宇宙科学博物館コスモアイル羽咋
はじめに
石川県羽咋市には、「宇宙科学博物館コスモアイル羽咋」(以降、"コスモアイル"と表記)という施設がある。観光・文化・生涯学習施設を兼ねた羽咋市の複合型施設で、日本初のUFO[1]資料館として1996年7月に開館した。円形ドーム型の外観はUFOを思わせ、羽咋市のランドマークにもなっている。名前の"コスモアイル(Cosmo Isle)"とは"宇宙の出島"という意味で、この施設を"宇宙との交流の拠点"と位置付けて、訪れた人々に「地球規模で物事を考える、"宇宙人"の視点を感じてほしい」という願いが込められている。
本稿では、コスモアイルを1つの"アート作品"と見立てて評価し、今後の展望について考察する。
1.基本データ
・所在地:石川県羽咋市鶴多町免田25
・規模 :敷地面積31,104.00㎥/建築面積4,847.25㎥/延床面積6,749.94㎥
・構造 :地上4階地下1階建RC造一部SRC及びS造
・開館日:1996年7月1日
1Fは大ホール、小ホール、研修室、和室、茶室、図書館等の文化・生涯学習施設が占めている。2Fは宇宙科学展示室と情報ライブラリ、3Fはコスモシアター等の観光施設が占めている。
2.歴史的背景
コスモアイル設立の背景には、1980年代後半から90年代にかけて全国的に盛り上がった"町おこし"活動がある。羽咋市では、1人の公務員と数人の有志の市民により、この町おこし活動が始まった。彼らは羽咋市に伝わる古文書の中に、円盤型の飛行物体が登場する「そうはちぼん伝説」[2]という伝承を発見し、この飛行物体をUFOと捉えて、UFOによる町おこしを図った。当初、UFOというテーマは行政や市民の間でも疑問や反対の声が強かった。だがマスメディアを徹底的に活用した彼らの熱心な活動により、行政や市民の意識も次第に変わり、受け入れられて、1990年11月に「宇宙とUFO国際シンポジウム」という国際的なイベントを開催するまでになった。
このイベントは全国から約4万5千人を集客して大成功を収め、この成功で自信をつけた羽咋市民の間からイベント開催を通して培われた資産を次に繋げたいという声があがるようになった。そしてその声を受けて、羽咋市の町おこし活動の拠点として、また地域の新たなシンボルとして、コスモアイルの設立が構想され、建設された。
3.コスモアイルをアート作品として評価する
"芸術"とは、Wikipedia[3]によれば、<表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動>、である。この場合、"表現物"がコスモアイルであり、"精神的・感覚的な変動"は、「地球規模で物事を考える、"宇宙人"の視点を感じてほしい」というコンセプトに示される。
このコンセプトを、コスモアイルでは宇宙科学展示室と情報ライブラリで、"宇宙開発"、"SETI"[4]、"UFO"という3つのテーマで展示を行って表現している。
宇宙開発のテーマでは、人類が宇宙空間に進出していった過程を、1960年代から70年代に激しい宇宙開発競争を繰り広げた米国と旧ソ連の宇宙船を中心に、それらを年代順に展示することで表現している。中には実際に大気圏再突入を経て地球に帰還した実物の宇宙船を含み、表面に残る焼け跡や傷跡が、人類の宇宙進出の足跡をリアルな質感で物語っている。また全ての宇宙船は、"宇宙"という未知の空間に挑む人類の試行錯誤を伝える作品でもある。
SETIのテーマでは、宇宙人の存在の可能性を研究している16人の科学者達のインタビュー映像をメインに、これまでに発信された宇宙人へのメッセージ等を展示している。またUFOのテーマでも、UFOの正体を解き明かすべく研究している16人の科学者達のインタビュー映像をメインに、世界各地で撮影されたUFO写真や、公的機関によるUFO調査報告書等の公文書類、UFO関連の書籍等を展示している。研究に従事している科学者達の生の声は、宇宙人の存在の可能性やUFOとは何かを鑑賞者に問いかけ、また宇宙人へのメッセージや、数多くのUFO写真や公文書類、書籍等の存在が、実体ではないにしろ、宇宙人やUFOというものの存在を浮かび上がらせ、鑑賞者にその有無や真偽について考えるきっかけを与えている。人類とは別の存在を意識するとき、相対的に私達は地球人類が1つの星の上に生きる"地球人"という1つの種であることを認識する。それこそが、コスモアイルの展示の狙いである。
なおコスモアイルで行っている利用者アンケート(資料1)の結果では、展示内容については、来館者の約9割が満足していると回答している。この結果から、概ねコンセプトを表現できているものと考える。
4.コスモアイルの特筆点
コスモアイルの最も特筆すべき点は、展示物の徹底した"実物主義"である。展示物はすべて、当時の職員達が自ら米国やロシアに赴き、宇宙機関や政府、企業と直接交渉して、独自に収集した。
展示物の内、旧ソ連のものはすべて実物である。実際に打ち上げられた宇宙船や打ち上げ失敗に備えて制作されていた予備機等がある。米国のものは実物または展示用の模型である。実物では、実際に打ち上げられたロケットやNASAから借用している月面車の試作機等がある。また模型であっても、それぞれ実際に宇宙船を設計・制作した研究所や企業に依頼して制作してもらっており、実物と同じサイズで、実物と同じ素材、パーツを用いて細部まで忠実に再現している。
この実物への徹底したこだわりは、五感を通して、実物でしか伝えられない情報や感動がある、という考えに基づいている。特に様々なモノやコトがバーチャル化する現代の情報化社会においては、実物が持つリアルな情報、実物に触れるリアルな体験は、今後非常に価値を持つと考える。なお実際に使用された宇宙船を常設展示しているのは、国内ではコスモアイルだけということもあって、大きな特徴となっている。
5.今後の展望について
コスモアイルは、宇宙船等の大型の展示物が多い為、物理的・予算的に展示物の更新が難しいという問題を抱えている。この問題は、来館者のリピート率が15%以下(資料2)という低い数字にも表れている。コスモアイルが存続していく為には継続的に来館者を見込む必要があるが、その為にはコンテンツをいかに更新していくかが課題といえる。
この課題の解決策の1つとして、視点を変えることで、ソフト面でコンテンツの更新を図ることが考えられる。その視点の1つとして"アート"を提案できると考える。今回、コスモアイルをアート作品として評価することを試みた理由もそこにある。一般的に、科学博物館では科学的に実証された物を展示物としているが、アートの視点を取り入れることで表現の幅が拡張され、絵画や音楽、ダンスや演劇等も展示物として取り込み、それによりコンテンツの更新が図れるものと考える。
また市民ボランティアとの協働やその育成も、解決策の1つとして考えられる。例えば、現在コスモアイルを拠点に活動する市民ボランティア団体が、毎年6月24日の「UFOの日」[5]に合わせて、市内の小学生を対象に宇宙人や宇宙船をテーマにした絵画を募集し、その展示を行っている。このような試みをより促進し、有志の市民に広く表現の場を提供することで、コンテンツの更新を図るだけでなく、地域社会の活性化にも貢献し、市のシンボルに相応しい場として定着していくのではと考える。
6.おわりに
現代社会は、移動手段の進化やインターネットの発達等で世界がより身近になり、グローバル化が加速している。また最近は宇宙ビジネスに注目が集まっており、人類の宇宙進出はますます進むものと考える。反面、地域社会では少子高齢化が進み、衰退著しい地域をいかに活性化していくかが地方自治体の目下の課題となっている。
このような時代において、「地球規模で物事を考える、"宇宙人"の視点を感じてほしい」というコスモアイルのコンセプトは、人々がこれからの時代に適応していく上で1つの指針を示すものと考える。また市民ボランティアとの協働やその育成は、かつて有志の市民の自律的な活動の結果として誕生したコスモアイルにとってはその伝統を継承することにも繋がり、地域社会の活性化にも貢献できるものと考える。未来においてコスモアイルが果たす役割に期待しつつ、今後ともその活動を見守っていきたい。
- コスモアイル羽咋外観(出展:宇宙科学博物館コスモアイル羽咋、http://www.hakui.ne.jp/ufo/picture.html(2019/01/26))
- 2F宇宙科学展示室(出展:宇宙科学博物館コスモアイル羽咋、http://www.hakui.ne.jp/ufo/picture.html(2019/01/26))
-
レッドストーン型ロケット(出展:宇宙科学博物館コスモアイル羽咋、http://www.hakui.ne.jp/ufo/picture.html(2019/01/26))
米国製。1段目、2段目は実際に打ち上げられた実物。 -
ボストーク宇宙船(出展:宇宙科学博物館コスモアイル羽咋、http://www.hakui.ne.jp/ufo/picture.html(2019/01/26))
旧ソ連製。実際に打ち上げられ、大気圏再突入を果たした実物。 - そうはちぼん(出展:宇宙科学博物館コスモアイル羽咋、http://www.hakui.ne.jp/ufo/detail/15.html(2018/11/02))
- (資料1)平成29年度利用者アンケート集計(提供:宇宙科学博物館コスモアイル羽咋)
- (資料2)現状と課題(提供:宇宙科学博物館コスモアイル羽咋)
参考文献
<註釈>
[1]Unidentity Flying Objectの略。"未確認飛行物体"を意味する。
[2]"そうはちぼん"という仏具に似た形状の物体が、羽咋市の北の方角にある眉丈山の中腹を夜な夜な怪火を発して飛んでいた、という伝承。そうはちぼんは、楽器のシンバルのような形状をしている。
[3]「芸術」(Wikipedia)、https://ja.wikipedia.org/wiki/芸術(2018.12.01-2019.01.27)
[4]the Search for Extra-Terrestrial Intelligenceの略。"地球外知的生命探査"を意味する。
[5]1947年6月24日に、アメリカ人パイロットのケネス・アーノルド氏が、自家用機で飛行中に、ワシントン州カスケード山脈の最高峰、レーニア山付近を、編隊を組んで飛行する謎の飛行物体に遭遇した事件にちなむ。この事件が新聞に大々的に報じられたことで人々が"UFO"なる存在を認識することになった為、この事件が起こった日が「UFOの日」に制定された。
<参考文献>
・高野誠鮮著、『ローマ法王に米を食べさせた男』(講談社+α文庫)、講談社、2015年
・高野誠鮮著、『頭を下げない仕事術』、宝島社、2016年
・羽咋市監修、株式会社博文堂編集、『UFOのまち・羽咋へようこそ―宇宙とUFO国際シンポジウムの記録―』、「宇宙とUFO国際シンポジウム」実行委員会、1991年
・宇宙科学博物館コスモアイル羽咋、http://www.hakui.ne.jp/ufo/(2018.12.01-2019.01.27)