神は細部に宿る。ファインアートフォトグラファー藪崎次郎のこだわり

藤田 大輔

【はじめに】
「World Photographic Cup WPC」(※1)2020年、2021年の日本代表でもある藪崎次郎氏。自然から切り撮ったその作品は、精緻にして色鮮やか、ミクロで観てもマクロで観ても素晴らしく、「スーパーリアル」と評されている。間違いなく、日本の風景写真分野の第一人者である藪崎氏へのインタビュー(※2)を通して、作品へのこだわりと、そのこだわりから生まれる「アート」としての価値の源泉を考察したいと思う。以降、インタビュー中に出た藪崎氏の発言は注記無しの引用(「」)で表記する。

【背景】
世界初の写真集であるトルボット著『自然の鉛筆』(※3)が出版されたのが1844年。当初は絵画の代替とも位置付けられ、初期のピクトリアリズムから、モダニズム、ポストモダニズムという時代を経て写真は次第に独自の流れを築いていく。そして、1940年代スティグリッツらの創る写真作品は、美術館でのコレクションに値する作品であるとして、ファインアートフォトグラフィー(Fine Art Photography、以降、アート写真、と記す)という分野が確立されていく。日本では、2013年に日本芸術写真協会(※4)が設立されるなど、その歴史はまだまだ浅い。そんな中、Google+といったSNSでの広まりを背景にアート写真を主に取り扱う画廊Island Galleryの個展で衝撃的な作品に出合った。それが、「神は細部に宿る」をモットーとする藪崎次郎氏の作品である。

【藪崎次郎のこだわりとは?構図で70点】
第一に、構図に徹底的にこだわる。「作品の完成が100点満点なのであれば、そのうちの70点は構図で決まる」。候補地をある程度決めてから、その場所でぴったりとくる構図を徹底的に探す。しかし、構図の妨げになるもの、「例えば木の枝や葉が構図の中に入ってきた時、それらをむやみに捥ぎ取るなど、絶対に自然を変更はしない。原状復旧できないような手を加えることはご法度としている」。
では、ぴったりとくる構図とは?それは画面の分割である。「自然界は黄金分割やフィボナッチスパイラル(黄金螺旋)で満ち溢れている。それを選択し、構図の中に一番おさまることができるようなポイントを意識して探し求める」。そして、「構図の中に入っている自然物が全て主役として写って欲しい、構図の中に存在するもの全てが演者として自分の作品の中で大いに演じて欲しく、その為にも自然でそつがなく嫌みのない構図にしたい」。『絵を見る技術』で秋田麻早子氏が解説している名画の持つ条件、フォーカルポイントとリーディングライン、マスターパターンによる分割構造、カラースキーム、に該当する(※5)。藪崎氏の構図の説明は、このうち2点を別の言葉で表現したものである。
作品『風雅』(図1)がわかりやすい。日本で最もフォトジェニックな富士山を捉えつつも、「主役は富士山だけではなく、早朝の茜色から青色に変化する空全体である」。画面下方からリーディングラインはフォーカルポイントの富士山に集まりながら放射状にグラデーションがかった空に移動していく。そして富士山に向かって黄金螺旋が形成されている。
構図について、驚いたことがある。「作品の完成形は、細部に至るまで程度イメージができている。それは、カメラでは捉えきれないぐらい精緻で鮮明なものである」という事だ。筆者は誤解していた。人の眼では捉えきれない精度でデジタルカメラは自然の一端を切り取ることができる。それを「作品」として人が鑑賞できるように紡いでいると思っていた。違う。構図を決める段階で、絶対的な「正解」を自分の脳裏に持ち、創作の過程は、そこに近づける「だけ」なのだ。ジョン・ラスキンが『近代画家論』の中で分類した3つの知覚(※6)のうち、芸術家が持つと言われる知覚、すなわち、感情を持って見るにもかかわらず正しく精密な知覚、を備えていることになる。
このような綿密な計算と感性と肉体的な努力で定められた構図で藪崎氏はシャッターを切る。図2は、作品『翠碧黎明図』のここまでの成果、RAWデータである。これだけでも素晴らしいのであるが、まだ70点、作品にはならない。

【残りの30点、ここからが真骨頂】
アート写真の創作工程は、絵画と似ている。構図を決め、デッサン、下絵、そこに色を重ねるなど微調整を根気よく実施していく。70点を100点にする過程で、70が0点にもなり、100点にもなるのだ。ここからは「作家の感性にほぼ依存するだろう」。デジタルカメラで撮影したアート写真が故に、画像処理ソフトを種々使うことになるが、「ツールやITリテラシーの問題ではない。道具はある程度時間をかければ使いこなせる。もしかしたら、時間をかけて使い方を学べば、日本画で同じように作品を作れるだろう、多分」。
しかし、大きなこだわりが1つある。自己の持つ「正解」を再現するために、撮影段階でより正確な「データ」を収集することだ。デジタルカメラの画像処理において、藪崎氏の要求を満たす機材がSIGMA社の製品である。この製品の特長は、世界で唯一の垂直色分離方式を採用したフルカラーイメージセンサーFoveon®を搭載していること(※7)である。携帯電話を含む殆どのデジタルカメラのセンサーで採用されているBayer式イメージセンサーとは異なり、被写体そのものの正確で自然な色がデジタル画像として得られ、非常に精緻でシャープ感のある画像が得られるのが特徴である。
ここから、可能な限り「正確」に記録されたデジタルデータを「正解」に持っていく工程が始まる。実施する内容は、大きく3つに分けられる。彩色処理(彩度調整)、コントラスト処理(明度調整)、シャープネス処理(画質調整)である。
細部への徹底的なこだわりを持つ藪崎氏が彩色にかける情熱は尋常ではない。例えば、オリジナルA1サイズにおいて現れる樹々の葉一枚(ミリ単位)に対して自分の「正解」に合う色にする。その中で、対象物間で同系色にまとめるか、補色関係とするかといった調整も行う。図3は、作品『翠碧黎明図』の図2の状態に対して、彩色処理を施した結果である。
そして、コントラスト処理である。デジタルデータの場合、明度の分布が中央値に寄った平均的な分布になりがちだという。それに対して濃淡の付け直しを行う。その結果、全体的に高い彩度を実現すると共に、コントラストの強弱もはっきりとした「締まった」作品となる。図4は、作品『翠碧黎明図』の図2の状態に対して、コントラスト処理を施した結果である。
更に、シャープネス処理である。「エッジを効かせるというのが良い表現かな」。対象物の持つ物質的特徴を的確に表現するのだ。つまり、硬いものは硬く見えるように、柔らかいものは柔らかく見えるように、「クリスピーとスムージー」を絵から感じ取れるようにすることである。図5は、作品『翠碧黎明図』の図2の状態に対して、シャープネス処理を施した結果である。シャープネス処理前の図6に比べ、水面の部分がよりスムージーに、岩肌の部分がよりクリスピーに、変わっている。
以上は、「正解」があって進められる作業であり、構図で定めた配置に基づき、色相・彩度・明度のカラースキームの微調整が繰り返されるのである。作業の最終チェックは、画面で行うのではなく、オリジナルサイズにプリントした印刷物で実施する。「人間の脳は、自発光する画面を見ているときはリラックスした状態にあり、このような散漫な状態で作品のチェックを行えば、致命的なエラーを見逃しやすくなる。しかし、紙にプリントし、印刷物から反射してくる光を見ることで、脳は緊張した状態になり、色や形を正しく集中して識別することが可能になる。この集中した状態で作品の最終チェックを繰り返し行うことで、エラーの一切無いアート写真が完成していく」のだ。

【課題としての一点モノ、今後の展望】
こうして創作された作品は、印刷され額装され、我々の眼に触れることになる。しかし、ここで絵画との大きな違いが表れる。絵画が個々で一点モノと扱われるのに対して、アート写真は、エディション単位での一点モノとなる。「アート写真は、この点では『版画』に近いのであろう。版元のビジネス感覚で価格をみながら刷る部数を決める」。作家としては版元であるギャラリーオーナーに全幅の信頼を寄せているのだ。しかし、「同じ作品であれば、エディションの違いで作品の質が変わることは絶対にない。作家の責任として、プリントアウトされた結果までチェックを行い、万が一、色調や階調感が異なるものがプリントアウトされた場合は絶対に世に出さない。そこは版画とは異なる」と言い切る。アート写真が世に広まり、同時に作家の知名度も上がっていくことによって、一度に創られる部数は減り、少ないエディションでより希少価値が増す、というスパイラルが働くように仕向けて行くことが必要なのだろう。

【さいごに】
藪崎次郎氏の創り出す自然を捉えたアート写真は、とても魅かれるものがあった。その素晴らしさのあまり、風炉先屏風も特別に作っていただいた(※8)。しかし、何が凄いのかはわからなかった。今回、改めてお話をお伺いすることで、その謎が解けた気がする。神は細部に宿る(※9)のである。

  • 1 藪崎次郎作品『風雅』印刷用データ。2020年12月20日藪崎氏提供。
  • 2 藪崎次郎作品『翠碧黎明図』構図決定後未加工の作品元データ。2020年12月20日藪崎氏提供。
  • 3 藪崎次郎作品『翠碧黎明図』彩度調整後の作品元データ。2020年12月20日藪崎氏提供。
  • 4 藪崎次郎作品『翠碧黎明図』コントラスト調整後の作品元データ。2020年12月20日藪崎氏提供。
  • 5 藪崎次郎作品『翠碧黎明図』シャープネス処理後の作品元データ(部分)。2020年12月20日藪崎氏提供。
  • 6 藪崎次郎作品『翠碧黎明図』シャープネス処理前の作品元データ(部分)。2020年12月20日藪崎氏提供。

参考文献

【脚注】
※1
公式サイトによると、
「World Photographic Cup ( WPC ) とは、2013年に全米プロ写真家協会 ( PPA ) とヨーロッパプロフォト連合 ( FEP ) の呼びかけにより、アジアプロフォト連合 ( UAPP ) とオセアニア連合が参加して始まった、写真業界初の『写真における国別対抗の世界大会』です。
6部門別応募から国内審査を経た作品は、各国の国際審査員にジャッジされます。上位3作品の合計18作品に金銀銅のメダルが授与されます。10位までの入賞までにポイントが国別に与えられ、最高得点獲得国にワールドカップが授与されます。」
公式サイトURLは、
http://wpc.competition.jp/(日本代表サイト)
https://www.worldphotographiccup.org/

※2
本報告書を作成するにあたり、写真家藪崎次郎及びIsland Gallery関係者に以下のインタビューを実施させていただいた。
2020/4/11 14:00-17:00 @Island Gallery かちどき準備室
藪崎次郎(作家)、石島英雄(Island Galley代表)、濱中仁(Island Galleyマネージャー)
2020/11/5 16:30-18:30 @Island Gallery かちどき準備室
藪崎次郎(作家)

※3
William Henry Fox Talbot 「The Pencil of Nature」Longman, Brown, Green and Longmans 1844
翻訳本は、
ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボット著 青山勝 訳 「自然の鉛筆」 2016年 赤々舎
青山勝 編集「自然・写真・芸術―「自然の鉛筆」考」を包含する

※4
日本芸術写真協会設立主旨は公式サイトによると、
「日本芸術写真協会(Fine-Art Photography Association)は、芸術写真、映像文化の振興と普及、日本芸術写真マーケットの確立と発展、若手写真家への支援と人材の育成、現役写真家が行う教育プログラム、日本人写真家の国際的な認知度の向上などを目的として2013年12月に設立されました。2014年には、芸術写真を取り扱うギャラリーと出版社、書店が主体となり、一般社団法人としての活動をスタートしました。」
公式サイトは、
http://fapa.jp/

※5
秋田麻早子氏は『絵を見る技術』の中で、名画の持っている条件を、名画を「正しく」見るための技術として開設しており、3点に要約される。フォーカルポイントとリーディングライン(第1章)、マスターパターンによる分割を意識した構造(第5章)、カラースキームを意識した色使い(第4章)である。

※6
本報告書では、伊藤俊治氏の『風の博物誌 -芸術と科学のインターフェイス-』における再引用を分類の定義として利用した。
「英国の美術史家ケネス・クラーク卿は有名な『風景画論』(佐々木英也訳 筑摩書房)で、風景画の歴史は意外に短く、しかも突然生まれたという事実を記している。(中略)
クラークが度々引用する19世紀英国の著名な美術評論家ジョン・ラスキンは。この時代の「風景の新しさ」について書かれた『近代画家論』(内藤史郎訳 法蔵館)で、人間の知覚を以下の3段階に分別した。
①感情を欠くために正確で客観的な知覚
②感情を持って見るために誤ってしまう知覚
③感情を持って見るにもかかわらず正しく精密な知覚
ラスキンが重視したのは③の近くを持つ人間であり、その人間こそが芸術家のモデルとなる。」

※7
Bayer式イメージセンサーは、輝度情報のみ捉えるモノクロセンサーの上に赤・緑・青を分離するためのRGBフィルターを配置する配列方式のことをいう。4つのピクセルで1つの色情報を演算処理装置で補完して画像を生成するため、実際には存在しない色=偽色が発生しやすく、また4つのピクセルで1つの色を作るため解像度も低下する欠点もある。対してFoveon®センサーは、1つのピクセルで垂直方向に配置されたトップ・ミドル・ボトムの3層が、それぞれ短波長(主に青)・中間波長(主に緑)・長波長(主に赤)の光の波長を捉えることで、すべての色情報を得ることができるフルカラーセンサーである。またBeyer配列センサーと違い、RGBフィルターが不要で「色の補完」を行わないため偽色が発生しない。
詳細は、SIGMA社公式サイト参照
「Foveon X3センサー ダイレクトイメージセンサー 世界で唯一「垂直色分離方式」を採用」
https://www.sigma-global.com/jp/cameras/sd-series/features/#sensor

※8
作品『翠碧黎明図』の特別装丁版として、四曲一隻の風炉先屏風を作成していただいた。製作の経緯や過程については、以下のサイトに詳しい。
「ファインアートで和を極めてみる。」
https://prumodela.co.jp/2020/02/23/furosaki-byobu/

※9
「神は細部に宿る」「God is in the details.」は、ドイツの建築家ルートヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe, 1886-1969)のお気に入りの言葉で、彼が有名にしたと言われているが、初出は定かではなく、「ボヴァリー夫人」で有名なフランスの作家ギュスターヴ・フローベール(Gustave Flaubert, 1821-1880)とも、イギリスの美術評論家ジョン・ラスキン(John Ruskin, 1919-1900)とも言われている。ピクシブ百科事典によれば、下記のように説明されている。
「美術品や特に建築物などは、見た目の印象に目を奪われがちだが、一流の作者の最もこだわったものとは一見しても分かりづらく、そしてとても細やかな仕事がなされてるという、素人目には判断しえない要素を称えたものといえよう。」(https://dic.pixiv.net/a/神は細部に宿る)


【参考文献】
Island Gallery 公式サイト(閲覧日:2020/12/20)
https://islandgallery.jp/ 
藪崎次郎 プロフィール(Island Gallery)(閲覧日:2020/12/20)
https://islandgallery.jp/jiroyabuzaki
藪崎次郎 オンラインギャラリー(閲覧日:2020/12/20)
https://islandgallery.jp/e/products/list?category_id=9
藪崎次郎 個人公式サイト(閲覧日:2020/12/20)
https://www.facebook.com/jiroyabuzaki

World Photographic Cup WPC公式サイト(閲覧日:2020/12/20)
https://www.worldphotographiccup.org/
http://wpc.competition.jp/

Fine-ArtPhotographyAssociation(日本芸術写真協会)(閲覧日:2020/12/20)
http://fapa.jp/
http://fapa.jp/about/

SIGMA社公式サイト(閲覧日:2020/12/20)
「Foveon X3センサー ダイレクトイメージセンサー 世界で唯一「垂直色分離方式」を採用」
https://www.sigma-global.com/jp/cameras/sd-series/features/#sensor

プルモデラ社ブログページ(閲覧日:2020/12/20)
「ファインアートで和を極めてみる。」
https://prumodela.co.jp/2020/02/23/furosaki-byobu/

ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボット著 青山勝 訳 「自然の鉛筆」 2016年 赤々舎
青山勝 編集「自然・写真・芸術―「自然の鉛筆」考」を包含する
トルボットの原著は
William Henry Fox Talbot 「The Pencil of Nature」Longman, Brown, Green and Longmans 1844

秋田麻早子著 「絵を見る技術」 2019年 朝日出版社

伊藤俊治 『風の博物誌 -芸術と科学のインターフェイス-』
佐藤卓企画、上田義彦写真「風景の科学 芸術と科学の融合」2019年 美術出版社 への寄稿文

ジョン・ラスキン著 内藤史郎訳 「風景の思想とモラル【近代画家論・風景編】」 2002年 法蔵館
ラスキンの原著は
John Ruskin 「Modern Painters, 5vols」 George Allen 1900

ケネス・クラーク著 佐々木英也訳 「風景画論改訂版」 1988年 岩崎芸術社
クラークの原著は
Kenneth Clark 「Landscape into Art New Edition」John Murray Publishers Ltd 1976

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