観光産業におけるデザインの魅力と融合を岡山と京都の事例に視る

大前和正

《観光産業におけるデザインの魅力と融合を岡山と京都の事例に視る》

現在日本は訪日外国人の旅行客が増加傾向にある。2014年の訪日外国人は、1,341万人だったが、2015年は11月までで既に1,796万人を越えるまで増加した。そのうち関西を訪れる訪日外国人は全体の40%近くになるという。今後も、ますます訪日外国人は増えていくと思われる。そういった中で、日本のおもてなしの文化をいかに海外に発信し、関西を、そして、日本を好きになってもらい、2度3度と訪れてもらうためには、どのような視点が重要となるのか、観光産業をデザインという分野から見ていきたいと思う。

1、宿泊施設型ゲストハウスにみるデザイン
宿泊施設型ゲストハウスは、ホテルや旅館のようなサービスがないのが普通である。例えば布団の上げ下ろしや、シーツなどのセッティングは宿泊者自身で行い、食事の提供もなく、代わりに共有キッチンで自炊出来るところがあるのが一般的だ。風呂・洗面所・トイレなどの設備も、ほかの宿泊客と共同で使う場合が多い。
ゲストハウスにも個性がある。宿泊客同士のコミュニケーションが積極的だったり、静かに一人で過ごせたり、外国人客が多かったり、定期的にイベントを企画していたりする。
岡山県の早島にある「Guest House いぐさ」は、江戸時代に建てられた築200年の古民家を手作りで改装したゲストハウスである。このゲストハウスでは、いまでは生産されなくなった「い草」を地元早島町の商業文化として、情報発信し、宿泊者に体験したもらう活動を行っている。また、ゲストハウスとして、宿泊者同士のコミュニティの場所として、旅行者と地域の人々とのコミュニティ形成にも積極的にかかわっている。実際に今まで45カ国の旅行者が訪れる場所になっている。
このゲストハウスのこだわりは、
(1)風土づくり
「町づくり」や「地域おこし」の枠を超えた新しい価値の創造を指し、来訪者と地域住民の交流を第一に考えて様々な取り込みを行っている。
(2)暮らすように滞在する
築200年の古民家で、茅葺の屋根、備中和紙を張った壁など、時代や伝統を感じる建築である。どこか懐かしくて温かみのある空間を残している。
(3)車座
車座とは、多くの人々が輪のように内側を向いて並んで座ること。何ものにも属さない個人の立場から発言し、意見を交わし合う、対話を重視した場を提供している。
などがあげられる。

2、星野リゾートに視るデザイン性
「星のや」の名称で運営される旅館は、星野リゾートが施設開発、不動産の保有から運営までを自社で手掛けているブランドである。
その中の「星のや京都」の建築デザインを担当したのが、東環境・建築研究所の東利恵氏であり、ランドスケープデザインを担当したのが、オンサイト計画設計事務所の長谷川浩己氏である。
「星のや京都」は、京都嵐山の渡月橋の先、渡月小橋の袂に船着場があり、そこから専用船で15分ほど揺られた、山や庭の木々に包まれた場所にある。この建物は、大堰川を開削した京都の豪商、角倉了以の別邸であり、その後100年以上前から旅館であったという歴史がある建物である。
建築デザインを担当した東利恵氏は、その土地のもつ文化を新しい目で解釈し、表現している。 彼女は、京都嵐山という風光明媚な場所に奇跡的に残された100年前に旅館となった歴史ある日本建築をリノベーションしたのである。単に修復して蘇らせるだけでなく、建物と向き合い、京都にふさわしく、かつ、「星のや」らしさのある高級旅館として、新しい息吹を吹き込みたいという思いで取り組んだと言う。
客室の壁や和室の襖の仕上げには、「京唐紙」をが使われている。京唐紙は、130年も使われてきた版木の上に、胡紛、紅殻、群青、黄土、墨そして雲母などの顔料を調合して作られた色を重ねて刷られるもので、各部屋の文様は職人の伝統の技が光っている。インテリアについても、日本の伝統を現代的なデザインでアレンジしている。畳ソファが代表例で、伝統的な日本家屋は、正座した時の目線の高さで過ごすことにより本来の魅力を発揮する。快適なくつろぎを追及するために生まれたのが、背もたれに神代杉や松を用いて背中の曲線に合わせて、優しく体を支える畳ソファであるといえる。
庭園は、長谷川浩己氏によるデザインで、池と滝を抱き、テラスを配した「水の庭」と、燻し瓦を使い川の流れを表現した「奥の庭」という2つのモダンなエッセンスをちりばめた日本庭園を作りだしている。嵐山は、大堰川と小倉山の借景とともに、山と一体化した庭園である。京都でもまれなこの景色の中で、お客様には時を忘れていただきたいという思いがある。
これ以外にも、照明や建具など、京都にふさわしく、星のやらしい高級旅館としてのたたずまいを生み出している。そして、非日常感やくつろぎ感をデザインの視点から整えることに注力しているのである。
そして、「星のや」としてのこだわりをお客様にしっかりと伝え、京都にしかない魅力を伝えているのである。

3、京町家スティ庵にみる伝統と革新の融合に見るデザイン性
京都には「星のや京都」だけでなく、長い歴史の中で育まれたモノ作りと生活の文化を製品やブランド中核にすえながらも、そこにとどまることなく、現代や未来の生活に合わせて進化させる伝統と革新の融合が見て取れる。ブランディングを行う際に、デザインを適切に活用し、様々な分野のデザイナーと協力し、製品やブランドとユーザーの接点すべてにデザインを介在させ、価値の最大化を図ろうとしている。
京町家スティ庵は、東洋文化研究者であるアレックス・カー氏が「暮らすように滞在し、生きた京都を味わってほしい」との想いから、改修した京町家を一棟丸ごと借り受け、1泊から滞在できるシステムを2003年にスタートさせた。そこには、京町家が次々と取り壊されてマンションなどに建て替えられ、京都ならではの街並みが失われていくことへの危機感があったという。その結果、既存の建物を生かし、観光産業に貢献するビジネスを立ち上げたのである。
日本の文化を守り、伝えるには、多くの人々が快適に感じ、楽しく学び、創造に参画できる、新しい技術と仕組みが必要である。古い町家の美しさはそのままに、現代の住まい手になじむ快適な工夫を加え、「住み続ける形」で残すこと。日常の暮らしの中で触れることの少なくなってしまった日本の伝統文化、その本質を、楽しく実践しながら学べる仕組みを作ること。海外からの、本質を求める期待に応え、日本の文化と暮らしを高める、観光のスタイルを創造すること。そして、それらを国内外・多世代の、多くの人に知ってもらうこと。京都から始まり、日本の各地に残る美しい暮らしを守り、高め、伝える力になりたいと、庵の町家ステイは願い、活動していると言う。

4、ますます注目される日本の伝統と革新を融合するデザイン
京都を始めるとする日本各地には、歴史を感じさせる伝統的なものでありながら、現代の我々をも魅了するものが多く存在する。その伝統的なものに魅力を感じ、多くの外国人が日本を、関西を、京都を訪れている。独自の歴史的、地理的アイデンティティーを強く持ちながらも、外国人をはじめとする多くの人々を巻き付けるのは、伝統的な価値を革新によって広く現代の生活に合った形態や様式に進化させてきたからにほかならない。多くの人々に支持されるブランドが取り組む伝統と革新の融合に、大きく関与しているのがデザインの力だ。スペースデザイン、建築デザイン、ランドスケープデザイン、コミュニティデザインなどなど、幅広いデザインの力に寄るところが大きい。
今後、さらに日本の魅力を的確に外国人にも情報発信し、伝えていくためには、こうしたデザインの力が、ますます欠かせない存在となるだろう。

  • 987383_708d66c890bd457bbf1370c95cfc9778 「Guest House いぐさ」外観
  • 987383_a64df5d2e4d64531a5f81677525765c0 「Guest House いぐさ」ドミトリー/梅の間(備中和紙の壁)
  • 987383_1b2ba067d6ea4b75a52cb8ab2a728396 「Guest House いぐさ」茅葺き屋根の屋根裏部屋
  • 987383_184e982366804625ae99c21e7f00fa65 「星のや京都」船着場から見る外観
  • 987383_72d9be847f284883bc9b646d87e32e8e 星のや京都」畳ソファ
  • 987383_1f3ce3985630440cad54b4551f883c4c 京町家スティ庵
  • 987383_7c8d81b7bd6647a6af2512256349c138 庵 和泉屋町

参考文献

日本政府観光局(JNTO)統計資料
日本政府観光局(JNTO)訪日外客訪問地調査
来阪外客数の推移(大阪府府民文化部資料) http://www.jnto.go.jp/jpn/index.html
ゲストハウスいぐさHP http://www.igusagh.com/
星のや京都HP http://hoshinoyakyoto.jp/#/facilities/architecture
庵HP http://www.kyoto-machiya.com/index.html
高井典子・赤堀浩一郎著『訪日観光の教科書』創成社
室井淳司著『体験デザインブランディング』宣伝会議
下川一哉編『京都のデザイン』日経BP社
村田智明著『「行為のデザイン」思考法』CCCメディアハウス
アリカ編著『京都ゲストハウス案内』光村推古書院
さとうあきこ著『こだわり日本旅』集英社
小関千恵子文『星のや竹富島』河出書房新社