邦楽団体の比較にみる伝統と現代(仮)

秋山詠美

邦楽団体の比較にみる伝統と現代(仮)

【Ⅰ.はじめに 】

当レポートでは、私の所属する音楽活動団体である箏曲アカデミー岡山と岡山邦楽合奏団を取り上げる。この2つの事例を比較する事で、伝統に基づいた活動を行う日本芸能団体と新たな音楽性追求して活動を行う団体、双方の抱える問題点や評価できる点を明らかにすることを目的とする。

【Ⅱ.筝曲の成り立ちと特色】

筝曲とは、箏の独奏・重奏曲及び箏を伴奏楽器とした声楽曲の総称で、現存する流派には16世紀に起源を持つ筑紫流筝曲を始め八橋流・山田流・生田流などがある。現在は三味線音楽の影響を受け語り要素の強い山田流は関東を中心に、器楽に重点を置く手事物を多く扱う生田流は関西を中心に二大流派として活動を行う。曲種としては、声楽曲である箏組歌・器楽曲の段物や砧物・三味線伴奏に箏を加えた地唄筝曲などがある。
江戸時代、筝曲は幕府の盲人に対する保護政策である当道制度のもとで伝承さていたが、明治4年(187年)職屋敷廃止に伴い制度が打ち切られると健全な家庭音楽としての「新筝曲」を目指す動きが起こる。これによって明治新曲と呼ばれる作品が多数生まれ、半音を含まない陽音階を用いた調弦が用いられた。その後、1920年から1940年にかけて宮城道雄を中心に展開された動きを「新日本音楽」と呼ぶ。宮城道雄は低音楽器である十七絃箏を考案し、洋楽の楽曲形式や楽器を取り入れた大編成合奏曲や箏独奏曲など多数の作品を残した。

【Ⅲ.現在の岡山における家元制度】

1.筝曲アカデミー岡山
筝曲アカデミー岡山とは、岡山県岡山市北区に事務所を置く、筝曲の流派である。九州系生田流の門人大月忠道によって創設された日本音楽大道派より、二代目大月宗明による仁康音楽会を離れて、平成9年7月13日に設立された。筝曲独自の縦譜と呼ばれる楽譜ではなく、五線譜による筝曲の伝承と普及に努めた大道派の流れを汲み、日本音楽の音階や調律を西洋音楽理論に基づいて譜表化する試みを続けており、免状を受けるためには独自の楽理試験に合格する必要がある。
また、従来の家元制度では特に金銭面での不透明性が問題となったため、その閉鎖性を打開するため家元をたてない形式をとっている。学校法人森教育学園理事長 森靖喜氏を会長に招き、役員として副会長2名、理事長1名、理事4名の大師範、作陽学園理事長や都山流尺八楽会岡山県支部長等4名を顧問とする。会員による開かれた運営を目的としており、年に1度会員全員に会の運営に関する会計報告書を明示している。会員数は現在300名余りであり、教師・準師範・師範・大師範の免状を持つものが会員となり、その下に門下生が連なる。
年間を通して主な活動は毎年4月第一週の日曜日に開催される定期演奏会、楽理講習、研究会を経て6月に昇格試験、免状授与式、都山流尺八演奏会・岡山三曲演奏会への参加、定演候補曲研究会などがある。またそれぞれの会員による地域の行事への参加、各社中の演奏会、三曲ジュニア演奏会への参加、岡山後楽園における初音の会・観蓮節・名月観賞会での演奏、小中学校での音楽課授業など多岐にわたる。

2.岡山三曲協会の活動と岡山に存在する主な流派
三曲とは箏・三味線・尺八よって演奏される音楽の総称であり、楽曲によっては胡弓や鼓などの打楽器が加わる。岡山三曲協会は13派34社中が加盟する岡山における三曲団体であり、年に1度秋に合同演奏会を開催し、日本音楽の伝統に資するため三曲ジュニア実行委員会を設置して指導育成を行っている。2014年の岡山三曲演奏会では、筝曲家矢崎明子師を特別ゲストに招き、岡山県出身の箏演奏家星嶋真裕子・尺八演奏家田辺冽山による第二部特別演奏と、参加流派による第一部の演奏が行われた。出演した主な流派は、都山流岡山県支部・啓楽筝曲むつみ会・筝曲三上社・中能島会 岡山地区・宮城会岡山地区・岡山筑紫会・日本当道音楽会 岡山支部・関西音楽指針会・筝曲アカデミー岡山である。

【Ⅳ.現代邦楽の存在】

1.現代邦楽の始まり
現代邦楽とは宮城道雄以降、西洋のオーケストラやアンサンブルの形式を邦楽器に用いようと箏・三味線・低音としての十七絃箏・尺八・篠笛・太鼓などの楽器を中心とした合奏団によって演奏される音楽を指す。その先駆けと言えるのは昭和30年(1955年)に三木稔氏らの呼びかけによって設立された「日本音楽集団」である。1960年代には邦楽が一種の流行となり、全国各地に様々な邦楽合奏団が生まれた。しかし現在は、当時の団員の高齢化・絶対人口の少なさによる後継者不足・金銭的な問題などから活動を縮小または停止する団が多い。また箏の場合、若い演奏家は独奏形式で自身の作曲した曲を演奏するなどの活動が多く、有望な指揮者や現代邦楽のための新たな楽曲が生まれていないこともその原因だと言える。
現代邦楽が伝統的な邦楽と大きく違うところは以下である。
・作曲された年代が新しいだけでなく、その楽曲構成が古典曲よりも緩急のめりはりがあり3部構成であるなど洋楽の形式に近いこと。
・必ずではないが指揮者を立てその指揮によって団員が音の強弱などと意識して演奏すること。
(伝統邦楽の場合は、ある一定の音のまとまりにその強弱の定型化したパターンがあるため演奏に変化をつけることが難しく指揮はない場合が多い。)
・団員の間には、流派の職格ように明確な上下関係が存在しないので個人の意見が取り入れられやすく参加意識が持てること。
・演奏時は着物ではなく黒や白の服装やドレスが好まれること。
・箏の奏法に古典曲にはない新たな方法が取り入れられていること。
・伝統的な調弦形式にとらわれず作曲されているため音の幅が広がり自由な形式であること。

2.岡山邦楽合奏団(基本データと歴史的背景を含む)
岡山邦楽合奏団は1973年に村上光代氏によって設立された。毎年10月に開催される定期演奏会を中心に、団員によるコンサート活動・学校公演や国際交流の会などでの邦楽の普及活動・各地の邦楽合奏団の演奏会への賛助出演など活動は多岐にわたる。
現在の団員は箏8名・三絃または琵琶3名・尺八5名・篠笛2名・十七絃2名である。打楽器には小中学校の教諭や大学で打楽器を専攻した卒業生などを賛助出演者として迎え、これに岡山大学の邦楽部生などが教室生として加わる。団員の中には流派に所属し伝統音楽の演奏と共に現代邦楽の活動を並行して行っている演奏者もいるが、流派には所属せず現代邦楽のみを行っている者もいる。練習は公民館やホールの一室を借りて行い、月に2度、自主練習日・定期練習日を設ける。橋本石基氏を代表運営団長とし、指揮・指導は清水義矩氏を毎月1回の定期練習時に東京より招いている。清水義矩氏は、1964年に日本音楽集団に打楽器奏者として入団、1975年退団後は東京を始め岡山・広島・山口・福岡・四国各地の邦楽指導に専念している現代邦楽指揮者である。

【Ⅴ.終わりに:考察として 箏曲の今後の展望】

岡山での自身の活動を基に、【Ⅲ】章では伝統的な邦楽の流を組んだ流派としての活動や制度を、【Ⅳ】ではそれとは対照的または派生的に生まれた現代邦楽の特徴を記した。
流派における活動では、伝統に基づいて制度が整っていることで長期的な演奏活動の支えとなること、古典筝曲の魅力を堪能できることが挙げられる。反面、個人の自由な活動は多少制限され演奏できる曲の幅も限られてしまう。伝統を固守し閉鎖的であると言われる流派の活動も、西洋音階に寄り添った記譜形式を採用し会自体を開かれたものとするよう取り組みを行うなど、現社会の流れに対応した形で音楽性を継続させることができる工夫も行っている。
これに対して現代邦楽合奏団での活動では、組織の規模が小さいことから各個人の参加意識が高められ、伝統にとらわれない創造性がその最大の醍醐味となる。しかし一過性の流行が過ぎ去った現在では、将来的にどのように活動を継続させるのかが問題となっている。これは主には、日本における伝統的に基づいた芸能活動の多くの分野で見られるものであるが、後継者不足の問題によるところが大きい。邦楽の魅力を広く周知させ、管弦楽やピアノ音楽などに匹敵するレベルで多くの人々に楽しんでもらう事が出来るような活動が必要である。またより最近では、若い演奏家はこのどちらにも所属せず独奏楽器としての箏の可能性を追求してその価値が認められるヨーロッパで活動を行う場合が多い。
筝曲演奏家にとって、世代が交代していく中で上記それぞれの長所を取り入れた自由な活動を展開できることが望ましく、今後の可能性は広がり続けているといえる。

  • 987383_a176f9665c694b899e181853f3b3825e.jpeg 【Ⅱ‐1】 筝曲アカデミー岡山 助教免状
  • 987383_5bff14450fc64f72986435f3a867c0b4 【Ⅱ‐2】 岡山三曲協会 演奏会ちらし
  • 987383_4effcda2c01445ce9463d8edeb06bf10 【Ⅱ‐2】 筝曲三上社 演奏会ちらし
  • 987383_8b1af6a0c1fc4bfbb0c67fa883155b05 【Ⅲ‐2】 岡山邦楽合奏団定期演奏会 岡山市芸術祭パンフレットより
  • 987383_360bf46cb8224ed9a17d5ab566b8202f 【Ⅱ‐1】 筝曲アカデミー岡山 定期演奏会記念撮影
  • 987383_b95fc1093d67458aa958d6609bc2b79a 【Ⅲ‐2】 岡山邦楽合奏団 定期演奏会記念撮影
  • 987383_ccfed020d0e94ccf9afefcfab9c53f04 【Ⅱ‐1】 筝曲アカデミー岡山 定期演奏会演奏写真
  • 987383_8b1af6a0c1fc4bfbb0c67fa883155b05 【Ⅲ‐2】 岡山邦楽合奏団 定期演奏会演奏写真

参考文献

小泉文夫著 【日本の音 世界のなかの日本音楽】 平凡社
福井昭史著 【よくわかる日本音楽基礎講座 雅楽から民謡まで】 株式会社音楽之友社
釣谷真弓著 【八橋検校 十三の謎】 株式会社アルテスパブリッシング
田中健次著 【地歌・筝曲の世界 いま甦る初代冨山清琴の芸談】 勉誠出版株式会社
宮崎まゆみ著 【箏と筝曲を知る事典】 東京堂出版
西潟昭子監修 【日本音楽のちから】 現代邦楽研究所編
筝曲アカデミー岡山 【楽理テキスト】【会員規約】