北海道の木彫り熊

清水 さち

1:はじめに
北海道のお土産として「木彫り熊」を知らない人は居ないのではないだろうか。認知度は高いが、お土産として購入する人が減少しているのが現実である。そして、彫師も減少している。
現在、私は手芸のカルチャースクールに勤務している。その中で「アイヌ刺繍」の講座が大変人気で、全国からお問い合わせが多くきている。昨年、札幌では、彫刻家・藤戸竹喜の展示など様々な展覧会が行われたり、札幌の老舗百貨店のショッピングバッグがアイヌ文様にリニューアルされたり、アイヌに注目がされているように感じる。
こけしや張り子など郷土玩具が一部の女性の間で流行っている。SNSなどでは、木彫り熊好きも増えているように見える。実際、私もこけしと木彫り熊を取集している。
アイヌ文化・北海道の歴史として、現在の流行として、両方から興味を持ち、「木彫り熊」を考察する。

2:基本データ
「木彫り熊」は、北海道を代表するお土産品である。①主要地と作者②彫り③姿形④使用されている樹木⑤色にわけて説明する(写真参照)。
①主要地と作者
・札幌:荒木伊佐男
・八雲:茂木多喜治、柴崎重行、引間二郎
・旭川:砂沢市太郎、松井梅太郎、川上コヌサ、藤戸竹夫、空知龍夫
・石狩:内浦茂男
・阿寒:藤戸竹喜
・増毛:山下三五郎
・白老:熊坂シビタレ
・平取:貝澤徹
②彫り:道具の種類や質による影響もあるが、個人が全て彫りあげたか分業かでも違い、また、仕上技法の呼び方も八雲や旭川によっても違ったりする。
・カット
・ハツリ
・面取り
・玉毛彫り/突き彫り
・線彫り/ダイヤ彫り
③姿形:初期の頃は手本通りの基本的な姿形だったが、次第に目新しいものや客の要望を取り入れたりして変貌を重ねていった。
・這い熊
・座り熊
・親子熊
・吠え熊
・鮭くわえ熊
・鮭背負い熊
・鮭押さえ熊
・熊マスク
・レリーフ熊
・木彫り熊
・透かし彫り熊
・子熊背負い・くわえ熊
・変わり熊
④使用されている樹木
・シナ
・カツラ
・ホウ
・クルミ
・イチイ
・エンジュ
・カエデ
・セン
・タモ
・シラカバ
⑤色:初期の頃は、木炭墨を利用したり試行錯誤の連続であった。何時も新しい方法を試しながら進めていった様子がうかがえる。下記の分類では分けることが出来ないくらい多様な方法で仕上げられている。
・無着色・木肌色
・墨着色
・靴墨色
・ラッカー系着色
・オイル着色

3:事例の評価
「木彫り熊」は、一般的には北海道土産としてしか知られていないが、芸術性が高く、北海道民の生活を支えてきた重要なものである。
1924年に第一回農村美術工芸品評会が開催され、伊藤政雄による北海道第一号の木彫り熊が出品された。その後伊藤政雄は、1927年に北海道奥羽六県連合副業共進会にて一等賞獲得、1928年に農民美術研究会設立され講師となり、徳川義新候・秩父宮殿下にスキー熊を献上した。1931年に第七回道展彫刻の部で柴崎重行が入選、1936年木彫り熊は昭和天皇にも献上されている。近年で言うと藤戸竹喜が1965年ウタリ協会第一回木彫りコンクールで優勝、2016年文化庁地域文化功労者に選ばれた。その他にも木彫り熊講座開設など、お土産としての木彫り熊を超え、芸術工芸品として評価されている。
八雲での冬期間における農民の副業として、はじまったお土産のとしての木彫り熊ですが、北海道を代表とするお土産品となるまで成長した。

4:歴史的背景
「木彫り熊」のは八雲の土産としてとアイヌ文化としての二つの部分での歴史がある。
八雲町の熊は、尾張徳川家の第十九代当主徳川義親侯が、1921年にヨーロッパを旅行した際に、スイスの農民が冬に木彫り熊を作りお土産として販売していたことから、八雲でも冬期間における農民の副業にしょうと木彫り熊などのペザントアート(民芸品)を買い求め、これを見本として製作を推奨したのが始まりである。1924年より農民生活の向上を目的として、農民美術工芸品の推奨の為に工芸品の講習会を開催してきた徳川農場では、副業として農民美術工芸品の研究と振興を図るために、1928年1月に八雲農民美術研究会を設立した。活動を始めた1924年には、第一回農村美術工芸品評会が開催され、スイスの木彫り熊をモデルとした伊藤政雄の北海道第一号の木彫り熊が出品された。
アイヌの熊は、八雲の熊よりも先に彫られていたと言われている。何百年も前から、イヨマンテ(熊送りの祭り)などの祭祀用イクパスイ(棒酒橋)、サパウンペ(幣冠)などには、熊が彫られている。旭川の近文コタンは北海道でもっとも早くアイヌの産業として観光に取り組んだ土地であり、1901年以降アイヌ民具の盆やムックリ(楽器)などを販売していた中に熊もあった。ただ、洗練された土産品ではなく、非常にプリミティブな作品であった。1926年に松井梅太郎が旭川にて土産の木彫り熊第一号を製作している。
八雲はスイスの熊、アイヌは北海道の熊と言えるだろう。

5:他の事例との比較
東北の「こけし」と比較していく。
こけしとは、東北地方の郷土玩具である。伝統こけしの産地は東北六県にまたがり十一系統ある。ロクロで挽いた木製の人形で、球状の頭と円筒状の胴からなり手足はない。職人のことを「こけし工人」と言う。
はじまりは、『信仰起源説』と『玩具起源説』がある。前者は、古くから民間に伝承されてきた信仰の対象物に起源があるとする説。後者は、はじめから人形そのものとして発生したという説。この二つの説がある。木地師(ロクロを使い木材を挽く人)は、主に椀や盆などの木製品を製作するが、余り木で子供の玩具として作られたこけしは、湯治場の土産品として売られるようになる。しかし、食器が木器から陶磁器へ移行し木地業が衰退し木地師は農民となったり、安価な玩具が登場し子供の玩具としての需要が減少したりしていく。現在は、第三次こけしブームにあるが、後継者不足という面もある。
こけしの『信仰起源説』や盆などを製作する所は、アイヌの熊の祭祀用に作られた物やアイヌ民具と非常に似ているのではないか。工芸品を製作する後継者が不足しているというのも共通点である。

6:今後の展望
昨年から、「木彫り熊」が、再び脚光を浴びている。展示会には多くの見学者が訪れ、アイヌが製作している木彫り熊を買い求める客が増加している。若い人やアジアの観光客には新鮮なようだ。今まで、興味が無かった人々に、知って貰うイベントを昨年以上に今年も開催されることが重要になって来る。
今年、北海道は北海道と命名され150年となる。それを記念して、イベントが沢山開催される。今現在、決まっているイベントの中には、アイヌ関係のイベントもある。「木彫り熊」を広めるいい機会ではないだろうか。
若い人はSNSで広まる傾向が高いので、SNSを利用していくのは重要だと感じる。現在、エポック社のガチャガチャ、中川政七商店の郷土玩具、無印良品の福缶など本物の木彫り熊ではないが、商品になっている。こういった物を購入している方たちはSNSに掲載している。本物の木彫り熊ではないが、広まっていく大きなツールとなると感じる。
今後、広まっていく機会は、多いが、作り手は減少していく一方である。作り手を増やしていかないと未来はない。こけしの工人も減少しているが、工人が実演したり、工房見学をしたり、代々継ぐのではなく他の地域から受け入れたり、工人だけをやるのではなく副業として弟子を受け入れたり、様々な工夫をして若い工人を増やしているのを聞いたことがある。弊社のアイヌ刺繡の講師も高齢になってきており、後継者をどうするかと言う話をしているのが現状である。他の地域も後継者不足という悩みを様々な形で解消しているので、北海道も他の地域を見習って、早急に受け継いでいく対策をしていかなければならない。
北海道は文化が浅いため、文化を代々繋いでいくという意識が低い地域性がある。そういった根本から、150年というのが、いい機会なので、変わっていく時なのではないだろうか。

7:おわりに
「木彫り熊」を考察し、北海道文化にとって大きな存在であることを、改めて感じることが出来た。昔の人は、生活を成り立たせるため、一生懸命、熊を彫り続けてきたことも見えた。
北海道には、他にも、コロボックル人形、セワポロロ、ニポポなどの木彫り品がある。熊だけでなく、北海道に生まれ育ったので、北海道の土産品・工芸品、どういった形でも今後に残って行くよう、微力ながら活動していきたいと思う。

  • 1 主要地:札幌 作者:菊川善太朗 彫り:玉毛彫り/突き彫り(筆者撮影)
  • 2 主要地:八雲 作者:根本勲 彫り:面取り(筆者撮影)
  • 3 主要地:旭川 作者:ケントチアイヌ 彫り:玉毛彫り/突き彫り(筆者撮影)
  • 4 主要地:石狩 作者:豊川重雄 姿形:鮭くわえ熊(筆者撮影)
  • 5 主要地:阿寒 作者:藤戸竹喜 姿形:吠え熊 使用されている樹木:イチイ(筆者撮影)
  • 6 主要地:増毛 作者:山下三五郎 姿形:吠え熊(筆者撮影)

参考文献

山里稔編『北海道木彫り熊の考察』、かりん舎、2014年
山里稔編『逸品北海道木彫り熊vol.1 這い熊と吠え熊』、ト・オン・カフェ/ギャラリー、2017年
在本彌生 村岡俊也編『熊を彫る人』、小学館、2017年
萩原健太郎編『伝統こけしの本』、スペースシャワーネットワーク、2017年
公益財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構編『現れよ。森羅の生命ー木彫家 藤戸竹喜の世界』、札幌芸術の森美術館、2017年
北海道150年事業公式サイト https://hokkaido150.jp/
八雲町WEBサイト 八雲町木彫り熊資料館 http://www.town.yakumo.lg.jp/modules/museum/category0004.html
写真は、札幌市資料館で開催された「札幌国際芸術際2017 札幌と北海道の三至宝アートはこれを超えられるか!」(2017年9月筆者)、
および札幌芸術の森美術館で開催された「現れよ。森羅の生命― 木彫家 藤戸竹喜の世界」(2017年10月筆者撮影)

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