「絹弦」の伝統継承と中国伝統楽器への挑戦:株式会社丸三ハシモトの取り組み

安井 正典

はじめに
伝統的な和楽器に用いられる「絹弦」(註1)は邦楽文化を支えるプロダクトであり、その独特な音色を求めるプロ奏者から高い支持を得ている。一方、絹の文化を日本に伝えた中国では古来の伝統楽器「古琴」にスチール弦が用いられるなど、絹弦の文化が途絶えようとしていた。
本稿では絹弦製造の伝統を継承する国内メーカーが古琴絹弦の製造に挑戦する取り組みに注目し、絹弦文化継承の機運を高めた事例として評価を試みる。

1.基本データ
株式会社丸三ハシモト(以下「丸三ハシモト」と呼ぶ。)は、1908年(明治41年)に創業し、滋賀県長浜市木之本町において従業員11名により琴や三味線などの和楽器弦を生産するメーカーである。1960年には業界初のナイロン製琴糸を開発するなど、早期に化学繊維弦への展開も行いつつ、伝統的な絹弦生産を維持継承している。
主力商品は三味線、三線(蛇皮線)、琴、琵琶などの弦であり、年間100万本くらいの生産のうち、4割が絹弦、6割が化学繊維弦となっているが、売り上げは絹弦の単価が高いため絹弦6割、化学繊維弦4割となっており、手作業による生産が可能とする多品種少量生産で400種類ほどの商品を提供している。(註2)
国内において和楽器弦を手掛けるメーカーはわずか7社(滋賀4、京都1、埼玉1、東京1)であり、さらに化学繊維の弦が増える中、絹弦を取り扱うのは4社である。
家内工業的なメーカーも含まれるため、今後も業界規模の縮小が想定される中、大手としては滋賀の丸三ハシモトと糸幸商店、京都の鳥羽屋が挙げられ、本稿で取り上げる丸三ハシモトでは国内絹弦メーカーとしては最も大きな規模で生産が行われている。

2.歴史的背景
滋賀県の湖北地域に位置する長浜市木之本町には伝承では平安時代から生糸が生産されていたという大音(おおと)・西山地区(註3)があり、伝統的に養蚕業や製糸業が栄えた土地である。記録では江戸期から明治・大正期にかけて大きく発展したとされ、明治期には製糸工場などによる大規模生産が行われていたが、化学繊維の発展や第二次世界大戦下での食糧増産政策による桑畑の転作などを経て、養蚕や製糸は限られた場所で続けられるのみとなっている。
和楽器弦に用いられる特殊生糸は、織物などに用いられる生糸と異なる製法が必要であり、弦に腰と粘りをだすセリシンというタンパク質を適度に残す「生挽き(なまびき)」(註4)と呼ばれる手法で作られる。現在も大音地区では伝統製法による特殊生糸の生産が続けられており、絹弦用特殊生糸の産地であることが地域特性として挙げられる。
丸三ハシモトでは創業以来、和楽器弦を手掛け、三味線弦では「独楽撚り」と呼ばれる独自の工法を守り、プロの求める音色を継承するなど、和楽器弦の伝統を今に伝えている。

3.丸三ハシモトの特筆すべき取り組み
国内和楽器市場を取り巻く現状は厳しく、作り手、小売店、演奏者の全てが減少しており、高齢化も進んでいる。特にプロ向けの商品には、奏者の求める安定した品質、「音色」を維持継承する必要があり、伝統芸能の維持にも深く関わっている。
その耐久性の良さから化学繊維弦の市場が拡大する中、プロの求める絹弦の音色を継承している点は邦楽文化を支える重要な取り組みであると言える。
一方、丸三ハシモトは絹弦製造の技術を生かし、絹弦文化の衰退した中国伝統楽器「古琴」に用いる弦を手掛け、中国伝統楽器に絹弦文化復興の機運を生み出している。本稿では特にこの点を技術の水平展開として評価し、紹介したい。

(1)古琴における伝統的絹弦の復興
七弦琴とも呼ばれる古琴は中国伝統楽器の中でも古い起源を持つ楽器であり、文人や士大夫が嗜むべきとされた四芸の「琴棋書画」に挙げられるように中国伝統文化においても重要な位置づけがなされている。(註5)
漢代末に楽器として完成され現在に至った古琴であるが、中華人民共和国成立から文化大革命前後の伝統楽器改良の流れにより、音量の出るスチール弦が中国伝統楽器全般に普及することとなり、その後、古琴も「自娯」である文人の琴から大衆に聴かせる演奏者の琴へと変容することとなった。
近年ではユネスコの無形文化遺産に登録され、中国のホワイトカラーの間で古琴を学ぶことがブームとなり、急速な演奏人口の増加が見られるとともに、奏者や楽器製作者によって絹弦の伝統復興の機運が高まりつつあるが、中国国内では絹弦製造が衰退し、良質な絹弦を得ることが課題となっている。

(2)古琴弦への挑戦
絹弦製造の技術を生かす取り組みとして、丸三ハシモトが挑戦しているのが中国伝統楽器「古琴」に用いる弦の開発である。
2008年頃に韓国の伽耶琴(カヤグム)の弦開発に関わったことを契機として、アジアの伝統楽器への展開の可能性を探るようになり、その過程において古来は絹弦を用いていた中国の伝統楽器が、現在ではスチール弦が主流となっていることを発見する。
そこで、中国伝統楽器に絹弦を提案することを目的に2011年10月に上海で開催される国際楽器展覧会「Music China」において、二胡、中胡、中国琵琶、古琴の弦として絹弦を紹介することを試みた。
スチール弦が主流となっている中国市場では絹弦は幻の弦のような存在であり、中国のバイヤー、演奏家、メーカーなどから高い注目を集めることとなったが、特に問い合わせが多かったのが古琴弦であった。古琴弦はこの時点では近い太さの絹弦を楽器に張っていただけで完成されたものではなかったが、古琴製作の第一人者である王鵬氏の目にとまり、開発を依頼されることとなった。
古琴弦は7つの弦のうち、第1弦から第4弦までの太い弦に芯の糸のまわりに細い糸を巻き付ける「纏糸(てんし)」という製法が用いられる。日本では京都の鳥羽屋において古琴弦が作られていたが、「纏糸」を用いない日本独自の製法がとられていたため、丸三ハシモトでは中国古典音楽研究者の坂田進一氏を訪ねて、かつて古琴弦に用いられた失われた技術の復興を目指し、ギター弦の製法を参考にした加工機械を導入して「纏糸」による絹弦の開発に成功する。
2012年には王鵬氏の工房と契約し、製品化がなされ、上海「Music China」にも再度出展、中国メディアに「伝統楽器向け絹弦を再興」と紹介されたのをはじめとして絹弦への注目が徐々に高まり、中国でも絹弦を製造するメーカーが複数現れるようになった。2016年には「Music China」において「絹弦セミナー」が開催されるなど、わずか5年程度で中国での絹弦文化復興の流れが生まれようとしている。

4.活動評価と今後の展望
(1)中国伝統楽器における絹弦文化復興への貢献
丸三ハシモトによる2011年の「Music China」出展を契機として、伝統楽器への絹弦復興の機運は確実に高まっており、当初は「幻の弦」であったレベルの絹弦がわずか数年で古琴のプロ奏者であれば一度は演奏したことがある弦となり、複数の中国メーカーが生産するようになるなど、「絹弦ルネサンス」がまさに始まっているというダイナミズムを感じることができる。現地メーカーによる商品供給が広がることにより、古琴だけでなく中国伝統楽器全体に絹弦が普及することが期待できるだろう。

(2)日本における絹弦メーカーの抱える課題と展望
国内では養蚕業の衰退など原料確保に大きな課題を抱えている。原糸の特性によって製品の「音色」も影響を受けるため、高品質な絹弦を安定的に供給するためには原料に関する課題解決が必要であろう。近年では「クモの糸」の人工合成に成功したスパイバー株式会社(註6)の事例にみられるように、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の配列を組み替えることによって絹糸を作る技術が登場する可能性も高まっている。将来的には耐久性と音色をあわせ持った人口絹弦が生まれることも想定され、新技術への関心とあわせて伝統的絹弦への注目がさらに高まることに期待したい。

おわりに
本稿では「絹弦」という伝統的プロダクトに注目し、中国伝統楽器における絹弦文化の復興と日本の絹弦メーカーの商品展開や技術の継承が相互補完的に成立する取り組みについて考察した。シルクロードによってもたらされた絹弦文化が日本で継承され、中国に逆輸入されることになった流れは伝統文化継承の側面から非常に興味深い実例であると評価できる。
国内関連産業の衰退など課題は大きいが、古来の伝承から続く絹糸の産地でこれからも絹弦の伝統が紡がれていくことを期待したい。

  • 1 糸張りによる乾燥の工程(写真提供:株式会社丸三ハシモト)
  • 0001 資料1 古琴絹弦の製造工程(概略)
  • %e8%b3%87%e6%96%992_%e5%86%99%e7%9c%9f%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%88%ef%bc%91%ef%bc%89-001 資料2 写真資料(1)
  • %e8%b3%87%e6%96%993_%e5%86%99%e7%9c%9f%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%88%ef%bc%92%ef%bc%89-001 資料3 写真資料(2)
  • %e8%b3%87%e6%96%994_%e5%86%99%e7%9c%9f%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%88%ef%bc%93%ef%bc%89-001 資料4 写真資料(3)

参考文献

【註釈】

(註1)「絹弦」:弦の文字は楽器弦においては「絃」が良く用いられ、丸三ハシモトでも「絹絃」と表記されているが、本文中では常用漢字の「弦」を用いることとした。

(註2)「400種類程の商品」:弦は糸の太さ、楽器種別、原料、品質などにより種類が多岐にわたる。

(註3)「大音・西山地区」:「いかぐ糸」の里として知られる。平安時代に伊香具神社の湧き水を用いて、初めて繭から糸が紡がれたといわれ、邦楽器弦向けの特殊生糸の産地として有名である。昭和30年中頃までは村の7割が生糸生産に携わり、かつては養蚕から製糸まで行われていた。

(註4)「生挽き」:乾燥させない蚕の繭を70~80℃の湯に入れて生糸をとる手法。織物用は約42%まで乾燥させるのに対して、70~90%の乾燥程度とされる。大音地区では桑の新芽を食べた春蚕(はるご)を岐阜県美濃加茂市から仕入れ、座繰りで糸取りが行われている。春蚕はセリシンを多く含み、賤ケ岳の雪解け水がもたらす良質な水を用いて糸取りをすることにより最上の絹弦用特殊生糸となる。

(註5)「古琴」:日本においても『宇津保物語』や『源氏物語』などに記述が見られ、平安時代には伝わっていたが、以降途絶し、江戸期に至り再び伝来した。浦上玉堂などが奏したことが知られる隆盛期があったが、再び衰退、現在でも少数ではあるが国内で伝承する者が存在する。

(註6)「スパイバー株式会社」:関山和秀氏による山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所発バイオベンチャー企業。抽出したクモ糸の遺伝子を微生物に組み込むことで量産化させる人工合成クモ糸の生産技術を開発。この研究をもとに様々な特性を持つタンパク質製品の開発を目指している。


【参考文献】

<書籍・論文>
石井理「鄭覲文の古樂復興と琴學-『中國音樂史』を手掛かりに-」『WASEDA RILAS JOURNAL No.3』早稲田大学総合人文科学研究センター、2015年
石田一志『モダニズム変奏曲 東アジアの近現代音楽史』朔北社、2005年
上原作和、正道寺康子編著『日本琴學史』勉誠出版、2016年
金子敦子「和楽器弦ができるまで」『日本シルク学会誌Vol.17』日本シルク学会、2008年
吉川良和『中国音楽と芸能』創文社、2003年
髙田祥平『徳川光圀が帰依した憂国の渡来僧 東皐心越』里文出版、2013年
瀧遼一『瀧遼一著作集Ⅰ 中国音楽再発見 楽器篇』第一書房、1991年
長浜市史編さん委員会編『長浜市史 第5巻 暮しと生業』、長浜市役所、2001年
原豊二、劉暁峰編『東アジアの音楽文化-物語と交流と』勉誠出版、2014年
増山賢治『中国音楽の現在-伝統音楽から流行音楽まで』東京書籍、1994年
劉東昇、袁荃猷編著、明木茂夫監修・翻訳『中国音楽史図鑑』国書刊行会、2016年

<雑誌記事>
「純国産絹で極める邦楽器絃の音色」『シルクレポート』(2011年9月号 No.20)、一般財団法人大日本蚕糸会、2011年
「国際楽器博覧会に純国産絹弦を提案し新たな市場へ」『シルクレポート』(2013年5月号No.30)、一般財団法人大日本蚕糸会、2013年
「日本の伝統美と技を守る人々-選定保存技術17 邦楽器原糸製造」『文化庁月報』(1998年6月号)、文化庁、1998年

<電子記事・ウェブサイト>
「日本の絹絃を世界へ 中国の古琴製作第一人者をうならせた滋賀・長浜の伝統技」『産経WEST』2014年5月18日
(http://www.sankei.com/west/news/140518/wst1405180045-n1.html)
「「湖の琴」いかぐ糸の里」『YOMIURI ONLINE』2014年5月1日
(http://www.yomiuri.co.jp/local/shiga/feature/CO007149/20140430-OYTAT50048.html)
「「クモの糸」を人工合成 世界が注目するバイオベンチャー」『事業構想PROJECT DESIGN ONLINE』事業構想大学院大学、2014年11月号
(https://www.projectdesign.jp/201411/pn-yamagata/001713.php)

丸三ハシモト株式会社ウェブサイト(http://www.marusan-hashimoto.com/)
株式会社鳥羽屋ウェブサイト(http://www.tobaya.co.jp/)
疇祉琴社ウェブサイト(http://orange.zero.jp/zad70693.rose/)
Spiber株式会社ウェブサイト(https://www.spiber.jp/)


【インタビュー調査】

丸三ハシモト株式会社 代表取締役社長 橋本英宗氏 2017年8月28日訪問調査
                      〃 2017年12月原稿校正に伴う確認

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