池子囃子の存続と楽譜の工夫

川戸 笑子

1.はじめに
神奈川県逗子市池子にある神社「池子神明社」では、毎年夏祭りが行われている。夏祭りの目玉は、神輿と山車の渡御である[*1,写真1]。お囃子で使用する山車の水引幕には「慶應四」と記載されているため[*写真2]、少なくとも江戸時代最後である1868年からの歴史があることがわかる。本稿では「池子神明社」のお祭りで演奏される池子囃子について、筆者の体験と指導者への聞き取りをもとに、池子囃子の歴史や工夫、現在の問題点を探り、イベントの評価及び文化遺産価値を考察する。

2.基本データ
2-1.池子神明社の所在地
神奈川県逗子市池子2丁目10−11

2-2.池子神明社の歴史
池子神明社は建久3(1192)年に源頼朝が創立し[*2]、寛永15(1638)年より鎌倉扇ヶ谷の水戸徳川家ゆかりの寺である東光山英勝寺の寺領となった[*3]。文政3(1820)年に徳川家斉が再興し、明治45(1912)年に逗子市池子の各小字の神社が実質的に一つに合祀され、池子には一つの神社「神明社」が存在することとなった[*2,写真3]。
池子神明社の神輿は天明8(1788)年に鎌倉の英勝寺より拝領された由緒あるもので、徳川将軍家の葵紋(丸に三つ葉葵・徳川紋)がついている[*3]。当時池子ではやり病が蔓延していることを耳にした英勝寺5代目の住職から、はやり病を封じるために神輿を頂いた[*2]。神輿を渡御する際は、はくちょう(白衣)を着用した人が担ぐしきたりである[*写真4]。

2-3.池子囃子の歴史
池子囃子は、江戸時代より茨城・水戸から伝わったといわれるが、第二次世界大戦により約30年間中止していた[*4]。途絶えてしまった伝統は、昭和50(1975)年に復興が提案されたが、全9曲を修得した人が見当たらなかったため、毎年夏祭りに神官として来られる方に池子囃子がどこかに残されている気配はないか調査をお願いしたとされる[*2]。その結果、鎌倉の十二所で演奏している囃子が酷似していることが判明し、現在(平成31年)の池子囃子の指導者である吉田明久さんらが十二所へ行き、十二所の囃子方に囃子の由来を聞いたところ、演奏者の親の代に池子に習いに来たのが受け継がれていると判明した[*2]。十二所の厚意により指導者が池子に来て頂き、昭和52(1977)年に全9曲の演奏が可能となり、お祭りでお囃子を復興できた喜びを味わった[*2]。その後は毎年7月の夏祭りで池子囃子が披露されている。

2-4.池子囃子の特徴
池子囃子の演奏は、篠笛1本、大太鼓1台、小太鼓2台がお祭りで使用される。曲目は「宮称殿」「自称殿」「大間小殿」「川違」「神田丸」「鎌倉」「国が爲」「四丁目」「屋体」の9曲である[*資料1]。お祭りの宵宮では「池子神明社」前に置かれた山車に乗って演奏する。本宮では池子地区を回る山車に乗り、休憩を含み約4時間の演奏が行われる[写真1]。
演奏者は幼児、小学生を主とし、中学生は都合が合う人が参加となっている。戦前のお囃子は大人が演奏していたが、昭和52(1977)年からは子どもを主とする演奏となった。理由は募集すると10対1の割合で子どもが希望したためとされる[*5]。お囃子の子どもの人数は、山車に乗る子どもが9名と限られるため、簡単な曲を幼児低学年の9名、難しい曲を高学年の9名が担当する2交代制としており、子どもの人数は18名と固定されている。笛は子どもの頃からお囃子に所属している久野木直美さん(38)が担当している。
平成20(2008)年に「池子囃子保存会」が発足以降、保存会に属する親子のみ演奏可能となっている。

3.比較と評価 ~逗子市新宿のお囃子と比較も含めて~
3-1.逗子市新宿のお囃子
平成30(2018)年、逗子市新宿の「新宿稲荷神社」の夏祭りにてお囃子が久しぶりに行われた。逗子市新宿のお囃子は約30年間の歴史が絶たれていた。幼少期に新宿でお囃子のメンバーであった新宿在住の田中美乃里さん(41)が指導者として約30年ぶりにお囃子を復活させた[*6,7]。曲は「鎌倉」「昇殿」「しちょうめ」「屋台」の4曲で、夏祭りでは子どもたちがトラックに乗って太鼓を叩く。

3-2.逗子市新宿のお囃子が池子囃子と異なる点
(1)30年ぶりの復活ということで、お囃子に属する人や周囲の人が活気に満ちている[*8]。
(2)お囃子をしたい人が新宿在住に限らず集まって参加している[*6]。
(3)楽譜は、口伝伝承と文字による伝承により習得する[*6]。

3-3.池子囃子の評価
3-3-1.短所
(1)メンバーの加入と養成
池子囃子保存会への加入が公募ではないため、保存会の人と知り合いではないと加入しづらく閉鎖的である。筆者は池子囃子保存会に所属して5年だが、地域の人から「知り合いではないと入れない」と聞くことがある。養成については、子どものメンバーを養成後、離脱の繰り返しで保存と結びつき辛い。離脱理由は部活、受験、就職が挙げられる。また、仕事の都合や結婚で地元に残る人が少ない。保護者のメンバーは男性が皆無に近く、女性は共働き家庭の増加により参加者が減少傾向にある[*2,5]。
(2)笛担当の育成
現在は笛を30、40代の方が担当している。お囃子は太鼓が目立つ印象であるが、笛が無いと本来のお囃子の活気が薄れるため、若者の笛担当の育成が急務である[*5]。
(3)戦前と異なる
戦前はお囃子の演奏に合わせておかめ、ひょっとこ踊りも存在した写真が残されているが、戦後は途絶えている[*5, 写真5]。

3-3-2.長所
(1)スケジュール
7月に「池子神明社」で行われるお祭りへ向けた練習や宵宮、本宮のスケジュール、担当者の割り振りが前年度の3月末に明確化されている。従って、メンバーが7月のお祭りに向かって着実に準備できる。
(2)伝承方法
お囃子の大太鼓・小太鼓は、口伝伝承によって子どもたちは教わる。更に文字による伝承に加え、記号による伝承も行われている[*資料1]。記号について、黒塗りの丸「●」は大太鼓を叩く、白塗りの丸「○」は小太鼓を叩く、黒点「・」は小太鼓を小さい音で叩くことを意味する。拍子には空白箇所があり、空白があるからこそ、間の取り方が理解しやすくなっている。
(3)楽譜 ~特筆すべき点~
積極的に評価したい箇所は、大太鼓と小太鼓の楽譜を同じ用紙に記号で表し、小学生にも見やすく理解しやすくしている点である。笛の楽譜は太鼓のメロディと並行して記載し、指を押さえる箇所が記されている点が文化遺産として特筆すべき点である。池子囃子の曲の楽譜は、指導者である吉田明久さんが「わかりやすく、見やすく」を心がけて手づくりしたもので、池子囃子が復活した昭和52(1977)年から現在まで使用されている[*5][*資料1,2]。

4.今後の展望
池子囃子保存会は、地域の人たちが気軽に加入して楽しめるしくみがあっても良いのではと感じる。一方、逗子市新宿のお囃子は、SNSのfacebookを利用して募集を呼びかけ、知り合いがいない場合でもメンバーへの加入がしやすい[*6]。しかし、加入者が増えると宵宮と本宮の演奏者や演奏時間の計画に苦労を要する点と、お囃子の演奏の完成度が現状より劣る可能性があるため注意が必要である。
お囃子の技術面については、池子囃子は昔ながらの旧囃子であるが、最近では曲「仁羽」を繰り返し叩く新囃子も首都圏で多く見受けられる[*5]。池子囃子は旧囃子のスタイルを今後も存続させていく方針である。更におかめ、ひょっとこ踊りを取り入れれば、戦前の池子囃子の再現も夢ではない。
池子囃子の楽譜は、現指導者の吉田明久さんが考案したオリジナル作品である。池子囃子の楽譜の書き方は、お囃子が途絶えた地域にとって模範となり、各地のお囃子の復旧、復活に貢献できる可能性がある。

5.おわりに
平成31(2019)年1月、池子囃子の指導者の吉田明久さんが85歳であるため、指導者の世代交代が発生している状況である[*5]。バトンを受け取る30代、40代の方は、子どもの頃から池子囃子の経験者である方や、熱意が人一倍強い方であり、会長、事務局長、指導を任せる予定となっている。指導者のバトンを一人に絞らずに役割を複数の方に分散させて引き継ぐ指導者の姿は、今の時代に沿った一人に負荷をかけずに協力し合って池子囃子を存続させていって欲しいという願いが込められているように感じる。

  • %e5%b7%9d%e6%88%b81 写真1.逗子市池子の本祭で使用される山車の渡御と池子囃子(2014.7.13 筆者撮影)
  • %e5%b7%9d%e6%88%b82 写真2.池子囃子で使用される山車の水引幕に「慶應四」とある (2016.7.16 筆者撮影)
  • %e5%b7%9d%e6%88%b83 写真3.池子神明社 (2019.1.16 筆者撮影)
  • %e5%b7%9d%e6%88%b84 写真4.「池子神明社の神輿渡御」の説明看板(2019.1.16 池子神明社にて筆者撮影)
  • %e5%b7%9d%e6%88%b85 写真5.戦前の池子囃子。写真中央におかめのお面がある。
    これは池子囃子保存会の吉田明久さんが保存していた用紙で、撮影日は不明だが戦前のもの。
  • %e5%b7%9d%e6%88%b86 資料1.池子囃子で演奏される9曲で、筆者が教わっている太鼓の楽譜の一部(2019.1.28 筆者撮影)
  • %e5%b7%9d%e6%88%b87 資料2.池子囃子で使用される笛の楽譜の一部 (2019.1.29 筆者撮影)

参考文献

[*1]タウンニュース
10年の軌跡、勇壮に
池子で神輿渡御
https://www.townnews.co.jp/0503/2012/07/20/151983.html(2019.1.3最終アクセス)

[*2]区制施行50周年記念行事実行委員会著(2006年7月)『池子のあゆみ-池子区制施行50周年記念-第3集 平成18年』p.46~p.51

[*3]逗子市立図書館著(2016年8月)『季刊マーメイド第13号』

[*4]東京新聞著 (1977年4月17日)『逗子に伝わる池子ばやし30年ぶりに復活』

[*5]池子囃子保存会の事務局長である吉田明久さんへの取材(2019.1.22)

[*6]facebookグループ
新宿のお稲荷さんのたいこ復活!大人みこしも!(2019.1.28最終アクセス)
https://www.facebook.com/groups/1791396810903118/

[*7]facebookイベント
新宿稲荷神社 納涼祭 2018 (2019.1.28最終アクセス)
https://www.facebook.com/events/901414996710779/

[*8]逗子市シティプロモーションサイト
逗子暮らし
http://www.city.zushi.kanagawa.jp/citypromotion/voice/01.html
(2019.1.28最終アクセス)

取材協力
池子囃子保存会(吉田明久さん、久野木直美さん)
逗子市新宿のお囃子(田中美乃里さん)

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