時間の流れが価値へと変わる「牛川の渡し船」-小さな船が担う未来への役割-

山本 沙愛

はじめに
日本では古くから人々は馬や船を移動手段としてきた。しかし長い時を経て、現代では自動車や電車が人々の足となった。川には橋が架けられ、時代にそぐわない渡し船は徐々に廃止されていった。愛知県豊橋市でも渡し船が利用されてきたが、他の地域と同様に、近隣に橋が架かることで廃止された。しかしその中で唯一、牛川の渡し船は現在も公道として運航し続けている。交通機関が発達し、便利さや速さを求められる現代社会において、不便であろう渡し船は人々にどのような時間をもたらすのか。本稿では牛川の渡し船を利用することによって生まれる人々の時間の価値について考察する。

1.基本データと歴史的背景
―基本データ
牛川の渡し船は一級河川である豊川(とよがわ)(1)の両岸をつなぐ交通手段として、愛知県豊橋市牛川町と大村町を結ぶ渡し船である(2)。両岸に滑車のついたロープが渡されており、ロープと船がつながっている(3)。そして2メートル以上ある竹竿を船頭が持ち(4)、川底を押して動かす人力の船として現存する船は愛知県で唯一である(5)。運航時間は決められているものの、公道として扱われているため、365日運航している(6)。牛川町側、大村町側の両側に船頭を呼ぶ呼び板がある(7)。週末になると船に乗るために観光に来る人々もいるが、今でも生活の足としても利用されており、年間で延べ1万人程の人々が利用している(8)。

―歴史的背景
牛川の渡し船は平安時代末期頃に設置されたと考えられている(9)。明治時代末期には所在地であった下川村の村営であったが、昭和7年に下川村と豊橋市が合併した。それ以降豊橋市営となっている。昭和30年代以降は自動車が普及し、交通量が激増したため、渡し船は廃止され、橋が架けられた。牛川は唯一残った(10)。平成6年より豊橋市より民間業者に委託しての運営となり現在に至る。令和5年6月2日に東海地方に記録的な豪雨が襲い、渡し船が流された。後に破損した船が見つかるが修復不可能なため現在運航を休止している(11)。しかしこの件によって豊橋市では牛川の渡し船を廃止する意見は出ず、今後も存続させるために現在復旧に努めている(12)。

2.愛知県一宮市の「中野の渡し船」との比較からみる特筆点
牛川の渡し船は手漕ぎの船としては愛知県で唯一残る渡し船であるが、愛知県にはもう一ヶ所、現在も運航している渡し船が存在する。木曽川を挟んで愛知県一宮市と岐阜県羽島市を渡る「中野の渡し」(以下中野)である(13)。共通点は所在地の周辺の様子が類似しており、住宅街でもなければ、人が多く集まる商業施設などもない(14)。そのような所在地から、共に古来の移動手段の一つが現代まで残ったという様子がうかがえる。相違点は中野も以前は手漕ぎの船であったが、昭和7年にモーターを搭載した船となった(15)。自然を相手にするため、手漕ぎの船は船頭への負担が大きいため、国内に今も残る渡し船の殆どがモーターの船に切替えている。また牛川が生活の足としての利用者がいるのに対し、中野では現在は観光目的、学校の課外活動として近所の小学校の利用が殆どであり、生活の交通手段として利用する客はいない(16)。牛川と同じ公道ではあるが、週に2日運航しない日がある。また2025年の架橋により渡し船の廃止が検討されている(17)。牛川と中野の渡航距離は10倍ほど中野の方が長い。しかし乗船時間はどちらも5分ほどだ。モーターで風を切って渡る船での時間も気持ち良いが、手漕ぎの船の時間は進みが穏やかに感じ、モーター音がないので川の流れる音がよく聞こえる。規模の小さな牛川の渡しが、この時代に新しく手漕ぎの船を作るということは大変珍しいことであるが、それだけその時間に価値があり、再運航が決定されたことは特筆すべきことである。

3.評価
3-1.不便さから得られる益
豊橋市民の殆どは自家用車を保有している。そうでなければ住みづらい場所である。よって便利さを考えるのであれば自動車、市内を走る路線バスや路面電車を利用した方が早くて当然便利である。それらを便利と考えると渡し船を利用することは不便と言えるだろう。しかし市民の中には通勤、通学、遊びやウォーキングコースなど生活の一部に渡し船を利用している(18)。あえて不便さを選んでいる人たちがいるのである。船頭によると、殆どの人は非日常や時間からの解放を求めて乗りに来るようだ(19)。自然に囲まれた場所で、四季を感じ、船頭と話しながら川を渡るのである。わずか5分程度だがこの時間は船でなければ得られない。不便さから得られた豊かな時間であり、益であると言える。そのような視点で考えると、観光客はもちろんのこと、生活で利用する人たちにとっても「船=不便」ではないのだ。

3-2.生活スタイルの変化によって得られた豊かな時間
2020年に感染症の影響で我々の生活スタイルは大きく変化した。人の多い場所や遠方への外出ができなくなった。牛川ではその時を境に観光と一般利用者数が逆転し、一般利用者が増加し続けている(20)。今まで生活に効率や便利さを求めてきたが、人々の「行動と時間」に対する考え方の変化により、渡し船を利用したことがなかった豊橋市民や近隣市民が、時間の豊かさを求めて渡し船が注目されたことは評価するべき点である。

4.今後の展望について
1の歴史的背景から見ても、令和5年の豪雨による廃船で牛川の渡しも廃止が検討される可能性もあったのではないだろうか。しかし豊橋市はこの件で廃止するという意見は出ず、道路に不具合があれば直して復活させることと同様に船を修理させて復活させるという案しかなかったと言う(21)。それだけ現在の豊橋市にとって交通機関としても、観光地としても、存続する価値があったのだ。しかし今後も後世に引き継いでいくためには、渡し船を復活させたらそれで良いのだろうか。時間の過ごし方の変化によって、身近で非日常の時間を過ごすことによる益を多くの人が知ることができた。そして船頭の人たちの渡し船に対する気持ちからも更に多くの人にこの時間による益を知ってもらいたい(22)。
豊橋市には渡し船以外にも古くから守ってきた伝統文化がある。それらには祭りやイベントを通して多くの市民に認知されている。豊橋市民にとって一番身近な川を知るという重要性、またそこで過ごす「時間の価値を知る」機会を作ることによって、渡し船の文化をもっと認知してもらうことができるのではないだろうか。川上浩司は「おっと気づき、フラッと目的から逸れ、もはや目的と違うところで工夫させてくれる、そして手間というインタラクションの痕跡を残してくれます。」と述べている(23)。このように後世に渡し船を残していくためにも、目的地に辿り着くためだけの手段ではなく、乗客と船で過ごす時間とのインタラクションの楽しさに気づいてもらえるようなアピールをしていくことも必要である。

5.まとめ
自動車や公共交通機関が発達したことによって、生活の中でも効率の良さ、便利さを追い続けている。それによって人が得られることは時間の短縮であり、計画通りに行動できることである。これらは多忙な時間を送る現代人には非常に価値のあることだ。しかし時間がもたらす価値や益とは効率化することだけではない。移動する時間を、目的地に辿り着くためだけの時間軸で考えたら、気候に左右される渡し船は乗り物としては不便で必要とされないかもしれない。しかし目的地に辿り着くことの中に非日常を加えることにより、四季や天候によって変化する川の音、匂い、風を感じる瞬間、その日の乗客や船頭とのコミュニケーションなど、そこで過ごす時間は多様化し、便利ではないが乗船した人にそれぞれの益をもたらす。文化や社会が作った時間のデザインの中で、現代は個人でも多様化した時間の中から自分らしい時間をデザインすることができる時代でもあるのだ。これから再出発する牛川の渡し船が刻んでいく非日常の時間の流れが、人々にとって大きな価値を生む存在となっていくであろう。

  • 資料1_page-0001 【資料1】愛知県に唯一残る手漕ぎで運航する「牛川の渡し船」
  • 資料2_page-0001
  • 資料2_page-0002 【資料2-1】牛川の渡し船についてのQ&A
    【資料2-2】豊川沿い渡し船の経緯
  • 81191_011_32283072_1_3_資料3_page-0001 【資料3】「牛川の渡し船」と「中野の渡し船」の比較表
  • 資料4_page-0001 【資料4-1】10年間の乗客人数の推移と目的別内訳(2013-2022)
    【資料4-2】利用目的
  • 81191_011_32283072_1_5_資料5_page-0001 【資料5】木曽川を挟み愛知県と岐阜県をつなぐ「中野の渡し船」
  • 81191_011_32283072_1_6_資料6_page-0001 【資料6】「牛川の渡し船」と「中野の渡し船」の所在地と周辺地図
  • 資料7_page-0001
  • 資料7_page-0002
  • 資料7_page-0003 【資料7-1】中野の渡し船についてのQ&A
    【資料7-2】県営渡船の経緯  【資料7-3】10年間の利用者数と運航日数
  • 81191_011_32283072_1_8_資料8_page-0001 【資料8】牛川の渡し船の船頭へのアンケート

参考文献

【註】
(1)愛知県東三河地区に流れる一級河川。愛知県北設楽郡設楽町からはじまり、豊橋市あたりは蛇行しており、最後は三河湾に合流する。
(2)【資料1】所在地 牛川町側:豊橋市牛川町字長池10番地先。大村町側:豊橋市大村町字河原32番地先。
(3)【資料1】写真「滑車のついたワイヤーロープ」船が流されて行かない様にロープと船をつないでいる。
(4)【資料1】写真「船頭が使用する竹竿」。その日の川の様子を見ながら操縦する。
(5)【資料2―1】①
(6)【資料3】牛川の渡しは運休はしないが、中野の渡しはじめ船頭の労働時間を考えて公道であっても運休する渡し船はある。
(7)【資料1】写真「呼び板」。牛川町側と大村町側で呼び板の種類が違うところが面白い。
(8)【資料4-1】一般客と観光客を合計すると1万人近くの人が利用していることがわかる。
(9)【参考文献】3.鈴木源一郎、建設省 豊橋工事事務所監修『母なる豊川 流れの軌跡』、建設省 豊橋工事事務所、1998年、15ページ。
(10)【資料2-2】
(11)【資料1】写真「豪雨以降の運航休止案内」。令和5年6月2日の豪雨により船が流された。後日20km離れた愛知県田原市宇津江町の海岸で発見されるが破損がひどく、修復が不可能なため廃船となる。
(12)【資料2-1】⑫
(13)【資料5】所在地 愛知県一宮市側:愛知県一宮市西中野番外。岐阜県羽島市側:岐阜県羽島市下中町。
(14)【資料6】「牛川の渡し」は牛川町側に民家と大学がある。大村町側は農家の畑などがあり、民家はほとんどない。「中野の渡し」は一宮市側には古くからある民家があるが、路線バスが1日数本通る程度。自動車中心の生活であることが伺える。羽島市側の船着き場は森林である。
(15)「中野の渡し」船頭への現地でのインタビューより。
(16)【資料7-1】③と船頭への現地でのインタビューより。
(17)【資料7-1】⑧と渡船場で会った地元の方、船頭への現地でのインタビューより。
(18)【資料4―2】観光では表の理由以外に里帰りや転勤で豊橋を離れる前の思い出に、理由は多様である。
(19)【資料8】船頭も乗客も乗船中のコミュニケーションを楽しんでいるため、乗客の乗船への思いを聞くことができるようである。
(20)【資料4-1】2020年を境に一般利用者数と観光客が逆転している。2020年以降一般利用は増加し続けている。
(21)【資料2-1】⑩、⑫と豊橋市役所 土木管理課への電話による質問の回答より。
(22)【資料8】船頭の方々の声を聞くと、渡し船への想いが伝わってくる。
(23)川上浩司著『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便を取り入れてみてはどうですか?~不便益という発想』、インプレス、2017年、158ページ。

【参考文献】
1.川上浩司著『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便を取り入れてみてはどうですか?~不便益という発想』、インプレス、2017年。
2.川上浩司著『不便益のススメー新しいデザインを求めて』、岩波ジュニア新書、2019年。 3.鈴木源一郎、建設省 豊橋工事事務所監修『母なる豊川 流れの軌跡』、建設省 豊橋工事事務所、1998年。
4.住田真理子著『公務員船頭 牛川の渡し物語』、これから出版、2020年。
5.中西紹一著・早川克美編『時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く』、藝術学舎、2014年。
6.川添善行著・早川克美編『空間にこめられた意思をたどる』、藝術学舎、2014年。
7.岩田麻莉子著『中野渡しの船頭の記録』、愛知教育大学卒業論文、2016年。
8. 豊橋ウェブ百科事典(豊橋市)https://www.city.toyohashi.lg.jp/37153.htm (2024年1月19日閲覧)
9. 豊橋市ホームページ https://www.city.toyohashi.lg.jp/2923.htm(2024年1月11日閲覧)
10.豊橋観光コンベンション協会 https://www.honokuni.or.jp/toyohashi/spot/000078.html (2024年1月19日閲覧)
11.羽島市観光協会WEB https://hashimakanko.jp/store/nakanonowatasi/ (2024年1月17日閲覧)
12.一宮市の公式観光サイトIchinomiyaNAVI https://www.138ss.com/spot/detail/80/(2024年1月17日閲覧)

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