明石市立天文科学館――組み込まれた時のデザインの可能性――

太田 智裕

1. はじめに
JR山陽本線を西へ明石駅に到着するころ、右手に高くそびえる時計塔が見える。明石市のランドマーク、明石市立天文科学館(以下「同館」という)だ。東経135度日本標準時子午線(註1)上に位置する「時と天文の科学館」であり、国の登録有形文化財である。
この調査報告では、同館にどのようなデザインが組み込まれているかを叙述したい。そして、同館の今後の展望と、今日の社会において同館のデザインに何が可能であるかを考察したい。

2. 基本データ(註2)
【所在地】
・兵庫県明石市人丸町2-6
【構造】
・鉄筋コンクリート造 : 地上16階の時計塔と4階展示棟(写真1)
【規模】
・敷地面積 4,210㎡
・建物面積 965.22㎡
・床面積 1階 651.70㎡、2階 842.83㎡、3階 656.59㎡、4階 271.71㎡、13階 89.92㎡、14階 162.86㎡、時計塔 309.12㎡
・展示面積 480㎡
・プラネタリウム 582㎡、ドーム直径20m、300席
・時計塔の高さ 地上54m

3. 同館の歴史
3-1. 世界標準時と日本標準時(註3)の制定
同館が開館するまでの道程は長く、子午線標識の設置・日本標準時制定という50年以上にわたる歴史がある。
1884年、国際子午線会議での世界標準時の決定にもとづき、1886年に勅令第51号「本初子午線経度計算方及標準時ノ件」(註4)が発布され、東経135度子午線上の時間を基準にした日本標準時が制定された。そして、1888年1月1日の午前0時0分に、内閣省地理局観象台から全国の電信局への通報と同時に、日本標準時の使用が開始された。

3-2. 最初の子午線標識
1910年、明石に135度子午線が通ることを知った明石郡小学校長会は、最初の子午線標識を参謀本部の測量地図にもとづき、相生町の道筋(現在の天文町2丁目)に設けた。
ところが、1915年に日本の地図の原点である、東京天文台の経度に10.4秒の修正がおこなわれた。修正前の測量地図による標識は、東経135度から10.4秒ずれてしまったが修正はされなかった。

3-3. 1928年の天体観測とトンボの標識
1928年に明石中学校(現在の明石高等学校)の山内佐太郎校長(註5)の熱意ある提唱により――山内校長のお孫様によると、祖父は日本初の子午線標識は明石にあると主張し、教育のためにも「なんとしてでも明石を子午線のまちにしたい。」と話していたそうだ(註6)――、明石市教育委員会は、子午線標識を正確な位置に移設するため、京都大学の野満隆治博士に子午線通過地の決定の依頼をした。
野満博士が明石中学校の校庭で天体観測をした結果、天文経度の135度子午線は、人丸山の月照寺境内を通ることが判明した。相生町の標識は、天文経度の東経135度より4.046秒、距離にすると103m西であったので、相生町巡査駐在所前に移設された。その後、1930年に月照寺の正面に「トンボの標識」が新設され、1933年に現在の国道2号線北側の歩道上に(現在の天文町1丁目)、新標識が設けられた(写真2)。

3-4. 1951年の再観測と同館開館へ高まる人々の意識
第2次世界大戦の空襲で被害を受けた「トンボの標識」の復旧が市民の話題になり、明石教育委員会は、標識の復旧に合わせた再観測を京都大学の上田穣博士に依頼した。
1951年に上田博士が月照寺境内で再観測をした結果、東経135度子午線は、もとの「トンボの標識」の位置より11.1m東であることが判明した。そして、現在の位置に移設され、人丸山に国立天文博物館を誘致する計画の立案もされた。
1957~58年は「国際地球観測年」であり、人類初の人工衛星の打ち上げなどにより、人々は時と宇宙に対する関心と同館開館への想いを募らせていった。
そしてついに同館は1960年に竣工し、その年の6月10日「時の記念日」に開館した。
同館は「時のまち明石」のシンボルとして市民に親しまれ、プラネタリウムによる天文学習の場になるなど、たくさんの人が訪れるようになった。

3-5. 阪神淡路大震災からの再出発
しかしながら、1995年1月17日、午前5時46分に発生した阪神淡路大地震が同館に甚大な被害を及ぼした。塔頂の巨大時計は震災の悲惨さを訴えるかのように、「地震発生時刻」を指したまま停止した。
復旧工事のため休館を余儀なくされたが、リニューアルして1998年3月15日に再開を遂げた。

3-6. 開館50周年の有形文化財登録と今後の展開
震災の復旧から10年余り経った2010年、同館は開館50周年を迎えるとともに国の登録有形文化財に登録された。
同館は現在、2020年に控える「時の記念日制定100周年」に向け、壮大なイベントを企画している(写真3)。

4. 評価したいところ
◆同館の全景は、大海原に浮かぶ島とそこに建つ灯台のようだ。瀬戸の海に臨む明石市にふさわしい建物の意匠を評価したい(写真4)。

◆展望室から眼下に広がる、明石海峡の美しい眺望を評価したい(写真5)。

◆①時計塔と玄関入り口の白いタイル・LEDラインによって子午線を表現し、目に見えない時を可視化している。
②日本最古の現役プラネタリウムが投映する、歳差運動による過去・未来の星空や時と連動させた一晩の星空の変化を鑑賞することができる。
③展示室の「時のギャラリー」や「日時計広場」により、時についての学習や体験ができる。
以上により、同館には時をプログラムする、あるいは時がデザインされており、人が時の存在を実感する空間を成立している点を評価したい(写真6)。

5. ほかの同様の事例に比べて何が特筆されるのか。
1984年4月29日にオープンした神戸市立青少年科学館は、兵庫県下を代表する科学館のひとつである(写真7)。施設は単独で展開されてはいるものの、近代的な設備で充実している(註7)。
一方、同館(明石の天文科学館)は、近代的な充実さはないが、山陽電鉄の人丸駅のホーム・明石子午線郵便局内に引かれた子午線のラインなど(写真8)、同館だけではなく、子午線上に存在する地域が混然一体となってつくる、「時のまち」・「子午線のまち」という壮大な規模の空間は大きな特筆である。

6. 同館の今後の展望と抱える問題点
2020年「時の記念日制定100周年」に、同館は開館60周年を迎える。今後は老築化する建物やプラネタリウムなどのメンテナンスが課題であり、新規来場者やリピーターの確保に向けた新しいイベント企画・新規事業展開・広報活動の強化はこれまで以上に必須と考える。
近年人気を博している、「熟睡プラ寝たリウム(註8)」といったイベントの継続のほか、新規イベントとしては、たとえば同館の外壁を使ったプロジェクションマッピングは、明石市のみならず全国的に多大な宣伝となるのではないだろうか。また、同館の展望室からの眺望を生かしたカフェは想像するだけで魅力的であり、人々の憩いの場となるかもしれない。
市民の意見や手助けを借りながら、より人々が訪れたいと思える新しい空間づくり・工夫を凝らして、同館のことを能動的に世に伝えてほしいものである。
一方、同館を訪れる我々は、子午線上で時を司る同館の意義や時についての考察を、もっと真摯におこなう必要があると考える。
実は同館の真の問題は、我々にある時に対する意識改革なのかもしれない。

7. おわりに――時に対する意識改革――
7-1. 『万葉集』の和歌に生きる「時」
今日の社会において、人は日々のあくせくした時を過ごすなかで、ゆとりを失って生きていることを否定できないのではないだろうか。
『万葉集』では明石ゆかりの柿本人麻呂(註9)が、「天の海に雲の波立ち月の舟 星の林に漕ぎ隠る見ゆ」と、和歌により時とともに移ろう幻想的な月の情景を詠んだ。
上代からの花鳥風月を愛でる和歌には、現代人にかせられた、まるで機械のような無機的な時とは違う、うっとりとするような優美で活き々々とした有機的な時を感じる。
同館の展望室から観る明石海峡の夕暮れにも、前述の和歌が示すような有機的な時を感じる。有機的な時により、人は大自然のなかで豊かな感性・情緒を養い、常日頃の生活や気持ちのなかに、ゆとりをもてるのではないだろうか。

7-2. 同館のデザインが可能にすること
有機的な時があることを気づかせてくれる、同館(組み込まれた時のデザイン)には、今日の社会を過ごす人が、大自然に起きる一瞬々々の感動を忘却したり見過ごすことを阻止し、感動を発見・再確認させることが可能であると考える。

  • %e5%a4%aa%e7%94%b01 (写真1)【明石市立天文科学館内平面図および施設内容】→参考文献⑰より。
    5階から12階まで展示室等のフロアはなく、時計塔内のらせん階段・エレベーターで昇降する。15階は一般人立ち入り禁止区域である。
  • %e5%a4%aa%e7%94%b02 (写真2)
    ・写真右上【1910年設置の明石最初の子午線標識】(2018年12月22日、筆者撮影)
    1928年の天体観測後、相生町巡査駐在所前(現在の明石市天文町子午線交番前)に移設されたのち、1999年5月に道路拡幅工事で北へ7m移動させられた。→参考文献㉗「天文科学館のあゆみ」および、「子午線のまち・あかし」より引用する。
    ・写真左【1930年設置の「トンボの標識」】(2018年12月22日、筆者撮影)
    神戸高等工業学校の古宇田実校長の設計で、当時としては斬新なデザインである。上部に日本(あきつ島)の象徴であるトンボ(あきつ)が取り付けられていたので、「トンボの標識」として広く親しまれた。→参考文献㉗「天文科学館のあゆみ」より一部抜粋する。
    ・写真右下左【1933年設置の国道2号線北側歩道上(天文町1丁目)の標識】(2018年12月22日、筆者撮影)
    現在は同館の案内表示板にほぼ囲われている。右隣のモノクロ写真は、1932年当時の標識と国道の様子である。標識の全体像が分かる貴重な写真である。→参考文献③22頁より転載する。
  • %e5%a4%aa%e7%94%b03 (写真3)2020年に控える「時の記念日制定100周年」に向け、壮大なイベントを企画している。→参考文献⑲より。
  • %e5%a4%aa%e7%94%b04 (写真4)大海原に浮かぶ島とそこに建つ灯台のようだ。瀬戸の海に臨む明石市にふさわしい(2019年1月10日、筆者撮影)。
  • %e5%a4%aa%e7%94%b05 (写真5)展望室から眼下に広がる、明石海峡の眺望は美しい(2019年1月10日、同伴者撮影)。
  • %e5%a4%aa%e7%94%b06picsart_01-18-11-34-07-1-1 (写真6)
    ・写真左【漏刻】(2018年12月22日、筆者撮影)
    白いタイルの子午線とともにある、水の流れにより時を刻む漏刻が時の空間を感じさせる。
    ・写真中央上【同館裏側の月照寺にあるLED子午線ライン】(2019年1月10日、筆者撮影)
    ・写真中央下【日本最古の現役プラネタリウム】(2018年12月22日、筆者撮影)
    プラネタリウムがドームに投映する恒星の数は、約9,000個にのぼる。→参考文献㉗「館内施設案内」より引用する。
    ・写真右上【展示室「時のギャラリー」】(2018年12月22日、筆者撮影)
    ・写真右下【屋外日時計広場】(2018年12月22日、筆者撮影)
  • %e5%a4%aa%e7%94%b07 (写真7)【神戸市立青少年科学館 愛称:バンドー神戸青少年科学館全景】(2019年1月5日、筆者撮影)
  • %e5%a4%aa%e7%94%b08picsart_01-19-03-30-01-1-1-1-1 (写真8)
    ・写真左【地域を通る子午線上の標識・モニュメントを表すライン】(2018年12月22日、筆者撮影)
    ・写真中央上【山陽電鉄人丸前駅ホーム上の子午線】(2019年1月10日、筆者撮影)
    ・写真中央下【明石子午線郵便局を通る子午線】(2018年12月22日、筆者撮影)
    ・写真右上【明石中崎浜の子午線モニュメント】(2018年12月22日、筆者撮影)
    ・写真右下【明石中崎浜の「トンボの標識」のレプリカ】(2018年12月22日、筆者撮影)

参考文献

【筆者取材訪問】
・神戸大学付属明石小学校関係者からの紹介により、山内校長のお孫様――神戸市在住の山内(旧姓)みち子氏――宅に取材訪問する(2018年12月23日)。
・兵庫県明石市「明石市立天文科学館」第1回目取材訪問する(2018年12月22日)。
・兵庫県神戸市「神戸市立青少年科学館」取材訪問する(2019年1月5日)。
・兵庫県明石市「明石市立天文科学館」第2回目取材訪問する(2019年1月10日)。
・兵庫県明石市「柿本神社」取材訪問する(2019年1月10日)。
・兵庫県明石市「月照寺」取材訪問する(2019年1月10日)。
・兵庫県明石市「あかし市民図書館」取材訪問する(2019年1月10日)。

【註釈】
(註1)東経135度日本標準時子午線
 中国では古来より、方位・時刻を十二支によって表した。方位の真北を「子」、真南を「午」と呼び、「子」と「午」を結んだ経線のことを「子午線」とした。子午線は地球上に無数に存在しており、明石市には、「日本標準時の基準となる東経135度子午線」が通っている。→参考文献④26頁より引用する。
(註2)2. 基本データ→参考文献㉗「施設概要」・「交通アクセス」より転載する。
(註3)世界標準時と日本標準時
 イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線を起点である経度0度とし、本初子午線と呼ぶようにした。そして、その子午線上の時刻を世界標準時と定めた。
 明石市は、起点の経度0度から15度間隔(地球の一周360度を24時間で割ると15度間隔となる)で子午線を通過させたときに、東経135度の位置にある。経度は15度毎で1時間の時差が生じるので、東経135度は世界標準時とちょうど切の良い9時間差ということになり、日本は東経135度子午線上での時刻を日本標準時と定めた。→参考文献⑯15頁より引用する。
(註4)1886年の勅令第51号「本初子午線経度計算方及標準時ノ件」
一、英国グリニッチ天文台子午儀ノ中心ヲ経過スル子午線ヲ以テ経度ノ本初子午線トス。
一、経度ハ本初子午線ヨリ起算シ東西各百八十度ニ至リ東経ヲ正トシ西経ヲ負トス。
一、明治二十一年一月一日ヨリ東経百三十五度ノ子午線ノ時を以テ本邦一般の標準時ト定ム。→参考文献⑯2頁より一部抜粋する。
(註5)山内佐太郎
 山内佐太郎(1874~1945、1922来明)は、たつの市生まれ明石在住。県尋常師範・東京高等師範卒。兵庫県をはじめ、各地の学校で教鞭をとり、1922年、市の委託となり、明中(明高)開校と共に初代校長に就任する。1945年、死の直前まで23年間にわたって明石の教育に尽くした功績は大である。
 教育方針は、自治・協同・創造であり、明中の校歌にもそれが謳われている。1940年、全国中学校々長会代表として、紀元2600年祝典に参列する。県内の三名物校長としてしられ、帝国教育厚労省を受賞している。
 因みに市歌の作詞者に尾上柴舟を紹介したのは、佐太郎である。→参考文献⑫184頁より転載する。
(註6)日本に子午線が通る都市は数多く、東経135度子午線上だけでも12市(北から京丹後市・福知山市・豊岡市・丹波市・西脇市・加東市・小野市・三木市・神戸市西区・明石市・淡路市・和歌山市)が存在する。明石市は全国で最初に子午線標識を立てたことから「子午線のまち」と呼ばれるようになった。→参考文献②150頁・㉗「東経135度子午線をとおるまち」より引用する。
(註7)神戸市立青少年科学館
 神戸市立青少年科学館は、神戸ポートアイランド博覧会(1981年3月20日~9月15日)に出展された「神戸館」と「神戸プラネタリウムシアター」を、会期終了後に増改築するとともに展示物を整備して開館された。延床面積が12,000㎡を誇る日本有数の大型科学館である。大型プラネタリウムが、直径20mのドームに投映する恒星数は25,000個にのぼり、補助投映機である「バーチャリウムⅡ」との共演により、圧倒的に美しい星空を映し出す。ほかにも科学をテーマとする6つの展示室もある。→参考文献㉘「プラネタリウム設備紹介」より引用する。
(註8)「熟睡プラ寝たリウム」
 プラネタリウム上映会の学術解説中に、従来はタブーとされた熟睡することを目的として――イビキが気になる人には、専用席が設けられているほどである――、同館よりはじまったイベントである。
 来場者は、枕・パジャマ・毛布を持参することができる。満天の星空のなか美しく流れるBGM、穏やかな声の星空解説に、いつしか陶酔するように眠りにつくのだ。 
 このイベントは2011年、11月23日の「勤労感謝の日」から毎年実施され、2年目からは全国の多くのプラネタリウム施設で実施されるようになった。来場者のストレス解消と明日への活力を充電する契機となり盛況を博している。
 なお、一睡もできなかったし人には「完徹証明書」、眠ることができた人には「熟睡証明書」が贈呈される。→参考文献㉑2-3頁・㉒より引用する。
(註9)柿本人麻呂
 歌仙・柿本人麻呂(660年頃 ~ 724年)は、学問・文学の神様として明石柿本神社に祀られている。柿本神社は、地元では「人丸さん」として親しまれており、明石城築城にともない現在の位置に移された。境内には盲杖桜や八房の梅、市指定文化財「播州明石浦柿本大夫祠堂碑銘」(亀の碑)などがある。→参考文献㉖「柿本神社」より一部抜粋・引用する。

【参考文献】
①川添善行、早川克美(編)『私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』、京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年。
②兵庫県理科研究会(編)『兵庫の理科ものがたり』、日本標準、1981年。
③黒田義隆(編)『ふるさとの想い出写真集 明治・大正・昭和 明石』、国書刊行会、1979年。
④明石市秘書課広報統計係(編)『子午線の明石』、明石市、1962年。
⑤明石市(編)『明石市立天文科学館「基本構想」』、明石市、1995年。
⑥明石市立天文科学館(編)『時と時計の物語』、明石市立天文科学館、2005年。
⑦山内先生謝恩記念會(編)『山内先生還暦謝恩記念誌』、山内先生謝恩記念會、1935年。
⑧神戸新聞明石総局(編)『明石を科学する』、神戸新聞明石総局、2000年。
⑨神戸新聞明石総局(編)『あかし本:時のまちを創る海のまちに生きる』、ペンコム、2017年。
⑩明石市立天文科学館『明石市立天文科学館の30年』、明石市立天文科学館、1991年。
⑪明石市立天文科学館『明石市立天文科学館の40年』、明石市立天文科学館、2000年。
⑫木村二郎(編著)『明石ゆかりの人物事典:…古代から現代まで580名』、木村二郎、2013年。
⑬齋藤茂吉『柿本人麿』、岩波書店、1934年。
⑭谷川昭悦『子午線の街の日時計』、谷川昭悦、1987年。
⑮明石市立天文科学館(編)『明石市立天文科学館AKASHI135°E展示図録』、明石市立天文科学館、1998年。
⑯明石市立天文科学館『明石市立天文科学館 GUIDE BOOK』、明石市立天文科学館、1999年。
⑰明石市立天文科学館パンフレット(2018年12月22日訪問時入手)
⑱神戸市立青少年科学館(愛称:バンドー神戸青少年科学館)パンフレット(2019年1月5日訪問時入手)
⑲近藤修史「時の記念日100年刻もう」、『読売新聞』、2018年8月31日付朝刊。
⑳日本プラ寝たリウム学会『熟睡プラネタリウム:日本プラ寝たリウム学会機関誌』第4号、日本プラ寝たリウム学会事務局、2018年。http://www.am12.jp/event/jukusui/pdf/kikanshi-jukusui2018.pdf(2018年12月24日閲覧)
㉑明石市立天文科学館「熟睡プラ寝たリウム」、『星空のレシピ:天文科学館広報誌』第327号、明石市立天文科学館、2015年。http://www.am12.jp/kankouhoushi/pdf/hoshipi327.pd(2018年12月24日閲覧)
㉒林公代「星空の下で眠りたい〈熟睡プラ寝たリウム〉大受けの理由」、『DSPACE 読む宇宙旅行』、2016年。http://www.mitsubishielectric.co.jp/me/dspace/column/c1612_2.html(2018年12月24日閲覧)
㉓明石市のゆるふわ地域情報サイト「居眠り公認!?11月23日は天文科学館で〈熟睡プラ寝たリウム〉開催!」、『明石じゃーなる』、2018年。https://akashi-journal.com/event/jukusui2018(2018年12月24日閲覧)
㉔塩屋天体観測所「明石市(兵庫県)(1)子午線標識編」http://stelo.sakura.ne.jp/135e/akashi.htm(2018年12月20日閲覧)
㉕塩屋天体観測所「天文経緯度と測地経緯度」http://stelo.sakura.ne.jp/135e/tenmonsokuchi.htm(2018年12月20日閲覧)
㉖一般社団法人 明石観光協会「時のまち」http://www.yokoso-akashi.jp/akashi/time.html(2019年1月11日閲覧)
㉗明石市立天文科学館ホームページhttp://www.am12.jp(2018年12月20日閲覧)
㉘青少年科学館(神戸市立青少年科学館 愛称:バンドー神戸青少年科学館)ホームページhttps://www.kobe-kagakukan.jp(2019年1月4日閲覧)
㉙明石市ホームページhttps://www.city.akashi.lg.jp(2019年1月17日閲覧)

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