、車内を広く見せる効果も生まれる。この場合は、長時間座っての移動を意識したものと考えられるが、全てをデジタル化せずに、紙媒体の中吊り広告を残した山手線と比較すると、その活用法は非常に興味深い。駅と駅の間も短く、乗降者数の多い山手線との違いを感じる。座席のスタイルの違いで人間の目線に変化がある事が象徴されていると思う。つまり、状況や行動の違いで広告の見え方が変化するのだと思う。その用途、価値が変化する訳だ。
6.今後の展望について
山手線車内のデジタルサイネージではTVのCMを使用する場合があるが、無音の為、今後は更に、音声が無くても確りと訴求が伝わるコンテンツ作りが、重要視されてくると考えられる。動画広告は今や、TVやインターネット等だけでなく様々な場所で活用され、中でも電車内のデジタルサイネージに於ける広告は、視聴者と接触率も高く、時間帯や路線を選ぶ事でターゲットを絞れるからだ。
また、雑誌広告を中心に、中吊り広告の需要も根強く存在している。だが、デジタル化が進み出版不況により広告出稿の減少で、嘗てと比べると低下傾向にある様だ。それ以上に、車内での乗客の行動変化もある。スマートフォンを見る乗客が増加し、以前と比べて車内広告に目を向けなくなったという現実もある。この様に紙媒体の広告の需要が減少する中で、注目されているのが、ドア横にあるスペースである。この場所は中吊りや窓上広告と違い、丁度、乗客の目線と同じ高さにあるので、スマートフォンの画面を見ている乗客も、下車する時は目に付き易い。中吊り広告の需要低下と反比例する形で、需要が上がっているという。
山手線に於いても新型車両を導入する際に、中吊り広告を廃止するかの議論はあった様だが、広告媒体としてデジタルサイネージへの転換をする事が全てではないと考えた様だ。それは、我々の日常や行動が凝縮され、反映された結果なのだと思う。
そんな中、2017年10月に山手線の新型車内ビジョン、中吊りやその他の広告全てを1社でジャックしたメディアミックスの展開として、「ADトレイン」が運行された。映像媒体と紙媒体との融合で作られた広告の空間は、其々のメディアが共存していく上で、その存在をアピールできたのではないだろうか。
つまり、其々のメディアの価値を高め、効果的な広告を展開する事が今後の課題とるのではないか。それは、広告の内容だけではなく、そのメディアの配置も重要になってくる。だから、何が一番効果的で、人間の心理を突いたものかを考えていく必要がある。故に今後の電車内の広告は、技術の進歩や社会の変化だけではなく、感覚や人間の行動、生理も関係し、変わっていくだろう。そして、そこには、まだ広告の可能性が秘められていると考える。
7.おわりに
メディアが混在して存在する現在の山手線の車内広告は、今後も観察する価値のあるものだと考える。それは人間の行動が、直接反映された広告だと思うからだ。現在の車内に於ける広告媒体のバランスが変化した際は、私達の生活に何らかの変化が生じた時だと考えられる。
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【写真1】
ニューヨークの地下鉄車内(Eライン)
通常の車内の様子。紙媒体の広告が窓上、ドア横に見られる。
(2018年1月、筆者撮影) -
【写真2】
ニューヨークの地下鉄車内(Times SquareとGrand Centralとの間を結ぶSライン)
車内がラッピング広告された様子。車内の広告が1社でメディアジャックされている。
(2018年1月、筆者撮影) -
【資料1】
プレスリリース『新型通勤電車(E235系)量産先行車新造について』
(2014年7月2日付、東日本旅客鉄道株式会社)
新型通勤電車E235系量産先行車の概要が記載。
掲載された車内イメージ写真に、車内のデジタルサイネージ画面が映し出されている。
広告媒体をデジタルサイネージ化し、より付加価値の高い情報を提供できる様になった事が書かれている。(非公開) -
【写真3】
ニューヨークの地下鉄車内(Wライン)
車内に導入されているデジタルサイネージによる広告。座席の窓上に表示画面がある。
その他、紙媒体の広告がドア横や上部にも見られる。
(2018年1月、筆者撮影) -
【写真4】
ニューヨーク・タイムズスクエアの風景。
デジタルサイネージによる広告が見られる様子。
(2012年10月、筆者撮影) -
【写真5】
ニューヨーク・タイムズスクエアの風景。
複数の画面を用いて一つの広告を表示している様子。
(2012年10月、筆者撮影) -
資料2
東日本旅客鉄道株式会社、路線別ご利用状況(非公開)
参考文献
中村 伊知哉・石戸 奈々子著『デジタルサイネージ革命』、朝日新聞出版、2009年。
プレスリリース『新型通勤電車(E235系)量産先行車新造について』、東日本旅客鉄道株式会社、2014年7月2日。
小佐野景寿著『西武、「完全デジタル広告」車両投入のワケ』、東洋経済ON LINE、2016年9月8日。
『公益社団法人日本鉄道広告協会会報Vol.22』、2014年12月1日。
『公益社団法人日本鉄道広告協会会報Vol.42』、2017年6月1日。
東日本旅客鉄道株式会社ホームページ(2018年1月)、www.jreast.co.jp/rosen_avr/
jeki、(株)ジェイアール東日本企画ホームページ(2018年1月)、http://www.jeki.co.jp/transit/mediaguide/data/index.html#library
関東交通広告協議会ホームページ(2018年1月)、http://www.train-media.net/report/