越前漆器、その木地ろくろ挽き技術継承の可能性

瀧波 厚子

 福井県では現在7品目が伝統的工芸品に指定されているが、越前漆器はその第一号(昭和50年5月指定)であった。近年漆器全体の需要が低迷するなか、特に大きな影響を受けている木地ろくろ挽き技術につき、一工房の活動評価を元にその継承可能性を考察する。

1.越前漆器の歴史
 越前漆器の主産地は、鯖江市河和田地区である。古墳時代の6世紀には素朴な漆椀が作り始められたと伝わり、『うるしの器』[1]には、国内の主要漆器生産地が列挙されるうちでも、最古の歴史が語られる。現在はメガネ生産が有名な鯖江だが、各工程を専門家が担う分業制[資料1]により、「ものづくりの街」が形成された原点は漆器産業にあった。
 地域内の片山漆器神社には「古来より優秀な漆掻き職人が存在したが、9世紀後半ろくろ技術をもった杣人が近江地方から入植し、『木地師』[写真1]による『丸物ろくろ挽き技術』[写真1-3]が誕生した」と伝わる。
 室町時代以降漆椀が仏事用として盛んになると、越前は大生産地の一つとなった。そして「農閑期には漆掻人が各地に赴いて作業を請負ったので、色々な地域の漆が集まってきた。ゆえに漆の産地に対するこだわりは薄く、現在使用している漆も98%程が輸入物[2]」という。
 江戸時代には、漆の上に加飾する技術(蒔絵・沈金等)も定着し、明治時代にはろくろ挽きによらない「角物」[写真4]も作り始め、多様な漆器を地域内で完結できる基盤が完成した。[3]
 一方、福井県では人口問題が他府県に先んじて進行した。「1872(明治6)年以降の142年間、日本の人口は3.7倍に増加したが、福井県のそれは1.4倍[4]」に止まり、後継者不足が早期より予測された。伝統分野でも「1906年には徒弟養成所に木地工科が設けられる[5]」など、対策は早かった。直近でも、「2014年に開始した伝統工芸職人塾制度・漆器コースには、延べ41名が県内外から参加している。」[6]

2.現状と問題点
 鯖江市の漆器類生産高は、1991年153億円をピークに、近年は3割弱[7]に減少している。衰退理由の聞き取りでは、官民双方[8]とも食生活様式の変化と輸入品を含む他製品との値段競争という回答であった。一方、全国レベルの生産高は1990年をピークに2割弱に落ち込んでおり[9]、越前漆器はまだ健闘していると言える。「戦後間もない1950年代にはプラスチック素地を導入し、機械化による合成漆器量産体制へシフトを始めた[10]」などの柔軟性が機能したと考えられる。
 ところが、その反動で木地の漆器製品が激減した。残念ながら、合成と木に素材を分けた生産データが官民どこにも集計されていないため、越前漆器共同組合に現状推定値を尋ねてみた。「生産高で合成85対木地15程度、更に木地の丸物と角物の比率は3対5程度。ピーク時百名以上いた丸物木地師は、現状5名のみ[11]」とのことだ。
 現在国に認可されている福井県地域再生計画[12]には、鯖江市の伝統工芸分野認知度・売上向上が含まれる。現状では後継者を養成してもその仕事を創出できない、という課題に対し、需要を開拓できる新商品やサービスを生みだせる人材の育成が目標である。しかし、丸物ろくろ挽きに限ったとき、時代に即した新商品やサービスの創造は現実的なのだろうか。

3.木地師工房「ろくろ舎」とその活動
3-1 基本データ 
名称: ろくろ舎
所在地: 福井県鯖江市西袋町512
設立: 2014年4月
URL: http://www.rokurosha.jp

3-2 活動事例と評価できる点[13]
 この地域に5名限りとなった丸物木地師の一人が、酒井義夫氏(1980年生)である。河和田地区の漆器づくりに惹かれ、北海道から移住。漆器技術を応用した木製品店に勤務後、伝統工芸師に丸物ろくろ挽きを師事し、2014年にこの地で独立した。既に丸物漆器需要はどん底の時期にあり、ろくろ舎の命題は何より、自身と後継者たちの生活維持に必要な受注増であった。
 この時酒井氏が最初の商品として手掛けたのは、実は王道の食器ではなく、丸太から削り出す植木鉢[写真5]。地元の間伐材を使い、現代のSDG‘s意識へのアピールを狙ったもので、ろくろ挽き技術で作るものの、漆仕上げしないので漆器ではない。
 この植木鉢(Timber pot)は、2015年の「インテリアライフスタイル東京」において、初出展ながら「Young Design Award」を受賞し、2016年ドイツでのアンビエンテに招待出品の栄誉も得た。これらの実績や知名度は目論みどおり、丸物漆器需要掘り起こしのツールの役目を果たす。
 丸物木地漆器の代表格である汁椀は、今や百円均一でも買えるため、最低でも7千円ほどする木地漆器椀の「情緒的な価値」は、旧来の問屋経由流通では消費者に届かない。そう判断した酒井氏は、受賞の知名度を武器に各地の生活雑貨店へ赴き、大小多数のイベントに丸物漆器を出展しては、消費者と直接対話する機会を重ねた。
 そこから生み出されたのが、「オンリー椀」というセミオーダー方式である。客は数種類の形状[写真5]と多様な漆仕上げの中から、好みの組合せで椀を注文できる。「個性の時代」の現代、自分のテイストに合った「特別の物」にはお金を出してくれると察した受注方式で、(コロナ禍前の)実質二年弱でオンリー椀の注文は500個を上回った。平均単価13,000円程度とのことだが、新規チャンネルによるこの実績は、地域にとっても売上の純増であり、消費者への新しいアプローチが結果をもたらした。
 更に、昨年クラウドファンディングが募集の201%で成立した「ろくろ車」[写真7]が今秋稼働する。ろくろを実装して各地に赴くことで、消費者の面前でろくろ挽きが実演でき、アピール度が一段と高まる。フルオーダーの椀製作も可能となり、単価アップも狙える。
 このようにろくろ舎の活動は、伝統技術の部分はそのままに、SDG's・個性の時代・新規の流通チャンネル・クラウドファンディングといった、現代社会の特徴や仕組みを的確に取り込み、確実に成果を上げている点が高く評価できる。

4.他事例との比較と特筆すべき点
 同じ河和田地区にHacoa[14]という、漆器木地作り技術をベースとした木製品工房がある。1969年、漆器の仕事を行いながらも新しいモノが作れるデザイン事務所、というコンセプトで開設され、携帯電話やPCまわりのグッズなど時流に合ったヒット製品を次々と生み出している。地域再生計画を地でいくように、今や全国展開する10億円企業となり地域経済への貢献大である。
 Hacoaは、越前漆器の主流が合成樹脂素材に替わった現実に対し、あくまで木製品の創出に拘る。反面、材料が木でさえあれば伝統技術への拘りは薄く、商品群に丸物はないし、角物技術の応用品は多く見られても、漆仕上げはごく一部である。
 いずれも越前漆器産業の変様に一石を投じる工房だが、木地師のろくろ挽き技能という無形の人的要素を軸とするろくろ舎と、木という素材要素を軸とするHacoaとは、足元が大きく違う。ろくろ舎の規模は小さいが、その信条は無形伝統技術の維持・継承に特化している。

5.今後の展望
 需要増が絶対命題の越前漆器産業で、ろくろ舎は成果を上げつつある一方、受注生産品の納期が長いことや、ネット販売品が欠品しやすい、などの問題も時折り見られる。需要増と人的資源のアンバランスが察せられ、酒井氏に直接問うたところ、ここにはある取組みが関係していた。
 ろくろ舎では、内製可能でも敢えて他工房に一定の作業を外注している。外注先には修行中の若手職人が在籍しており、彼らに練習ではない本物を扱う機会を提供するのがその目的だという。この外注によって納期の伸びるリスクを負うが、まさに地域ぐるみで次世代育成が進んでいる証である。「ものづくりの街」精神によって、需要増に見合った木地師の増加も視野に入いる。

6.まとめ
 越前漆器は伝統工芸ではあるが、とても柔軟な経過を辿った。元より漆の産地に固執せず、生地材の変更も機械化も早々と進み、後継者育成着手も早かった。が、近年は環境の変化によって産業規模は縮小し、特に昔ながらのろくろ挽き丸物は、後継者が生活できるだけの需要がない。
 自治体の推奨する時流に乗った新商品開発は、経済効果は上がっても、伝統技術継承という文化的効果には必ずしも繋がっていない。その中にあって、ろくろ舎の独創的なアプローチには、徐々にではあるが、丸物ろくろ挽き需要の拡大とその技術継承を期待できる。

  • e8b68ae5898de6bc86e599a8e58886e6a5ade588b6e5b7a5e7a88b_page-0001 [資料1]越前漆器分業による制作工程解説、Copyright©2016 越前漆器協同組合 All rights reserved
  • 72196_3 [写真2]現在の電動式ろくろでの丸物挽き作業、2017年1月4日越前漆器協同組合制作Youtube「丸物木地」より
  • 72196_4 [写真3]ろくろ挽き作業で完成した丸物椀木地、2017年1月4日越前漆器協同組合制作Youtube「丸物木地」より
  • 72196_5 [写真4]角物重箱木地づくり、加工した木片の漆接着作業、2017年1月4日越前漆器協同組合制作Youtube「角物木地」より
  • 72196_6 [写真5]ろくろ舎制作の植木鉢Timber pot 、オンラインショップうなぎの寝床商品一覧ページより、https://unagino-nedoko.net/maker/tax_maker/rokuro/, 2021年2月25日閲覧
  • 72196_7 [写真6]オンリー椀オーダー会の一コマ、コロカルニュース2019.4.5 東京都世田谷区より、https://colocal.jp/news/124256.html、2021年2月25日閲覧
  • 72196_8 [写真7]ろくろ舎による「ろくろ車クラウドファンディング」紹介記事、コロカルニュース2020.6.9 福井県鯖江市より、https://colocal.jp/news/134368.html、2021年2月25日閲覧

参考文献

<注釈>
[1] 季刊『炎芸術』編集部編、『うるしの器』P.18-22、阿部出版、2001年
[2] 越前漆器協同組合、次長大久保諭隆氏、2021年2月19日聞き取り・同6月22日追確認
[3] 南保勝編、『福井地域学』P.101 、晃洋書房、2016年
[4] 南保勝編、『福井地域学』P.60 、晃洋書房、2016年
[5] 南保勝編、研究論文『福井県における伝統的工芸品産業振興のための一考察』P.6、福井県立大学地域経済研究所、2017年
[6] 鯖江市商工政策課、課長補佐佐々木一成氏、2021年7月4日付メールにて確認
[7] 一般社団法人日本工芸産地協会、2018年10月12日発表資料4 P.8、2020年12月20日閲覧
[8] 官は[6]に記述の佐々木氏、民は[2]に記述の大久保氏、いずれも2021年2月19日聞き取り
[9] 1990年約539億円:ジャパン・フォー・サステナビリティ、伝統工芸産業概要統計(元データは伝統的工芸品産業振興協会)、https://www.japanfs.org/ja/files/s-4data.html、2021年2月25日閲覧
2013年約96億円:四季の美2021年1月19日記事、数字で見る伝統工芸品 伝統工芸品業種別年間生産額(元データは伝統的工芸品産業振興協会)、www.shikinobi.com, 2021年2月25日閲覧,(伝統的工芸品産業振興協会に直接アプローチしたが、1990年からの一元データを入手できなかったため、出所が2つとなった) 
[10] 南保勝編、研究論文『福井県における伝統的工芸品産業振興のための一考察』P.6、福井県立大学地域経済研究所、2017年 
[11] [2]に記述の大久保氏より、2021年2月19日聞き取り・同6月22日一部追確認
[12] 第55回認定番号281、伝統工芸 後継者育成・産地連携プロジェクト、2020年4月1日~2023年3月31日、http://www.kantei.go.jp>singi>tiiki>tiikisaisei.plan、2021年2月25日閲覧
[13] ろくろ舎の活動については、事前にHPその他資料を閲覧の上、代表酒井義夫氏とのZoomオンライン会議にて確認した内容である、2021年1月24実施及び同6月21日一部追確認
[14] 株式会社Hacoa, https://hacoa.com/directstore/及び https://www.sankei.com/smp/economy/news/190620/ecn1906200002-s1.html、2021年2月25日閲覧

年月と地域
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