アートとホテルの関係性において、有意義なコミュニケーションが生まれる可能性

藤川 欣智

はじめに
東京都汐留にある「パークホテル東京」のアートを活用した取組みを調査。
地域活性化事業でアートを使用している、新潟の「越後妻有大地の芸術祭」の取組みを見ると、アーティストと住民が協働して作品や場をつくることを行っている。そして多くのタッチポイントをつくることで、来訪者との有意義なコミュニケーションが生まれている。このコミュニケーションデザインが地域活性化の成功のひとつの要素となっている。アートとホテルの関係性において、アートによって有意義なコミュニケーションが生まれる可能性について調査した結果を報告する。筆者はこの取り組みのメンバーでもある。

1、 基本データと歴史的背景
・所在地:東京都港区東新橋1-7-1メディアタワー25階
・開業:2003年9月
・施設:客室数270室(26階から34階)、レストラン&バー4店舗(25階)
・展示箇所:25階アトリウム(メイン展示)、その他26階から最上階の34階まで各フロアに展示場所を設置(ホテル内に常に300点以上作品を展示)

パークホテル東京は、2003年に大型プロジェクト汐留開発によって開業したホテルの一つ。大きな料飲施設を持たない宿泊特化型ホテル。2012年にリブランディングした際に、ホテルコンセプト「日本の美意識が体感できる時空間」を掲げる。そのコンセプトを実現するために、アートを一つの手法に様々な取り組みを実行し、ホテルライフの新しいサービスを提供。開業後、訪日外国人利用は5割程度であったが、リブランディング後の2016年には8割を超えるまでになる。
アートプロジェクトは、年間を通して行われており、伝統工芸や現代工芸、現代アートをホテル内すべてのフロアに展示・販売場所を設置。またアーティストを一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながらの作品制作を行わせる“アーティスト・イン・レジデンス”のホテル版「アーティスト・イン・ホテル」(注:造語)を展開した。アーティストルーム制作は、日本人アーティストにこだわり、書家が設える「禅」の部屋や、古来より神事として行なわれてきた「相撲」をモチーフにしたお部屋などがある。外部のアートイベントにも積極的にパートナーシップを組むなど、様々なタッチポイントを増やし、アートを媒介にコミュニケーションを生むデザインをホテルに取り入れることで、ブランドつくりを実行している。

2、 評価している点
第一に、日本の良き文化でもある季節を、アート作品により表現する展示を開催している点。この試みは、「室礼」でお客様を迎える文化をアートで表現している。春は、新緑や桜、出会いや別れ。夏は、海や山、開放感などを題材にしており、季節感を大事にしている文化を伝えるアート展示となっている。

第二に、ホテル内のアート作品は購入することができる点にある。通常ホテルは、アート作品は必ず展示しているが、販売はしていないことがほとんどである。アート作品を「見るもの」に留めるのではなく、気に入れば所有できるところまでコミュニケーションのデザインをしている。例えば、海外ゲストのハネムーナーがホテルに滞在し、その時展示していた作品を気に入り、思い出に作品を購入した事例がある。年間100点程のアート作品が購入され、ホテルから国内外へと旅立っている。したがって、その数だけアートを媒介にした物語が誕生しており、アートによるコミュニケーションを生み出すことに貢献していると考えられる。

第三に、アートと食の融合プランの実施。スタッフがホテル内アートツアーを行い、その後食事をするプランである。アートツアーで日本の文化を知り、日本の多様なアートに出会い、より深いゲストとの関わりをつくっており、ゲストの声にも着実に「アート」という言葉が出てくるようになっている。
これまでの考察から、ホテルにアートを融合することで、多様な刺激をゲストに届けることになり、有意義な時間を過ごすことに貢献していることが明らかになる。

3、 同様の事例と比較して特筆される点
アートを扱うホテルは、国内でも増えてきている。「アンテルーム京都」、「BnAアルターミュージアム」、「ノードホテル」など。アートを扱うホテルは、アートを主体とした運営方針であることが主だが、パークホテル東京はアートを展示しているだけではなく、日本の文化、日本の良さをアートによって表現することを試みていることが特徴といえる。そして「より日本を好きになって頂く」ことをホテルのミッションとして掲げている。もちろんアートも主役でもあるが、アートを媒介にコミュニケーションが生まれることを大事にしており、ホテルで過ごす時間を有意義に過ごしてもらいたいという目的で、アートを扱っていることにある。
社員教育にもアートを取り入れていることも挙げられる。「アートを学び、アートで学ぶ」ことも試みている。展示入れ替えごとに、ホテルスタッフ向けにアーティストやギャラリストの説明会を開催している。また社内スタッフでつくり上げた、独自の教育プログラム「探究型対話学習(Inquiry-based Communication Learning)」を開発。対話型鑑賞やグループワークを取り入れ、アート鑑賞方法や、アートの歴史とともに、観察力を高めるなどサービス力向上にも役立つプログラムとなっている。

上述のとおり、アートとスタッフとのコミュニケーションに対しても積極的に取り組んでいる。それゆえにスタッフがアートへの抵抗感が少しずつなくなり、ゲストとのコミュニケーションが活発となる。この行動が、サービススキル向上となり、ゲスト満足度にも繋がることが分かる。

4、 展望について
障がいを持ったアーティストたちへの支援を行うこと。2018年から障がい者によるアート作品を常設で展示できる場所を提供し展示・販売を行う。販売が成立した場合は、売上の一部を還元している。2020年からホテル内に募金箱を設置。ゲスト用・従業員用ともに、自動販売機を障がい者アーティスト作品仕様に変更し、売上げの一部を寄付できるように設置を行う。ホテルを通して、障がい者のアーティストの支援ができる仕組みをつくり、ゲストやスタッフも社会貢献できるコミュニケーションもつくることを課題とする。

5、 まとめ
このホテルの取組みの特徴は、アートを使用して、改めて日本の良さを発見できるコミュニケーションデザインをつくりだしたことにある。リブランディングの当初は、訪日外国人をターゲットとしており、日本の文化を発信し、知ってもらい、楽しんでもらうことで訪日外国人に「より日本を好きになって頂く」ことをホテルのミッションとしていた。そして、この取り組みを遂行しながら、スタッフ自身がアートを通して多くの日本の文化・アートに触れ、歴史的背景を学ぶことで、日本の良さに改めて気づくことができるコミュニケーションデザインを構築したことにもある。その気づきによって、スタッフの働くモチベーションやアイデンティティが育まれ、「おもてなしの心」となりゲストへと伝わることが分かった。
以上の理由から、アートでコミュニケーションデザインをつくりだすことで、スタッフの自信ややりがいが生まれ、ゲストが有意義な時間を過ごせる環境をつくりだしていると推測する。今では、アートがあるホテルで働きたいと国内外から希望者が集まるようになり、ホテルのコンセプトに共感して働き始めたスタッフもいる。ホテルという環境においても、越後妻有の取組みと同様に、受け入れる側がアートを享受することで、自信をもってゲストをもてなすことができるようになることが明らかとなる。
これまでの考察から、アートを媒介に多様なタッチポイントをつくることで、ホテルとアートの関係性においても、コミュニケーションデザインすることで、一歩踏み込んだ関係性が生まれ、有意義な場をつくりだすことができる可能性は十分にあると結論づけることができる。
今後は、この取り組みで行われた、アートのコミュニケーション力を意識したデザインを体系化し、他の分野や業種にも適用することで、有意義なより良い世の中になることを期待する。

参考文献

【参考文献】
・上野行一著『風神雷神はなぜ笑っているのか-対話による鑑賞完全講座』、光村図書出版株式会社、2014年
・奥村高明著『エグゼクティブは美術館に集う-能力を覚醒する美術鑑賞』、光村図書出版株式会社、2015年
・増村岳史著『ビジネスの限界はアートで超えろ!』、株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年
・一般財団法人たんぽぽの家編『ソーシャルアート-障害のある人とアートで社会を変える』、株式会社学芸出版社、2016年
・エイミー・ウィテカー著(不二淑子訳)『アートシンキング-未知の領域が生まれるビジネス思考術』、株式会社ハーパーコリンズ・ジャパン、2020年
・小暮宣雄著『アーツマネジメント学-芸術の営みを支える理論と実践的展開』、株式会社水曜社、2013年
・武山政直著『サービスデザインの教科書-共創するビジネスのつくりかた』、NTT出版株式会社、2017年
・近藤隆雄著『サービス・イノベーションの理論と方法』、生産性出版、2017年
・ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス編集部編『ブランド価値創造のマーケティング-顧客と従業員のロイヤリティを高める-』、ダイヤモンド社、1998年
・一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会著『社員を本気にさせるブランド構築法』、同文舘出版株式会社、2017年
・田中洋著『ブランド戦略論』、株式会社有斐閣、2019年
・北川フラム著『美術は地域をひらく-大地の芸術祭10の思想』、現代企画室、2014年
・北川フラム著『ひらく美術-地域と人間のつながりを取り戻す』、筑摩書房、2015年

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