日本の古窯・越前焼とその変わらぬ姿勢

石川 操

はじめに:
日本の中世古窯は数多く発見されているが、現代まで生産が続いているのは「瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前・越前」の日本六古窯と言われる窯である。六古窯とされる以前は、「瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前」の五古窯が日本の中世古窯とされていた。越前焼の発祥は平安時代末期とされるが、一時衰退した時期もあり、その後の研究・調査により五古窯に匹敵するとされた。日本六古窯として、その1つに数えられるようになったのは、1948年(昭和23年)に入ってからのことである。
日本六古窯として評価、発表したのは陶磁器研究家の小山冨士夫(1900-1975)であり、その後、小山の指導により越前焼研究の第一人者である水野久右衛門(1921-1989)が研究を進め、越前焼の名を全国に知らしめた。日本六古窯には数えられていない中世窯がある中で、最後にそれと認められた越前焼がどのように復興し、現在に至っているのかについて評価する。

1.基本データと歴史的背景
越前窯が最初に築かれた場所とされているのは、現在の福井県丹生郡越前町小曽原であり、越前町は2005年に朝日町、宮崎村、越前町、織田町が合併したものである。ちなみに織田地区は、織田信長をはじめとした織田一族発祥の地とされる場所である。平安時代に須恵器生産地であった織田町、宮崎村一帯で、新たに常滑窯の技術を導入して、平安時代末期に越前焼が成立したと言われていたが、古常滑の代表的な三筋壺が越前窯でも出土したことによって、その発生は古墳時代から中世にかけての猿投窯の流れをくむ灰釉陶から成形されたとも言われる(1)。
現在まで200基以上の窯跡が発見されているが、そのほとんどが宮崎村・織田町地区で発見されており、この地域は日本海に近い丹生山地の織田盆地、小曽原盆地に位置し、良質の陶土と燃料となる薪が豊富で、緩やかな傾斜地が登り窯に適していた(2)。鉄分が多く耐火性と強度があった越前焼は、壺や甕、すり鉢など生活雑器として使われ、室町時代には北前船により北は北海道、南は島根県まで広まり、北陸の一大窯業地とされていたが、その後次第に生産が衰えはじめた。江戸時代には織田町平等地区で最後まで生産が続けられていたが、明治・昭和のはじめにかけては一時衰退・断絶する。
そのような中、1947年(昭和22年)に宮崎村小曾原に福井県窯業試験場が設立されたことで、織田・宮崎地区で再び越前焼が生産されるようになる。また同年、陶磁器研究家の小山冨士夫により、それまで集落・各窯名で呼ばれていた「織田焼」・「熊谷焼」・「平等焼」・「小曾原焼」などに「越前」という名称が使われ、「瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前」の五古窯に匹敵するものとして高い評価が与えられた。翌年1948年(昭和23年)には東京国立博物館で「北陸発掘陶器展」が開催され(3)、同氏の調査よって「越前焼」が「日本六古窯」の1つと発表された。その後は、小山の指導により越前焼研究の第一人者である水野久右衛門が高校教諭の傍ら40年余りに渡って研究を進める。また越前焼復興の動きは、1970年(昭和45年)に福井県が提唱した「21世紀への希望に満ちたふるさとづくり」の一環として、「越前陶芸村構想」が実現することで、一層盛んになった(4)。「越前陶芸村」は1971年(昭和46年)に誕生し、まずは福井県陶芸館がつくられ、広大な敷地を誇る越前陶芸公園は1973年(昭和48年)の着工以来13年をかけて整備され、1986年(昭和61年)に完成、現地で開園式が行われた(5)。陶芸公園が完成した年に、越前焼は国の伝統的工芸品に指定されている。

2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
北陸には戦後になって明らかにされた中世古窯が越前窯の他に2つあり、その1つが能登半島珠洲市内に成立した珠洲窯で、戦国期の業界再編の波に乗ることができず廃れ、六古窯に数えられることはなかった(6)。もう1つ石川県小松市に営まれていた加賀窯は、江戸時代に磁器である九谷焼へと展開(7)し、六古窯には数えられていない。越前窯は現在に至るまで一時衰退しながらも、何とかその歴史を繋いだ。昭和の戦後になって、小山冨士夫による評価により日本六古窯の1つに数えられたこと、その後も水野久右衛門による調査・研究が続けられたことが大きく貢献している。そして、福井県が支援を進め越前陶芸村構想が実現したことなど幾つもの要因が重なったことにより今がある。
越前焼は1200度の高温で焼き続ける必要があるが、豪雪地帯の越前にあってその温度を保つためには、焼く季節や時期も限られた。また江戸時代以降には農民が農家と兼業で細々と焼いているというような時期もあった(8)。明治時代には個人で陶磁器制作を試みるが地元の陶石が磁器生産には適さず廃業する(9)など、様々な人々の困難と試行錯誤があった。それでも越前焼を絶やさず歴史を繋いだことは、冬の長い雪国で、辛抱強く粘り強く生きる地元の人達の気質と、地道に庶民の日用雑器を作り続けたことに起因する部分が大きいのではないか。そしてもう1つ、1921年(大正10年)に福井県鯖江市に生まれた水野久右衛門が、1945年(昭和20年)に越前町(旧宮崎村)熊谷の女性と結婚した(10)ことも、結果として越前焼にとって極めて意味が大きく、縁を感じるものである。

3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
備前焼など日本六古窯の多くは、千利休を代表とする茶人の影響を受けて茶陶の制作を行っているが、越前焼で茶陶制作は行われていない。また地元陶石の材質によるものではあるが、加賀窯から九谷焼への変容というような華美な変化も見られない。一貫して庶民のための日用雑器を作り続けたことは、今になってみれば当初の目的と伝統を守り続けたものとも言える。これは今後も大きな価値のひとつとなるだろう。

4.今後の展望について
このような特色を持つ越前焼は、水野久右衛門が40年以上の研究を通じて、越前焼をはじめとする福井県内窯業資料として収集され、1968年に私財を投じて建設された「水野古陶磁館」に収蔵し、コレクションの公開と研究が進められた。同氏の死後これらのコレクションは越前陶芸村内の福井県陶芸館へ寄贈され、その数は越前焼など192点、須恵器・越前焼片など772箱、陶磁器関係書籍4286冊など膨大な資料(11)である。水野古陶磁館、旧水野久右衛門家住宅は、現在越前陶芸村へ移築されている。越前陶芸村は、一時衰退をたどった越前焼の産地を地域開発の拠点として振興し、越前焼の復興と産業としての発展を目指すために、優れた技術と行動力のある若い陶芸家の受け皿となるべく計画され(12)、複数の広場と施設を併設し、飲食や宿泊もできるところが魅力の1つとなっている。
越前窯発祥の地としての越前陶芸村は、越前焼のこれまでの歴史を今に伝えると共に、入村した作家による技術継承と発展を支援し、越前焼を後世に繋げる役割を担っていくだろう。そして福井県が提唱したふるさとづくりの面では、都市公園100選にも選ばれている越前陶芸公園(13)でのバーベキューや陶芸体験など子供から老人まで楽しめるような工夫が今も続けられており、春の桜まつりや夏の陶ふうりんなど様々なイベント活動も取り入れながら、今後も市民の憩いの場としての役割を担っていくだろう。また越前焼という歴史的観光資源を基盤とした文化ツーリズムの拠点としてのまちづくりの観点から、2024年3月の北陸新幹線越前たけふ駅開通と併せた展開が考えられる。

5.まとめ
越前焼を研究・調査した水野久右衛門は、1945年(昭和20年)に24歳で丹生郡越前町(旧宮崎村)熊谷の水野知子と結婚、自宅周辺の水田・山麓にある越前焼陶片を集めて越前焼研究を始めた(14)そうである。小山冨士夫の越前焼への評価のタイミングなども重なり、その歴史は途絶えることなく評価されたわけだが、越前焼が現在まで続いた大きな要因は、身近なものへの興味と誇り、そして自分の住む地域の生活を維持し守っていく営みそのものであり、当初より自分達の日用雑器を一貫して作り続けるという越前ならではの粘り強く勤勉な人柄と土地柄に所以したものではないだろうか。世の中が変化してもその変わらぬ姿勢を持ち続けて、越前陶芸村とその周りの自然環境や人々の生活を通してこれからも越前焼の歴史を後世へ繋いでほしい。

以上

  • 出典 福井県HP 水野久右衛門先生年譜http://www2.pref.fukui.jp/press/atfiles/paR4126862842463.pdf(2024年1月21日最終閲覧)
    (非公開)
  • 81191_011_32283300_1_2_越前焼復興の歴史まとめ_page-0001 参考文献を引用し、筆者作成
    ・「越前焼の研究史」(織田文化歴史館 デジタル博物館)
    https://www.town.echizen.fukui.jp/otabunreki/panel/07.html(2024年1月13日最終閲覧)・「越前焼の歴史」(福井県陶芸館) https://info.pref.fukui.lg.jp/tisan/tougeikan/about-ware03.html(2024年1月13日最終閲覧) ・西田 弘ほか 著『雪国の技とこころをつたえる伝統産業 ふるさとの伝統産業6-中部地方②』株式会社太平出版社、1988年
    ・越前陶芸村刊行委員会 発行(限定2000部)『越前陶芸村 Ⅱ』、1989年
    ・「水野九右衛門先生年譜」(越前古窯博物館) https://www.tougeikan.jp/koyou/e-pottery.html (2024年1月13日最終閲覧)
    ・「越前古窯博物館」https://www.tougeikan.jp/koyou/e-pottery.html(2024年1月14日最終閲覧)
    ・津村節子 著『炎の舞い』 株式会社新潮社、1975年
  • 81191_011_32283300_1_3_越前陶芸村へのアクセス_page-0001 越前陶芸村へのアクセス(福井県陶芸館 越前古窯博物館 共通券裏面、2023年8月12日筆者入館)
  • 福井県陶芸館内資料館 越前焼の食卓 福井県陶芸館内資料館  越前焼の食卓(2023年8月12日 筆者撮影)
  • 81191_011_32283300_1_5_写真 越前古窯博物館内_page-0001 越前古窯博物館内(2023年8月12日 筆者撮影)
  • 81191_011_32283300_1_6_写真 越前陶芸村 陶ふうりん_page-0001 越前古窯博物館 旧水野久右衛門住宅 「陶ふうりん 三千の音色」イベント(2023年8月12日 筆者撮影)
  • 出典 福井県HPより「合併前の福井県の姿」https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/sityousinkou/fukui-gappei_d/fil/001.pdf(2024年1月21日最終閲覧)
    (非公開)
  • 出典 福井県HPより「福井県民の気質」https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/seiki/vision/ningenzou_d/fil/005.pdf(2024年1月21日最終閲覧)
    (非公開)

参考文献

【註】
(1)
・水野久右衛門・中西通・桂又三郎 著『日本のやきもの① 越前・丹波・備前』 株式会社講談社、1991年、P36
(2)
・「越前焼の歴史」(福井県陶芸館)
https://info.pref.fukui.lg.jp/tisan/tougeikan/about-ware03.html
(2024年1月13日最終閲覧)
・西田 弘ほか 著『雪国の技とこころをつたえる伝統産業 ふるさとの伝統産業6-中部地方②』株式会社太平出版社、1988年、P104
(3)
「越前焼の研究史」(織田文化歴史館 デジタル博物館)https://www.town.echizen.fukui.jp/otabunreki/panel/07.html
(2024年1月13日最終閲覧)
(4)
・西田 弘ほか 著『雪国の技とこころをつたえる伝統産業 ふるさとの伝統産業6-中部地方②』株式会社太平出版社、1988年、P109
(5)
・越前陶芸村刊行委員会 発行(限定2000部)『越前陶芸村 Ⅱ』、1989年、P94~96、180
(6)(7)
・井上喜久男・竹内順一 編『やきもの名鑑 [1] 窯変と焼締陶』 株式会社講談社、1999年、P91、93
(8)
・越前陶芸村刊行委員会 発行(限定2000部)『越前陶芸村 Ⅱ』、1989年、P94
・西田 弘ほか 著『雪国の技とこころをつたえる伝統産業 ふるさとの伝統産業6-中部地方②』株式会社太平出版社、1988年、P105
(9)
・福井県陶芸館 編集・発行『水野久右衛門コレクション目録Ⅴ』 2002年、P29
・西田 弘ほか 著『雪国の技とこころをつたえる伝統産業 ふるさとの伝統産業6-中部地方②』株式会社太平出版社、1988年、P106、107
(10)
・「水野九右衛門先生年譜」(越前古窯博物館)
https://www.tougeikan.jp/koyou/e-pottery.html
(2024年1月13日最終閲覧)
(11)
・「越前焼の研究史」(織田文化歴史館 デジタル博物館)
https://www.town.echizen.fukui.jp/otabunreki/panel/07.html
(2024年1月13日最終閲覧)
(12)(13)
・「福井県陶芸館」(越前陶芸村とは)
https://www.tougeikan.jp/about-village.html
(2024年1月13日最終閲覧)
(14)
・「越前古窯博物館」
https://www.tougeikan.jp/koyou/e-pottery.html
(2024年1月14日最終閲覧)

【参考文献】
・西田 弘ほか 著『雪国の技とこころをつたえる伝統産業 ふるさとの伝統産業6-中部地方②』株式会社太平出版社、1988年
・井上喜久男・竹内順一 編『やきもの名鑑 [1] 窯変と焼締陶』 株式会社講談社、1999年
・中日新聞社出版部 編『やきもの小さな旅 東海 陶磁器の里ガイド』中日新聞社、2007年
・菊池俊夫 松村公明 編『よくわかる観光学3 文化ツーリズム学』 株式会社朝倉書店 2016年
・田代順孝、中瀬勲、林まゆみ、金子忠一、菅博嗣 編『パークマネジメント 地域で活かされる公園づくり』 株式会社学芸出版社、2011年
・中尾清・浦達雄 編『第3版 観光学入門』 株式会社晃洋書房、2017年
・水野久右衛門・中西通・桂又三郎 著『日本のやきもの① 越前・丹波・備前』 株式会社講談社、1991年
・福井県陶芸館 編集・発行『水野久右衛門コレクション目録Ⅴ』 2002年
・越前陶芸村刊行委員会 発行(限定2000部)『越前陶芸村 Ⅱ』 1989年
・水野久右衛門・吉岡康暢 編『日本陶磁全集7 越前 珠洲』 中央公論社、1976年
・水尾比呂志 著『古窯の旅 日本の焼物』 株式会社芸艸堂、1975年
・岡田宗叡 著『古窯のやきもの』 株式会社光芸出版、1975年
・津村節子 著『炎の舞い』 株式会社新潮社、1975年

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