東京都杉並区高円寺で開催されている東京高円寺阿波おどり

山田剛

東京都杉並区高円寺で開催されている東京高円寺阿波おどり

はじめに
東京都杉並区高円寺で地域を活性化させるため、約60年前に地域住民によって考案されたのが「東京高円寺阿波おどり」(以下、高円寺阿波踊り)である。商店街青年部が中心となり始まった高円寺阿波踊りは、今では120万人が集まる夏の大イベントに成長した。

都心部に位置しながらも観光資源を持たない高円寺という街を活性化するため、高円寺阿波踊りは地域住民により現在の形にデザインされてきた。私はこれを地域の特色がある芸術的活動及び優れた地域活性化のデザイン事例だと判断し、以下に高円寺阿波踊りについて調査報告を行う。

調査方法としては杉並区の行政資料や郷土資料、主催者によって発行されている広報誌や記念誌で基本情報と歴史的背景を調べる。そして長く高円寺に暮らしている私自身のこれまでの経験も踏まえて事例の考察と報告を行う。さらに類似する事例として北海道札幌市で開催されているYOSAKOIソーラン祭りとの比較考察を行い、高円寺阿波踊りの特筆されるべき点の評価を行う。

1 基本データ
名称  東京高円寺阿波おどり
開催地 東京都杉並区高円寺
日程  毎年8月最終土曜、日曜の2日間
主催  東京高円寺阿波おどり実行委員会、NPO法人東京高円寺阿波おどり振興協会
共催  杉並区
動員  2013年 95万人、2014年 120万人
概要  周辺一体の商店街と道路を封鎖し前夜祭も含めると3日間に渡り開催される。高円寺は幅が10メートルにも満たない細い商店街が入り組んでおり、そこを連と呼ばれる阿波踊りのグループが独自の工夫を凝らした演奏を行い踊りながら練り歩く。実際に阿波踊りが行われるのは各日ともに18時から21時までの3時間であるが、日中から深夜に至るまで街全体が多くの人で賑わう。

2 東京高円寺阿波おどりの歴史的背景
2.1 高円寺の基本データと歴史
東京都杉並区の東に位置する高円寺は南北に約2キロ、東西に約1キロ程度の範囲に点在する複数の商店街と、それを取り囲む住宅地で形成されている。平成27年1月の杉並区区政資料(*1,*2)によると高円寺の人口は約4万6千人。特に30代以下、単身世帯の人口が他地域と比較し特に多い。1960年代にフォークシンガーが多く暮らしていた事から現在でも多くのライブハウスや音楽スタジオが存在している事も高円寺の特徴の一つである。

大正時代には農村であった高円寺は関東大震災で被災した住人が多く移住して来た事で人口が増加した。しかし軍事施設が近隣に存在していたため1945年に空襲を受け、駅やほとんどの商店街が焼失。アメリカ軍によって空襲1年半後に撮影された写真(*3)からも広範囲に被害があった事が分かる。終戦後は駅周辺に多くの闇市が立ち並び、その雑然とした雰囲気は現在も色濃く残っている。

2.2 阿波踊りが始まった背景
空襲の被害が無かった周辺の街に比べ高円寺の被害は甚大で戦後復興の遅れをとっていた。そのため予算をかけず街を活性化できる方法が商店街青年部により模索される。そして道を踊り歩く徳島の阿波踊りを行うことが提案され、1957年8月に第1回高円寺阿波踊りが開催された。現在では期間中の踊り手は1万人を超えるが第1回は38人であった。

その後順調に規模が拡大していったが景気悪化に伴い徐々に運営財政が逼迫する。さらに増え続ける観客に運営が追いつかず様々な問題が発生。そこで任意団体であった各商店街の代表が集まる実行委員会をNPO法人化し運営の基盤とした。NPO法人として再スタートした東京高円寺阿波おどり振興協会は運営側だけではなく踊り手、ボランティアらで支えあう新たな運営のモデルケースを提示し、様々な問題点と向き合いながら現在に至る。

3 評価理由
3.1 イベントに阿波踊りを選択した点
阿波踊りは徳島で400年以上の伝統を持つ郷土芸能だが、高円寺で阿波踊りが選択された事には理由がある。商店街青年部が街を活性化させるべく夏の行事を模索していた際にはお神輿や盆踊りという案もあがった。しかしお神輿を購入する予算がなく、入り組んだ細い商店街で構成される高円寺では盆踊りを行える広い場所が存在しなかったのだ。

そのため商店街を踊りながら歩く事自体をイベント化できる阿波踊りが選択されたのである。つまり予算が無い点、場所が無い点という短所を生かし、予算をかけず人の躍動感で街を活性化させるというイベントのデザインが行われたのである。高円寺阿波踊りが現在の規模にまで成長した理由は、地域に適したイベントの選択とデザインが行われた結果なのだ。そのようなイベント選択やデザインのプロセスが評価できる点である。

3.2 地域住民が主催を続けている点
街を活性化させるためのイベントは行政主導で行われる事が多い。例えば内閣府の地域活性化総合情報サイト(*4)では行政が関わる地域活性化の事例が多数紹介されているが、高円寺阿波踊りは常に地域住民が主催してきた。平成24年の杉並区収支報告書(*5)によると杉並区は高円寺阿波踊りに200万円を助成しているものの、運営予算のほとんどは踊り手の参加費や有志からの協賛金で賄われる。さらに当日は300人以上のボランティアが清掃と誘導を行い、徹底した地域主導の運営が行われているのだ。このように地域住民が主催し続けている事も評価できる点である。

4 YOSAKOIソーラン祭りとの比較
YOSAKOIソーラン祭り(以下、YOSAKOI)は北海道札幌市で1992年に始まったイベントである。阿波踊りと同様に四国の郷土芸能であるよさこい祭りと、北海道の郷土芸能であるソーラン節を融合させた踊りを競うイベントだ。観客動員数は常に200万人程度であり北海道の夏を代表するイベントである。

高円寺阿波踊りと比較し大きく異なる点は、高円寺阿波踊りは地域住民からなるNPO法人が主催し利益追求を行わない事に特徴があるが、YOSAKOIは札幌市の観光協会と商工会議所が主催に名を連ね、観光客の誘致や企業の宣伝の場でもあることだ。さらにYOSAKOIの実行委員会から創立者の長谷川氏が一部事業の株式会社化を行い、後に金銭トラブルが起きたりと営利的な側面も強い。その長谷川氏は既にイベントとの関係を絶ち参議院議員として活動している。

YOSAKOIは北海道の夏を活性化する優れたイベントだが、イベントの理念や地域との関わり方が両者では異なる。商業的要素が強いYOSAKOIと比較すると、高円寺阿波踊りは地域住民が利益ではなく地域活性化を優先する運営を長年続けてきた事が特筆すべき点なのである。

5 今後の展望
高円寺で阿波踊りを通した地域活性化に成功して以降、阿波踊りを取り入れたイベントが全国に広がった。特に関東ではその数が増え続け、別表(*6)のように多くの阿波踊りイベントが存在する。高円寺阿波踊りの広報誌によると近年では地方自治体が本場の徳島ではなく高円寺で阿波踊りの視察を行うケースが増えているという。かつての高円寺と同様に予算や場所の問題を抱えている地域が高円寺阿波踊りを参考にした結果、類似するイベントが関東で広まったのだ。

現在では関東を中心にその輪が広がっている阿波踊りだが、今後は同様の問題を抱える地域と情報共有する事も重要であると考える。例えば狭い市街地を会場として利用するにはどのようなデザインが効果的なのか、商店街を中心としたNPO法人設立の手法等、阿波踊り以外でも伝えられる事は多い。そのような地域同士の提携も重要であると考える。

6 おわりに
高円寺阿波踊りには解決すべき課題も多い。狭い地域に多くの人が集まるため街が飽和状態であることやトイレ、ゴミの問題だ。しかし数年前より地域の商店がトイレを開放したり、ボランティアが分別用のゴミ袋の配布を行っている。さらに地域の小中学校では高円寺阿波踊りを通し、これらの問題も含めて地域を学ぶという授業を行っている。

このようにイベントが抱える問題も地域住民で解決しようという動きが始まっているのだ。地域活性化という目標が十分に達成した現在、このように地域住民が問題を解決する動きを維持していくことも重要である。

高円寺阿波踊りのメインはもちろん阿波踊りであるが、同様に重要なのは歴史の中で作り上げた地域住民とイベントの関わり方だ。地域住民が運営方法を考え、運営に関わらない住民達も協力し問題解決に参加する事で、長い時間をかけてイベントのデザインが行われてきた。阿波踊りという伝統芸能を通し1年に1度地域がまとまる高円寺阿波踊りは地域活性化の優れたモデルケースと言えるだろう。

  • <WEBでは掲出せず>
    (*3)空襲1年半後に撮影された高円寺の写真。 空襲の被害が大きかったのが写真中心部の高円寺駅周辺。 住宅の密集する周囲と比べると中心部は空襲の影響で建物が少ない。 撮影 アメリカ軍 撮影年月日 1947年12月20日  出典 国土地理院
  • 987383_38993171444f440182a89770e4bd6b2d.jpg (*6) 関東の主な阿波踊りイベント。 2015年1月 筆者調べ
  • <WEBでは掲出せず>
    新高円寺通商店街を進む阿波踊りの連。 撮影年月日 2014年8月24日 撮影 筆者
  • <WEBでは掲出せず>
    高円寺パル商店街を進む阿波踊りの連。 撮影年月日 2014年8月22日 撮影 筆者
  • 987383_2e59d6bfb7cb45b1bf3b90658d6fb127 高円寺純情商店街に面するバス停留所は阿波踊り中は封鎖され会場となる。 撮影年月日 2007年8月25日 撮影 筆者
  • 987383_5b8da16853e944b0bea8be3053753053 高円寺純情商店街に面するバス停留所は阿波踊り中は封鎖され会場となる。 撮影年月日 2007年8月25日 撮影 筆者
  • 987383_7992346615a64bad8fa33aaed132d6e6 観客の至近距離で迫力のある演奏が行われる事も高円寺阿波踊りの魅力の一つである。 撮影年月日 2014年8月23日 撮影 筆者

参考文献

杉並区立郷土博物館編、発行 『高円寺フォーク伝説』 1996年
杉並区立高円寺中央児童館編、発行 『高円寺いまむかし』 1989年
高円寺阿波踊振興協会編、発行 『どよめきの30年 おどれ高円寺』
東京阿波踊り振興協会編、発行 『めくるめく発展の40年 おどれ高円寺』
NPO法人東京高円寺阿波おどり振興協会編、発行 『踊れ高円寺 人が創り、街が育む50年』 2006年
座・高円寺編、発行 『シアター・コミュニケーション・マガジン 座・高円寺』 2014年
坪井善明、長谷川岳 『YOSAKOIソーラン祭り 街づくりNPOの経営学』 岩波アクティブ新書 2002年

参考URL(閲覧日 2014年1月30日)
東京高円寺阿波おどり振興協会 『東京高円寺阿波踊り公式サイト』
http://www.koenji-awaodori.com/
(*1) 杉並区 『区政資料 町丁別世帯数及び人口(平成27年1月1日)』
http://www2.city.suginami.tokyo.jp/library/library.asp?genre=B01004
(*2) 杉並区 『区政資料 町丁、年齢(各齢)別人口(平成27年1月1日)』
http://www2.city.suginami.tokyo.jp/library/library.asp?genre=B01038
(*4) 内閣府 『地域活性化総合情報サイト』 http://www.chiiki-info.go.jp/
(*5) 杉並区 『杉並区 事務事業評価表』
http://www2.city.suginami.tokyo.jp/library/file/jimujigyo_24_kumin05.pdf
YOSAKOIソーラン祭り組織委員会 『YOSAKOIソーラン祭り公式サイト』
http://www.yosakoi-soran.jp/