「近江上布」ブランドの成立について

岸野 保博

はじめに
『近江麻布史』にて、ナイル川流域で麻が栽培されていたというが織物生産の技術は西アジアからのものであり遺跡からはその痕跡が発掘されているとある。同じくまた、中国では新石器時代の土器表面の織物文に麻織物の痕跡がみてとれるとある(1)。そして、日本については東近江市能登川博物館によると麻織物生産は少なくとも弥生時代としている(2)が、その根拠としている『魏志倭人伝』(3)を確認するとやはり「紵麻」「細紵」の文字があり、悠久の「麻布」の歴史を感じとることができる。ここでは、その歴史に存在感のある「近江上布」ブランドについて考えてみたい。

1-1基本データ
「近江上布」は、江戸時代に「越後縮」「奈良晒」「越中布」などと並び称される麻布の一つである。源流は室町時代に滋賀県の湖東地方に発祥した「高宮布」であるが、昭和52年に「経済産業大臣指定 伝統的工芸品」となったことを契機に「近江上布」といわれ、緯糸に手績みの麻糸を使い地機(織機)で手織りされる。

1-2歴史的背景
「近江上布」の起源については、麻の栽培に適した風土であった琵琶湖の東(湖東地域)に京都から職人が移り住んだことがはじまりとされるが、『今に伝わる近江上布の織りと染め』では、永正13年(1516)に京極高清による幕府への献上や天文7年(1547)の六角定頼の本願寺への奉納、文禄元年(1592)の多賀大社神職による豊臣秀吉の朝鮮出兵に際する陣中見舞いに「帷子五端」を送ったなどの例を列挙しているとともに、享保19年(1734)著の『近江輿地志略』などにも「近江上布」の紹介があると記載している(4)。そこで、『新註 近江輿地志略 全』を確認すると「近江上布」の旧名である「高宮布」が土産として記載されている(5)。「高宮布」の所以は、取引の中心が現在の滋賀県彦根市の高宮であったためであり江戸時代には中山道の高宮宿として繁栄した地である。
上記のように「近江上布」は、中世にはそのブランドとしての価値を権威づけていたがそののち流通網の発展する近世において街道を通じて全国へ商品としてブランド化していったと考えられる。

2.積極的に評価しているところ
なぜ「近江上布」はそこまでの認知を得たのであろうか。一つには、地場産業の「近江上布(高宮布)」を江戸時代において彦根藩が農業の副業として保護し幕府への献上品としたことや、不良品の販売統制をした(6)ことなどが挙げられる。しかし、政治・経済や流通が安定した江戸時代にあって経済活動の一助を担った近江商人の活躍が大きな要因であったことは否めない。近江商人発祥の地はいくつかあるが、その中でも「麻布」を扱ったのは琵琶湖の東側(湖東地域)に位置する湖東商人や八幡商人であり(7)、湖東商人は彦根藩による規制緩和を背景に中山道沿いという地の利をいかして「近江上布」を流通させてそのブランド認知に大きく貢献した(資料1)。その商法は「鋸商い」と呼ばれ「近江上布」などの産物を売るとともに行商先各地の情報とその地の特産物を仕入れ持ち帰る「諸国産物廻し」であった。麻栽培は地元の近江でもされていたが、さらには越中・能登からも大麻や苧麻を仕入れていた(8)。この近江商人による原料は「近江上布」における「質的に安定した生産のサイクル」を獲得させた一因と考えられるが、「近江商人と生産サイクルの相乗性」は特筆すべき特徴である。
「近江上布」発祥の高宮が湖東地域に位置する中山道の宿場であったことと近江商人(湖東商人)の存在が、近世の流通面において「近江上布のブランド展開」の歴史的必然であったといえよう。つまり、近江商人が高品質の麻布を流通させ「近江上布」のブランド認知を成しえたと解釈できる。

3.比較して特筆されるところ
昭和49年制定の法律に基づく「経済産業大臣指定 伝統的工芸品」と認定されている「近江上布」と「十日町明石ちぢみ」について考えたい。この「越後縮」の技法を継承する「十日町明石ちぢみ」は明治時代に絹織物に転換するまではまさに「越後縮」であったが、ここでは、伝統工芸品として正式に認定されている二大織物の歴史を遡りそれらを支えた原料調達の様相をみてみたい。まず「越後縮」を支えた苧麻は会津藩、現在の昭和村(福島県)において栽培されていた純粋で高品質の麻が原料とされてきた(9)。「越後縮」がその品質を守るために会津から原料調達したのに対し「近江上布」の原料は、現地調達であった。前述の東近江市能登川博物館が根拠としている『滋賀県市町村沿革史第五巻』を読み解くと、明治初期は「製造物統計郡別表」(10)にて神崎・愛知の両郡の麻布生産量が突出している。神崎郡は湖東商人を多く輩出した地域であるが、東近江市能登川博物館は山間部栽培の麻から生産された麻布が他国へ販売される一貫図式の確立を指摘している(11)。しかし、麻栽培については山間部以外に琵琶湖近くでも多く行われており栽培地域の認識(資料2)に多少違いがあるものの、栽培と生産および販売までの確立と一貫性については間違いのないところである。この背景のなか湖東商人がさらに麻を持ち帰ったことは、ブランド競争に後押しされ高品質の麻布生産を求め良質の麻を仕入れたと考え得る。歴史的ブランドとなった結果から「近江上布」は「質的に安定した生産サイクル」を獲得したと規定できるが、それは販売者側の近江商人がブランドを牽引していたとも捉えることができ独自のブランド構築のスタイルと考えられる。少なくとも、気候と風土に後押しされ進化と普及をとげた「近江上布」ブランドの中心に近江商人の行動力があり、勝ち残る「近江上布」の原動力の一因となったことは十分考えられる。

4.今後の展望について
「近江上布」における「染め」は、糸を染めた後に機織りをするものでその技法は櫛に似た道具による「櫛押捺染」または型紙を使う「型紙捺染」である。その「型紙捺染」の型紙模様が植物のヨシ(葦)を使ったヨシ紙にデザインされて「ののすておりがみ」(図1)として販売され、「近江上布」の美をさらに応用させている。これは愛荘町南野々目にかつてあった「野々捨商店」の型模様を利用しており、型模様は「愛荘町野々捨商店型紙意匠の使用に関する要綱」(12)として管理されている。この商店にあった美しい「多色染めの糸」と「趣のある絣の着物」(図2)を「近江上布伝統産業会館」で確認できた。また、奈良県三郷町の伝統とコラボレーションした「近江上布」の鼻緒をもつ「雪駄」やタペストリーなどが商品開発され、反物は洋服をつくるため個人購入されるなど「近江上布」は色々な進化を続けている(図3)。
また、「近江上布伝統産業会館」のWebサイト(13)よると伝統を継承すべく平成26年度から後継者育成事業として「織り人プロジェクト」を開始するばかりか、平成30年度は動力織機も併せて育成メニューに工夫した柔軟なプログラムを組んでいる。また、この会館では各種体験メニューをはじめ、麻のオリジナルブランドとして「Omi-Jofu」を展開している。

まとめ
「近江上布」がいかにブランド化されたか、その拡がりと継承の系譜について地域性を踏まえて歴史的にみてみたがその隆盛は江戸から明治初期であったと考えられる。しかし、化学繊維が多用される現代にあってSDGsの観点からも麻織物は今こそ注目されるところであろう。伝統工芸としての「近江上布」にこだわれば卓越した手仕事でなければならないが、先人の知恵である上質な技術と伝統を保持しつつ現代の知恵を絞ることで汎用性のある生産方法を創起して、昨今の環境意識の高まりにおける未来へ向け新たなる文化的ブランド革新がもたらされることに期待したい。

  • 資料1 近江商人(報告者により作成)_page-0001
  • 資料1 近江商人(報告者により作成)_page-0002 資料1 近江商人(報告者により作成)
  • 資料2麻と麻布 栽培と生産地(報告者により作成)_page-0001
  • 資料2麻と麻布 栽培と生産地(報告者により作成)_page-0002
  • 資料2麻と麻布 栽培と生産地(報告者により作成)_page-0003 資料2 麻と麻布 栽培と生産地(報告者により作成)
  • 図1 ののすておりがみ(報告者により撮影レイアウト)_page-0001 図1 ののすておりがみ(報告者により撮影レイアウト)
  • 図2 野々捨商店の着物と型紙捺染(報告者により撮影レイアウト)_page-0001 図2 野々捨商店の着物と型紙捺染(報告者により撮影レイアウト)
  • 図3 近江上布の商品(報告者により撮影レイアウト)_page-0001 図3 近江上布の商品(報告者により撮影レイアウト)
  • 参考1 手績糸づくりと地機(報告者により撮影レイアウト)_page-0001 参考1 手績糸づくりと地機(報告者により撮影レイアウト)
  • 81191_011_31783255_1_7_07 参考2 近江上布伝統産業会館のパンフレット(生平と絣の頁 ) 参考2 『近江上布 伝承の技、技術をまもり、未来へつなぐ』近江上布伝統産業会館のパンフレット(生平と絣の頁 )
  • 81191_011_31783255_1_8_08 参考3 近江上布伝統産業会館のリーフレット中面(野々捨) 参考3 『野々捨』近江上布伝統産業会館のリーフレット中面

参考文献

(1)近江麻布史編さん委員会『近江麻布史』、滋賀県麻織物工業協同組合、平成27年改訂、p91・p92
(2)東近江市能登川博物館学芸員『第70回 謎の近江上布に迫る ―見えてきた高宮布の実態―』、東近江市能登川博物館、平成19年、p2(頁数印字がないため「はじめに」をp1とした。)
(3)弥生ミュージアム 魏志倭人伝https://www.yoshinogari.jp/ym/topics/ 2024年1月6日閲覧
(4)秦荘町教育委員会『今に伝わる近江上布の織りと染め -近江上布制作の手引き-』、平成16年、p4
(5)藤本 弘(発行者)『新註 近江輿地志略 全』、弘文堂書店、昭和51年、p1197
(6) 近江麻布史編さん委員会『近江麻布史』、滋賀県麻織物工業協同組合、平成27年改訂、p95
(7) 発祥の地 | 三方よし研究所 https://sanpo-yoshi.net/about_2/ 2024年1月9日・23日閲覧
(8) 藤本 弘(発行者)『近江愛智郡志 第三巻』、弘文堂書店、昭和56年覆刊、p294
(9) 主な制作工程|重要無形文化財 越後上布・小千谷縮布技術保存協会 https://www.johfu-chijimi.jp/process.html
 2024年1月29日閲覧
(10)滋賀県市町村沿革史編さん委員会『滋賀県市町村沿革史 第五巻』、弘文堂書店、昭和63年、p13
(11) 東近江市能登川博物館学芸員『第70回 謎の近江上布に迫る ―見えてきた高宮布の実態―』、東近江市能登川博物館、平成19年、p14(頁数印字がないため「はじめに」をp1とした。)
(12) 愛荘町野々捨商店型紙意匠の使用に関する要綱https://www.town.aisho.shiga.jp/section/reiki_honbun/r304RG00001175.html
 2024年1月9日閲覧
(13)近江上布伝統産業会館 継承への取り組みhttps://omi-jofu.com/omi-jofu/#tradition・公式ショップhttps://omi-jofu.com/shop/ 2024年1月30日閲覧

(資料1)近江商人屋敷 外村繫邸・金堂の街並み 2024年1月23日撮影
(図1)ののすておりがみ屋 2024年1月22日取材・撮影
(図2・3、参考1)近江上布伝統産業会館 2024年1月9日取材・撮影(2024年1月23日追加撮影)

近江麻布 – 近江上布伝統産業会館 https://omi-jofu.com/whatis/ 2024年1月7日閲覧
新潟伝統の夏着物 「越後上布」と「小千谷縮」をご存じですか? (fujingaho.jp)  2024年1月8日閲覧
福島の伝統的工芸品 - 福島県ホームページ (fukushima.lg.jp) 2024年1月8日閲覧
越後縮の紡織用具及び関連資料 – 十日町市博物館 TOPPAKU|TOKAMACHI CITY MUSEUM (tokamachi-museum.jp) 2024年1月8日閲覧
苧麻(ちょま)を育て、機で織る暮らし。奥会津・昭和村を訪ねて - Premium Japan (premium-j.jp) 2024年1月9日閲覧
十日町明石ちぢみ(とおかまちあかしちぢみ) - 新潟県ホームページhttps://www.pref.niigata.lg.jp/sec/chiikishinko/1293144423618.html
 2024年1月9日閲覧
ののすておりがみ/愛荘町 (town.aisho.shiga.jp) 2024年1月9日閲覧
【講演会】明治を生き抜いた近江商人|滋賀県ホームページwww.pref.shiga.lg.jp 2024年1月10日閲覧
近江上布/愛荘町 https://www.town.aisho.shiga.jp/soshiki/shokokanko/2/1_1/rekishi/dentoukougei/3667.html
 2024年1月12日閲覧
産業 - 三郷町公式ホームページ https://www.town.sango.nara.jp/site/kanko/2465.html 2024年1月16日閲覧
ののすておりがみ屋&刺繍屋ポイトコセ|愛荘町商工会|商工会情報、企業・会員向け情報や地域情報などをお届けします。aisho.or.jp 2024年1月16日閲覧
伝統的工芸品産業振興協会 https://kyokai.kougeihin.jp/ 2024年1月17日閲覧
近代製麻業展開過程の研究―近江麻布並びに帝国製麻の事例を中心に― 滋賀大学経済学部・大学院経済学研究
科https://www.econ.shiga-u.ac.jp/study/6/1/2/14/4.html 2024年1月29日閲覧
日本大百科全書(ニッポニカ) 「高宮布」の意味・わかりやすい解説 https://kotobank.jp/word/%E9%AB%98%E5%AE%AE%E5%B8%83-559467 2024年1月30日閲覧
パンフレット『近江上布 伝承の技、技術をまもり、未来へつなぐ』、近江上布伝統産業会館
リーフレット『野々捨』、近江上布伝統産業会館      

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