博物館明治村 歴史的建造物の保存・活用において果たした役割

坂井 博一

明治時代の建造物を移設展示公開している野外博物館、博物館明治村(以下明治村と表記する)は、その特徴として明治という時代を限定して建造物を移設収集している代表的な野外博物館である。明治村が歴史的建造物の保存、活用において果たした役割と、訪れる見学者への明治という時代の文化への関心を誘う試みを述べる。

1.明治村基本データー
名称:公益財団法人 博物館明治村 (通称 博物館明治村)
運営:公益財団法人 明治村
住所:〒484-0000 愛知県犬山市字内山1番地
電話:0568-67-0314  FAX:0568-67-0358
村長:第4代 阿川佐和子氏(作家・エッセイスト) 平成27年3月15日就任
館長:第6代 中川武氏(工学博士・早稲田大学名誉教授)平成26年就任
敷地:入鹿池池畔の丘陵地 面積約100万㎡ 南北約1,100m 東西約620m
建物:移設展示建造物件数68(内重要文化財指定11件 愛知県指定文化財1件)

2.明治村設立の経緯

明治村は昭和40(1965)年3月に開館した。のちの初代館長となる建築家谷口吉郎(1904-1979)は、昭和15(1940)年、老朽化により「鹿鳴館」が取り壊されたことに心を痛めた。明治という時代の象徴であった建築を保存できなかった無念さが、明治建築を移築保存し公開する事業を始めるきっかけとなった。鹿鳴館は J・コンドル(1852-1920)の設計による国営の社交場として明治16(1883)年竣工した。木版画「錦絵」等に描写され、鹿鳴館時代は、明治時代を象徴する言葉となった。東京日日新聞(後の毎日新聞)の学芸部から原稿依頼を受けた谷口は「明治の哀惜」と題する文を寄稿した。昭和15年11月8日掲載され、明治建築の保存を呼びかけた。日本が戦争に突入すると、洋風建築は国辱とみなされ破壊されてゆき、戦争末期には空襲により焼失する建物が多くなっていった。戦後になり経済復興に伴う破壊行為が進み、残された最後のチャンスの時期に「明治村」は開設された。「明治の哀惜」投稿後20年ほどたち、旧制第四高等学校の同窓会が開かれた。理科を卒業した谷口はこのとき”明治村構想“を語った。その場にいた当時の名古屋鉄道副社長・土川元夫(1903-1974)文部省国宝監査官・田山方南(1903-1980)は谷口の意見に賛同し、この時から明治村構想の第一歩が始まった。関東地方での実現を目指したが、最終的に土川が経営陣を務める名古屋鉄道の協力により、現在の愛知県犬山市の入鹿池の湖畔での開設が決定した。昭和36(1861)年設立準備委員会が発足、翌年財団法人明治村設立認可をうけ、渋沢敬三(1896-1963)が初代会長に就任した。建設委員会が組織され、貴重な明治時代の建造物の取り壊し情報を得ながら、京都から北海道に至る建造物15件を移築し、開館にこぎつけた。15の建造物は、名古屋鉄道所有の入鹿池を望む50haの丘陵地に移築され昭和40(1965)年3月18日に開村記念式典を挙行、翌19日から一般公開が始まった。開館後10年を経た昭和50(1975)年には敷地面積は100ha、移築建造物葉の数は40件を超えた。現在では移築建造物は68件となり、国内のみではなく、ブラジル・アメリカからも移築され、教会堂、学校、役所などの公共建築、商家、芝居小屋、文学者ゆかりの住宅などが含まれる。

3.野外博物館明治村の使命と事業評価
明治村は、設立時の設立趣意書で明記されている事業として、明治時代に建設された建造物の展示公開、調査研究、明治文化の普及に資する催事、明治時代の精神に立脚した社会教育振興のための講演会、講習会、明治時代の体験事業を行っている。明治村の歴史的建造物保存の特色は、明治建築の歴史的な価値を保存している点にある。建築物の保存には、「現地保存」「移築保存」があり、「様式保存」や「部分保存」なども挙げられる。その建物が建てられた現地に保存することを重要な条件とする「現地保存」は最も望ましい方法である。建築は、その立地している環境と密接な関係を持つ。周辺の景観や風土、建築材料、人の生活、建築技術と関係が深い。「移築保存」は原位置から移動することで消滅から救う方法である。原位置では保存が不可能であることが明らかな場合、環境条件が変化して既存の建築と無関係になっている場合、「現地保存」の主張が無視され破壊が強行される場合「移築保存」が有効な手段となる。明治村はこの方法を採用し、保存による歴史的価値の維持を行っている。「様式保存」は外形、室内景観を保存することを目的とする。様式とは構造・材料・用途などの条件と密接に関係するもので、その条件の維持が困難な場合「様式」のみ復元を行う。「帝国ホテル」の復元が代表的な一例である。建築家フランク・ロイド・ライト(1867-1959)の設計によるもので,昭和42(1967 )年、取り壊しが確定し明治村が移築保存を引き受けることになった。大谷石の材料試験で、損傷が激しく再利用が困難なことが判明し、「様式保存」を採用し、構造を鉄骨コンクリートとし、大谷石の代用として外観の同じコンクリートブロックを採用し、様式の厳密な復元を行った。

4.国内外の事例に比べ特筆されるもの

移築保存は建造物保存の最終手段ではあるが、明治村では「明治時代の意匠的、技術的特色を持つこと、明治時代を代表する人物との関係がある」などの条件を満たす建造物解体は、移築の可否、解体、移築の手順の検討後、移築再建される。調査研究は「移築修理工事報告書」、として刊行し、調査活動で得た知見を機関紙「明治村だより」で紹介している。景観の特色が変わる点は、移設場所の選定、景観の考慮された建造物の配置、植生管理などに細心の注意が払われていることで緩和されているのではないかと思える。移築完了した建築物を中心に、その文化的価値を引き出せる環境づくりに力を入れている点、民間組織で広大な施設を維持運営していること、失われてゆく建造物を蒐集・保存・公開しイベントを開催し、サービスの向上に心がけている点が評価につながっている。明治村の特色の一つとして3万点を超える資料の収蔵があげられる。資料の一つに家具のコレクションがある。これらのコレクションは単に展示鑑賞するだけでなく、見学者が実際に腰かけて座り心地を体験することができる方法をとっている。近代化遺産として日本の鉄道黎明記に建てられた「鉄道寮新橋工場」の中には、重要文化財指定された「菊花御紋章付平削盤」「リング精紡機」などの機械が展示され、体験事業として蒸気機関車や京都市電の運行があげられる。

5.明治村の今後の展望について

昭和40(1965)年3月に野外博物館として開館した。入場者数は、現在では年間50万人程度であるが、開館から20年間にわたり100万人を越え、地方公共団体や、近代建築物の所有者に大きな影響を与えた。近代建築物の保存活用が文化資源となることを実証した意義は大きいといえる。建築史家・藤森照信(1946-)は「ありふれたものほど後世には伝えにくいものです。(中略)建物博物館が造られる目的の一つは、そうした、普通の人が暮らした住まいを保存してゆくことにある」と述べている。野外博物館は建造物の様式・意匠・建築技法・用いられた道具類を含めた歴史すべてを開示することで明治時代を感じ取れる場として存続してゆかねばならない。建造物保全の技術、景観保全技術の継承については、建築家、造園家を目指す学生、民間の建築会社の人材の受け入制度の拡充がなれてもよいのではないか。時代を感じさせる各種イベント、当時の食事提供など、現在も行われている試みも継続すべきである。明治村を歩くと塵一つ落ちていない環境、明治の衣装でガイドするボランティアの活動が新鮮に思えた。基本的な事柄を継続することこそ来園者の増加につながる必須条件であろう。博物館・明治村の門を入ると掲示板に次の言葉が書き記されている。「あなたを明治村は心から歓迎いたします。ここに立たれたあなたは、すでに明治村の人であり、明治村はあなたの村です、(中略)明治村は日本の近代化に力を尽くした人々の、精神と努力の結晶をあるがままに、あなたのまえにあらわしています。明治村に保存される数々の建物や、資料の一つ一つの歴史の心を読み取り、それを日本の進歩と幸福への目盛りとし、また道標として時代に引き継がれるのもあなたです。」「明治村からの言葉」

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  • 8 博物館明治村周辺環境図 村内地図(明治村ガイドブックから編集)平面図 移築公開建造物一覧   博物館明治村イベント(会場)名 平成27年度
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  • 12 博物館明治村移設建造物画像-1(画像下部の数字は移設建物番号を示す)撮影 2018年1月14日筆者撮影
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  • 15 博物館明治村移設建造物画像-2 調度品の撮影は2014年2月2日筆者撮影
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  • 18 明治村建物旧所在地地図  年代別展示建造物一覧 (博物館明治村年報 平成25年度より作成)
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  • 20 各種ガイド集(明治村ガイドブック資料から作成)
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  • 24 2018年1月13日(土)、14日(日)きらめき明治村イベントマップ
    2017年冬博物館明治村グルメ&ショッピングガイドマップ

参考文献

湯浅公浩編集『別冊太陽 明治輝く』,平凡社,2005年
木村毅、野田宇太郎、谷口吉郎著『カラー明治村への招待』,淡交社,1980年
野田宇太郎著『明治村物語り』,国土社,1978年
谷口吉郎著『博物館明治村』,淡交社,1976年
(財)明治村編集『博物館明治村』,名古屋鉄道,1960年
(財)明治村編集『博物館明治村』,名古屋鉄道,1993年
文化財保存修復学会『文化財の保存と修復②』,クバプロ,2001年
大堀哲監修『博物館概論』,樹村房,1999年
全国大学博物館学講座協議会西日本部会編『新時代の博物館学』,芙蓉書房出版 ,2012年
落合知子著『野外博物館の研究』,雄山閣,2009年
妻木靖延著『新訂日本建築』,学芸出版社,2009年
彰国社編『ミュージアム図鑑』,彰国社,1997年
明治村編集『博物館明治村年報平成25年度』,明治村,2014年
明治村編集『博物館明治村年報平成17年度』,明治村,2006年
石田純一郎・中川理編『近代建築史』,昭和堂,2014年
藤森照信著『”生きた”野外博物館を目指して』、JTB、2000年
参考URL http://www.meijimura.com/about/